中央暦1641年 11月14日
-パーパルディア皇国 エストシラント-
煤煙を含んだ秋の冷えた風がエストスラント市内に吹き抜けていく。
昨日の戦いはほぼほぼ終息し、皇都市内ではその後処理が行われていた。
パラディス城での会議室では、ラキーネアを始め政府要人。日本側からは近藤を筆頭に救出部隊の司令部要員が参加していた。
彼らは戦いに勝利した者達であるが、今後の方針を決めるため集まったのだ。
「ーー市内展開の日防軍より報告します。まずパラディス城含むエストシラントの奪還はほぼ完了。反乱軍の抵抗はありますが、寡兵であり立て籠もっている場所は完全に包囲され、孤立しているということもあり制圧は時間の問題と判断されます。
次に、奪還予定だった皇帝陛下と我が国邦人ですが、こちらは失敗。敵指揮官を尋問したところ、作戦の数日前から移送が行われていたことがわかりました。行き先はアルタラス島とのこと。現在情報を確認するため偵察準備中。以降は続報待ちとなります。
次に反乱軍指導層の捕縛ですが、こちらも皇帝ともどもアルタラス島らしく、先と合わせて続報待ちです。
次に、北東へ突破を図った反乱軍主力ですが、数は推定2万5千。皇国軍封鎖線を突破した後、移動を継続しています。現在位置はエストシラントより北北東35km辺り。現在も街道に沿って北上。現在、我軍と皇軍による監視を継続中。以上です」
日防軍士官の報告が終わると、次に皇国軍の士官が報告を上げた。
「皇国軍より現状を報告します。まずエストシラントに駐留していた50万のうち、12万が反乱軍に参加。5万が皇都内で蜂起しましたが、残りの7万は反乱軍に靡いた大貴族領へと移動していることが確認できました。さらに、反乱に呼応したのか我が皇国の
次に、海軍では
最後に、試作ワイバーンが反乱軍に奪取されました。数は最低でも50騎。最大200騎と見積もられます。皇国軍からの報告は以上です」
「国家戦略局から報告します。我が国と国境を接する国家から暴動発生地域との間で、交易品と整合の取れない物資の流れが確認されました。現在、臣民統治機構と協力して調査を進めています」
報告が終わると、まず近藤が発言した。
「失礼を承知で申し上げるが、誰が皇国側の最高指導者の代わりを務めるのですか?」
近藤の言葉に皇国側の多くは驚愕するが、赤髪が煌めく婦人が静かに起立し、宣言するように口を開いた。
「ルディアス皇帝は在命なるも、反乱軍の手中。今名乗り上げないのなら、このラキーネア・フォン・エストシラントが皇帝の代行を務める。異論のある者は居るか!?」
ラキーネアの言葉に、数名が何か言いたそうに動くが、それより早く皇国軍総司令官であるアルデがラキーネアに賛成の意を送った。
「皇国軍最高司令官として、ラキーネア殿下の勇断と決意に賛同いたします」
現状で最も重要な組織の長が賛同したことにより、他の者から大きな異論が出るはずもなく、渋々ながら全員がラキーネアを皇帝代行とするぉとに賛成した。
会議に参加した外務局長のエルトは薄っすらとこの流れに茶番じみた物を感じた。
(ラキーネア殿下は監査室所属ながら権力というものに関心が低かった。日本の存在やアルデ総司令官に触発されたのでしょうか?)
