"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第111話

 心臓が、割れる様に痛い。

 その痛みはまるで悲鳴の様に、私へと何かを訴えかけてくるみたいにも思えた。

 ――せんせと結婚するから、カズヤ君とは結婚しない。

 そんな当たり前の事を思い口にしただけなのに、何故こんなにも苦しく感じるのかがまるで分からなかった。

 せんせが大好きで、結婚したい。

 それが私の本当の気持ち。

 本当の想いなはずなのに。

 なんでこんな痛みを感じるのか分からずに、混乱だけが思考を支配する。

 何故、カズヤ君とは結婚をしないって言うだけで、こんなに心苦しさを抱いてしまうのか。

 それが分からずに、ただせんせを見つめた。

 なんで心が痛いのか分かんないよ、助けてせんせ……。

 その一心で、見つめ続ける。

 せんせの、私と結婚するという言葉を聞いて、早く安心したかった。

 早くこんな苦しいと感じる心を消し去りたかった。

 だからせんせ、早く答えを教えてよっ。

 

「……なるほどね」

 

 せんせの呟き。

 それが何を意味するのかは分からない。

 

「それでっ、最後の質問にも答えたんだからせんせの答え教えてっ?」

 

 でも、それを気にしてせんせの答えを更に待つ余裕なんて無かった。

 明るい声を意識して言えた。

 だから内心の焦りはせんせにはバレてない。

 早く私と結婚するって言って、私を安心させて。

 私の言葉に、微笑みを浮かべたままにせんせが口を開く。

 あぁ、やっとこの分からない気持ちがなくなってくれるっ……!

 

 

「――確かに、カズヤ君の言った通りだなあ……」

 

 

 ……は?

 予定していたのとは違う彼の言葉に、思わずそんな言葉が浮かんでしまった。

 せんせは何やら一人納得した様に微かに頷いている。

 けど、それも気にする余裕はない。

 早くこの苦しみから解放して欲しいから。

 時間が経つ程に心が痛く、苦しくなってくる感覚から逃げたいから。

 

「せんせ! 私の質問に答えてよ!」

 

 私の心境とは裏腹にのんびりとした雰囲気をしているせんせに、思わず強めの口調で言ってしまった。

 そして訪れる後悔。

 だけど、それ程までに答えを欲していた。

 せんせは私の言葉を受けても、微笑みを変えない。

 その姿に、思わず微かな苛立ちが浮かんだ。

 

「ちょっとポケットからスマホ取るから、少しだけ離れてもらってもいいかな?」

 

「やだっ! せんせが答えてくれたら離れるから早く答えてよ!」

 

 求める言葉を言わないせんせに苛立ちが増してしまう。

 なんで、せんせはちゃんと私のこと分かってくれてるはずなのに、私をイラつかせることをしてくるんだろう。

 それが分からずに、また苛立ちが増した。

 同時に心に走る痛みの強さも増して、私の焦燥を酷く駆り立ててくる。

 せんせは「……まあ、仕方ないか」そう言って片手を動かして、ポケットからスマホを取り出していた。

 それを見て苛立ちが更に増す。

 せんせが今見るのは私でしょ? なんでスマホを見るの? 私の質問に答えてからでも見れるじゃん。

 そんな思いだけが思考を埋め尽くす。

 

「ねえ、スマホ見てないで早く言ってよッ!」

 

 怒鳴る様に言ってしまった私の言葉だが、せんせの表情は変わらずまるで暖簾に腕押し。

 相手にされてない、そう感じてこれ以上の我慢は無理だった。

 

「なんで言ってくれないのッ? せんせが答えたらすぐ終わる質問じゃんッ! 早く私の質問に答えてよッ!」

 

「さりなちゃん、ちょっとこれ見てくれるかな?」

 

 私の叫びに応じず、彼は柔和な表情のままにスマホの画面を私に見せてきた。

 突然の対応に驚き、思わず怒気が下がってしまったのが自分で分かる。

 せんせに言われるままに、向けられたスマホ画面を見る。

 そこに映っているのは画像で、幼い時にアクアが初めてドラマに出演した際のシーン。

 幼いアクアと、その横には私が生理的に受け付けないと感じた、嘘の表情をしている有馬かなの姿。

 二人のツーショット画像だった。

 画面を見つめてから、視線をせんせに向けた。

 この画像をせんせが見せてきた意味が、とにかく分からなかった。

 

