"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
仕事で遅くなり、投稿分を書き始めるのが遅い時間からになってしまいました……。
一人、車を運転しながら考える。
カズヤ君がアイさんと別れた。
それを聞いた時、安堵すると共にどこか残念であるという気持ちを俺に抱かせた。
安堵という感情は、これでアイさんに気を遣わずカズヤ君の為に行動出来る、そしてスキャンダルという問題にならずに済んだという部分から。
残念という気持ちは――私の中で、アイさんに対する評価を知らず知らずの内に上げてしまっていたという事に気付いたから。
アイさん、彼女はしがみついてでも、カズヤ君から離れる事はないと思っていた。
仮にカズヤ君がアイさん以上に他の人を愛したとて、一切の遠慮を見せずに彼を、自分のものにする気概があるのだと勘違いしていた。
あの日見た彼女の瞳、それが俺の計算を狂わせたんだろう。
俺はカズヤ君の周りに、彼が大切だと、愛せると思える人間を配置しようとした。
だが、アイという人間の存在が、最大のハードルになる。
何故なら彼女と同等の愛の重さや深さ、カズヤ君に対して盲目的になれる素質のある人間が、まず存在しなかった。
アイさんの容姿の部分でも、比類出来る人間が中々におらず、これだけ年数をかけて、未だに一人しか配置出来ていない。
まあ、その一人が大分当たりを引いた様で、現在でもこうしてカズヤ君が事務所を辞めずにいるのは、俺たち社員もだが、彼女の存在も大きかった。
カズヤ君が天使ちゃんと呼ぶ女性。
彼女は、言わばカズヤ君の天敵だ。
カズヤ君は恐らく、触れられると逃げられるタイプ。
それは、彼の特性を考えても、理解出来る。
言霊。
カズヤ君自身の存在感を消して、声だけを届ける。
極端に言えば声だけが聴こえて姿を表さない。
つまりは、声で威嚇し牽制する事が得意なのだ。
そして自分に触れる存在を作らない様にしている。
全員に一定の距離感を保ち、それ以上自分のパーソナルエリアに侵入させない。
カズヤ君の根は恐らく、優しくて臆病。
なので分け隔てなく平等に接して、敵を作らない。
決して八方美人という訳ではない、彼は、恐らく人を嫌えないんだ。
カズヤ君は多分、嫌いになるという感覚が分からないんだと思う。
今までの仕事でも、共演したり番組のスタッフで厚顔無恥な人間はそれなりに居た。
それらは全て、カズヤ君に対する嫉妬であったり、CMがメインだったのでコネで成り上がってきたと勘違いで恨んでいる馬鹿共。
中にはかなり辛辣な言葉をカズヤ君に、陰口に限らず直接言う者もいた。
けれど、カズヤ君は全てにおいて微塵の苛立ちも見せず、笑顔でやり過ごす。
でもそれは彼の処世術という訳ではない。
カズヤ君をよく知る人物なら、そんな彼の姿を見ればすぐに分かる。
彼は、ただひたすらに……無関心なのだ。
相手が言い終わるのを、ただ笑顔で待っているだけ。
内心では目の前の相手の事など何も考えていないのだと、ハッキリと分かる。
故に、カズヤ君の中には嫌いという概念が存在しないんだと分かった。
あらゆる罵りに、眉が動いた事すらないんだから。
カズヤ君は、大切に思っている人以外には、ただただ無関心である。
だからこそ、大切だと思っている人物には、彼の中にある何かの琴線に触れた人物へは、自ら関わりに行く。
長年彼と接してきて、カズヤ君には大切か無関心かしか、他人に対する感情が無いのだと気付いた。
それと同時に、大切だと思える人物へも、カズヤ君は素直に受け入れられない。
彼はあまりにも自己肯定感や自身への評価が低すぎるからだ。
なので、自分により近付いてきた人物に関しては、敢えて嫌われる態度を取る事もある。
今回アイさんと別れたのは、彼女に対してそれが働いたからだろうと思っている。
何故そんな態度を取ってしまうのか。
それはカズヤ君が、本質的にはきっと臆病だから。
大切に思ってしまった人に関してきっと、大切にし続ける方法が分からないんだろう。
自分といて、幸せにしてあげられる自信が全くないのだと思う。
そして周りからの他己評価は、全てお世辞だと本気で思っているから厄介だ。
