"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第99話

 「…………えっ?」

 

 アイの呆然とした表情を笑顔で見つめる。

 俺は、前世の時から自分にとって"好き"という感情が分からない。

 前世は普通の庶民で、何か変わった事があった訳でも無い。

 普通の家庭に生まれて、普通に育てられて。

 普通に恋人もいたし、普通に働いていた。

 けれど、やはり俺はどこかおかしいんだろう。

 愛は分かる――けど、好きという感情が分からない。

 好きの反対は無関心。

 そんな言葉を聞いた事もあるが、俺からすると違う。

 好きの反対が嫌いだろ、そう当たり前に思ってしまう。

 そして愛の反対が無関心だと。

 愛してないから、無関心でいられる。

 好きだから、嫌いになれる。

 だから俺は、好きが分からない。

 正確には、嫌いが分からないんだと思う。

 何かを嫌いになれる程、好きになった事がない。

 だから、好きになるという感情が分からないんだ。

 それは物に対しても、人に対しても同じ。

 

 恋人が出来た事が前世で、何回かある。

 普通にほぼ毎回、付き合ってる人との結婚だって考えてた。

 今考えれば相当無茶を言われた事も多々あった。

 ――寂しいから迎えに来て。

 仕事が終わった日の夜中にそう連絡があり、車で三時間かけて出張に行っている彼女を迎えに行って、三時間かけて同棲している家に戻る。そして朝にまた三時間以上かけて出張先に送り届ける。そして俺はそのまま仕事に。そんなのが週に何回もあったりした。

 嫌だから飲み会に行かないで。友達と遊ばないで。スマホはいつでも見せて。今日は仕事休んで。早退してくれないとリスカするから。そんなのもザラだった。

 けれどそれをするのは、全く苦ではなかった。

 それをして欲しいなら、してあげたいと思ったから。

 じゃあ、そんな彼女たちの事が好きだったのかと問われれば――分からない。

 だって、嫌いになってないんだから。

 いつも笑顔で、相手の意見を聞いて、寄り添ってたつもり。

 だけど、口論になる。

 ――もっと好きって言って。もっと愛して。

 こっちからは一切口答えをしない。要望された事は全てやった。

 でも、仕事でたまに帰りが遅くなったりすると、怒られる。

 ――私より仕事の方が大事なんでしょ? そういうとこキライ。

 そして、フラれる。

 ――何考えてるのか分からない。

 ――他にもっと好きな人が出来た。

 そんな理由が並べられる。

 彼女たちは俺の事を"好き"と良く言っていた。だから俺も好きだと返した。

 でも、いつしか好きだと思っていた俺を嫌いになる。

 けれど、別れ話をされても、俺は嫌いにはならない。

 俺よりもこの人を幸せにしてくれる存在が現れたんだな。

 俺じゃこの人を幸せにしてあげられなかったって事だな。

 俺と別れて幸せになれるんなら、それが一番良い。

 そんな感想しか持てなかった。

 だから、俺は嫌いが分からない。

 なので、俺は好きが分からない。

 俺と付き合ってた人たちの幸せは、生まれ変わった今でも祈ってる。

 それが、俺の感覚だった。

 そもそも付き合い始めるのも全て、好きという感覚が無い状態でスタートしていた。

 その子の話を聞く。

 辛い事、大変だった事、悲しかった事。

 そういった話を聞いて"可哀そうだな"、"何とかしてあげたいな"そういった思いで、その人の事を意識し始める。

 それから、彼女が幸せになれるなら、全部やってあげたい。

 そういった付き合い方しか出来なかった。

 でも愛してはいるから、幸せになって欲しいと思う。

 愛してるから、何を言われても嫌いになれない。

 多分、俺の愛は恋愛ではなく、見返りを求めない"無償の愛"ってやつなのかもしれない。

 だから、相手の幸せに自分が邪魔ならいなくなりたい。

 相手が幸せなら、嫌われてもいいと思ってしまう。

 

 なので、好きが分からない俺は、アイを"好き"だと思った事は一度も無かった。

 もしかしたら自覚が無いだけで、実は好きなのかもしれない。

 でも、アイがどんな人間になったって嫌いにならないから、俺の中では好きという感覚になれない。

 