「さりなちゃん的には、好きな人がこうして女の子と共演するのはNG?」

 

 せんせの言葉を聞いて、再び画面に目線を戻す。

 そこに映るのは、幼いながらにせんせと、私が気に入らない女の子のツーショット画像とも言えた。

 故に、少し心がもやもやしてしまう。

 女の子とせんせがツーショットで映っている姿に嫉妬しているんだなと、自覚出来た。

 けど……だけど、これは所詮昔の話だ。

 だからこれからは、せんせにこの女と共演しない様に言えば良い。

 なのでこの画像は、もやもやと少しイラっとするけど、我慢するしかない。

 もう一度、視線をせんせに向けた。

 

「……これがどうしたの?」

 

「いや、こんな風に女の子と共演してたのは、さりなちゃん的にどうなのかなって思ってね」

 

 せんせの言葉に、先程まで考えていた思いを返す。

 

「確かにもやもやしたりイラっともするけど……アクアがせんせって分かる前の昔のことだから、過去のものは仕方ないし、諦めるしかないって感じかなぁ」

 

 率直な感想を告げれば、せんせは頷いた。

 そしてスマホの画面を自分の方に戻して、再び操作をし始める。

 やはり意図が分からずに、ただその光景を見つめることしか出来ない。

 

「じゃあ、こっちの画像はどう?」

 

 そう言ってせんせが再びスマホの画面を私に見せてくる。

 今度は違う画像が映し出されていた。

 せんせはどこにも映ってない。

 今よりも若いカズヤ君が映っている画像。

 恐らく十代後半くらいだろうか。

 見たところ、何かの番組の画像って感じ。

 カズヤ君が笑顔で、カズヤ君に惚れている様な表情を浮かべている女の子に微笑んでいるだけ。

 カズヤ君が笑顔で、カズヤ君に惚れている様な表情を浮かべている女の子に抱きつかれてそれを受け止めながら微笑んでいるだけ。

 カズヤ君が笑顔で、カズヤ君に惚れている様な表情を浮かべている女の子に頭を撫でながら微笑んでいるだけ。

 

 

 

 

「あっ、おいッ!」

 

 

 

 

 不意に、せんせの驚いた声が響いた。

 どうしたんだろ?

 そう思ってせんせを見る。

 せんせは私から身体を離して、廊下へと駆け出した。

 そして落ちていたナニカを拾ってため息を吐きながら戻ってくる。

 

「全く……流石に投げ捨てるとは思わなかったよ……」

 

 続けて「あーあ、動かないし壊れたか……」なんて独り言を呟いていた。

 

「あ、ごめん」

 

 つい、自分がせんせのスマホを投げた事を思い出して、謝った。

 けど自覚が無さ過ぎて、どうしても気を入れた謝罪は出来なかった。

 何故スマホを投げたのか、皆目見当もつかない。

 せんせは壊れたスマホをポケットに入れて、私に顔を向ける。

 その顔に浮かぶは、明かな苦笑。

 

「スマホを投げるなんて、さりなちゃんは誰に似たんだか……」

 

 そう言ってため息を吐くが、そこに怒りの感情は全くない。

 私は自分の行動が信じられず、そんなせんせをただただ見つめることしか出来なかった。

 なんで、せんせのスマホを投げちゃったんだろ……。

 それが分からずに、混乱だけが生まれる。

 カズヤ君が女の子と映っている画像を見た。

 それを見たら、今まで経験した事の無い謎の感情に支配されて、気付けばせんせのスマホを投げてしまっていた。

 全くもって、訳が分からない。

 

「さりなちゃん」

 

 不意に聴こえたせんせの声。

 

「遅くなったけど、さりなちゃんの質問に答えるよ」

 

 表情は柔和だが、それでも真剣な雰囲気を感じる。

 私の中で未だに混乱が残る中、せんせは私の質問に答えた。

 

 

 

 

「――悪いけど、さりなちゃんと結婚は出来ないかな」

 

 

 

 

「…………えっ?」

 

