"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第110話

 前世で、せんせにした質問の答えを聞く。

 それは病室で二人きりの時にした質問。

 

 一六歳になったら結婚してくれる?

 

 それに対して、当時のせんせは「一六歳になったら考えてやるよ」なんて返してきた。

 前世の時は、意地悪な回答だなって思ってた。

 だけど、今は違う。

 私は健康だし、何の問題もなく一六歳まで生きられる。

 なら、生まれ変わった今ならば、その質問を現実にする事が出来るんだ。

 だから知りたい。

 せんせの答えを。

 せんせの口から、早く了承の言葉をもらいたい。

 だから、言う。

 涙がまだ止まらないけど、気にしない。

 せんせの胸に顔を埋めたままで、口を開いた。

 

「……ねぇ、せんせぇ?」

 

 決して大きい声ではなかったが、目の前の彼には聴こえたはずだ。

 だから構わずに続ける。

 

「前世で、私がせんせに質問したの……憶えてる?」

 

「さりなちゃんが、前世で俺にした質問……?」

 

 疑問で返してきたせんせに、忘れてるのかと不安になった。

 でも、それをすぐに振り払う。

 だって、せんせが忘れてるはずがないもん。

 それに、前世ではせんせとたくさんお喋りしたから、その中でいっぱい質問したりもした。

 だからきっと、どの質問の事を言ってるのか分からないに違いない。

 なので、どの質問なのか教えてあげる。

 

 

「私が一六歳になったら、結婚してくれるかっていう質問」

 

 

 告げた瞬間、せんせの身体が僅かに身じろいだのが分かった。

 その反応で気付く。

 せんせも憶えているのだと。

 

「……ああ、憶えてるよ」

 

 その言葉に嬉しくなる。

 やっぱり、せんせが忘れてる訳がないと。

 あの質問――ううん、あの約束を忘れてる訳がないと。

 

「あの約束……今の私なら、叶えられるよ?」

 

 その言葉を発した瞬間、再び心臓が大きく高鳴った。

 言った、言ってしまった。

 けど、後悔は微塵もない。

 それ程までに、せんせの事が好きだから。

 それを、私の中で続く鼓動の速さ証明してくれてるから。

 だから、言う。

 

「だから……せんせ」

 

 再びそう呼べる嬉しさを噛みしめながら、続けた。

 

 

 

 

「私が一六歳になったら――結婚してくれる?」

 

 

 

 

 そう伝えれば、静寂が訪れる。

 うるさいくらいの心音だけが、私の耳に届く。

 せんせは動かず、私も抱きしめたままに動かない。

 この沈黙に、じれったさは感じなかった。

 だって、前世で同じ質問をしてから、一二年も待ったんだ。

 だからこんな僅かな間なんて、微塵も長さを感じない。

 せんせがここで答えてくれるんだから、待てないはずがなかった。

 やがて、せんせから声が届く。

 

 

「……それに答える前に、一つ聞いてもいいかな?」

 

 

「えっ……?」

 

 想像していた言葉とは違い、思わず声を上げてしまった。

 私の質問に答える前に、聞きたいこと。

 それは一体、なんだろうか。

 せんせの胸に埋めていた顔を僅かに離して、見上げる。

 そこには、私を見ているせんせの顔があった。

 

「さっき、さりなちゃんが泣きながら言ってた言葉を聞いたんだ」

 

 勝手に聞いてごめんね、せんせはそう謝った。

 話し始めた内容に、首を傾げる。

 その言葉の意味が分からなかった。

 せんせの話は続く。

 

「その中で、カズヤ君の事を……俺の代替として見てたって、言ってたよね?」

 

 それを聞いた瞬間、先程までとは違う高鳴りが私を襲った。

 

「あっ、あれは違うのっ! い、今まではせんせがいないって思ってたからそうしてただけで、今は全然そんなこと思ってないよっ?」

 

 慌てて言葉を返す。

 せんせのことが一番大事で大切に思ってる事を証明したくて、拙いながらも精一杯否定をした。

 どうしてせんせがいる所でそんな事を口にしてしまったのかと、後悔が押し寄せる。

 せんせがいるなら、そんな事はしなかった。カズヤ君をせんせの代替なんて思う事はなかった。

 そういった言い訳が脳裏に浮かぶが、口にはしない。

 だってまずは、せんせを裏切る様な真似はしてないという事を理解してほしかったから。

 せんせが一番好きなんだという事を知ってほしかったから。

 でも、そんな私に「あー、別に責めるとかそういうんじゃないからね?」とせんせは笑みを浮かべながら返してきた。

 

「死んじゃった俺が悪いのもあるんだろうけど、どうしてそうなったのかだけ普通に聞きたくてさ」

 

 優しい口調で話してくれるせんせに、思わずほっとした。

 大丈夫、せんせはちゃんと私の事を分かってくれてた。

 私の気持ちをちゃんと分かってくれてるせんせに、嬉しさが込み上げてくる。

 せんせが聞きたいなら、話すしかない。

 