「う、うそ、だよっ……だ、だってっ……カズヤは好きだって」

 

 アイの言葉が耳に届く。

 まるで縋る様な口ぶり。

 でも、俺はそれを否定する。

 

「過去に二回だけね――でも、それは全て演技だよ」

 

 そう。

 彼女に好きと言ったのは、二回だけ。

 そのどちらもCMで言ったセリフ。

 つまりは演技で言ったセリフだけ。

 アイには……いや、この世界に来てからは特に、好きという言葉が演技以外で言えなくなった。

 多分それは、幼い頃から無意識に把握していたんだろう。

 

 自分の能力の恐ろしさに。

 

 驚愕に目を見開くアイを、変えずに貼り付けている笑顔で見つめる。

 なあ、アイ。

 君は自分の、嘘という能力で本当の愛を見つけるのに時間がかかった。

 そんな君の"嘘"という能力は絶大だ。

 何せ嘘で塗り固めた愛が完璧に届くんだから。

 けれど全てにおいてアイは、この言葉は嘘じゃないのか、という疑心暗鬼になってしまう。

 それが君の能力の代償。

 完璧な嘘で、自分が苦しめられてしまう。

 なら。

 俺にも、自分の能力の代償が無いと思わないか……?

 俺の能力は声。

 相手に声を印象付ける為に、自分という存在感が消える。

 そして相手に俺の声で届けた言葉が刻まれる。

 それは傍から見れば、大層な能力だろう。

 人によっては天啓と呼ぶかもしれない。

 けれどそんな能力、アイと同じく俺にも代償がある。

 

 それに気付いたのは七年前のあの事件の直後から。

 うすうすと違和感は感じていたが、そこでやっと具体的な認識を得た。

 俺の能力は――"俺自身にも影響している"と。

 それに気付けたのは、やはり生還して、今後の未来が見えなかったから。

 燃え尽き症候群かとも思ったが、違う。

 気持ちが入らないんじゃない、星野ママを探す以外に生きている意味が分からなくなった。

 そこで気付いたのが、俺の能力。

 俺は初めてアイと会ってからずっと、特定の事だけを意識して生きてきた。

 一つは、七年前のドームライブで星野アイが生き残る未来を作りたい。

 二つ目は、星野ママに会って結婚したい。

 三つ目が、雨宮先生とさりなの関係。

 雨宮先生とさりなの関係は、一二歳の時に彼らに出会って、諦めた。

 そして、七年前に一つ目の思いが達成された。

 そうしたら、俺の人生に残る目標は一つしかない。

 星野ママに会って結婚するという目標。

 けれど過去のドームライブ当日の件以降、未だに顔も名前も知らない人をここまで想い続けられるのは何でだと考えた。

 そして、俺の能力が原因だと思い当たった。

 相手に対しては、言葉を発する事で能力を発揮する。

 けれど自分に対しては、考えるという事は、言わば脳内で喋っている状態だ。

 なので、思っているだけで俺には、自分の能力が影響してしまう。

 まるで暗示の様に、気付かない内に侵食してしまう。

 そこから、星野ママに関しては結婚しないと自分にずっと思い込ませて、ここ数年で少しずつ考える事が少なくなった。

 故に、俺の能力もまた、思い込めばそれを叶える為に行動してしまう。そしてそれが本心なんだと思ってしまう。

 佐山さんはこれを"言霊"と言う。確かに、言い得て妙だ。

 自分にとっては目標を達成するという強力な暗示。

 対象を選べば、相手の気持ちを動かす事が出来る。

 条件が揃えば、相手を誘導する事が出来る。

 

 対外的に、俺の能力が一番効いてしまったのが――アイ。

 能力の事なんて自覚していない一二歳の時に、アイがアイドルにスカウトされたと俺に話してきた事があった。

 ――……嘘でも愛してるって、言ってもいいのかな?

