中央暦1641年 10月28日
-パーパルディア皇国 首都エストシラント-
常緑以外の樹木は茶色く変化し、冷えた空気がエストシラントに吹いていた。
皇帝の居城は建物と小山の上ということもあり、市内より強い風が窓をカタカタと叩いていた。
朝食の時間から少し時間が経っているが、日の高さはまだ高くない。日差しこそあれ、暖かい飲み物が恋しくなるくらいには涼しい時間帯だった。
皇国の主であるルディアスは今日も今日とて各局から裁決と報告の書類が束となり、職務に励んでいた。
(ーー試作兵器が幾つかできているようだが、配備するにも予算が足りんな。それに開発費用も馬鹿にならん)
皇軍関連の資料に目を通した。そこには日本に触発されて多種多様な試作兵器の数々と、追加の予算を求める要望も付属していた。
リントブルム向けの装甲資材。新型の魔導砲に歩兵銃。ワイバーンの新型等々。開発は多岐にわたり、予算も今までより多く提供したが、現場ではより多くの予算を欲していた。
皇国の経済発展は鈍化しつつあるが、元々巨大な財政を誇っており何の負担もなく予算を出すことは可能だった。
皇軍はここ2年余り、軍事的脅威が増えてしまったことに頭を抱えながら軍備増強と改編を続けている。
西のミリシアルと南東の日本という格上国家に囲まれている状況に軍人たちは気が気ではない。
ルディアスは軍人たちの不安を理解し、可能な限り予算を回せるよう予算残高を確認していると、ライラが客人の訪れを報告した。
「陛下。レミール殿下がお越しになりました」
「わかった。通してくれ」
緊急の案件でもない限り、多忙な皇帝に謁見するのは簡単ではない。ただ、レミールはその中でも例外な方だ。
皇族の括りの中でも会いに来ることが多く。仕事においても問題こそあれよく動いてくれる存在だ。
「陛下。ご壮健なようで何よりです」
「レミールも元気そうだな。ライラ。お茶の用意をーー」
「いえ陛下。急ぎの用事があって足を運んだ次第です。要件が済んだらすぐ戻ります」
「……君が私に直接足を運ぶほど、重要な仕事を任した覚えがないんだが……」
「そうですね。持ってはいません」
レミールは一拍置いてルディアスに話し始めた。
「ーー陛下。日本との関係は皇国の利益にはなりません。今すぐ関係の見直しを何卒お願いいたします」
レミールはまるで懺悔するように深々と頭を下げ、ルディアスに願い出た。
対して、ルディアスは意に介さず返答した。
「……レミール。君が皇国に対する愛国心を疑う気はない。その献身も……だが、文明が違うからと言って蔑むのは今後のためにならないーー君が一番理解していると思っていたのだが……」
「……」
ルディアスにとって、今言った言葉は一種の忠告だった。
「ーーつまり、今の日本との関係は維持するということでしょうか?」
「……いつの日か我が国が優位な時期が来るだろう。だが、それは今すぐではない。今は忍耐こそ我が皇国発展に必要なことだ」
回りくどいことを言ってただのティータイムにしたいルディアスであったが、レミールは覚悟を決めた顔でルディアスに向き直った。
「……陛下。大変心苦しいですが……皇帝の座。獲らせていただきますっ!!」
「……そうか。『正統派』を結成した真の目的はそういうことか……」
レミールは腕に着けているリングを一撫でした。これは魔導発信器の一種で、特定の信号を発することしかできない。しかし、その分小型に作ることができ、要人の緊急信号発信用として皇国では使われている。
「レミール。残念だが殆どの国民は『正統派』に着いてこないぞ。理想で民を動かしても、糧にならないと見切ればそれが反乱の芽に変わるのだからな」
「御忠告痛み入ります陛下。ですが、その言葉はもう少し前に言ってほしかったですね」
廊下からドタドタという足音が響くと、ドカッっと扉が勢いよく開かれ、スカーフを顔に巻いた兵士が入ってきた。
「無礼ですよっ!! ここを誰の部屋だと思ってーー」
ライラが言い切る前に、兵士の数人が小銃を発砲した。魔石火薬の硝煙が晴れるころには、ライラの胸から数か所の孔を空け、物言わぬ骸と化していた。
「陛下を下の会議室に案内しろ。後、他の政府要人もそこに集めろ」
「わかりました」
『正統派』兵士たちはルディアスの手を紐で縛り、執務室から連れ出そうとした。
扉まであと数歩というところでルディアスは立ち止まり、レミールに伝えた。
「レミール……君のこの行いは確実に君自身を滅ぼすぞ」
