"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第104話

「もうっ、まだ大丈夫なのにぃ……」

 

 タクシーの中で、隣に座る彼に抗議の呟きをする。

 

「へいへい、もう一二ちゃいの大人だもんなあ」

 

 ……ムカつく。

 けど、私はもう昔とは違って成長してるんだから、言い返さない。

 大人の対応で聞き流してあげる。

 カズヤ君ちに向かう時、移動時間は大体二〇分くらいだった。

 だから、カズヤ君が目的地を伝えたカフェまでも、同じくらいかかるはず。

 バレない様に、視線だけを彼に向ける。

 カズヤ君。

 大体二年ぶりくらいに会った彼は、益々大人っぽくなってた。

 前世の時の様な、同い年の彼はもういない。

 私が生まれ変わって赤ん坊になった時、カズヤ君は変わらずに成長してた。

 そして今。

 変わらずに私は子ども。

 でもカズヤ君は大人になった。

 一二歳になった私と、すっかり大人になってしまった彼。

 そんなカズヤ君の姿を見てると、どうしても思ってしまう。

 黒髪で整った顔立ち。

 背も高め、どちらかといえば瘦せ型。

 眼鏡はかけてないけど……せんせにも思えてしまう。

 カズヤ君なのに、せんせだと思ってしまう。

 前世の頃に、カズヤ君から言われた言葉を思い出す。

 

 ――それにしても、さりなちゃんは罪な女だなー。

 

 罪な女。

 あの時は軽口で返したが、今考えればそうなのかもしれない。

 罪な女、そして酷い女。

 それが私。

 だって、目の前にこうしてカズヤ君がいるのに、私はそれをせんせとして見てしまっている。

 カズヤ君を、せんせだと思って好意を抱いている。

 そしてアイドルになって、カズヤ君を通してせんせの目を奪いたいと。

 せんせは、私がアイドルになったら推してくれるって言ってた。

 カズヤ君は前世のさりなの時から、私のファン一号になってた。

 だから、既にファンになってくれてる彼を利用して、カズヤ君をせんせと見てる私は、せんせが私を推してくれてる、見てくれてると思いたいんだ。

 カズヤ君はそんな私を知っているのかは分からない。

 いっつも飄々としてて、連絡すれば短い言葉しか返ってこないし、ちゃんと褒めて欲しいのにちょっとからかってくる言い方をしたりするんだもん。

 せんせとは違うダメダメな部分も、私は仕方なく付き合ってあげてるのだ。

 たまにカズヤ君の返信が気に入らなくてついムキになる事もあるけど、それはこのルビーという肉体に精神が引っ張られて幼さが出てしまうからに違いない。

 他の人を想いながら、違う男性と結婚を目論む女。

 それが、私。

 そして、私の罪。

 でも、やっぱりカズヤ君はこんな私には、気付いてないんじゃないかと思う。

 本当の私を見つけてくれる彼だが、こんな醜い考えを持っている私の正体に気付いたら、絶対に離れるだろうし。

 自分でも関わりたいとは思えない存在。

 それが、本当の私だから。

 カズヤ君には悪いけど、私はせんせと結婚する為に、カズヤ君と結婚したい。

 だから時折、彼にせんせとの比較を言って、せんせの様に喋らせる。

 そうすると、カズヤ君はちゃんとせんせになる。

 なので一六歳になったら、せんせとしてカズヤ君に結婚を申し込む。

 カズヤ君は、せんせとの結婚をしないってなったら結婚してくれるって言った。

 せんせの身体は、殺されちゃって結婚は出来ない。

 だからカズヤ君との約束通り、せんせと結婚出来ないから、彼と結婚する。

 カズヤ君を通して、せんせと結婚出来るのだ。

 それが私の本性。

 カズヤ君をせんせの代替として見てる、醜くて悍ましい私の本当。

 

「おーいルビー、おねむか?」

 

 不意にかけられた声にハッとする。

 慌てて横を向けば、僅かに不遜な笑みを浮かべてこちらを見るカズヤ君の姿。

 おねむかって、私はもうそんな子どもじゃない。

 

「……全然眠くないし」

 

 反論した私だが、彼の笑みは変わらない。

 

「まあ、アイもそんくらいの時は寝るの早かったし、気にすんなって」

 

 その言葉に、何故か苛立ってしまった。

 アイ(ママ)と何で私を比較するのか。

 ママ(アイ)はもうアイドルじゃないのに、何故比較するんだ。

 ふと過去の光景が蘇る。

 いつぞやのドラマで、彼がアイ(ママ)に告白されている場面。

 何故かその光景が目に浮かび、何故か私を苛立たせた。

 

「全然眠くないって言ってるじゃん」

 

 自分でも予想してない程に、低い声色だった。

 なんでこんなにも苛立つのか。

 やがて、その理由に思い至った。

 ――せんせがアイの話をしてるのに嫉妬してるんだ、私。

 せんせはアイのファンじゃなかった。

 だからアイの話なんてする訳が無い。

 なのにアイの話を急にしてきたから、苛立った。

 苛立ちは残るものの、見当が付いた理由に心が僅かにすっきりとする。

 

「てか、なんでそんな事知ってんの?」

 

 二人は昔から共演した仲で、今でも友だちとして仲良くはしてるみたいだけど、こんなプライベートな事まで知ってるなんておかしい。

 ましてやアイがアイドルになった頃のプライベートなんて、知ってるはずがないだろう。

 私の言葉に彼は「あっ」と何か失態を犯した様な表情を浮かべて、私から顔を逸らして外を見た。

 そんな仕草で私を誤魔化せると思うな。

 何を隠しているのか、それを知る為に彼を睨み続ける。

 しばらく続いた無言の時間。

 それはやがて、視線の先から聞こえたため息で終わりを迎えた。

 彼は静かにこちらへと顔を向けて、もう一度ため息を吐く。

 

