中央暦1640年 4月9日
-クワ・トイネ公国 マイハーク港-
「ーーやっと着いたな」
「ええそうね」
商船から男女2人組の乗客が降りてきた。他の乗客と比べ、クワ・トイネでよく見られる中世時代の服飾ではなく。より近代的な服装に包まれていた。
2人が入国管理局窓口に旅券を出すと、職員は旅券を確認しながら2人に質問した。
「えっと。お名前はグレアム・エルドレントにサンディー・エルドレント……国籍は……ムー!?」
国籍を確認した職員は一瞬席から転げ落ちそうになった。
ムーはロデニウス大陸から西へ20,000kmも離れている国家だ。
そして、ただ遠いわけでなく近傍の列強国であるパーパルディア皇国を容易に上回る格上の国家なのだ。更に、魔法や魔導を文化文明とする国家が多い中、ムーは科学技術を柱にしている数少ない国家の一つだ。そんな上位国家の市民が第3文明圏外などという辺境に訪れたことに違和感と驚きを覚えたのだ。
なお、職員の違和感に対して2人の正体はその斜め上の方向に伸びていた。
2人は精神的にも戸籍上でも夫婦だが、その正体はムー統括軍に属している諜報員だ。因みに子供も2人居る立派な家族である。
今回訪れたのはもちろん本業である情報収集の為だ。その間子供は祖父母に預けてある。
「失礼ですが、入国目的は旅行ということでよろしいでしょうか?」
「ええそうです。結婚してやっと纏まった休みが取れたので、少し遠出しようかと思いまして……」
「旅行ですか……少々お待ちください」
職員は目の前のムー国夫婦に呆気をとられつつ、自らの職務を思い出して出入国記録に情報を記帳し、旅券を返した。
そして、職務の一つとして彼は夫婦に忠告した。
「覚えておいてほしいのですが、現在我が国は戦時態勢です。観光を止める気はありませんが、マイハークと公都市内。そしてその近辺だけにすることを強くお勧めします」
「ご忠告ありがとうございます」
「それでは、良い旅を」
職員は2人を見送ると、次の入国者の確認に移った。
2人はまず近くの換金屋に立ち寄り、純金をクワ・トイネの通貨に交換した。
その足で宿屋を探すため大通りに出ると、宿屋に向かうため馬車を探した。しかし、通りに待機している乗り物は2人の予想を大きく裏切るものだった。
「あら? クワ・トイネではもう自動車が走っているのね」
文明圏国家でよく目にする旅客馬車ももちろん多く並んでいるが、それ以上に目立つのは母国ムーの物より明らかに大型で四角いバスや機敏そうな中型バス。更に輸送量より小回りを重視した旅客バンが所々で待機していた。
グレアムは近くの御者に話しかけた。
「すまない。宿屋に行きたいのだが?」
「宿屋ですか? お客さん外国から来たんだろ? どんな宿屋に行きたいんですかい?」
「出来れば手頃な所がいいのだが……」
「ここは港町だから、手頃な処は水夫向けでお客さんみたいなお高い人が行くところじゃないよ。行くなら『マイハーク南駅』の近くがいいね。宿屋の値は少し割高だが、食事処も色々種類があるし、治安も市内の中で安定してますぜ」
「『マイハーク南駅』? ここから近いのか?」
「歩きだと遠いな。うちのに乗るなら安くしとくよ?」
「それなら、お言葉に甘えてお願いします」
馬車に2人と荷物を乗せた馬車は『マイハーク南駅』へと向かい始めた。
2人はそれぞれ座った側の窓を観察した。
「そっちはどう? グレアム」
「そうだな。通り一帯の建築基準は文明圏外のそれと大差ない。今走っている道も昔からある古い物だから、これと言って目ぼしいものはないかな」
「こっちはそうね……港町らしく他の国の人をよく見かけるわ。その中に、時たま時代と合わない格好の人がいるわ」
「あぁ。確かによく見かけるな」
2人は帰国した後の報告内容をメモしていた。そんなこんなで窓を眺めていると、外の光景が少しずつ変わっていった。
「何だか趣が変わったな」
「歩く人も変わったわ。商人以外にも貴族が多くいるようね」
2人は各々感想を述べると馬車が止まった。
「お客さん。ここが『マイハーク南駅』だよ」
御者の言葉を聞いた2人は馬車から降りた。そして、中世社会と相反する光景が広がっていた。
全体的に四角く白無垢な建物と、正面入口に本国でもよく見られるバスロータリーが広がっていた。
「お客さん。お代はーーだよ」
