"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

108 / 182
第107話

 夕方、カズヤ君にメッセージを送る。

 今朝、学校へ行く前に連絡した以来のメッセージだ。

 リビングのソファーに一人で座り、スマホを操作する。

 

『……アイドルになる話、なくなっちゃった』

 

 メッセージを送信した画面を見つめた。

 そうすると、それほど間を置かずに既読のマークがつく。

 そして返信が届いた。

 

『ほーん、そりゃまたどうしてよ?』

 

 いつも通りのテンションで返してくる彼に、落ち込んでいた心が僅かに軽くなる。

 寄り添いもせずに、ただそこにいてくれる。

 まるで、せんせみたい……。

 彼の反応に、そんな印象を抱いてしまう。

 そんなカズヤ君の反応が、今はちょっとだけありがたかった。

 過度に心配されたら、それに甘えて彼に、今回の事で心の内に秘める苛立ちをぶつけてしまいそうだったから。

 少し落ち着いた心で、彼に返信を打つ。

 

『……分かんない。けど、アイの人気がまだ高いから時期尚早だって言ってた』

 

 そう送れば、すぐに既読がつく。

 どうやら私と同じく、このチャットを見ててくれているらしい。

 そんな事が分かり、僅かに嬉しさが心に灯る。

 だけど、すぐには返信が来なかった。

 どうしたんだろ……?

 そう思うが、画面から目を離せずにただ見つめ続ける。

 少しだけ時間をおいて、彼から返信がきた。

 

『ま、それだけルビーが推してたアイがすごかったってこったな』

 

 そんな返信に、僅かに首を傾げる。

 こんな内容で、何でこんなに時間がかかったんだろ?

 そう考えてしまうが、答えが分かるはずもない。

 それに、確かにアイがすごいのは完全に同意だった。

 伝説のアイドル。

 その肩書に相応しいのは、間違いなくアイだから。

 

『でも、ついこないだまで新しいグループのオーディションとかする予定だったのに、急にこれだよ?』

 

 けれど、やはり納得できずに、そんな内容を送ってしまう。

 私は早くアイドルになってカズヤ君の、せんせの目を奪いたかった。

 私だけを見てくれる様にしたかったのに。

 もう少しでそれが叶うはずだった。

 なのに土壇場に来て、急にその話がなくなったのだ。

 今日事務所に行ったら、社長からいきなりそんな話をされた。

 納得できるはずがない。

 だから、理由なんて分からないであろう部外者のカズヤ君にまで、そんな質問をしてしまった。

 そしてカズヤ君から、すぐに返信がきた。

 

『知らんけど、ひょっとしたらルビーが可愛いから、満を持してアイドルにしたいんじゃねーの?』

 

 まるで投げやりな返事。

 けれど、それに対して呆れや怒りは浮かばなかった。

 彼の返信の中にある、とある文章から目が離れない。

 ルビーが可愛いから。

 それは、誰と比べてなのか。

 誰かと比べて、私の方が可愛いと思っているんだろうか。

 気付けば、指が勝手に動いており、送信ボタンを押していた。

 それは送ろうとも考えていなかった文章。

 頭の中にちょっとだけ浮かんだ疑問だったはず。

 けれども、何故か彼に送ってしまった。

 

 

『アイよりも、かわいいってこと?』

 

 

 何故送ったのか分からない。

 アイ(ママ)は可愛い、それは絶対だ。

 前世の頃から見てきて、その可愛らしさはずっと変わってない。

 そんなアイに対して、私は何を言ってるんだろうか。

 メッセージを消そうと指を動かしたが、先に彼が内容を確認した表示が現れてしまう。

 ごめん今のナシっ、そう送ろうと指を動かせば、彼からの返事の方が早かった。

 

『オイラにゃアイもルビーも可愛すぎて、どっちがより可愛いかなんて分かんねーや』

 

 その返事に、動かしていた指を止める。

 ちょっとだけ、心臓の鼓動が速くなった気がした。

 けど、心には何故かもやもやとした気持ちが浮かんでくる。

 ……はっきりしてくれないダメ男っ。

 カズヤ君がダメダメな人なのは分かりきってるはずなのに、何故かそんな気持ちが浮かんでしまった。

 同時にため息を吐く。

 

「……そういうところが女にモテないんだよ」

 

 つい、そんな事を呟いてしまう。

 何故かは分からない。

 けど、言いたくなってしまった。

 もう一度ため息を吐き、返信を送る事にする。

 

『このダメダメ人間』

 

 そう送れば、すぐに既読がつく。

 

『そりゃ悪うござんした』

 

 そんないつも通りの返信。

 また、ため息を吐いてしまった。

 ……ホントに、しょうがない人だなぁ。

 今度はそんな感想を抱く。

 するとカズヤ君から、続けてメッセージが届いた。

 

『分からんけど、他の関係者にも色々聞いてみればいいんでね? まあアクアに愚痴ってもいいだろうしさ』

 

 彼の送ってきた内容に、変に納得を得た自分がいた。

 確かに、今日は社長としか話をしてない。

 もしかしたらミヤコさんとかなら、何か知ってるかもしれない。

 それに、応援してくれてたママも、何か知ってるかも。

 カズヤ君の言う通り、他の人に聞いても良いかもしれないと思ってしまった。

 そしてこんな暗い話題をカズヤ君に言い続けるのも、確かにおかしい話だ。

 何故かカズヤ君といつのまにか知り合ってたアクアに、こういった愚痴はぶつけた方がいいのかもしれない。

 カズヤ君と知り合った理由を教えてくれない、アクアへの腹いせにもなるし。

 そう決めたら、また少しだけ心が軽くなった気がする。

 

『分かったっ! ありがとっ!』

 

 そう送れば、中々既読がつかない。

 もしかして仕事中だったのかな?