 せんせの言葉に、大分遅れてからようやく声を上げられた。

 その言葉が理解出来なかったから。

 聞き間違いじゃないかと思ったから。

 

 けれどそれ以上に、自分の心境が理解出来なかった。

 せんせから結婚を断られた、ショックだ。

 何故、それ程しかショックを受けないのかが全く分からない。

 私の前世と今世を賭けた話が断られたのに、何故心がこんなにも乱れずに済んでいるのかが分からない。

 いや、実際は乱れている。

 だが、その理由のほとんどが、先程のスマホを投げた件に支配されている。

 せんせから結婚を断られたショックの方が、まるで心の片隅で済まされている様に思えてしまった。

 だから理解出来ない。

 私の人生を賭けたせんせへの結婚を断られてこれだけしかショックを受けない。

 先程スマホを投げてしまった件の方が気になってしまっている。

 

 これではまるで――せんせとの結婚よりも、カズヤ君と女の子たちが映っていた画像の方が気になっているみたいではないか。

 

 そして同時に気付く。

 何故こんなにも、今すぐ自分のスマホを手に取りたいと思うのか。

 それは、何故かカズヤ君にメッセージ……いや、電話をかけたいと思ってしまう。

 電話をかけて……先程見た画像の件について詳しく聞きたいと思ってしまう。

 今は、せんせよりもカズヤ君と話したいと思ってしまう。

 でも、そんな自分が信じられなくて。

 せんせよりも、カズヤ君を優先したい。

 

 それって。

 

 そんなの、まるで――。

 

 

 

 

「さりなちゃんは、異性として俺よりもカズヤ君の方が好きみたいだからね」

 

 

 

 

「…………えっ?」

 

 せんせの言葉に、先程と同じ返しをしてしまった。

 けれど、先程とは違う理由。

 何故かせんせの言葉がすんなりと私の心に落ちてきて、それが理解出来なかったから。

 私がせんせよりもカズヤ君の事が好きだとせんせに言われて、反論の言葉が何故か浮かんでこなかったから。

 だけど、やはり信じられない。

 私は……せんせよりも、カズヤ君のことが、好き……?

 信じたくなかった。

 私はせんせの事が一番好きで、カズヤ君の事をせんせの代替として見ていたから。

 カズヤ君の事が好きなら、せんせの代替として見るはずがないから。

 

 

「カズヤ君が、前にこう言ってたんだ――ルビーちゃんは、きっとアイみたく嘘で本当の自分を隠しちゃう、本当の自分に気付けないかもしれないから……その時は助けてあげてね? って」

 

 

「えっ……」

 

 せんせの言葉に、声を上げる事しか出来なかった。

 カズヤ君は、せんせにそんな事を言ってたのか。

 ――私のために。

 そう思うと、何故か急に心臓の鼓動が速くなり始める。

 落ち着こうとしても、鼓動は速さを増すばかり。

 それに、何だか急に顔が熱くなってきた様に感じた。

 せんせは「まあ、こんな形で助けるとは思わなかったけどね」なんて苦笑しているが、それを気にする余裕はない。

 私を想ってくれているカズヤ君の事を考えると、何故かざわめきが増す気持ちを、一秒でも早く落ち着けたかったから。

 カズヤ君。

 その名前を胸中で呼べば、無意味に胸が高鳴った。

 

「俺は前世でカズヤ君よりも長い間さりなちゃんと接したけど、正直今までカズヤ君のその言葉を理解出来てなかった」

 

 せんせが話し始めた。

 内心の訳が分からないどきどきを抑えつつ、耳を傾ける。

 

「でも、今はっきりと分かったよ。さりなちゃん……君は自分の本当の気持ちを、自分でも知らない間に嘘の気持ちで隠してしまっているんだって」

 

「……自分の本当の気持ちを……嘘で隠してる……」

 

 せんせの言葉を、呆然と復唱した。

 自分の本当の気持ち……。

 嘘の気持ち……。

 その言い方はまるで、私は本当はカズヤ君の事がせんせよりも好きだった、と言っている様に思えてしまうではないか。

 ……そんな訳、ない。

 

「ち、ちがうよっ! 私はせんせの方が大好きだもん!」

 

 否定をした私の声に、せんせは微笑んだまま。

 

「異性じゃない好きなら、もしかしたらそうなのかもしれないね? ただ、異性としてはカズヤ君の方が好きだって俺には見えるよ」

 

「えっ?」

 

 せんせには、私はカズヤ君の事を異性として一番好きっていう風に見えてるの……?