「御心配には及びません。既に決めたことですから」
ルディアスが退出したのを確認したレミールは、近くの椅子にドカッと腰を掛けた。
(ーーやってしまった……だが、これでもう止まることはできない。ただ目的を果たすまで進むまでだっ……)
レミールが送った魔信を受信した『正統派』の皇軍と貴族の私兵が動き出した。
後の皇国の歴史において『銀の決起』と言われる内紛が今ここに始まった。
同時刻。在パーパルディア日本大使館では大使を含む全スタッフが登庁していた。なお、この大使館はクワ・トイネの公使館も兼ねている。
阿須を含む全スタッフが職務に励んでいると、鉄門扉に皇軍兵士の一団が近づいてきた。
皇国内において
皇国軍兵士達が警備所の前に詰め寄り、小銃を向けられた。
警備員は驚きつつも平静を保ちながら質問した。
「失礼ですが、ここはそのような冗談を笑えるような場所ではーー
皇国軍兵士は警備員を嘲笑しながら右手を上げ部下に命じた。
「ーー撃てっ!」
乾いた炸裂音が辺りに響き、銃弾が警備員を襲った。ただ、警備員は撃たれる瞬間。手元の非常警報スイッチを作動させ、辛うじて大使館に警報が送られた。
「大使館の日本人共を拘束しろっ!! 我らが主が交渉に使うとのことだっ!!」
皇国軍兵士たちは
警報が流れた大使館内ではパニックに陥りつつも、必要な措置を実施した。
「外に繋がる扉と1階の窓はすべて閉鎖。警備兵は装備を整えろっ!!」
「大使。本国へ緊急電を発信しましたっ!!」
「ドラムカン起動させますっ!!」
駐在武官やスタッフたちは大使館で籠城の準備が大急ぎで進められた。
「殿下の指示だ。日本人共はすべて捕縛しろっ!!」
警備員を排除した皇国兵は駆け足で大使館へと迫った。
あと数mという所まで扉に迫った皇国兵達だったが、植木の近くに置かれている円筒状の飾り?から足が生えてきて動き出した。
皇国軍兵たちは驚いたが、鉄門扉から大使館までの間に真面な遮蔽物がないため、彼らの運命は決した。
「ぐぁっ!!」
「いっ!!」
パンパンッと乾いた音が辺りに響くと、彼らの眼前にドラムカンが硝煙を吐きながら佇んでいた。
「このっ!! ふざけやがってぇっ!!」
隊長はそのバカげた形状に小銃を構えようとしたが、それより早くドラム缶から9mm弾が発射された。
隊長は何もできず打ち倒された。他の兵士も次々とドラムカンの餌食となり、結局彼らの目的である“日本人の捕縛”は叶わなかった。
エストシラント城で決起が起きてから数時間。謁見の間には皇帝ルディアスを始め、皇国の要職に就く人物が次々と連行されていた。
「ーーレミール殿下。これは何の冗談ですかっ!?」
覆面をつけた兵士に挟まれた第1外務局局長のエルトは陣頭指揮を執るレミールに噛みついた。
「おや? エルト局長。見てわかるように皇帝の座を得るために動いているのだ」
「しっ……しかし。このような武装蜂起で付いてくる者などーー」
「そうだな。だからこそ我々『正統派』は決起したのだ。今までのような軟弱な体制を打破し、より強固な体制を以て皇国を導くっ!!」
レミールの狂気と言える信念にエルトは恐怖を感じた。そして、今後の皇国がどうなっていくのか自らの運命も含めて絶望した。
決起が起きて1時間。日本の内閣では
「ーー加藤大臣。在パ大使館と邦人の現状は?」
「大使館を襲撃してきた集団の撃退には成功。防御を固めつつ籠城しています。蜂起した集団の規模にもよりますが、数日程度なら耐えることはできます。ただ、政府案件のために入国した運輸企業や商社の邦人若干名の安否が所在を含め不明です。最悪武装蜂起した集団に拘束されている可能性があります」
「……田澤大臣。救出部隊の編成は?」
「直ちに命じますが、大使館要員はともかく、現状所在不明の邦人救出は不可能です」
「……どうにもならないか?」
「少なくとも時間が必要です。闇雲に部隊を投入させることはできません」
枢木は腕を組んで数秒間げた。そして、意を決したように口を開いた。
「田澤大臣。まずは大使館要員を救出。他の邦人は行方が分かり次第救出作戦を実施してほしい」
「わかりました」
「後、加藤大臣はマイハークのペケット特使に皇国本国の状態を確認させろ」
「わかりました」
各人は目的を定めると、それぞれの省へと向かった。
フィルアデス大陸は平穏な時代が終わりを告げ、戦乱の時代へと突入したのだった。
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