中央暦1640年 8月22日
-クワ・トイネ公国 公都クワ・トイネ近郊-
クワ・トイネ内の反乱が始まって約1ヵ月。公都近郊では反乱軍と正規軍による散発的な戦闘が起きていた。
「ーーやべぇっ!! クワ・トイネ軍だっ!!」
「逃がすなっ!! 全騎突撃っ!!」
「こっちに来たぞっ!!」
「弓持ちは牽制しろっ!! 撤収準備の時間を稼ぐんだっ!!」
反乱軍は公都の補給事情が明るくないことを把握すると、周辺の村や町から糧秣等の物資を強奪し始めた。
クワ・トイネ軍も反乱軍の動きを把握すると、包囲戦力とは別に機動力に富んだ騎兵隊を襲撃された村や町へ派遣した。
襲撃に対して迅速に対応できるのは、上空を常に日防軍のUAVが監視して情報をクワ・トイネ軍に提供しているからだ。ただ、襲撃がほぼ夜間ということもあり。有力な戦力であるワイバーンは使えない。
第1機兵隊の
「載せれない分は燃やせっ!! 奴らに渡すなっ!!」
「井戸も使えないように毒を流しとけ。少しでも足止めできるようにな」
反乱軍はクワ・トイネ軍の反応を想定しており、馬車に載せれない分は使えないように火を放つなどして迅速に処分していた。
さらに、辺りの干し草にも火を放ってクワ・トイネ軍の騎兵が近寄れないようした。
「クソッ!! 卑怯者めっ!!」
「知ったこっちゃねぇよ。バ~カ!!」
馬が火に怯えて騎兵隊は追撃を断念した。
騎兵隊隊長は反乱軍兵士に罵声を浴びせるが、効果はない。反乱軍の兵士のほとんどは名誉ではなく実利で武器を取った者たちだ。目的のためならいくらでも卑怯に走る。
「引き上げるぞっ!!」
物資を満載した反乱軍の荷馬車の列はゆっくりと走り出した。
「今回もうまくいったな」
「あぁ。しかも今回は運がいい。倉庫に果実酒と麦酒が保管されてたぜ」
「持ち出せたのか?」
「おぅ。ひとつ前の馬車に積んである。今夜は酒が飲めるぞ♪」
反乱軍の兵士たちは馬車の中でガハハッと今夜の酒盛りを想像して笑った。だが、彼らに死神が近づきつつあることに気づくことはなかった。
荷馬車の列の先頭では御者が巧みに馬を操っている。だが、地平線の方からバタッバタッという音が聞こえてきた。この御者は音が鳴る方向に目を向けると巨大な羽虫が近づきつつあった。
「オーキッド4からHQ24。目標捕捉。送れ」
≪HQ24からオーキッド4。攻撃を許可する。送れ≫
「オーキッド4からHQ24。目標を攻撃する。オーバー」
バタッバタッとなる羽虫の正体は『第24任務旅団』隷下の第91航空打撃大隊第2中隊の戦闘ヘリだ。
公都クワ・トイネ近くの集結地点に到着したのはつい先日だが、無人観測機が手に入れた反乱軍の焦土・略奪戦術に即応させたのだ。
「
「了解。レーザー照準よし。ミサイル1。ミサイル8。ファイアッ!!」
目に入ると失明しかねないほど強いレーザー光が荷馬車の先頭と末の馬車に照射され、そのレーザーに沿って亜音速のミサイルが飛翔していく。
そんなものを知らない反乱軍の御者は
ミサイルがバンッと音を立てて着弾すると、馬や馬車。
「何だっ?」
「先頭の荷馬車が吹き飛んだぞっ!?」
破裂音を聞いて馬車から飛び出した反乱軍兵士は戦闘ヘリを認識した。しかし、それを確認するために棒立ちになったのが命取りになった。
「ロケット発射」
バシュバシュッと発射される70mmロケット弾が次々と荷馬車やその周りに着弾した。
遮蔽物が周りに存在しない荷馬車にロケットが炸裂すると、次々と焼けこげた残骸と化し、逃げ遅れた反乱軍兵士も最初に吹き飛ばされた仲間の下に送られた。
大規模な機械化部隊となる『第23任務旅団』に対して、空中機動戦力を中心とした『第24任務旅団』の現地入りは非常に早かった。特に、戦闘ヘリで構成される第21航空打撃大隊と第91航空打撃大隊は既にマイハーク日防軍基地に全機集結している。
さらに、マイハーク-クワ・トイネ間の鉄道沿線上にクワ・トイネ軍が設置した集結地点を補強する目的も併せて、日防軍も野戦ヘリポートを設置した。
今回は丁度即応させる戦闘ヘリを送り込んだタイミングに反乱軍が郊外に出現。野戦へリポートで燃料を補給して送り込んだという流れとなったのである。
殆どの反乱軍兵士が肉片に変えられる中、残った数人は荷馬車の残骸を盾に見つからないように息を潜める。
戦闘ヘリは荷馬車の残骸をぐるりと回り、生き残りがいないか確認する。
「金村。見えるか?」
「派手に吹き飛ばしたので、赤外線が人肌を判別できません。もう1回回ってください」
バタッバタッと音を立てながら旋回するヘリに、反乱軍兵士は息を殺して隠れ続ける。
「ーークソッ……あんな羽虫一つでこんな……」
生き残った反乱軍兵士は不用意に体を動かしてしまったため、赤外線カメラで辺りを凝視する金村に発見される。
「生き残りが見えました。三台目の影」
「ガンで狙え」
「了解。ガンズガンズ」
戦闘ヘリに装備されている20mm機関砲が火を噴いた。
50を超える弾丸が反乱軍兵士に降り注いだ。もちろん。降り注いだ後に反乱軍兵士の形は残っていない。
「タチさん。周辺に残敵なし」