 

「人の感情っていうのはさ、一つの感情の中にも沢山の種類があるんだよ」

 

 話を続けたせんせの言葉に、何故か既視感を抱いた。

 

「例えば今回の"好き"っていう感情でも……家族が好きや動物が好きに友達が好き、アイドルが好き、漫画やゲームが好き、そして異性として好きとかっていう風に、実際は細かく分類を皆、無意識に行っているんだよ」

 

 言葉は違えど、何故か前世で受けた言葉を思い出す。

 

 ――さりなちゃんが雨宮先生に思う好きって、どういう好きなのかな?

 ――異性としての好き、お兄さんとしての好き、はたまた他の理由で好き……色々あるけど、さりなちゃんはどれの好き?

 

 前世にも聞いた、好きの種類。

 そして、せんせから見れば、私はカズヤ君の事を異性として好きだと思われてる。

 ならば、そうなんだろうか……。

 ――カズヤ君が、好き。

 胸中でそう呟けば、何故か無性に恥ずかしさが込み上げてきた。

 カズヤ君に、好きって言う……?

 その光景を想像したら、身体が何故か熱を帯びる。

 でも、やはり恥ずかしさが大きい。

 せんせの代替として見ていたはずのカズヤ君の事が実は一番好きだった――。

 やばい、次からまともに顔が見れないかもっ……。

 カズヤ君の姿を想像しただけで、どうしても顔に熱を帯びてしまう。

 心臓の鼓動がうるさくなる。

 だけど、そんな全てが心地よいと感じてしまう自分がいた。

 せんせの言葉が、やけにすんなりと心に落ちた訳が分かった。

 せんせの言葉が、私の本当だったから。

 そして、徐々に考えが明瞭になってくるのを感じた。

 カズヤ君は……異性として、いちばん、すきっ。

 ……なら、せんせは?

 せんせに対する大好きという気持ちも、絶対に嘘じゃない。

 私の本当の気持ち。

 じゃあ、私が思っているせんせに対する好きは、なんの好き?

 それが分からない。

 

 だから、聞こう。

 私はどうせ、カズヤ君に見つけてもらわないと本当の自分が分かんないんだ。

 そしてせんせに指摘されないと、本当の気持ちが分からないんだ。

 なら、せんせに聞いた方が、自分で考えるよりも分かるはず。

 

 

「せんせは……私のこと、どう思ってるの……?」

 

 

 そう訊ねれば、せんせは僅かに目を丸くした。

 だが、すぐに微笑みへと戻す。

 

「そうだなあ、俺からすればさりなちゃんはやっぱり……」

 

 そして、せんせは教えてくれた。

 

 

 

 

「妹って感覚が、一番しっくり来るかな?」

 

 

 

 

 ――俺には雨宮先生がお兄ちゃんみたいだな、って思ったんだ。

 

 

 ……カズヤ君はやっぱり、本当の私を見つけてくれるんだね。

 

 

