中央暦1641年 8月27日
-OCU日本国 東京-
「……何だこの報告書?」
開口一番口を開いたのは枢木だった。
「3カ国の政情現況と我が国に対する3カ国からの要請です」
枢木が目を通している紙束は外務省を中心に各省庁によって纏められた報告書の束だ。
「ロデニウス大陸の戦争が終わってからまだ1年しか経っていない、まだ戦災復興の真っただ中の地域もある。しかし、なぜそれぞれの政情が以前より悪化しているんだ!?」
報告書には、ロデニウス大陸3か国の政情が政治を中心に経済や治安状況が記されていた。そして、その内容は一様に以前より悪化していることを記していた。
まずクワ・トイネだ。こちらは経済こそ上昇傾向にあるものの、地方の行政に対して中央官庁の業務が度々停滞しているのだ。
『英雄の反乱』。そこから正規軍による内乱鎮定とロウリアとの戦争終結によって一先ず戦災ふっ卿に動いたのだが、代行だったデュラム将軍と交代したマティー・プパンキン首相は故カナタ首相と比較すると、多くの部門において見識が乏しかった。
本来なら、それを支える官僚や貴族がいたのだが、政治部会が爆発した際に殆どが亡くなってしまったのだ。
公国軍が機能しているので国防や公共事業は何とかなっているが、法務や財務に関しては軍の不得手なところなため、地方にその皺寄せが生じているのだ。
プパンキンも何とか政治停滞を解消しようと奮闘しているが、故カナタほど清濁を飲み込めるような精神は出来上がっていなかった。
そして、皺寄せが来ている地方は各々行動を開始した。ただ勘違いしてはいけないのは、分離独立に動いているのではないということだ。
地方の有力者や貴族が独自に事業を展開し始めたのだ。
本来なら中央官庁の手綱をプパンキンや官僚たちが握る必要があるのだが、既に統制が取れる規模ではないため、プパンキン首相直筆の親書と共に日本に対して支援という名の救援要請をしてきたのだ。
今のところ日本としては、各省庁でダブついている役人をクワ・トイネに出向させて、役所業務の支援に当たらせている。
次いでクイラだが、こちらは経済発展著しく。ちょっとやそっとの失策に関して国民のほとんどは気にしていなかった。しかし、ロウリアと国境を接しているということもあり、終戦してからロウリア国民の出稼ぎが多く来訪するようになっていた。もちろん、出稼ぎに来たロウリア国民はクイラ国民を(腹の内は兎も角)表立って侮辱したりはしない。彼らとて、種族の誇りより日々の糧を得る方が重要だからだ。
ここまでなら何ら問題ないのだが、重要なのはここからだ。今のクイラは経済発展著しいため、一部のロウリア国民が落ち目な母国から手段を問わずクイラ王国に不法入国することがここ2年余りで急速に増えたのだ。
既に関所からの報告では阻止できる範囲を超えており、日本政府に広域監視できる器材がないか質問が来ていた。そして、この流れに含まれるようにクワ・トイネが導入している『LT-9』を導入できないかの打診も行われた。
こちらはクワ・トイネとクイラが長年同盟関係にあったということもあり、ここへきて「クワ・トイネばかりに日本製の兵器が導入されるのは如何なものか?」という苦情も含まれていた。
日本としてもクイラからの原料輸入と併せて今後の重工業の生産力回復を計画しており、『LT-9』をはじめとした兵器輸出を拒む理由はなかった。ただ、教導隊の派遣に時間がかかるため、最初に装備を受領したクイラ国軍の教育教導はクワ・トイネ公国マイハーク野戦演習場で行われる方向で日防軍は動いている。ただ、本質はそこではない。
クイラの辺境や外縁地域では不法入国のロウリア国民が増え続けており、治安が悪化傾向にあるのだ。
その治安を回復するための見せ札として、『LT-9』をはじめとする日防軍の装備を欲したということだ。
最後にロウリアだが、各地に進駐部隊を展開させたことによりロウリア国内の事情が見えてきた。