「あぁありがとう」
グレアムは財布から銀貨数枚を渡しながら質問した。
「すまないが、釣りは要らないからニホンについて教えてくれないか?」
「日本? お客さんも日本と商売したいってくちか?」
「いや、道中でニホンという国の名を聞いてね。少し興味があるんだ」
「そうだなぁ……。あまり日本人と付き合いがある方じゃないから詳しくないが、去年の1月頃。異世界から国ごと転移したらしいぞ?」
「国ごと転移した? 確かなのか?」
「さぁなぁ。国のお上と日本人がそう言っているだけで、俺みたいな平民にとっちゃ重要なことじゃない」
「そうか……あと一つ。日本人がよく屯している場所はあるか?」
「それならマイハークの南東に日本人が作った港町が広がってるぞ」
「君はここで次のお客を待つのか?」
「そうだな。また乗りたくなったら声をかけてくれよ?」
「次があったらお願いします」
2人は御者に会釈しつつ宿屋を探した。
駅の近くに建てられた大きな
「……あなた。まずは何処から見ていこうかしら?」
「そうだな。やっぱりあの駅が最初だな。どんな鉄道技術が詰まっているか楽しみだ」
2人は早速『マイハーク南駅』の駅ビルに入った。
無垢な外観とは裏腹に内部には商店や食事処が入っており、まるで小さな商店街が詰め込まれているように見えた。
改札口付近は本国のように朝や夕方の通勤ラッシュほど乗客はおらず、全体的に疎らだった。ただ、鉄道を利用しようとする人は一様に手にチケットを携え、改札係に提示していた。
「あら? こっちの鉄道でも乗車券で乗るのね。案外使いやすいかも」
2人は券売員を探すと、そこには人だかりができていた。
クワ・トイネ国内の鉄道は加速度的に路線網が拡大されているが、馬車に比べるとまだまだ一般的な乗り物でないため、初めて利用する市民が多かった。なので、券売所の周りには乗車方法を教える職員が多数配置されていた。
更にいうと、自動券売機等は日本のように設置されていない。マイハーク市内の電力網が駅まで広がっておらず。ビル内の照明以外。駅構内の業務を手動で実施している。
なお、利用方法が未だ十分に浸透していないことと、鉄道自体に興味を持つ市民との格差により。度々無賃乗車が列車内で発生していた。
夫婦はムーで鉄道に乗り慣れているため、まず路線図と時刻表を探した。
「すみません。路線図と時刻表はありますか?」
「路線図と時刻表ですか? 時刻表はあの立て看板です。路線図は券売員の上にあるあのパネルです」
駅員の指したあたりに視線を移すと、そこには細長く薄っすらと灯りを帯びているい白地の板が横たわっていた。だが、そこに描かれている駅の数は板の大きさに対して異様に少なかった。
「……公都クワ・トイネまでどれくらいかかりますか?」
「クワ・トイネですか? 次に出発する
「4時間……」
グレアムは懐中時計を取り出し、時間を確認した。
既に時間だけで見れば昼食に差し掛かる頃合いだった。
公都に行く予定はあるものの、それは数日間マイハークで
「申し訳ありませんが、列車を見学はできませんか?」
「それでしたら、構内入場券をご購入ください。乗車はできませんが、改札に入ることができます」
「わかりました。ありがとうございます」
2人は駅員に言われた入場券を券売員から購入し、注意事項を聞くと改札からホームに入った。
辺りを見回すが、列車は1編成分しか停車していない。
「列車の本数の割に、建物全体はかなり広いな。それに、ホームもかなり高い」
列車に近づくと、グレアムは先頭に連結されている機関車を観察した。
「これは……ディーゼル機関車だな」
「でぃーぜる機関車? 蒸機機関車とはどう違うの?」
サンディーはグレアムの言葉に疑問を呈した。
「ディーゼル機関車というのは、燃料を燃焼室で自然発火させて運動エネルギーを取り出すレシプロ機関の一種なんだが、蒸気機関と比べて燃費と低速下の牽引力に優れているんだ」
「そうなの? なら、ムー国内の鉄道は全てディーゼル機関車に変わっていくの?」
「いや、そうもいかないよ。我が国でディーゼル機関が出てきたのはここ10年ほどだから、小型なものなら兎も角。長距離用や重量級編成だと蒸機に取って代わるほど牽引力がないんだ」
「あらそう……」
サンディーは学者感を前面に出すグレアムの言葉に半ば呆れつつ、話を聞き続けた。