仕事に関しては、俺がお墨付きを出せば安心してくれる様になったのは嬉しいが、あまりにも消極的すぎる。
その典型が数年前の"今日あま"のドラマだろう。
確かに他の演者が全く使えないキャスティングだったというのはある。
カズヤ君が原作にかなりハマってしまったというのもある。
だが、アイさんとカズヤ君がいれば正直な話、原作を壊さないレベルでのドラマには間違いなくなったはず。
アイさんの演技力を、誰よりも信頼しているカズヤ君の事だから、アイさんが心配な訳がない。
他ならぬ、自分に自信が無かったから、アイという完璧なヒロイン役がいても、作品を変える方向に舵を切ってしまったに違いない。
彼が何故その様な性格になってしまったのかは分からない。
もしかしたら、彼が生まれながらに孤児というのが関係しているのかもしれない。
確定出来ないのは、俺がまだカズヤ君という人間を完全に把握出来ていない証左。
故にカズヤ君が、天使ちゃんと呼ぶ女性と接している時に、彼を観察している。
何故彼女がカズヤ君の天敵かといえば、彼女の才能だろう。
彼女はカズヤ君に踏み込み過ぎないラインを維持しながらも、知らない内にそのラインを無意識に狭めている。
相手に気付かれずに距離を縮める、それが彼女の才能。
何故相手に気付かれないか。
それは、彼女とカズヤ君を見ていれば如実に分かる。
彼女は、彼に何も求めてない。
例えば付き合いたいであるとか、結婚したいなど。
何も要求せず、望む事もない。
何も求めずにカズヤ君を愛しているからこそ、カズヤ君も無意識の内に彼女の存在を受け入れてしまう。
故に、カズヤ君にとって天敵に等しい相手だろう。
だがそんな彼女だからこそ、俺たちに見せてはくれなかった姿をカズヤ君は見せる。
彼は普段通り振る舞っているつもりみたいだが、カズヤ君は彼女が幸せである為に、幸せを願う様な行動をしている。
それはまるで、アイさんに接する態度に似ているではないか。
だが彼女はアイさんとは違い、カズヤ君に何も求めない。
故にアイさんの様に嫌われる事で、離れる事で幸せにさせる選択肢を選べない。
彼女はカズヤ君をただ近くで見ている事が幸せなのだから、嫌われたり離れる事で幸せに出来る筈がない。
そして彼女を近くに置き続ける事で、カズヤ君は俺に新たな一面を見せてくれる。
……本当に、良い拾い物をしたよ。
彼女が何故カズヤ君を愛しているのかは分からない。
けれど知る必要は無い。
カズヤ君がこうして、俺たちの元に残ってくれている一助になっている。
その事実だけを把握していれば良いのだから。
アイさんの"攻めの愛"と、天使ちゃんと彼から呼ばれる彼女の"待ちの愛"で、カズヤ君が留まらずを得ない状況に出来ていたと思ったが、肝心のアイさんが脱落したのでは、少々計画を変更する必要がある。
なので、現在はカズヤ君から要望があった件に乗る形で、別の計画を進行中。
まあそちらは、望んだ形になるまで恐らく数年はかかる見込みだが、万が一失敗した時を鑑みて、違う選択肢もこれから実行していく予定だ。
カズヤ君がどんな計画を秘密裏に練っているのかは、把握しきれない。
けれど彼はうちの事務所、つまりは俺たち家族にとって無くてはならない存在。
社長たちともカズヤ君については協議しており、俺の行動についてはかなりの裁量を認められている。
だからこれは、家族ぐるみでの計画。
なのでカズヤ君、君にも考えはある様だがーー逃げられるとは思わない事だ。
車を停めて、建物に入る。
それはファミレスであり、夜間の為店内は閑散としていた。
奥へと進めば、一人の男が座っている。
対面のソファーに座り、その人物へと口を開いた。
「夜分遅くに申し訳ありませんねーー監督さん」
目の前の人物を、カズヤ君に倣ってそう呼ぶ。
私の言葉に、目の前の男は苦笑を浮かべた。
「まあ、カズヤ君とCMの仕事が減って暇だったから問題ないよ」
柔和な笑みでそう返した彼。
この男こそ、私と組んでいる協力者。
「何を仰いますか、今やドラマに映画……CM以外でもその名を轟かせているでしょうに」
「それも全部、カズヤ君が居たからなんだけどね」
私の言葉を軽く流し、笑って見せた。
そして、真剣な表情を浮かべる。
