中央暦1640年 9月14日
-パーパルディア皇国 エストシラント-
エストシラントでは夏の日差しを少しずつ秋の涼しい風で暑さを薄れさせる中、皇帝ルディアスは己の執務をこなしていた。
捌いている書類はこれと言って緊急の物はないが、気がかりなことは頭の片隅にずっと残っていた。
「ーーはぁ。今のところ軍事行動を明言していないからいいものの、ロデニウス大陸を今後どうするか……」
ルディアスは今後の日本との関係とロデニウス大陸の価値を天秤にかけていた。
ロウリアに対する工作を始めたのは、丁度拡張政策の全盛期といえる時期だった。
ロデニウス大陸自体。フィルアデス大陸と比べ小さく、魔導や文明レベルもフィルアデス大陸周辺に比べるとあまり高くない。しかし、人口はそれなりにあり、地下資源なども周辺の文明圏外の中では有望だ。だからこそ、『国家戦略局』の
換わりとして比較的皇国に近い領域といえば、南方のアルタラス島なのだが、すでに植民地化は完了している。あとは大陸北部か
外の領域を段階的に自国へと
何か経済を好転させる策はないかとルディアスが唸っていると、執務室の扉が叩かれた。
「入れ」
「失礼します。陛下」
執務室に入ってきたのは、監査室業務で着用するスーツ姿のレミールだった。
「よく来たレミール。すぐ茶を用意しよう」
軽く目配せすると、ライラは黙ってお茶の用意を始めた。
ルディアスとレミールは応接机に座り、ライラがお茶の準備をしている間、軽く雑談を楽しんだ。
「最近の業務はどうだ? レミール」
「そうですね……陛下の恩情もご理解いたします。しかし、あまりこういう言い方はしたくありませんが、もう少し骨のある案件を監査したいと考えている次第です」
「まぁ。レミールの辣腕は担当部署にいい刺激を与えておる。ただ、未だ不満の言葉が各部署では多い。その辣腕の使い方を考えねばならん」
「そうですか。私にはなかなか難しいです」
ライラが2人分のお茶とお茶菓子を用意し、レミールが用意されたカップを持つと、ポツリと話を始めた。
「そういえば、最近のロデニウス大陸での戦い。日本は
レミールの口から日本という言葉が出ると、ルディアスはカップを持ちながら少し眉間に皺が寄った。正直。
「ーー手こずって……。監査室にもレクマイアの報告が届いているのか?」
「届いているというより、外務局の報告書を見る権限が監査室にはありますから、それが何か?」
「いや、確かにそうだな。失念していた」
「陛下の下には皇国中の報告や決済が届く事は理解しております。ついぞ各室の権限や権能を忘れるのは致し方ありません」
「そうか。それで、レクマイアの報告を見て君はどう思ったのだ?」
「……」
レミール静かにカップを机に戻すと、姿勢を正してルディアスを見つめながら口を開いた。
「陛下。日本はロデニウスの内乱で疲弊しています。今なら和親条約を我が国に有利な内容で改定させることができます」
「……報告書によく目を通しているようだな」
「えぇまぁ。監督する者の一人として当然のことかと」
(……それを日本との交渉前に発揮してくれればよかったのだがな、流石に他人の流血を無為にするほど愚鈍ではなかったか)
「陛下。それに、ロウリアは我が国の甘言に乗った蛮族国。もし日本が手こずっている間に我々がロウリア側に停戦……いえ、休戦のために動けば、少しは日本もこちらの気持ちを斟酌するのではないかとお存じます」
「いや待て、そもそもロデニウス大陸の調略は我々が仕掛けたことだぞ? そんな話に日本が乗ってくるとは思えないのだが?」
「だからです。日本側に“皇国はロデニウス大陸における混乱の責任を取ってロウリアとの停戦とクワ・トイネ内の謀略の責任を取る。なので、和親条約を改定してほしい”と伝えるのです。そうすれば日本側もこちらの誠意を認めるのではないでしょうか?」
「……それを認めなかった場合は?」
「まぁ。その時は事態を放置するだけです。結局日本は我が国にかまけるほど余力がありませんから」
レミールの話を一通り聞き、それが国益になるかどうか考えた。
確かに、和親条約は
ただ、日本との関係性はもう少し皇国に有利にしたいという下心をルディアスは抱いていた。
「レミールの考えはわかった。だがその交渉は時期尚早だろう。それに、日本の担当はラキーネアだ。レミールが深く考える必要はない」
「そうですね。わかりました」
レミールはカップに残ったお茶を飲み干すと、ルディアスに挨拶して退室していった。
少しした後。ルディアスはレミールの提案に違和感を感じ、『臣民統治機構』のパーラスを呼び出した。
ただ、パーラスが来る前にラキーネアがカバンを携えてやってきた。
「陛下。失礼します」
「ラキーネアか。調査の進捗はどうだ」
「芳しくありません。諜報員と魔信が繋がらないため、クワ・トイネ内の活動実態の把握は困難を極めています」
「そうか。それで、余に報告するためだけにここへ来たわけではあるまい」
「はい。可能なら現職でも退職した者でもよいので、諜報員を何名か貸していただけないでしょうか? 私ではバトラーたちを追うことができません」
