"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第103話

「お邪魔しまーすっ」

 

 玄関を開けると、明るい声と共にルビーが中に入る。

 俺も靴を脱いで後を追えば、何やらダイニングを見渡していた。

 そしてそのまま一言。

 

「うわー、思ってたよりもなんか普通っ」

 

 ……高級マンションな君んちと比べれば、そりゃあな。

 ルビーの率直な感想に苦笑しつつ、ダイニングの椅子に座らせた。

 

「んじゃ、持ってくるからちと待っといて」

 

「えっ、私も行くよっ」

 

 俺の言葉に慌てて立ち上がろうとする彼女を「いーのいーの」と宥める。

 

「どうせこっちに持って来なきゃないから、待ってていいよー」

 

「そうなの……?」

 

 僅かに首を傾げたルビーを他所に、居間へと入り段ボールの山を眺めた。

 どこに何が入ってるのかは全然分からんから、とりあえずダイニングに運んでルビーに見てもらう予定。

 てな訳で、段ボールを一つ一つ運んでダイニングに置いていく。

 

「うわっ、スゴイ量……」

 

 驚きの声が耳に届くが、構わずに運び続けた。

 全てダイニングに持っていくと結局そちらで山積みになってしまうので、八個くらいを運んで一旦は終了。

 

「ま、これくらいかな?」

 

「……これ、全部アイのグッズなの……?」

 

 信じられないといった表情で恐る恐る俺を見てくる少女に頷く。

 するとルビーは何やら力が抜けた様な笑い声を上げた。

 

「一番のファンって、やっぱカズヤ君じゃん……」

 

 想像以上にグッズがあったからだろうか、若干引き気味な彼女に思わず首を傾げる。

 一番のファンって、俺一個も買ってないし……。

 それに、ルビーは何か勘違いしてる。

 

「これでも、まだ四分の一くらいだよ?」

 

「えッ……」

 

「とりあえず何が入ってるか見てきましょか」

 

 呆然としたルビーを視界の端に捉えつつ、段ボールに貼っていたガムテープを剝がしていく。

 そして中を見れば、恐る恐るといった様相で近付いてきたルビーも隣から覗き込んだ。

 

「えッ? こ、これっ、全部未開封じゃんっ!」

 

 目を見開いてわなわなと身体を震わせ始めた彼女の事は気にせず、次の段ボールを開けていく。

 

「えっ、すごっ、色んな時期のアイのグッズが揃ってるっ!」

 

 きゃーすごーいっ、とテンション爆上がりした様子のルビーを背後に、黙々と段ボールを開けていく。

 

「これって四年前のミニライブの限定品だしっ、こっちは六年前のあの感動的なライブの全グッズッ? これは……あっ、六年前の違うライブのやつで、そっちのは七年前のドームライブだけに販売されたオリジナルデザインのアイ専用ペンライトだよねっ?」

 

 すげー興奮気味に後ろから聞かれるが、答えられない。

 俺には、どのグッズがいつのなのか全く分からんから。

 というかルビーは良く分かるな。

 やっぱ一番のファンは君の称号だ……。

 

「欲しいのあったら言ってよ、あげるからさ」

 

「えっ、いいのッ?」

 

 俺の言葉に、驚愕した声が返ってくる。

 別にいいよー、と軽く答えて違う段ボールを開封した。

 俺がこのまま持っててもどうせ宝の持ち腐れだし、それなら欲しい人にあげた方が良い。

 ルビーが持っている方が、グッズたちもきっと喜ぶだろう。

 

「……じゃ、じゃあっ、これとこれ……あ、待ってっ、こっちも捨てがたいなぁ……それに、こっちも持ってないし……」

 

 何やら悩んでいる声が、俺の耳に届く。

 好きなだけ悩みなさいな、グッズは逃げないから。

 

「えぇっ、どうしよう……全部欲しいんだけどっ……でも、流石にこんなに持って帰ったら絶対怪しまれるだろうしなぁ……」

 

