"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
カズヤ君から連絡が来て、もうすぐ十分程度経つ。
母さんはドラマの撮影で帰りは夜になるって連絡があり、現在我が家には俺一人。
後一年もしない内に、気付けば中学生となる。
学業は一切の不安も無く寧ろ退屈なだけだが、普通の子どもとして他から認知される為に学校に通っているだけ。
母さんは去年の引退ライブを最後に、アイドルを卒業。
ライブ終了後に、これでアイドルとしてのアイは見納めかと思ったら、悲しさのあまり思わず前世の癖でカズヤ君に連絡しそうになってしまった。
その衝動を何とか抑えられた自分を褒めてやりたい。
それから母さんは女優へと転向し、活躍の幅を広げている。
といっても、アイドル時代からドラマや映画には出ていたので、正直なところアイドル活動だけがなくなったという印象だ。
そしてアイドルを引退して少し余裕が出たからなのか、俺ら家族三人でいられる時間が増えた。
母さんは俺らと一緒にいられるのが本当に幸せな様で、社長が仕事の迎えに来たらギリギリまで名残惜しそうに俺らを抱きしめたりする。
やはりアイドル時代はもしかしたら、前世で彼女と話した様に、俺らの事を完璧に隠す為に自分にも嘘をついて、そういった衝動を抑えていたんじゃないかと、勝手に分析している。
アイドルとしてのアイがもう見られないという寂しさはあったが、家で見る、アイドルじゃない母さんの新しい姿が見れて、それが幸せそうで、これで良かったんだと子どもとしての意見とファンとしての意見が一致した。
家にいる時もスマホを見ている時間が極端に減り、俺らに色々と話しかけたり接してくれる。
アイドルを引退した事で、母さんは本当に母親らしくなったと思う。
妹であるルビーも、そんな母さんの姿を見て、最初はアイが引退してしまってずっと泣いてたが、今では母さんとのスキンシップの方が楽しいらしく陰りのある表情はなくなった。
以前以上に、俺たちはようやく家族になれたんじゃないかと、柄にもなく思ってしまう日々だった。
それで、ルビーについてだが、一つ大きな問題を抱えていた。
それは妹が、ではなく俺が。
半年くらい前から、事務所で新たなアイドルグループ創設の話が上がったらしい。
だが、すぐには作らなかった。
それは、アイ率いるB小町の規格外っぷりがあまりにも大きすぎたから。
社長含め誰にも、あの伝説のアイドルグループの直後に花を咲かせられるアイドルを作れる自信が無かった。
だから少し時間を置きアイロスが、B小町ロスが冷めてくるであろう一年か、一年半後にアイドルグループを作る事にした。
そこからであれば、アイの輝きは幾分か過去のものになり、新たなアイドルグループを推してくれる人も多くなるだろうという判断。
そして新しいアイドルグループのメンバーとして白羽の矢が立ったのが――妹のルビー。
アイに似た顔立ちは、母さんと同じくファンを魅了出来るかもしれない。
他にアイレベルの原石を発掘するよりも、かなりお手軽に手に入る、少しばかり磨かれ始めた宝石。
普通に考えて、ルビーを放置して他の人間を探すという選択肢はないだろう。
そして肝心のルビー本人もまた、アイドルになる事への打診に前のめりだった。
だからこそ、心配。
俺が五反田監督と調べ始めてからもう七年以上経つが、俺たちの父親に関する手掛かりはまるで掴めていなかった。
だからこそ、不安。
ルビーを、妹をアイドルとして世に出していいのか。
母さんだけじゃなく、ルビーまで父親から狙われる事にはならないか。
その思いが日に日に強くなっている。
ルビーの夢を、兄として応援したい。
けれど、ルビーまで命を狙われる可能性があるなら止めたい。
まるで二律背反の様な思いが、俺の中で止めどなく繰り返されていた。
だが、今日で自分の意思を固めた。
ルビーをアイドルにさせない様にする。
無論、永遠にではなく、少なくとも俺が父親を見つけるまでは。
そう決意させたのは、今日帰宅した際にカズヤ君から来た連絡。
――アクア、これからルビーが俺の家にあるアイのグッズを見に来るから、申し訳ないけど夕方にまた連絡したら、俺らが初めて会ったカフェに迎えに来てくれないかな?
