OCU日本国召喚   作:Bu3og

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第50話

中央暦1640年 7月3日

-OCU日本 種子島-

 

 真夏特有の強烈な日差しが日本に降り注ぐ中。九州の南。鹿児島県南沖合に日本航空宇宙局(以降JAXA)が管理する『種子島宇宙センター』がある。

 転移してからまともに稼働することがなかったこの研究所で、今まさに世紀の大実験が行われようとしていた。

 

 管制センターの内部では所長の堤と管制官の奥谷が気象情報や射出体。カタパルトの状態を職員に報告させている。

 

「所長。各部からの気象状態安定。射出体。射出装置。各送電網の最終点検完了しました」

「よし。この世界に来て初めての射出実験だ。注意深く。確実に手順を進めていこう」

 

 所長の言葉に職員は静かに反応した。

 

「各部に通達。射出手順開始」

「変電所からの送電安定。マスドライバー(・・・・・・・)各部コンデンサの充電量上昇。電磁コイル冷却システム正常作動確認」

「射出装置第1区画から第12区画まで電力量安定」

「射出区画より整備員の退避完了」

「気象班より報告。風向。東北東。瞬間風速最大8kt(約4m/sec)。射出及び離脱時の影響。極めて小さい」

「射出開始。1分前っ!!」

 

 堤の横で補佐する奥谷が小さくつぶやいた。

 

「上手くいけばよいのですが……」

「これは大気圏離脱の観測用だ。離脱に失敗しても次に繋げれればいい」

「射出開始。10秒前。9。8……3。2。1。電磁加速開始っ!!」

 

 リニアカタパルトの端で待機していたSSTO(単段式宇宙往還機)がゆっくりと加速を開始した。

 射出台がカタパルトを通過すると、バチバチッという音が射出台から聞こえる。

 普通なら、電磁誘導コイル内だけに通過する電子が、射出台が近づくことによって瞬間的に伝導路が磁界によって変化。それによって異常放電が発生し、音となって表れるのだ。

 

 SSTOは順調に加速していき、第8区画に差し掛かるころには時速約1150kmと音速到達ぎりぎりまで加速。第9区画から緩やかに上昇曲線を描くカタパルトによってSSTOの進行方向は遥か彼方へと向けられる。

 

 SSTOがマスドライバーの先端である第12区画から飛び出すと、SSTOを載せていた射出台はパージされ。そのまま種子島の東南東の海上へと飛んで行った。

 対して、SSTOは少しずつ角度を垂直に近づけつつ、ロケットブースターが点火した。

 

 管制センターでは上昇していくSSTOが常にモニターされている。

 

「SSTO。高度1万m。時速3000kmを突破。高度及び加速力は順調に伸びています」

「内部機器の異常は出ていないか?」

「各種機器。特に異常は見られません」

「よろしい。そのままモニターを継続」

 

 管制センターのメインビューがSSTOの外側を見るカメラ映像に切り替わった。そこには、惑星の地平線と宇宙との狭間が映された。この瞬間。SSTOが成層圏を突破したことを意味していた。

 

「SSTO。高度5万mを突破」

「でかい惑星だと思って大気の層もそれに応じて厚いと思ったが、地球と大差無さそうだな」

「大気の成分を調べるバルーンが欲しくなりますね」

「それなら既に政府に要請してある。早ければ来月に実施できるだろう」

 

 成層圏を離脱したSSTOからの映像は惑星の巨大さを推し量るのに十分な映像を送信してくれた。そして、今なお加速と上昇を続けている。

 

「SSTO。高度10万mに到達」

「燃料を多めに積んだが、惑星重力の離脱は想定より容易そうだな」

 

 SSTOの上昇は続き、カメラからぎりぎりまで映っていた日本は完全に消え、三日月のような巨大大陸がカメラに映し出された。

 

「この大陸。日本から1万km以上離れた位置にあるな」

「惑星表面の地形データは光学衛星の投入目途が立ってからでしょうね」

「しかも投入数はかなりの数になるな。さて、幾つ必要になることか……」

 

 SSTOは惑星表面の映像を送り続けた。そして、三日月型大陸に次いで東の大陸を複数映像に収めると、惑星の重力圏から完全に離脱し、カメラに少しずつノイズが走り始める。そして、最終的に映像は映されなくなった。

 日本との電波水平線と電離層の影響により、SSTOからの信号が完全に途絶えたことを意味していた。

 レーダーで捕捉しているSSTOの映像は結果的に回復せず、事態を見守っていた奥谷が他の職員を前に宣言した

 

「総員よくやった。我々の実験は予想をいい意味で裏切る形で終了した。SSTOからの信号は失われたが、いつか回復するだろう。これにて今回のミッションを終了する」

「「「わかりました」」」

 

 奥谷の言葉に従い、射出管制要員は少しずつ席を外した。

 残ったのは、SSTOからの信号を監視する職員だけだ。

 