 まるで独り言の様に呟いている声が、普通に俺にも聞こえてくる。

 だが、大人として聴こえないフリをするのだ。

 好きなだけ悩みなさいな、若人よ。

 俺としては全部持って帰ってくれても構わん気持ちもあるが、それが行き着く先がアイの家と考えると、ルビーの言う様にバレない程度に持ち帰ってくれた方がありがたかったりする。

 大量のグッズの出所が俺だとバレると非常に厄介な事になりかねないので、バレないに越した事は無い。

 ルビーも怪しまれない程度の数だけ持ち帰るみたいだし、一旦は彼女の判断に任せる事にする。

 ダイニングに持ってきた分は全て開封し終え、振り返るとルビーが様々な段ボールを真剣な目で漁っていた。

 それはさながらスーパーで野菜を見極める主婦の様で。

 これはまだ時間がかかりそうだなと、保温しておいたコーヒーを飲んで待つ事にした。

 カップにコーヒーを淹れて、いつもの椅子に座る。

 目の前には、テーブル越しに段ボールを漁りまくるルビーの姿。

 そんな光景を眺めながら、コーヒーを啜った。

 

「うぅ、全部欲しいよぉっ……」

 

 心からの嘆きが、彼女の口から洩れる。

 スマホを取り出して時間を確認すれば、夕暮れまではまだ時間があった。

 ま、好きなだけ悩めばいいさ。

 そう胸中で呟き、究極の選択を迫られた様なルビーの表情を眺めた。

 

 

 一杯目のコーヒーが飲み終わる頃、ダイニングに置いた段ボールを全て確認し終えたルビーが、まるで絞り出す様な声で「……一旦保留」と告げてきた。

 それに頷き、ガムテープは貼らずに段ボールをダイニングの端に積み重ねていく。

 その際に背後から「ああっ、お宝たちがぁ」という悲し気な呟きが聴こえ、思わず苦笑してしまった。

 積み上げられた段ボールを切なそうに見上げるルビーをそのままに、再び居間へと移動。

 まだまだ残っている段ボールの中から、再び同じ量だけダイニングへと運んだ。

 開封していけば、先程までの表情はどこへやら、再び目を輝かせ始めたルビーが新しい段ボールを覗き込んだ。

 再び始まったグッズの解説を背に、黙々と段ボールを開封していく。

 

「うわっ、七年前のドームライブ直前にやった限定ミニライブのタオルだっ! それにこっちは九年前の団扇だしっ! って、これっ、十年前のライブのシャツっ!」

 

 非常に詳しい。詳しすぎる……。

 全く話についていけないので、一人楽しんでいるルビーを放置。

 全て開封し終えたので、もう一杯コーヒーを淹れに行く。

 それにしても、これ程詳しい人たちをガチファンとかって言うんだろうか。

 アイに関して細かい事まで全て憶えている。

 それは俺には到底真似出来ない事だ。

 ならば、恐らく事務所の彼らもこのレベルで詳しいんだろう。

 何せ未だに、テレビでアイのアイドル時代の映像が流れたら、それがどのライブのどの曲のどの振り付けとか即答してるし……。

 まさかルビーを見て、彼らを少し見直すとは思わなんだ。

 再び椅子に座り、コーヒーを飲みながら改めてルビーを眺める。

 前世の頃から知ってはいたが、ホントにアイが好きなんだなあ、なんて呑気に考えながら。

 そしてやがて、再び苦渋の選択の末に、保留という声が俺に届くのだった。

 