「今、業界内ではカズヤ君がアイちゃんと共演の仕事を事前に全て断っている事で、カズヤ君とアイちゃんの間に何かがあったんじゃないかって噂が立ってるよ」
彼の言葉に、僅かに嘆息。
「……もし訊かれる事がありましたら、根も歯もない噂だと答えて頂ければありがたいです」
そう告げた私の言葉に、今度は彼がため息を吐く番となった。
「あー……やっぱりそういう事なんだね」
何やら確信を得た言葉に、仕方なく頷いた。
彼には、これ以上誤魔化しても詮無き事柄だから。
ほぼ把握しかけていた、そして私の反応で確信した。
以前医療系のドラマでカズヤ君が主役を演じた際に、アイさんをヒロインのライバル役へ起用を頼んだりしていたので、その頃から色々と感づいていたんだろう。
故に、変に誤魔化すよりも協力者として情報を提供した方が良いと判断した結果だ。
私のリアクションに、彼もまた頷いた。
「まあ、言いふらすつもりもないから安心してよ」
それで、そう彼は続ける。
「今後の計画は、どうするつもりなのかな?」
その言葉に、脇に置いていた鞄から書類を出して、テーブルに並べる。
ここに、修正した計画が書かれていた。
事務所ぐるみの計画と言えど、一事務所で出来る事はたかが知れている。
故に現場の人間で、カズヤ君の事を大切に思っている人間の協力が必要だった。
この人物をならば、カズヤ君を裏切る心配がない故、八年近くも協力者という関係になっている。
「カズヤ君は今舞台等の演劇に意欲を見せてますんで、その辺りで少しばかりやろうかと」
私の言葉に、テーブルの書類に目を通していた彼は軽く笑い声を上げた。
「……全く、酷いマネージャーだよ。タレントがメディアへの露出を減らそうとしてるのに、結果的に真逆の事をさせるなんて」
そしてその表情を、不敵なものへと変化させる。
「それに、平気で俺も利用してくると」
彼の言葉に、こちらも軽く笑みを浮かべた。
テーブルへと広げた書類には、彼に動いてもらう内容など書いていない。
けれど、どうやら行間を読み取ったらしい。
「これは明らかに、俺に見せる必要が無い書類でしょ。なのに俺に見せたって事は俺に……舞台の演出家にもなれって事でしょ?」
流石にそっちは未経験だからなあ、等と呟く彼に笑みを持って返す。
「人生とは常に学びの連続とも言うではありませんか」
それに、そう言葉を続ける。
「カズヤ君がいる所に貴方在り、そう言われているのはご存じでしょうに」
「それは、カズヤ君の仕事に俺がほぼ関わっているから、そう言われてるだけなんだよねえ……」
そう言って、ため息を吐く彼だが、この言葉の真意は違う。
この男がカズヤ君を、最大限に活かす方法を知っているからだ。
そう言われる本当の意味は、カズヤ君が活躍する作品には、必ずこの男が制作に関わっている、という事に由来した言葉。
故に、他の監督やプロデューサーがカズヤ君を上手く使おうとしても、この男には敵わない。
この男がカズヤ君を撮ると、必ず本領を発揮させる。
カズヤ君の、存在感が消えるという演技を活かした演出が出来る天才。
彼の手にかかれば、カズヤ君が本意気の演技で存在感を消しても、映像化された時には、何故か存在感がある様な画になっている。
彼がカズヤ君をこの業界の頂点に押し上げたと言っても、決して過言では無いのだ。
そして、存在感を消せるカズヤ君に対して、消えたはずの存在感を増した様に見せる技術を持つ彼。
カズヤ君が我々の元から存在しなくなってしまうのを防ぐ為にも、この男は必要だった。
それに、やはりこの男は信用出来るという点も大きい。
「まあ結局は、他の有象無象と仕事をするよりも、カズヤ君との仕事を貴方は取ってしまうんですからね」
私の言葉に苦笑が返ってくる。
どうやら図星の様だ。
「……カズヤ君の演技を観ているのが一番楽しい、ってのは否定しないでおくよ」
その言葉と共に彼は、これからカズヤ君が受ける予定の舞台等のスケジュール及び細かい計画が記載された書類を集めて、自分の鞄にしまった。
……私も大概ですが、同じだけ接している彼も相当ですね。
そんな感想を抱きながら、立ち上がった男を見上げる。
「まあこっちも、やれるだけやってみるよ」
劇団ララライねえ、そう言って彼は私の元を後にした。