ロウリア王国は確かにロデニウス大陸一の規模を誇る国家だ。経済力も規模に相応しい物を持っている。しかし、人口規模に対して統治態勢が王政による封建的なため地域差が激しいのだ。さらに、ロウリア王国の国是である『人間のための極楽浄土』に対して地方では種族を問わない奴隷市場が展開していた。
ロウリア国内の人間以外の種族は、今まで「奴隷身分でも生きていけるなら仕方ない」位の意識があったのだが、ここにロウリア王国降伏と進駐軍の展開によって彼らの意識に少しずつ変化が生じた。
奴隷の多くが自らの幸福というものに葛藤し始めたのだ。
流石に主人に対する反抗や徒党を組んでの暴動など、暴力的なものは早々に鎮圧されたため殆どなかったが、対して進駐軍に対する懇願や主人からの脱走が上昇傾向になっていた。なので、ロウリア王国の各諸侯から「奴隷が脱走し、地場産業が縮小傾向にあるので、可能なら確保してほしい」という要請が進駐軍経由で入ってきたのだ。
現状日本としては進駐軍による行政代執行を実施しているが、ロウリア王国の国家解体自体は考えていないのだ。しかし、奴隷制度のような人道や人権意識の低い社会制度の存続は、世代を跨いだら以前のように『亜人撲滅の政策』や戦争の遠因になりかねないと考察されており、ロウリアの政治構造や社会体制の再構築を検討していた。
枢木は何度も資料に目を通し、愚痴に様に感想を述べた。
「
「我が国も経済格差はありますが……如何いたしますか?」
「……この問題。3か国別々で対処しても世代を跨げば問題が再燃しかねんな……我が国の存在がいい意味でも悪い意味でもそれぞれに強い刺激を与えたようだ……
「具体的に、我が国はどのように意見しますか?」
「ロデニウス大陸全体を統一国家とし、
「各省庁と有識者を呼んで検討させます……そういえば、検討案件の名称はどうしますか?」
「そうだな……仮称は『ロデニウス連邦王国』としよう」
日本での閣議は静かに閉幕した。そして、3か国のそれぞれの思惑とは少し外れた未来がここから始まるのだった。
中央暦1641年 9月9日
-パーパルディア皇国 首都エストシラント-
「ーー陛下。ユステーナ・エルト第1外務局長。参上いたしました」
「よく来てくれた。掛けてくれ」
「失礼いたします」
エルトが応接ソファに腰掛けると、静かに控えていたライラがお茶を用意し始めた。
ルディアスは執務机に置かれた書類を数枚サインすると、エルトの対面に座った。
「エルト。他の文明圏での動きはどうだ?」
「報告書に記したいることが殆どです陛下。ただ、第2文明圏の動きはかなり激しいです。しかも、悪い意味でですが……」
「やはり、レイフォルが滅亡した事は大きいか……」
「ムーは面にこそ出しませんが、『日本』と『グラ・バルカス帝国』に強い意識を向けているのは確かです」
「ミリシアルの方はどうだ?」
「政府要人はポーカーフェイスを保っていますが、第2第3文明圏両方での情報収集が今まで以上に盛んになっています」
「
「……陛下。方向書の内容を確認するために私を呼んだのですか?」
「ん。いいや?」
ルディアスはカップを机に置くと、静かに口を開いた。
「半年後に『11ヵ国会議』が開催される。そろそろミリシアルから開催に関する話が来ると思うのだが?」
「確かにそういう時期です。何か会議に提示するような重要な案件があるのですか?」
「いやちがう。できれば今回の会議で日本を参加させたいと考えている」
「……陛下。真意を聞かせていただいても?」
「うむ。エルトも感じているであろうが、日本は今後間違いなく『11ヵ国会議』の常任枠に入ると見ている。我が国の意思と関係なくな」
「それについては……理解しております」
「日本の心中はわからんが、このままいけばなし崩し的に我が国の立場が追われる可能性がある。そうならぬ内に我が国の仲介で『11ヵ国会議』に参加させた方がよいと余は考えたのだ」
「そうなると、他の国は我が皇国を日本の庇護下と勘違いするのではないですか?」
「確かに裏を読んでそう考える者が出てくるが、その見識自体は甘んじて受けようと思う」
「ーーその見識を受ける以上に皇国の利があるということですか?」