 せんせの言葉は、私に納得感をもたらせる。

 私のことをせんせが妹だと思うのなら、それは私からすれば……せんせが兄ということ。

 それに、自分の心で何も不満が生まれなかった。

 寧ろ、妙にすっきりとした心地に包まれる。

 私はせんせのことを、本当は兄だと思ってたんだ。

 遅ればせながらに気付いた本心に、これ以上ない納得を得る。

 私の気持ちは、いつからこんな風になったんだろう。

 せんせが兄で、カズヤ君が、異性として一番好きな人。

 つまりは付き合いたい人。

 そして、最終的には……結婚したい人。

 カズヤ君が私と結婚したら、カズヤ君が言っていた通り、せんせはカズヤ君のお兄ちゃんにもなる。

 せんせと結婚したいと思っていたのは、もしかしたら一緒にいたいからだったのかもしれない。

 例えば今みたいに家族として、兄として一緒にいてくれるなら、結婚する必要はない。

 だって、兄としてずっと一緒にいてくれるんだもん。

 それに結婚は、カズヤ君としたいという気持ちの方が強くなっちゃったから。

 ホントに軸が無いブレブレな自分が情けなくなる。

 だからこそ、掘り下げなくてはいけない。

 いつから私はカズヤ君の事を好きになったのかを。

 それを知れば、理解出来れば、それを私の中の軸にしてカズヤ君を心から好きだと自信を持って言えるはずだから。

 ブレブレの私に、ダメダメのカズヤ君。

 それはそれでお似合いな二人なのかもしれないけど、それじゃダメだ。

 私は確信を持ってカズヤ君に好きだと言いたいし、カズヤ君が好きだという確信を持った私を好きになってもらいたいから。

 それにやっぱり、ダメダメなカズヤ君をしっかりと支えてあげられるようにもなりたいし……。

 ルビーになってからなのか、さりなの頃からなのか。

 分からない。

 なら、聞こう。

 私には、頼りになる兄がいるんだから。

 

「ねえ、せんせ」

 

「ん? どうしたの?」

 

 私の言葉に、せんせは軽く首を傾げる。

 

 

「私……いつからカズヤ君のこと、好きになったのかな……?」

 

 

「それは……難しい質問だなあ……」

 

 せんせはそう言って、軽く頭を掻いた。

 まあ、そうだよね。

 自分で聞いておいて、ついそんな思いを抱く。

 これこそ自分でしか分からない問題だろうから。

 

「ただ、一つ気になってた事があったんだよ」

 

 不意にせんせが話し始める。

 

「前世のさりなちゃんの頃なんだけど……最後にカズヤ君に会った日にさりなちゃんは、カズヤ君に指輪をはめてもらう際、左手の薬指は断ったでしょ?」

 

 その言葉に頷いた。

 そのやり取りはハッキリと憶えている。

 カズヤ君は指輪を私の指にはめてくれる時に、左手の薬指以外の指にしてくれとお願いした。

 だってあの時はせんせが好きだったから。

 だから代わりに、右手の薬指をカズヤ君に差し出したのだ。

 心の安定、カズヤ君が右手の薬指の意味を教えてくれたのを憶えてる。

 でも、なんで急にその話をしたんだろう。

 せんせは話を続けた。

 

 

「その時にさりなちゃんは"この身体はせんせにあげるんだから"って言ってて当時は気にしなかったけど……今となっては"この身体は"せんせにあげるって意味が気になるんだよね」

 

 

 せんせの言葉に、心臓が大きく高鳴った。

 その言葉も……憶えてる。

 でも、なにかカズヤ君を意識して言った様な記憶はない。

 なんでこんなに胸が高鳴るのかが分からなかった。

 当時言った言葉を思い出す。

 この身体はせんせにあげるんだから。

 この身体は。

 それを今に置き換えて考えれば、今の私は前世のさりなの身体じゃない。

 なら、この身体は誰にあげたいと、私は思ってる?

 ……カズヤ君にあげたい。

 つまり、さりなの身体はせんせにあげるけど、ルビーの身体はカズヤ君にあげる。

 それを、死ぬ間際に伝えていたという事になる。

 再び顔が熱くなる。

 そ、それじゃあ……。

 それじゃあまるで――生まれ変わったらカズヤ君と結婚すると宣言していたみたいじゃないか。

 過去の自分を思い出し、鼓動が速くなる。

 当然前世の頃は、生まれ変われるなんて微塵も思ってなかった。

 けれど、生まれ変われた私が、カズヤ君の事を好きになっているんだ。

 そこから鑑みる、前世の言葉。

 もし、そうならば私は……。

 

 前世の頃からカズヤ君を異性として好きだったということ。

 

 その可能性が非常に高いということだ。

 同時に、内心で苦笑してしまう。

 

「おや、どうやら良いヒントになったみたいだね?」

 

 何かに気付いた様なせんせの言葉に頷く。

 確かに良いヒントになった。

 私がこんなにも軸がブレているのは、前世の頃からだという答えに辿り着ける程には。

 前世の頃から、せんせが好きなはずだったのに、カズヤ君の事を好きになってた。

 これは、ルビーという肉体に影響されない、私本来の醜さという事だろう。

 ある意味、清々しい感覚を覚える。

 根っこから腐っている人格。

 それが私だと知れて。

 だから私にはそもそも幸せになる資格がないんだと、ようやく本当の意味で理解出来た。

 でも……。

 