 また段ボール群を運び、ルビーの表情が輝く。

 そして漁り始めて、苦渋の決断の末に渋い表情で保留を宣言。

 こうして俺は、残りの段ボールを、ダイニングへと運び込む。

 最後の段ボールを持って居間を見渡せば、約一〇年ぶりくらいに段ボールが完全に無くなった部屋は、めちゃくちゃ広く感じた。

 そして部屋の半分だけに揃えられた家具を見て、僅かな寂しさが訪れる。

 この段ボールたちと、俺はずっと一緒に暮らしてきたんだなと思うと、不思議な感覚だった。

 僅かな感傷を抱きつつ、最後の段ボールを持ってダイニングに向かう。

 そこには未だにわくわく顔のルビーの姿。

 段ボールを置いたら、例の如く開封作業の開始だ。

 幾分か慣れた手付きでガムテープを剥がしていく。

 そしたらすかさずルビーが覗き込んでくる。

 安定の連携である。

 そして俺が次の段ボールを開封しようとする頃から、彼女のグッズ解説が始まった。

 ルビー解説員の実況を耳にしながら、続々と開封をしていく。

 どうやら今回のグッズたちは、初期の頃のものが多いらしく、ルビーは懐かしさとお宝具合に、テンションのギアを更に一段階上げていた。

 

「これっ、懐かしいーっ! ほらっ、入院してた時に持ってたぬいぐるみっ」

 

 そう言って笑顔で、アイのぬいぐるみが入ったビニールを手に取って見せてくる。

 憶えてるよねっ、と言ってくる彼女に笑顔で頷いた。

 ……全然憶えてない。

 嬉々として再び段ボールに顔を突っ込んだルビーを見やって、全て開封を終えた俺は静かにコーヒーを飲んだ。

 

「……あっ」

 

 不意にルビーが声を上げる。

 視線を彼女に戻せば、段ボールから一つのグッズを手に取り見つめていた。

 見た感じ、小さいグッズ。

 何か思い入れでもあんのか……?

 そんな事を考えながら、ルビーを見やった。

 

「……カズヤ君」

 

 手に持ったグッズから顔を逸らさずに、名前を呼ばれる。

 やがてルビーは俺へと顔を向けた。

 

「これ、もらってもいい?」

 

 そう言って、持ち上げたグッズをこちらに見せてくる。

 俺からは、言える答えは一つだけ。

 

「どぞー」

 

 ルビーが欲しいなら、あげる。

 俺の考えはそれだけ。

 俺の言葉に、彼女は笑みを浮かべた。

 

「ありがとっ」

 

 彼女の嬉しそうな笑みに、こちらもつられて笑みを浮かべる。

 何やら思い入れでもありそうだが、良いのが見つかったみたいで良かった。

 他のグッズは今回は不要との事だったので、最後の段ボール群もダイニングに積み重ねる。

 窓へと顔を向ければ、入り込む光が僅かにだが、赤み始めていた。

 やはりプレゼントの話は出来なかったが、そろそろルビーを帰さないといけない。

 ルビーにあげたグッズを、佇みながら彼女は両手で掴んで懐かしそうに見つめている。

 スマホを取り出してタクシーを呼ぶ。

 馴染みの運ちゃんに連絡すれば、空いてるからすぐ来てくれるとの事。

 そのままメッセージアプリでアクアとのチャットを開き、三〇分後くらいにルビーを迎えに来て欲しい旨を連絡。

 安心の即既読で、了承の返事が返ってきた。流石せんせ。

 

「んじゃ、そろそろ帰りますか」

 

 そう告げれば、ハッとした様にこちらに顔を向けてきた。

 

「えっ、ま、まだ全然暗くないし大丈夫だよっ」

 

 何やら慌てた様子のルビーだが、「もう終わりの時間ですー」と一蹴。

 

「まだちびっ子なんだから、その自覚持っとけ」

 

「はっ? ちびっ子じゃないんですけどっ! もうすぐアイドルにもなるし大人だもんっ」

 

「はいはい、すごいすごい」

 

「あっ、信じてないでしょっ? って、押さないでってばっ!」

 

 未だに居残ろうとするその背中を押して玄関に向かう。

 

「まだ明るいから全然大丈夫だもんっ!」

 

「はーい、帰りましょーねー」

 

 そう言ってルビーの抗議を受け流しながら、下で待っていたタクシーに乗り込んだのだった。

 

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