「そうだ。仮に日本と我が国両方を知っている者からしたら、『皇国と日本が強い関係性を持っている』ことを認識するのではないか?」
「ーーしかし、列強で日本と関係を持っているのは我が国の除けばムーだけです。他の文明国も日本をどれだけ認識しているか……」
「そこは逆に知らない方が都合がいい。我が国の息がかかっている新興国の登場に意識が向くだろ?」
「……そして、新興国の正体が列強に匹敵することを知り、そしてその強国と良好な関係を持つ我が国は重要な仲介役になる……と?」
「そうだ。第3文明圏は“我が皇国と日本の関係によって成っている”ということが今後重要になってくる。故に、11ヵ国会議の場で他の国に見てもらうことに意味が出てくる」
「ーー陛下がそこまで先見ある考えをお持ちとは……。ミリシアルの特使と日本の大使に陛下のお考えを伝えておきます」
「あぁ。頼んだよ」
エルトはルディアスのお辞儀すると執務室を後にした。
ルディアスは追加のお茶をライラから受け取り、ティータイムを楽しんだ。
後日。エルトは在皇国日本大使である阿須 弘人大使を第1外務局に招いた。
「ーーようこそ。阿須大使」
「お招きいただきありがとうございますエルト局長」
外務局局員の案内で阿須は応接室へと案内された。
お互い席に着き軽く雑談した後、阿須はエルトに呼び出した理由を質問した。
「ーーここから本題なのですが、本日はどのようなご用件で私を招待して頂いたのですか?」
「はい。阿須大使は『先進11ヵ国会議』というものをご存じですか?」
「チラッと噂程度で聞いたことがありますが、何分縁の無い話なので、細かいことは存じあげません」
「そうですか。その会議は第1から第3文明圏の列強国。さらに地域大国合せて11ヵ国を2年ごとに招集し、世界的に重要な議題を話し合うものです」
「ほう。と言うことは、貴国もよくその会議に参加しているということですか?」
「左様です。昨年春頃に最新の会議があり、参列しています」
「そうですか。しかし、その会議と我が国と何ら関係はありません。それに参加できる立場でもありません」
「……もし、オブザーバー枠で参加できると考えたら、どうしますか?」
阿須はエルトの言葉に少し目を細めた。皇国は日本に何か見返りを求めているのだろうと推測したからだ。
「……他の文明圏における国交締結が捗りますな。しかし、そうなると皇国は我が国に何か要請があるということでしょうか?」
「要請なんてとんでもない。ただ皇国と“共に”参加していただけるだけで十分です。会議における発言権は確約できませんが、他参加国の議題や発言を耳にするだけでも貴国にとって有益ではないかと……」
エルトの言葉に阿須は疑念を抱いた。皇国という国家は遠回しな発言を殆どしない。それが、今回に限って何も求めていないような言い回しだ。外交官として職歴を積んだ者として、頭の片隅に引っかかった。ただ、エルトが言ったように日本としては国交締結国が増えるこは国益にかなうと考えた。
「……一度本国に報告し、後日参加の可否を申し上げます。よろしいでしょうか?」
「もちろん。よい返事を期待しております」
エルトと阿須の階段から数日後。内閣では皇国の裏事情を推察しつつも、『国益に利する』という事で参加可能と返答した。
中央暦1641年 10月2日
-パーパルディア皇国 とある属領-
ここはフィルアデス大陸の内部。パーパルディア皇国の属領の一つで『サンタ・バルラ』と言われる所だ。この地では今日も今日とてパーパルディア人による過酷な労働が住民に課されていた。
※作者の主観が多分に含まれます
パーパルディア皇国は自国の領域に段階区分が存在しており、『領土』。『植民地』。『属領』。『属国』。『保護国』。『租借地』という区分が存在する。
なおこの区分は“住民の皇国民比率”と“統治機関の皇国民比率”の差だ。これを視点を変えるなら、『その土地と住民がどれだけ皇国に近いか』の差を示している。