「……あー、これは皆には絶対内緒な?」

 

 確認する様にかけられた声に頷く。

 元々言いふらそうと思って聞いた訳じゃないし。

 カズヤ君は「ホントに内緒にしといてね?」なんて、まるでバレたら非常にマズい機密事項を話すかの様。

 彼は改めてため息を一つ吐いて、私の耳に顔を近付けた。

 

 

 

 

「小さい頃だけど俺、アイと一緒に住んでたんだよ」

 

 

 

 

「…………は?」

 

 その言葉が理解出来ずに、至近距離にある気まずげな彼の顔を凝視してしまった。

 ――カズヤ君は昔、アイ(ママ)と一緒に住んでた。

 その言葉が、理解出来ない。

 カズヤ君が、アイと住んでた。

 カズヤ君が――せんせが、アイと住んでた。

 ううん、せんせがアイと一緒に住んでるはずない。

 だって一度もせんせの口からアイの事を聞いた事がないから。

 だから、カズヤ君が……アイと住んでた。

 

 

 は?

 

 

 なんで、カズヤ君がアイと住んでんの?

 おかしいじゃん。

 アイと住んでたってどういう事?

 おかしいじゃん。

 そんなの、一度も聞いた事がない。

 

「……なんで、黙ってたの?」

 

 私の口から、そんな言葉が出た。

 そんな事、言うつもりはなかった。

 だって、これはカズヤ君の過去で、せんせの事じゃないから。

 カズヤ君は、気まずげな表情をそのままに、私から視線を逸らした。

 

「いやあ、流石に芸能人ですし? そこら辺のプライベートを喋る訳にもいかずというかそういった暗黙の了解みた」

 

「は?」

 

「……黙っててごめんなさい」

 

 情けなく謝る彼に、ため息を吐く。

 こんな情けない姿、せんせなら絶対にしない。

 昔から何一つ変わらない。

 ホントに、私がいないとダメダメな男だ……。

 せんせと重ねる事がなかったら、多分結婚なんてしないだろう。

 それにカズヤ君がこんなダメダメな人だって知ったら、付き合ってくれる人もいな、い、だ、ろ――。

 ハッとした。

 思い浮かんだのは、以前彼にした質問。

 その時は、やんわりと否定された。

 だけど……今回は隠し事をされた。

 もしかしたら、あの時した質問にも何か隠していたのかもしれない。

 情けない表情で頭を下げ続ける目の前の男に声をかける。

 

「あの、さ……」

 

 自分の口から出た言葉は、何故かたどたどしかった。

 その声が自分の耳に届き、腹が立った。

 まるで、自分が緊張してるみたいな声色が気にくわない。

 なんでこんな事を聞くのに、緊張しなければならないのか。

 そこまで考えて、急に天啓かの如く解を得た。

 ――そうだよ、私がせんせと結婚するプランが危うくなるかもしれないから、緊張してるんだ。

 なら、緊張しても仕方ない。

 

 

「……いまは……アイ(ママ)と、付き合ってたりするの……?」

 

 

 私の言葉に、顔を上げた彼は目を瞬く。

 そして、カズヤ君は笑顔を浮かべた。

 

「……いや、付き合ってないよ」

 

 その言葉と表情は、何故か私を酷く安心させた。

 嘘偽りのない言動。

 そんな風に思えたから。

 同時に、心臓の鼓動が速さを増し、頬が何故か熱くなってくる。

 きっとせんせとの結婚に支障をきたす心配がなくなったからだ。

 だが、よくよく考えてみれば、当たり前の話だった。

 小さい頃に一緒に住んでたっていう事実は、百歩譲って認めるしかない。

 だって、変えようのない過去なんだから。

 私にはどうしようも出来ない事。

 そして、そもそもこんなに情けなくてダメダメなカズヤ君を、アイが好きになる訳が無い。

 何でアイの大ファンである私が、そんな当たり前の事に気付けなかったのか分からない。

 ママだって今は、前に気になったあの顔をする事はないし、やっぱり気のせいだったんだ。

 こんな、私が結婚してあげなきゃ誰とも結婚出来ない様な人に、アイ(ママ)が靡く訳が無い。

 

「ふーん、そーなんだっ」

 

 少し不機嫌な表情を意識して、少し意地悪な返しをしてやる。

 無駄に緊張させた罰だ、甘んじて受け入れてもらう。

 

「……いや、ホントごめんね?」

 

 私の演技に騙されて、再び情けない声色で謝ってきた。

 笑顔になりそうになるのを必死に抑える。

 それはきっと、情けないカズヤ君の姿が面白いから。

 

「ふーんだっ、許さないもーんっ」

 

 再び不機嫌な表情と声色で返してやる。

 これは私に無用な心配をさせたカズヤ君への罰だ。

 今は、許してなんかやらない。

 許すとしたらそれはきっと、彼と結婚する時になるだろう。

 せんせの為に、私以外とは絶対に結婚出来ないであろうこの人と結婚するのだ。

 その時になったら……特別に許してやらなくもない。

 カズヤ君がアイ(ママ)と付き合ってるって私に心配させた罰は、そこで許してあげる。

 

 

 目的地のカフェに到着するまでの間、カズヤ君の謝罪と私の演技は続いた。

 

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