「よし。少し周りを見回ったら引き上げるぞ」
「わかりました」
戦闘ヘリは黒煙立ち上る戦闘跡地をローター音を響かせながら遠ざかっていった。
火を避けて荷馬車を追ってきたクワ・トイネ軍の騎兵隊が戦闘跡地に到着した。辺りに動くものはなく、ただただ焼け焦げた匂いだけが反乱軍の末路を物語っていた。
「いやはや。日本軍の
「軽率な発言はやめろ……これは我らの不始末だ」
「ハッ!! 失礼しました。グレツ隊長」
クワ・トイネ軍騎兵隊は遺体の埋葬と残骸の撤去を始め、自らの野営地へと戻っていった。
日が落ちたころ、軍務局の執務室ではシュタグロフ将軍が略奪部隊が殲滅された報告を受けていた。
「ーー将軍。ダスティンの荷馬車隊の生き残りから報告です。物資の回収及び処分に失敗。さらに、荷馬車をすべて日本軍の鉄トンボに破壊されたそうです」
「そうか。ふむ。そうか……」
シュタグロフは特段驚くこともなく地図から『ダスティン』と書かれた駒を退かした。
(ーー予想より日本軍の動きが早いな。それなら好都合だ)
盤面を眺めつつ、シュタグロフは次の一手を思案するのだった。
中央暦1640年 8月26日
-クワ・トイネ公国 マイハーク-
1ヵ月前の戦いから平穏を取り戻したマイハーク。ただ、その平穏が嘘のように忙しい建物があった。
クワ・トイネにありながら、日本との外交会談の場として置かれたパーパルディア皇国の特使館だ。
建物の中では、職位の高いものほど慌てた様子で職責を果たそうと右往左往している。
「……ラキーネア殿下。残念ながら公国担当の監督官と魔信が切れてしまっている現状では、これ以上の情報は入ってこないでしょう」
「ベケット。そうは言うが、これは我々が撒いた火種です。今のところ日本は表立って動かないのは戦禍が拡大するのが目に見えているから沈黙しているだけです。我々が二の足を踏み続けたら、黙認したと勘違いされます。せめて火種を撒いた側としてケジメを付けなければ……」
「しかし、我々側の諜報員がいない現状では、バトラーたちの情報は掴めません。せめて、本国から別の諜報員か、フットワークの軽い人員を得られないでしょうか?」
「……一度皇国に戻り、現状を陛下に報告申し上げる。そこで何とか人員を回せないか聞いてみよう」
「よろしくお願いします」
2人が報告書類の作成に集中していると、1人の事務員が通信室へと秘かに入り込んだ。
その事務員は魔導通信機を起動させた。
≪こちら国家戦略局魔信交換室。コードをお願いします≫
「コードは『アーズェン』。繰り返す。コードは『アーズェン』」
≪少々お待ちください……。コードを確認しました。相手にお繋ぎしますので、少々お待ちください≫
事務員は相手に繋がるのを待った。そして、数分ほど経ったころ、ようやく同志であり、かつて局長だったアンヴォフの声が聞こえてきた。
≪ーー待たせたな『幸運の樹』。そちらはどうだ?≫
「仕事は順調です。フォヴナ。ルビーは会議室で書類の束を日々積み上げています」
≪結構結構。銀の匙にいい報告ができる……。日本の方はどうだ?≫
「少しずつですがマイハーク港に戦力が届けられています。兵の数にして千人程度。また、クイラ軍もマイハークに集結しつつあります。こちらは2千程です」
≪日本軍の動きはどうだ?≫
「今のところは目立った動きはありません。基地内で
≪……そうか。分かった。
「そちらは日本軍基地に50台以上搬入されているのを確認しました。何かしらの妨害行動を実施しますか?」
≪ーーそれができる戦闘要員は先月の活動でほぼ殉職した。バトラー達も逃げの一手で何かしらの行動は不可能な状態にある。『幸運の樹』はこのまま情報収集と報告に専念しろ。他の者に感知されるなよ?≫
「わかりました」
≪では、次の報告まで……≫
魔信が切れると、魔導通信機をまるで誰も使っていないように偽装しながら戻した。
『幸運の樹』は表向き特使付きの事務員だ。だがその実態はアンヴォフに近い立場の諜報員なのだ。
和親条約に基づき特使館をマイハークに設置する際。より日本の情報を多く得たいという下心を抱いた国家戦略局は出向という形で特使付き事務員を用意した。ただ、この用意された事務員は表にこそ出さないものの、根っからの皇国至上主義者で日本に対する融和政策に反感を持つ人物だったのだ。
アンヴォフは局内の人物に対して
この事務員は直接バトラーたちと魔信を繋げることはできない。ただ、その連絡役をアンヴォフが担っている。
局長の席を追われたアンヴォフには時間がたくさんあるからだ。
ちなみに、国家戦略局の局長がアンヴォフからルコダンに変わってから、ある程度局内の人事異動が起きた。しかし、その中にアンヴォフの子飼いが少なからず居り、職務の傍らでアンヴォフの計画に手を貸していた。
ラキーネアもベケットも。それどころか皇帝であるルディアスですら事態の複雑さと深さを把握できずにいる。しかし、ロデニウス大陸が混迷している中、パーパルディア国内でも派閥間で亀裂が生じ、その亀裂が少しずつ皇国内で災いの種になることを、この時誰も予知することはできなかった。
解説はありません