 職員達が移動すると、堤と奥谷も管制センターから所長室に部屋を移した。

 

 堤は代用コーヒーを淹れると、奥谷と一緒に腰を下ろす。

 

「1年以上放置していたマスドライバーが無事に動いてよかった」

 

 最初に口を開いたのは奥谷だ。

 

「いくら精密電子制御が入っているからと言って、予算が付く限り整備は進めたんだ。不具合はそうそう起こさせんよ」

 

 堤はカップを口にしながら奥谷に応えた。

 

「それより、高度と大気の層。重力加速度は地球のそれと大きく違いがない。予定より衛星導入は早くできそうだ」

「そうですね。一番最悪な予測だと10基以上のSSTOを宇宙投棄して衛星投入軌道を確認する必要がありました。内閣も少しは気が楽でしょうね」

 

 奥谷の言う予測。正確には物理学者がこの惑星に関する物理的各種係数計算の確認のため、SSTOやロケットの投機的(投棄的)運用が計画されていた。そもそも、直径が大きい惑星ということはそれだけ重力が強いことを意味している。なので、いくら高度0mが人間にとって都合がよい状態でも衛星打ち上げは絶望的と考えられていた。なぜなら、いままで地球で使われていたロケットなどでは惑星の重力圏から離脱できる加速度が確保できないと考えられていたからだ。

 ただ、今回のSSTO観測実験によって、惑星の大きさや質量に対して重力が小さい事が確認された。これは今後計画されている衛星打ち上げ計画が大きく進むことを意味している。

 

「後は衛星の製造がどれだけ軌道に(・・・)乗るかということだな。未だにメーカーは長期的な資材ルートが確保できていない」

「……衛星な(・・・)だけにですか?」

「おいおい。茶化すなよ」

 

 堤はカップを置いた。

 

「今回は各省庁が無理をして何とか打ち上げまでできたが、最低でも3年は先になる。下手をすればそれ以上だ」

「やっぱり希少金属の輸入量が少ないのはネックですね」

「政府や商社も有望なところを探しているが、クワ・トイネとクイラにおける地質調査は佳境に入った。このままいくと我々の仕事は打ち上げ設備の整備しかできることがない」

「3年先ですか……設備や器材はともかく整備員や設計陣の質的低下は避けられませんね」

「細かな部品を作る零細企業の業務は停止しているからな。まだ器材が触れる我々はマシかもしれん」

 

 日本では古くから職人というものが重んじられてきた。ただ、冷戦終結後から国防費用削減の余波によりメーカー同士の統廃合が加速した。

 旧財閥や企業グループの傘下にあり、製造部門の中で不採算になりつつあったものを手放し、それ専門の企業を設立することにしたのだ。だからと言って、宇宙事業に大予算が投じられることはない。半世紀以上たった今でも、マスドイライバーを持つ日本の宇宙開発は冒険的なものができる状態ではなかった。

 

「せめて、今あるSSTO2機分の電子機器が揃えばもう少し衛星打ち上げを前倒しできそうなんですけどねぇ」

「そういうな。OCU加盟国間でサプライチェーンを築いたんだ。全てを国内で賄うのには財務省が許さないよ」

 

 主要国の殆どでは国内のインフレと人件費高騰に頭を悩ませ、製造部門の一部を加盟国の中で物価や人件費が安いところに移転。さらに、そこが鉱業に明るいとなれば精錬工場もセットで設立して経費の圧縮を図った。

 半世紀以上はそれで何とかなったが、産業の空洞化と加盟国間での南北問題が顕著となり、産業界は一部の製造部門を国内回帰する方向で動き始めた。ただ、製造コストの割高さは如何ともしがたく、輸送コストも相まって研究開発力の高さの割に製造力が低いという歪な産業構造を招く結果となった。

 その歪な産業構造が異世界転移という事態ではさらに顕著となり、ただでさえ資本力に劣る製造企業の殆どが生産能力の低下を招き、鉄鋼業界や石油業界の輸入量回復を待っているという状態になった。

 また、日本の経済力を支える各種資源は種類を問わず膨大だ。ただ、輸入するということは輸出してくれる相手がいたという事でもある。転移前はそれぞれ採掘する企業や輸出国がいたから強く意識することはなかったが、こと転移後では資源を採掘。精錬する企業はおろか国家もいないのだ。

 クイラに石油や鉄鋼資源があるのは不幸中の幸いだったが、かといって資源は掘ればすぐに使える代物ではない。

 特に希少金属や希少土類の採掘は危険であり、さらに精錬するにも時間がかかる代物だ。

 転移して1年半が経過したが、日本に輸入できた鉱物資源は石油や鉄鋼がやっと転移前の10%に届いた程度なのだ。

 希少金属に至ってはそれ以下である。そんな資源欠乏状態で衛星を製造するのは困難を極めた。

 

「奥谷。役人と内閣に送る打ち上げデータ。纏めておけよ」

「わかりました」

 