「そこまでか……わかった。ルコダン辺りに話を通して人員を用意させよう」
「ありがとうございます」
ルディアスとラキーネアが話していると、呼びつけたパーネルが汗を流しながら入ってきた。服も若干乱れている。
「陛下。遅くなって申し訳ありません。私に何用でしょうか?」
ルディアスはこのまま話そうかと思ったがやめた。
「ラキーネア。件のことはわかった。日本のことで追加の報告書が監査室に届いておる。同僚に顔を見るついでに報告書に目を通しておけ」
「わかりました。失礼します」
ラキーネアは速足で執務室を後にした。
「……陛下。私を呼んだのはラキーネア殿下に聞かれてはまずい案件なのですか?」
「ーーかもしれん」
「はい?」
「貴様に頼みたいのは、監査室で裁可された案件の確認だ」
「承りましたが、どのようなものをお望みですか?」
「……時期に関しては、昨年の11月までと12月から今まで。諜報活動に関する予算の裁可に関するものを確認し、余に報告せよ」
「わかりました。急ぎ取り掛かります」
パーネルは少し乱れた制服をたなびかせながら執務室を後にした。
「さて、どうなることか……」
ルディアスは嫌な予感を抱きつつ、魔信に手を伸ばした。
中央暦1640年 9月14日
-OCU日本 市ヶ谷-
真夏の熱波が過ぎ去り、朝と夕に涼しい風が流れ始めたころ。市ヶ谷では日防軍の制服組最高司令官の三垣が情報解析センターから報告を受けていた。
「ーーいくつかの情報を精査した結果。ロウリア軍は反攻作戦を計画していると推測されます」
「確かか?」
「はい。ロウリア軍は戦略規模で戦力の再配置を実施しています。目標は22旅団がいる『北の港』かと思われます」
「周辺状況は?」
訪れた日防軍士官は各種資料を三垣の机に広げた。
「まず内乱が起きて3週間ごろから、前線付近のロウリア軍が少しずつ戦力を交代させているのがわかりました。さらに、浸透偵察の報告から大規模に欺瞞された歩兵の戦列も確認出来たとのことです。また、後退させた戦力の内3割程度を国境線から西へ300kmの大河周辺に再配置しています。残りは『ジン・ハーク』まで後退させているようです」
「大河を防衛線にするのは理解できるが、首都の防備も併せて固めているのか?」
「いえ、『北の港』周辺に偽装された野営陣地を構築しています。22旅団と対峙している戦力は現在6万を超えていると推測されます」
「6万……
「しかし三垣参謀長。これはチャンスかもしれません」
「チャンスとは?」
「敵軍が沿岸地帯に大規模な戦力を集結させつつあるのです。海軍と空軍で一網打尽を狙うことができます」
「……よろしい。作戦計画の草案は任せる。
「わかりました」
一週間後、防衛省の会議室に
ロウリアに対する大規模作戦の説明と承認を得るためだ。
「田澤大臣が入られます」
日防軍士官の一人が扉の前で報告すると参列した将官が一堂に起立し、敬礼した。
田澤が席に座ると、口を開いた。
「……ご苦労。部下からは『ロウリア戦争』における決戦を計画していると聞いているのだが?」
「はい。こちらをご覧ください」
会議室全体が暗くなり、田澤の真正面に置かれたスクリーンにロデニウス大陸の一部が映し出された。
スクリーンが表示されると、進行役の日防軍士官が解説を始めた。
「偵察情報を収集。解析した結果。ロウリア軍は現在『北の港』奪還を画策しているのは間違いないと思われます」
「報告書には国境線から戦力を引き抜いていると書いてあったが、確かか?」
「国境線に展開しているロウリア軍13万の内約4万の戦力が欺瞞用の案山子で構成されていることが判明しました。その引き上げた戦力の内、半数以上が『北の港』周辺に擬態陣地に集結しています。また、国境から西へ約300kmにある大型河川の橋付近においても防御陣地の構築に励んでいます」
「……ロウリア軍の今後の行動予測はどうなっている?」
「大きく2パターンが考えられます。まず『北の港』に対する奪還を主軸とする自国領土保全策。もう一つは敢えて国境線をわが軍に突破させて攻勢限界点から決戦を仕掛ける策です。どちらかが主攻助攻の関係にあると考えております」
「君らが考える案は?」
「はい。まず『北の港』で待機している『
「国境線のロウリア軍はどうするんだ? クワ・トイネを奪還するまで静観か?」
「はい。公都奪還後に『第23任務旅団』と『第21任務師団』を合流させ、敵野戦軍の包囲撃滅を図る予定です。何か質問はありますか?」
「……これを実行するだけの備蓄はあるのかね?」
「
「なるほど。これが予見できているなら、首都に対する電撃攻勢を選べばよかった」
「田澤大臣。その時はその時優先すべき要因がありました。我々は残っているカードで目的を達成するだけです」
「そうだな。内閣には私から伝えておく。徹底的にやってくれ」
「ありがとうございます」
田澤は片頭痛を覚えながら、会議室を後にした。
日防軍は乾坤一擲の作戦を成功させるため、全軍で準備を始めるのだった。
解説はありません
追記
画像を用意し忘れていたので、追加しました。
(微妙に分かりにくい