 ここまで考えて、気付く。

 先程せんせのスマホを投げてしまった感情は、嫉妬。

 けれど、あれが嫉妬だと気付かない程に、激しい嫉妬だった。

 あの画像を思い出してその感情を把握出来る今だからこそ、理解できた。

 カズヤ君を異性として好きだからこそ、あれが重度の嫉妬なのだと把握できた。

 あの画像、思い出した今なら重度の嫉妬に至った原因が分かる。

 ――私の知らない所で、なに女といちゃついてんの?

 今はっきりと胸中に浮かぶ感想。

 せんせにはさっき、過去の出来事は仕方ないと言ったよね?

 うん、それ無理。

 カズヤ君の過去だけは、仕方ないでは流せそうになかった。

 自分の本当の姿を理解した私だが、この気持ちだけはどうしても止めようが無かった。

 故に、自分に甘い私は、自分の行動を止められない。

 こんな自分でも、カズヤ君ならもしかしたら幸せにしてくれるんじゃないか。

 そんな思いまで浮かんでくる。

 そしてその考えが浮かんでしまったら、私は自分を止められない。

 私は心が弱く、軸がなく、芯が無い女。

 自分にとって心の拠り所を見つけたら、そういう対象の人じゃなくても身を任せてしまう人間。

 それが醜い私の生存戦略だから。

 そうしないと生きていけない人間だから。

 

 

 だからカズヤ君――絶対に離さないからね?

 

 

 私は他に流されない様に、カズヤ君には私を見続けてもらわないといけない。

 カズヤ君がちゃんと私を見てくれているか、私はカズヤ君を見続けないといけない。

 カズヤ君以外を見なければ、流れてしまいそうになる場所なんて見つからないから。

 こんな醜い本性の私でも、本当を見つけてくれるカズヤ君なら、絶対好きでいてくれるよね?

 だって、前世であんなに泣き喚いて暴言を浴びせたのに、それでも一緒にいてくれたカズヤ君だもん。

 私を嫌いになるはずがない。

 だって、前世でせんせと結婚しないってなったら、結婚するって言ってくれたもんねっ。

 だから迷わない。

 こんな醜い本性を含めて私を愛してくれるカズヤ君を、絶対に離さない為に。

 

「せんせぇ?」

 

 せんせへと声をかける。

 

「せんせは……私とカズヤ君の関係を、応援してくれる?」

 

 私の言葉に、せんせは目を丸くしたが、すぐに微笑んでくれた。

 

「ああ、上手くいく様に全力で推すよ」

 

 やっぱりせんせは頼りになるなぁ。

 せんせが応援してくれるって思うと、途端に自信が湧いてくる。

 だから後は、行動あるのみ。

 まずは、あの画像の件を必ず根掘り葉掘り問い質してやる……!

 そう決意を新たにした。

 

「まあ、恋愛ごとはあんまり力になれないかもしれないけどね」

 

 苦笑を交えたせんせの言葉が耳に届く。

 力になれない?

 

「ううん……絶対にそんなことはないよ」

 

 せんせの言葉をすぐに否定する。

 だって、推してくれるって言葉だけで、こんなにも前向きに考えられるんだから。

 

 

 それにせんせは私の――。

 

 

 

 

「世界で一番頼りになる、おにいちゃんだもんっ!」

 

 

 

 

「……そうかい」

 

 せんせ――いや、おにいちゃんが小さく呟いた。

 けれどその言葉は、私にも暖かさを届けてくれる。

 微かに感じる嬉しそうな声色。

 それを聴けて私も嬉しくなる。

 ……あ、そうだ。

 まずはこの後、すぐにカズヤ君に連絡しまくるのが先決。

 だけどその後で、こうなった原因はしっかり確認しなくちゃいけない。

 そう決めて、口を開いた。

 

 

「カズヤ君と連絡が終わったら、私がアイドルになるのを認めない理由は絶対教えてね――おにいちゃん」

 

 

「…………そうかい」

 

 アクアとルビーがやっと、本当の兄妹になれた。

 そう思える一日だった。

 

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