 その時、彼女はそう言ってきた。

 質問に思える、肯定して欲しい言葉。

 自分の意見を受け入れて欲しい。そんな初めての承認欲求。

 俺は、当然の如く肯定した。

 そして、告げる。

 ――あいが嘘でもいいから愛してるって言いたいなら、言っちゃえばいいよ。

 それがきっかけで、アイはアイドルになる最終決断をした。

 俺は彼女の気持ちの後押しをしたつもりだった。

 でも、実際は違う。

 先程のストーカーに行ったみたいに、無意識に能力を使って、彼女にとって自分の思いを受け入れてくれるかけがえのない存在として、認識させてしまった。

 故に、そこから彼女の俺に対する執着心が格段に上がってしまった。

 なので、そんな気は無かったという、嘘。

 アイにとってかけがえのない存在になるつもりはなかったという、嘘。

 この嘘を一五年間、君には隠してきた。

 

「あの日……わたしを、助けてくれた、のは……愛してる、から、だよね……?」

 

 だからその嘘を、ここで彼女に伝える。

 

 

「……あれは、結果的にアイが助かっただけだよ。アイの為じゃない」

 

 

 アイがドームライブの日に殺されず、幸せになって欲しい。

 その、自己満足で彼女を助けたんだから。

 けれど、それも伝えない。

 俺は、アイの言葉を否定する必要があるから。

 俺の自己満足で結果的にアイが助かった。だからアイの為じゃない。

 彼女はこれから、俺を見ずに幸せになって欲しいから。

 俺という嘘の存在に囚われず、本当に存在する人たちに囲まれて幸せになって欲しいから。

 俺にアイを"好き"だと言わせて――俺がアイを嫌いになるかもしれないと思わせないで欲しい。

 だから、嫌われる。

 俺には、俺が嫌われる事でその人が幸せになる、という方法しか……分からないから。

 だから、徹底的に彼女の言葉を否定する。

 

 

「で、でもっ……カズヤは、私に……愛してるって、言ってくれた、よねっ?」

 

 

 アイから告げられたその言葉に、思わず"愛してるよ"と答えそうになった。

 アイを、愛しているんだ。

 それは間違いのない俺の本心。

 でも、俺はここで今まで吐い(隠し)てきた嘘の清算をしなければならない。

 これは、彼女にとって一番辛い事だろう。

 小さい時からずっと接してきたんだ。分かる。

 でも、言わなきゃない。

 

「この際だから、言うね」

 

 無機質な声色を演じて、自分の本心を隠す。

 心臓が割れる様に痛い。

 けど、きっとアイの方が辛いんだ。

 

 

 

 

「俺のは、別にアイだけに向いてる愛じゃない。他の人にも同じくらい向いてるんだよ」

 

 

 

 

「――ぁ」

 

 感情の無い声が、彼女の口から洩れた。

 笑顔は……よし、ちゃんと出来たままになってる。

 その表情を意識しながら、彼女を見つめた。

 表情が変わりゆくのが目に入る。

 何を考えているのかは、定かではない。

 恐らく自分にとっての愛とは、という事を考えているんだろうとは予想している。

 やがて、彼女の目から一瞬星形のハイライトが消えた。

 マズいッ……!

 何かは分からないが猛烈に嫌な予感がした。

 だから、その悪寒を彼女の中ではなく俺に向ける。

 

「アイには双子がいるだろ? 今後はその子たちだけを本当に愛せばいいじゃないか」

 

 前もって言おうとしていた事を伝える。

 だが、本来はもう少しアイが落ち着いてから言うつもりだった。

 けれど、彼女の顔を見てそうとも言ってられなかった。

 まるでアイの心理状態を誘導するみたいで更に心が痛むが、それは彼女が幸せになって欲しいと思う俺の自己満足の代償だと思う事にする。

 俺の極限まで無機質に演じたその言葉は、彼女の心に刺さったに違いない。

 先程のアイは明らかに精神状態がこれ以上ない程におかしくなっていると感じた。

 そしてそれは、その前に俺が言った言葉から鑑みれば――自暴自棄側の極致。

 故に、俺の言葉は彼女の道標として心に残ったに違いない。

 そして、子どもたちという本当の愛が心に灯れば、偽りの愛を与えていた存在には恨みを抱く。

 

「……アンタに言われなくてもそうするから黙って」

 

 だから、その反応に納得出来た。

 安心できた。

 心の痛みを無視して、おどけた表情を作る。

 隠し通せ、そして俺を嫌わせろ。

 