「この機関車は見る限りディーゼルなんだが、
グレアムは妻の反応そっちのけで考え込み始めた。
「考え込むのは勝手だけど、そろそろお昼時よ? 行きましょ♪」
「えぇそんな。まだ見足りないよ」
サンディーはグレアムの手を引っ張ると、『マイハーク南駅』を後にした。
2人はレストランを探すと、列を成している店が目に留まった。
「ワクドナルド? あそこにしましょう」
「あぁ。店選びは任せるよ」
サンディーが選んだ店は日本国内で最も知名度があるハンバーガーチェーン店の一つだった。
転移に伴い国内での販売経営が
日本ワクドナルド本社は法律の必要性は認識しつつも、ものの数か月で在庫は払底。
頭を抱えた社内上層部は打開案を考えるが、抜本的な策が出てくることはなかった。そのうち、国からクワ・トイネ開拓団の話が舞い込んできた。
もちろん最初は仕事がない従業員に仕事を与えるという形で国からの要請を受諾しすることにした。
開拓団の農地開拓。農作物生産は順調に拡大していき、さらに日本への輸入も増えていくと、クワ・トイネ内での農畜産業に関する報告が会社上層部の耳に入るようになった。
“クワ・トイネの土壌は
この報告が現地から入ると、農林畜産業界と飲食業界は農林水産省を梃に経済産業省と会談し、開拓団の増派を提案した。
役人としても食糧の増産は懸案事項であり、開拓団の増派はとんとん拍子で進んでいった。
開拓団への協力が進むと、上層部はクワ・トイネやクイラにおいて商機を見出した。
管理経済の日本に対して、両国では申請と納税さえ果たせばすんなり商売を認めてくれた。
ダブついた日本国内の設備と人員を送り出すと、サンドイッチの派生として両国で受け入れられた。
たった3か月の運営で店舗の数が増えるのと比例して利用者も増えていった。
今ではマイハークに4店舗。公都クワ・トイネでは7店舗となかなかの盛況ぶりである。
閑話休題
2人はそれぞれ違うバーガーセットを頼んだ。ムーのサンドイッチと違い、スパイスが効いた甘辛いソースに舌鼓を打った。
あっという間に食事を終わらせた二人は店を後にした。
昼時で食事処の人だかりが多いが、ロータリー全体は疎らだ。
ロータリーに路線バスが入ってくると、2人はこれ幸いと乗車した。
乗車すると乗務員が話しかけてきた。
「お客様。当マイハーク市内循環バスは距離に応じて運賃が変わります。この乗車券をお降りの際。乗務員にお見せください」
「わかりました。ありがとうございます」
2人は空いている席に座ると、バスが発車するのを待った。
10分もしない内にバスが発車した。
2人が眺める窓の景色は馬車に乗った時と対して変わらなかった。ただ、ふと視界に入ったものに目を奪われた。
視線の先には濃緑色の車両が何台と列を作って進んでいた。
「すみませんっ!! 次で降ります」
それが軍用目的の車列だと判断した2人は次の停留所で降りた。
2人は軍用車列が通った道を探すとすぐ見つけた。
馬車ではできない独特な轍に沿って2人は歩き出した。
道を進んで木と煉瓦の建物を抜けると、クワ・トイネでよく見かける小麦畑が目の前に広がった。
更に畑道を進んでいくと、明らかに中世の情景と比べて浮いている建物が見えてきた。
全体を鉄柵と有志鉄線に囲まれており、時折ゴ~という謎の音が辺り一面に轟いた。
そして、明らかに異彩を放っているのは門の前に掲揚されている白地に赤丸の旗……『ニホンコク』の国旗だ。
「どうしますか?」
「見た限り軍用地だ。下手に近づいていいところじゃない。ここは追々来よう」
2人は踵を返すとマイハーク市街へと戻っていった。
なお、2人は警衛詰所の監視カメラでバッチリ撮られていることに気付くことはなかった。
またバスに乗った2人は他にもめぼしい調査場所を見つけながら、ホテルに戻りクワ・トイネ周遊1日目を終えた。
『第一次調査報告書 1日目
対象地域:第三文明圏外
対象国 :クワ・トイネ公国
報告者 :グレアム・エルドレント
報告概要
・港湾に我が国と同等かそれ以上の港湾設備や停泊船舶を確認。詳細な調査の必要性あり。
・
・我が国より大型のディーゼル機関車を所有している。
・都市『マイハーク』の西部に『ニホンコク』の軍用地がある。規模は推定軍団規模駐屯地。なお、基地内戦力は不明。
・他……』
解説はありません