エルトはラキーネアが皇国の手綱を握ることに一抹の不安はあったものの、内乱を収めるには日本の協力が不可欠であことを思うと、下手な人物より日本と交渉ができるラキーネアの方が妥当だと判断した。
因みに言うと、エルトの違和感と考えは正羽を得ていた。
日本側は皇帝奪還が失敗した後の流れとその埋め合わせを作戦計画の策定段階から想定していたのだ。
ラキーネアは最初、皇帝の代行という重責は身に余ると辞退するつもりだったが、日本側としては下手な皇族が音頭を取ってしまうと内乱の行方がどう転ぶか予測できないということもあり、作戦失敗後の埋め合わせも保証するという意味合いも含めてラキーネアとアルデに提案したのだ。
勿論、ラキーネア皇帝代行に反意が出た場合。「諸氏は皇国の現状より自らの権力を優先するのか?」と牽制も予定されていた。
会議が沈黙すると、近藤が立ち上がった。
「ラキーネア殿下。当方は軍の指揮官ゆえ一度引き揚げます。本国では新たな大使や駐在武官の派遣準備が進められています。皇国のこれからの方針をしっかりお決めください」
「ーー近藤将軍。日本国はこれからも我が皇国に手を貸していただけるのですか?」
「……確約はできませんが、我が国は皇国を見捨てる気はありません。その点はご安心ください」
近藤たちは帰国する準備のため、会議室から席を外した。
残った皇国側の政府要人達は早速会議を始めた。
「さて、今後の行動方針を決めよう……パーラス。わかっている範囲で良いから、皇国の領域……本土から保護国まで反乱に加わった地域は判るか?」
「本当に概略程度ですが……まず72個の我が国の領域の内。反乱軍側に参加した地域は5つ。そして、17の地域において不明瞭な軍もしくは貴族軍の集結が進んでいます。次に6の地域において大規模な暴動が発生。現在も増加傾向にあります」
「つまり、敵性もしくはそれに準ずる地域が28個もあるのか……」
ラキーネアの言葉に、大半の参加者は言葉に詰まった。
重い空気の中。声を上げたのはアルデだった。
「殿下。我々は大きく分けて2つの相手がおります。1つ目は皇国領内で跋扈する諸勢力。2つ目がアルタラスに逃げ込んだ反乱軍です。軍としては、まず大陸内の反動勢力を制圧。呵る後、アルタラス島の反乱軍に対処するのが得策かと存じます」
「その間、アルタラス島の反乱軍を放置するのか?」
「放置は致しません。しかし、海軍戦力の3割に相当する戦力が反乱軍の傘下にあり、領海の哨戒任務もありますので反乱軍艦隊を撃滅できる有力な戦力を用意できません。また、陸軍も大陸内の対処があるため遠征戦力を準備することができません」
「……分かった。将軍の方針で進めよう。レミール姉さまめ。どれだけ皇国に傷を負わせれば気が済むんだ」
「
ラキーネアが天井を仰ぎ見ると、思い出した様子でエルトに声をかけた。
「あぁそうだエルト局長。近藤将軍が武官と大使が赴任してきた際。非常措置としてこの城の一部区画を使用させる。いいかな?」
「……前例がないので、並みの文明国なら反対するところですが、城の保安上宜しいのですか?」
「城の詳細な内部構造は日本に伝えている。だからこそ、日本国はパラディス城を少ない被害で奪還できたのだ」
「そういうことでしたら……殿下の意思に従います」
「頼んだ。さて、他の案件だがーー」
中央暦1641年 11月15日
-アルタラス島 ル・ブリアス-
磯の香りを多分に含んだ海風が吹き抜ける中、何十隻もの戦列艦が入港した。
港では、政府要人を出迎えるため仰々しい態勢で警備が用意されていた。
彼らはレミールをはじめとする”正統派”の指導者層だ。
エストシラントにおいて遠からず戦いが起きると予見し、3日前にこっそり脱出したのだ。
「到着しましたな」
「古臭いが、良いところじゃないかーーアンヴォフ。ここの統治機構長官は大丈夫なのか?」
「……以前も申し上げたように、ここの長官であるユルゲン・シュサクは我々”正統派”の信念に
「だといいが……まぁ、陛下も日本人もこちらの手中だ。派手なことはしてこないだろう」
「ーーそうですな」
手厚い警護を受けながら、レミール達は今後のことを思案しながら統治機構庁舎へと向かった。
彼らが街道を進んでいくと、重い体をせっせと揺らしながらシュサクがレミールの元にやってきた。
「これはこれはレミール皇女殿下。アルタラス島へようこそ。卑劣な日本相手に勇戦したと聞き及んでおります。
皇城と比べ小さいですが、部屋を用意しております。ご案内いたしましょう」
「あぁ。これから世話になる」
アンヴォフはその光景を間近で見ながら、内心喜んでいた。愚か者たちが口車に乗って自ら檻の中に入り込んだからだ。
彼らの破滅をアンヴォフは確信したのだ。
解説は特にありません