「……えっとね?」

 

 恐る恐るで声を出せば、せんせは微笑みながら私を見てくれる。

 それでようやく安堵出来た。

 

「……せんせが殺されちゃってもうこの世にはいないんだって思って……そんな時、大人になったカズヤ君がテレビに出ててさ」

 

 せんせは静かに聞いてくれる。

 

「その時のカズヤ君がせんせと同じ格好をしてて……それで、せんせみたいだなって思ったの」

 

 私の言葉に、せんせは「……あのドラマか」と呟いた。

 せんせが思い浮かべているドラマは、きっと私が思い浮かべてるのと同じ。

 今の私が四歳くらいの時に観たカズヤ君主演の、医者が主人公のドラマ。

 あの時のカズヤ君は、ホントにせんせに見えた。

 せんせだと思った。

 

「それで……せんせがいないこの世界で、せんせに見えるカズヤ君をせんせの代わりに見る様になったんだ」

 

 自分で話してて、思う。

 

 

「……本当に酷い女だよね、私って」

 

 

 せんせがいないと知って、カズヤ君に浮気をして、そのカズヤ君をせんせにしようとした。

 そしてせんせがこうして目の前に現れた途端に、本物のせんせに乗り替えてカズヤ君を捨てたんだ。

 どうしようもなく醜く、酷い女でしかない。

 心が弱くて、意中じゃない人物にさえ、寄りかかっていないと生けていけない。

 簡単に軸がブレてしまう、軽い女。

 傍から見て明らかに軽蔑されるであろう人間。

 それが、私。

 そんな自分が嫌になるが、どうしてもやめられなかった。

 だって、せんせが好きだから。

 好きだから、一人になるのが耐えられなかった。

 

「なるほど、そういう事だったんだね」

 

 不意にせんせの声が聴こえ、意識を目の前に戻す。

 そこには真剣な表情を浮かべるせんせの顔があった。

 同時に、それを見て心が冷えた様な感覚に苛まれる。

 もしかして、せんせに軽蔑されちゃったかな……。

 そう考えると、とてつもない程に心臓が痛んだ。

 せんせに嫌われる。

 それが何よりも怖かった。

 そして抱く。

 先程、カズヤ君をせんせの代替として見ていた事を正直に話した自分への、後悔の念を。

 もっとぼかしたり、仕方なかったみたいな内容にして伝えればよかった。

 そうすればせんせにも、良い印象を持ってもらえたに違いない。

 そんな打算が自分の中で生まれ、そんな邪な気持ちが生まれる自分をまた嫌いになる。

 醜くて見苦しくて、どうしようもない程に酷く最低な女だろう。

 

 

「……まあ、さっきも言った様に俺が死んだのが原因でもあるだろうから、その話を聞いてもさりなちゃんを責めるつもりは全くないよ」

 

 

 その言葉を聞き、嬉しくなる。

 せんせに軽蔑されなかった。

 嫌われてなかった。

 本当に良かった。そう思ってしまう自分をまた、軽蔑し嫌ってしまう。

 先程まで考えていた嫌な自分を、こうして簡単に容認してしまえるのだから。

 本当に軸が簡単にブレる自分が嫌になる。

 でも、こうして相手の優しさに甘えてしまう自分を結局は止められない。

 カズヤ君は、本当の私を見つけてくれた。

 辛い、苦しいと言えずに良い子でいようとする私。

 けどこんなにも軸がブレる私を見ると、違う考えが浮かぶ。

 本当の私は、自分が思う様に醜く、酷い女。

 だから簡単に、ぬるま湯に浸からせてくれる人へと甘えてしまう。

 そんな、()が無い自分が、本当の自分なんじゃないかと。

 

「じゃあ、もう一つだけ聞いてもいいかな?」

 

 その声に再び意識を現実に戻せば、せんせは元の優しい表情に変わっていた。

 もう一つ聞きたいこと。

 なんだろうか。

 質問に対して、やや間をおいて頷いた。

 せんせは、表情をそのままに口を開く。

 

 

 

 

「……なら、もうカズヤ君と結婚する気は微塵も無いって事でいいのかな?」

 

 

 

 

 せんせの質問はシンプル。

 答えが分かり切ってる簡単な内容。

 だって、死んだと思っていたせんせがこうして目の前にいるんだ。

 ならば代替物なんて不要になる。

 本物(せんせ)がここにいるんだから、を気にする必要など皆無。

 だから、せんせの質問には簡単に答えられる。

 だって好きなのはせんせなんだから。

 だから、すぐに何の感慨もなく、一切の淀みを生じない声で言ってしまえるだろう。

 せんせを安心させる為にも早く答えてあげなきゃ。

 

 

 なのに、なんで……。

 

 

 

 

「…………ないよ」

 

 

 

 

 大好きな人に対して、それを肯定するのに何故か激しく心臓が痛んでしまう自分が、やはり嫌いになった。

 

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