「今日アイドルの引退ライブなんだろ? そんなに泣いてて大丈夫か?」

 

「うるさいッ! 黙ってって言ってんでしょッ!」

 

 それが、アイの幸せになるから。

 

 

「それで? 引退したら俺と結婚するんだっけか?」

 

 

 本当は今夜、俺からアイに結婚を申し込むつもりだった。

 多分、アイの幸せを考えたらそれが一番良いと思ってた。

 そして一緒に暮らしていく内で、子どもたちへの愛情というものも、改めて育ませていけばいいと思ってた。

 俺と結婚したら、俺はもうアイから逃げないんだから、俺が愛情を子どもたちに注ぐところを見ても、次第に彼女は受け入れて本当の家族になれただろうから。

 でも――。

 

 

 

 

「アンタなんかと結婚するなら、死んだ方がマシ」

 

 

 

 

 存在しない人間がいない方が幸せになれるなら、それに越した事はない。

 心臓に残り続ける痛みは、下らない未練。

 存在しない人間は、その痛みを見せちゃいけない。

 

「あらら、すっかり嫌われたもんだ」

 

 彼女から睨み付けられる。

 それでいい。

 

「……それで? 私を殺すの?」

 

 アイからの質問。

 その答えは決まりきっている。

 

「殺さねーよ。大事な大事なおチビちゃんたちと仲良く暮らしてりゃいいんじゃねーの?」

 

 あの二人と末永く仲良く幸せになってくれ。

 

「じゃあ……何しに来たの。そんなの持って」

 

 俺の言葉に、アイは訝しむ。

 その意見はごもっとも。

 ナイフは確かに予想外。

 でも、俺の自己満足だけはしっかり伝えないとな。

 

「ま、決別的な? もうアイとは二度と会わねえから、安心しなよ」

 

 それが、俺の自己満足。

 

「私だって二度とアンタの顔見たくないから、助かるけど……」

 

 アイの言葉に、心は安堵。心臓には痛み。

 それを誤魔化す様に笑みを貼り付けて、こちらを警戒しながらマンションに戻っていく彼女を見つめる。

 ……これで本当にさよなら、アイ。

 彼女が中に入り、エントランスの自動ドアが閉まり始める。

 

 

「……幸せになれよ」

 

 

 存在しない人間の声が聴こえるはずもなく、アイは背を向けて歩いていく。

 ……よしっ、未練終了っ。

 ナイフを後ろポケットに入れて、歩き出した。

 存在しない人間という俺の思いもまた、俺の能力の影響かもな、なんて戯言を考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です」

 

 佐山さんと合流してから時間が経ち、アイの引退ライブ会場に来た。

 間もなくライブが始まる時間。

 警備員の恰好をした人物に、そう話しかけた。

 

「何か問題はありました?」

 

 そう訊ねれば、同じ服装をした二人が頷く。

 

「一人、怪しい人物が走ってきたので通さない様にはしましたよ」

 

 そう言って警備服の人物はため息を吐いた。

 

「まさか七年越しにこんな仕事をするとは思いませんでしたよ」

 

 嘆く様な言葉に、もう一人の同じ格好の人物が頷いた。

 

「ええ。まあ、ターゲットの家の警護ばっかで最近は訛ってたんで、ちょうどいい運動になりました」

 

 明るくそう言ってくれ、こちらも思わず笑みが浮かぶ。

 

「その人物って何か言ってました?」

 

 そう訊ねれば、頷きが返ってくる。

 

「なんでも『アイに本当に引退するか確認したいだけなんだッ』とか言ってましたね」

 

「なるほどなあ」思わずそう返してしまう。

 

「カズヤ君、そろそろ時間だよ」

 

 佐山さんに声をかけられてスマホを見れば、間もなく開演の時間。

 

「じゃあ、終わったら教えてよ」

 

 そう告げる佐山さんに頷き、警備員姿の二人にお礼を言って、足早に入口へと向かう。

 あ、そうだそうだ。

 一応確認しとかなきゃと思い、ポケットから紙を取り出す。

 ……席は一番後ろね。

 それを目にして、入り口のスタッフに渡した。

 

 

 B小町解散、そしてアイの引退ライブのチケットを。

 

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