そのメッセージを見た時、二つの思いが俺の中に現れた。
一つは、カズヤ君にならルビーは安心して任せられる。
前世から彼の人となりは知っているので、問題は無い。
そしてもう一つは、ルビーをこのままアイドルにさせる訳にはいかない。
そういった強い思いだった。
俺はカズヤ君を小さい時から知っているから、カズヤ君が信用できる人物だと分かる。
けれどルビーは、流石に不用心すぎだ。
ルビーからみればカズヤ君は、好きな俳優でよく連絡を取り合っている。
けれどそんな頻繁に会ってる訳でも無い彼に、自分から強請ったとしても、その家に遊びに行くなんて危機感が足らなさすぎる。
彼女は俺と同じく前世の記憶がある。
どういった人物だったかは知らないが、女だったという事は把握している。
故に、前世で女ならば尚の事、男の家に一人で行くという事に対する危険意識は持っていて然るべき。
だがルビーは向かった。
つまりは、危機意識が少なすぎる。
このままだと、アイドルになってからも支障をきたす可能性が高い。
とどのつまり、俺たちの父親だと気付かずに二人きりになってしまう事も十分考えられた。
なので、危機感の足りないルビーをこのままアイドルにする訳にはいかないという決断に至る。
社長へは……仕方ない、アイが過去にストーカー被害に遭ったという事を伝えて、その娘を同じ目に遭わせる訳にはいかないと言ってみるか。
七年前のドームライブの会場で実際に遭ったし、幾分か脚色もする。
それでも駄目なら、俺の推理を理路整然と説明してみせる。
俺たちの父親が、もしかしたらアイを殺そうとしているかもしれないと。
そしてルビーがアイドルになったら、彼女まで狙われる可能性があると。
安全が確認出来るまで、妹にはアイドル活動はさせない。
それを今日、決めた。
家族の中で、俺が唯一の男だ。
俺が家族を守らないで誰が守れる。
故に、ルビーに嫌われる事があったとしても、俺は妹をアイドルにする訳にはいかない。
ふと時間を確認すれば、もうすぐ指定のカフェに向かった方がいい頃合い。
ソファーに置いておいた上着を着て、家を出た。
指定されたカフェに着く。
生まれ変わってから初めて、カズヤ君と会った場所。
あの時は、ルビーが何やらそわそわとしながら外出していったので、それが気になり追いかけた。
すると近くのカフェに入って行き、奥の個室に消えた。
小さい身体を活かしてバレない様に店内に入り、妹が入った個室に耳を当てれば、そこから聞こえてくるのは、妙に明るい妹の声。
そしてもう一つが、どうしても馴染みのある声だった。
カズヤ君。
彼の声は何故か印象に残りやすく、またそれがカズヤ君の声だと分かりやすい。
何か特徴のある声質ではないのに、少し声を聞いただけでそれがカズヤ君だと分かってしまう。
なので、扉越しに聴こえる予想出来ない、妹の同席者がカズヤ君だとすぐに分かった。
妹が会っているのがカズヤ君だと分かり一安心。
そして何でカズヤ君と会っているのかという疑問が湧く。
とりあえずコーヒーを注文して、端のテーブル席に座り、ルビーが帰るのを待ってから個室に残ったカズヤ君へと特攻した次第だ。
空いてる店内に入り、奥の個室を目指す。
幾つかある個室の内の最奥。
その部屋が、俺とカズヤ君が初めて会った場所。
他の個室は全て扉が開いているので、ここに彼らがいるのだろうと予想。
閉まる扉をノックした。
間を開けずに『どぞー』という声が扉越しから聞こえてくる。
その声を合図に、扉を開けた。
がらり、という音と共に、こちらを見つめる二人の人物。
「えっ、アクア……なんで……」
奥に座る、目を見開いた人物。
我が妹、ルビーである。
「迎えとして俺が呼んどいた」
そう答え「ありがと、アクア」とこちらに続けた、妹の対面に座る男性。
それが、カズヤ君。
ルビーは驚いた表情をそのままに、視線をカズヤ君へと向けた。
「なっ、なんでアクアを呼んだのっ?」
その声にカズヤ君は笑みを浮かべながら、俺に視線を寄越して「とりあえず入りなよ」と告げてきた。
まあ、通路に立ちっぱなしっていうのもなんだし、言葉に倣って彼の隣に座る。
すると、目の前のテーブルにコーヒーが差し出された。
視線を向ければ、反対の手で自分のカップを持っているカズヤ君。
「あっ!」
不意にルビーが声を上げる。
「おかわり用って言ってたの、アクアにあげるつもりだったんだっ!」
この嘘つきっ、そう言ってカズヤ君に食って掛かる妹。
「いやいや、これは嘘じゃなくて戦略って言ってもらいたいね」
「へりくつっ! それ屁理屈って言うんだよっ!」
やんわりとやり過ごすカズヤ君に、つっこみを入れるルビー。
それを横から眺める俺。
その光景は、俺に妙な既視感を抱かせた。
「ほんとダメダメな人だよカズヤ君はっ」
「先程俺を謝り倒させた報いじゃ」
「あれはカズヤ君が悪いからいーのっ!」
それは前世で見たであろう光景。
でも、ここにさりなちゃんはいない。
けれど、何でこんなにも……。
「それでも俺は悪くない」
「もうホントにっ――何でアクアを呼んだのか分かんないけど、アクアからも言ってやってっ!」
「……まあ、どっちもどっちだろ」
まるで前世で望んだ光景の、そのままに見えてしまうんだろう……。