 そんな事を考えながら、チャット欄を見つめた。

 

 

「おい、もう暗くなるんだから電気くらい点けろよ」

 

 

 不意に後ろからかけられた声に驚き、びくっとなってしまう。

 顔を上げて振り返れば「こんな中でスマホ見てたら目が悪くなるぞ」なんて言いながら、壁にあるスイッチを押して部屋の明かりを点けたアクアの姿。

 そう言えば、学校から帰って来て部屋でずっと何かしてたなと思い出した。

 そして僅かに浮かび上がった苛立ち。

 ……アクアに驚かされるなんてムカつく。

 先程までに考えていた通り、アクアに思い切り愚痴ってやろうと決めた。

 

「ねえアクア」

 

 私が声をかければ、部屋を出ようとしていたアクアが足を止めて振り返った。

 

「アイドルになる話、急になくなっちゃったんだよね」

 

 私の言葉に、アクアはこちらを見つめて、微かに頷いた。

 

「……ああ、知ってる」

 

「えっ?」

 

 なんで、アクアが知ってるの……?

 そんな疑問が浮かんだ。

 私だってついさっき知ったのに、一緒に事務所に行ってないアクアが何で知ってるんだ。

 

 

 

 

「俺が、その話を白紙に戻させたからな」

 

 

 

 

 …………え?

 アクアが、何を言ってるのか分からない。

 だって、意味が分からない。

 アクアが、私がアイドルになるのを止めた……?

 まるで理解出来ずに、混乱だけが胸中を埋め尽くす。

 何故、なんで、どうして。

 そんな言葉ばかりが、意味も無く頭に浮かんでは消える。

 

「ア、アクア、何言ってるの……?」

 

 辛うじて絞り出せた言葉が、それだった。

 理解出来ない、だから訊くしかなかった。

 アクアは、そんな私に対して表情を一切変えない。

 いつもの淡々とした表情で、私を見つめている。

 そして、再び口を開いた。

 

「俺は、お前がアイドルになるのを認めない」

 

 その言葉を聞いた瞬間、考えるよりも先に、激しい怒りが湧いた。

 そしてその後に、怒りの感情を抱いた理由が浮かんでくる。

 けれど、それを必死に抑え込んでアクアに返す。

 

「……なんでアクアは、私がアイドルになるのを認めないの?」

 

 睨みを利かせてしまうのは致し方ない。

 

「……それは、言えない」

 

 は?

 アクアの言葉に、感情を抑えていたのを忘れてしまう。

 

「言えないって、なに? おかしくない? 理由も言わずに認めないなんて、それでこっちが納得できると思ってんの?」

 

 苛立ちの感情をそのままに、アクアへとぶつける。

 それでもアクアは私から顔を逸らすことなく、表情も変えずにこちらを見ていた。

 

「別にお前を納得させたい訳じゃない。ただ、俺が認めないってだけだ」

 

 話はそれだけか。

 そう言ってアクアは私から踵を返した。

 その姿に、もう自分の感情を抑えるのは無理だった。

 

「待ってよッ!」

 

 怒鳴る様に叫んで立ち上がり、歩き去ろうとしたアクアの腕を掴む。

 

「アクアはそれで良いのかもしんないけど、ちゃんと話してくれるまで私は絶対に納得しないから! ずっと私がアイドルになりたいって言ってたの、アクアだって聞いてたよねッ? なんで急に私の夢を邪魔するのッ?」

 

 私は叫ぶ様にアクアへと声をぶつけるが、反応は無い。

 

「家族なら夢を応援するのが当たり前じゃないのッ? 夢を叶えて幸せになる事を願うのが普通じゃないのッ? 家族なのに夢を反対するっておかしいじゃんッ!」

 

 本心を告げても一切反応を示さないアクアに、ただただ苛立ちが増す。

 家族なんだから、家族の夢は応援するに決まってる。

 家族なんだから、家族の幸せを願うのが当たり前。

 だって、それが家族を愛してるって事なんだから。

 

「ねえッ、何か言ったらどうなのッ?」

 

 そう叫んだ私に、アクアはようやく反応した。

 僅かに顔をこちらにむけ、目を合わせてくる。

 酷く冷たい目。そう感じてしまった。

 小さく、しかし私も聞こえる声で、彼が返した。

 

 

「家族だからこそ、俺はお前がアイドルになる事を反対するよ」

 

 

 その言葉を聞き、頭に血が上りすぎたせいか、一瞬視界が真っ赤になる。

 

「……もういいッ!」

 

 掴んでいたアクアの腕を乱暴に放し、アクアよりも前へと足を進めた。

 

 

「アクアなんて家族じゃないッ! 私の夢を応援してくれない家族なんていらないッ!」

 

 

 駆けるようにリビングを飛び出して、自室へと向かう。

 涙が流れてくるが、気にしない。

 気にできる程の余裕が、私にはなかった。

 廊下へと出て、言葉を叫ぶ。

 

 

 

 

「……ホント信じらんないッ――アクアのバカッ!」

 

 

 

 

 後ろから何か聴こえた様な気がしたが、構わずに扉を開けて、自室へと駆け込んだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。