 奥谷はカップを置いていくと所長室を後にした。

 

 JAXAの長い長い宇宙事業が絶望的な状態ながらも再スタートしたのだ。

 

 

中央暦1640年 6月7日

-クワ・トイネ公国 工業都市グマーワ-

 

 クワ・トイネの南東。クイラ国境に程近い山麓にこの国では珍しい大規模な工業都市が存在する。

 クイラに近いということもあるが、この付近の山では良質な鉄鉱石が採掘される。

 軍向けに武具や防具も生産されるが、それ以上に鉄製農機具が主要生産物だ。この都市で作られた農機具でクワ・トイネの農業が支えられているといっても過言ではない。

 

 今日も今日とてクワ・トイネのドワーフ職人が農機具の製造に勤しんでいる。

 

「親方。農家からの農機具の発注書が届きました」

「そうか。どれどれ……また数が減ったな」

「そっすねぇ。親方の造る農具。頑丈で使いやすいって評判なのに……」

 

 犬人の弟子が耳を垂れ下げた。彼は鍛冶師であるドワーフの腕にほれ込んでこの鍛冶屋で働いているのだ。それが親方を否定されたようで、悲しくなったのだ。

 

「ーー最近。町だと“ニホン”の話で持ち切りだ。聞いたことくらいあるだろ?」

「えぇ親方。ロウリア軍の大軍を吹っ飛ばしたり、あのパーパルディア皇国の軍隊だって返り討ちにしたのを聞いてるっす」

「ギルドや商社の間じゃ。ニホンとの取引で農業機械が農家の間で使われているらしい。いままで10人鍬を振っていたのが、機械を使えば1人で賄えるようになったそうだ」

「そんなっ!? それじゃぁ。このままだと親方の仕事がなくなっちゃいますよ……」

「時代なんだろうよ……。そうだ。小遣いと時間をやるから、軽く公都を見てこい」

「なっ、何でですか?」

「お前さんはまだ若い。頭が柔らかいうちに新しいものを見てきた方がいい」

「でも親方っ!! 俺は親方の鍛冶技術を覚えたいんです。親方の腕が時代遅れなんてことはありえねッス!!」

 

 親方はこの弟子の真っ直ぐな所が大好きだった。だからこそ、弟子入りを望んだ時、その瞳に未来を感じて弟子として迎え入れたのだ。

 だが、現実は残酷なのだ。需要が無くなったわけではないので今すぐ仕事がなくなるということはない。しかし、手に職を持ち。また自らに厳格だからこそ、これからクワ・トイネ国内の古い産業は少しづつ淘汰されていく。

 若い人間は何とかなるだろうが、壮年に差し掛かった親方では日本の技術や知識を身に着けるどころか、追い付くことは不可能だろう。

 

「トーマ。いまこの国は次の時代に向けて大きく動き始めたんだ。俺たちみたいなジジイを気にかけてくれるのはうれしいが、だからこそ、新しい時代の物ってのを学んで、俺に教えてくれないか?」

「おっ。親方……。わかりました。鍛冶屋の未来のため、しっかり学んできますっ!! 親方。旅支度をして来るんで今日はもう帰ります」

「おう。気を付けてな」

 

 弟子が鍛冶屋の外へと消えていくと、入れ替わるように飄々とした商人が入ってきた。

 

「よぉデンヴァロ。商売の方はどうだ?」

「コルツァーか? 商会ギルドでいくらでもわかるだろ?」

「それはそうなんだが、ここはクワ・トイネでも数少ない鍛冶屋中心の町だ。帳簿を確認するだけじゃぁ判らんこともあるからな」

「それはそうだが……。まぁ、少し前から発注数は減っているな。食っていけないほど減っちゃぁいないが、店を継がせる頃には無くなってもおかしくない」

「ーーだと思った。なんせ隊商が運び出す品物の量が以前より減っていたからな」

「おいおい。わかってるなら冷やかしじゃねぇか」

「まぁそう言うなって。ちょっと頼みたい仕事ができたんで、他の鍛冶屋に声を掛けてるんだ」

「頼みの仕事ってなんだ?」

「あぁ実は、うちで結構な数の隊商護衛を雇っているんだが、そいつら用の武器が足りなくてな。壊れた武具を使えるように鍛え直して欲しいんだ」

「俺はクイラの鍛冶職人ほど武具は得意じゃないぞ」

「問題ねぇ問題ねぇ。一から武器を作るわけじゃないんだ。それに、さっきお前さんが言ったように農機具の発注が減ってるんだろ? その代わりの仕事を持ってきたのさ」

「まったく。用意周到だな」

「あと、この仕事は上から急ぎって指示が来ててな。色は付けるからなるべく早く頼むよ」

「わかった。商会には世話になってるからな。引き受けよう」

「流石デンヴァロ。話が分かるぜっ♪」

 

 2人は作業場を後にして店先に置かれた馬車へと向かった。




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