この土地は『属領』基準なので、住民のほとんどは皇国民ではない。かつてこの地が独立国だった時の名残で『サンタ・バルラの民』と言われることはあるが、もちろん好意的な意味ではなく侮蔑的な使われ方の方が多いが……。
街の中央には周囲の建物と比べ、小さいがしっかりした造りの城塞が佇んでいる。この城塞はかつて『サンタ・バルラ公爵領』と言われていた貴族の城だったものだ。
数十年前に皇国に敗北し、城の主が移り変わったが『統治者のための居城』という役目だけは変わらなかった。
その居城の執務室では、『サンタ・バルラ統治機構』指揮官を務めるカーン・ノイエントールが皇国軍の指揮官エリー・レンドンと会談していた。
この会談が正式なものなら、
「ーーそれで、わざわざこんな辺鄙な土地に来た理由を聞かせてもらってもいいか?」
「えぇまぁここだけの話なのですが、最近皇帝陛下に心労が重なっているようで職務に支障が出ております」
「はぁ? 陛下の心情を私のような地方の役人に聞かされても……」
ノイエントールはこの時知らなかったが、目の前にいるレンドンは『正統派』に属する指揮官だった。
「最近。辣腕に陰りが見えた陛下に近しい皇族の方が皇帝の座を狙っておられましてね……今その皇族の方の支持者が少ないのです」
「……現皇帝陛下に対する忠義があれば、2番以降の皇位継承を持つ皇族の方々に対して大っぴらな支持はしないと思うが……」
「まぁもちろん。陛下の裁可が皇国の未来になるのなら、その皇族のお方も皇帝の座を狙うことはなかったのだが……如何せん。最近の陛下は日本という文明圏外の国に骨抜きにされつつあるようでして……」
「日本? 皇国の南東に現れた新興国家だったかな?」
「えぇそうです」
エストシラントでは日本という言葉はいい意味でも悪い意味でもよく言われる国名だ。しかし、それ以外の地方や僻地ではまだまだ認識が薄い存在だった。
「我々が“独自”に調べた結果。どうも日本から皇帝陛下個人に多額の賄賂が渡っているらしく。それで日本の利益になる政策を展開しているとか……」
「……賄賂を渡した程度で陛下のお心が揺れるものか?」
ノイエントールが言うように、ルディアスは自分の懐に入る金で動くたちではない。それどころかレンドンが言うような賄賂は日本から流れていない。『正統派』が他の有力者の協力を取り付けるための“法螺”なのだ。
「少なくとも、日本と関係が出来てから陛下の辣腕に手心が加わるようになったのは事実。閣下も陛下が皇国の運営より外様である日本にばかり意識を向けるのは面白くないとお思いませんか?」
「それはまぁ。確かにそうだが……」
ノイエントールはカップを軽く回して一口流し込んだ。
レンドンの方も舌の根を湿らせるため、カップのお茶を手に取った。
「ーー私の支持する皇族の方からなのですが、もし支持していただけるなら今より良い席か、お望みのポストを用意できます。どうですか?」
「……」
ノイエントールはレンドンの言葉に迷った。
統治機構指揮官というのは軍歴の中で評価され難い。
目立つような戦いはできず、精々暴動の鎮圧程度が戦歴となる。
軍歴の本流に戻る者もいるが、大抵は若い軍人か
レンドンの言葉は遠回しだが、実質反乱への参加要請だ。
反乱に加わり、上手く事が運べば今より良い地位や富を手に入れれるかもしれいない。しかし、反乱が上手くいく可能性は限りなく低い。なぜなら、現皇帝は致命的な失策がないからだ。さらに、職責に不満はあれどノイエントールは軍人だ。最高権力者に立てつくなど考える気など湧かなかった。
「……レンドン。いくら親しい仲の相談とはいえ、今回のことは聞かなかったことにする」
「いえ。こちらも無茶を言っているのは承知です。もし心変わりしたなら、参謀本部ではなく、外務局監査室のレミール邸にお越しください。いつでも歓迎します」
「……」
レンドンはノイエントールに別れの言葉を継げると、部下と共に城砦を後にした。
城砦から離れていく馬車をノイエントールはじ~っと目で追った。
「……馬鹿な真似はしないでほしいものだ……」
ノイエントールは残った書類を処理すべく、執務室に戻った。
解説はありません