"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第114話

 仕事が終わり、家で家族と寛いでいる。

 家族団欒、この状況をそう言うんだろう。

 今日は早めに仕事が終わり、帰って来てから夕食を作り子どもたちと食べる事が出来た。

 アクアがいて、ルビーがいる。

 この空間が、私は幸せだった。

 けど最近はちょっとだけ、その幸せが翳りを見せる時がある。

 それは愛してる二人の子ども。

 彼らの会話にあった。

 今日も、いつもの様にソファーに座りながら、カーペットの上に座り仲良くテレビを観ている二人を見ていた。

 

「あっ! おにいちゃんっ、カズヤ君が出てるよっ!」

 

 ルビーの元気な声が聞こえる。

 娘は少し前から、アクアの事をおにいちゃんと呼ぶ様になった。

 そう呼ぶ姿を見ると、子どもの成長を目にしたみたいで嬉しくなる。

 アクアとルビーはもっと仲良くなったんだなって、頬が緩みそうになるのだ。

 娘の言葉に、隣でスマホに目を落としていた息子が顔を上げる。

 

「ホントだ。この番組にカズヤ君が出るって情報なかったんだけどな」

 

 そう言ってアクアはスマホの画面をルビーに見せた。

 

「なんでだろ? まっ、いっか! カズヤ君が見れるしっ!」

 

 首を傾げてから楽しそうに表情を切り替えた娘に「良かったな、ルビー」と声をかける息子。

 実に仲の良い兄妹の光景が、そこにはあった。

 ……けど。

 けど。

 その会話に出てくる名前が、私の幸せを翳らせていた。

 

 カズヤ。

 

 その名前を聞くと、どうしても苛立ちが募ってしまう。

 私の忌々しい過去を作り上げた張本人。

 その事実を知ってから一年以上経ったが、未だにその姿や名前を聞くと心が穏やかじゃなくなる。

 許せない男。

 それがカズヤという人間だから。

 でも、私の心境を知らないアクアやルビーは、お構いなしにこういった団欒の時間にその名前を発してくる。

 だから私も、笑顔でそれを迎えるのだ。

 私の心境なんかよりも、子どもたちが笑顔でいる方が大事だから。

 きっといつか、子どもたちからあの男の名前が出ても、何の気持ちもなく受け入れる事が出来る様になるはずだから。

 なので私は我慢する。

 子どもたちの笑顔を見れば、全然苦じゃない。

 

 ……でも。

 でも。

 子どもたちの会話でどうしても認められない事が一つだけある。

 それは。

 

 

「あぁ、やっぱカズヤ君かっこいいよぉ……カズヤ君と早く結婚したいなぁ」

 

「まだルビーの年齢的に無理なだけだから、焦らずに待てばきっと大丈夫だよ」

 

 

 そんな子どもたちの会話。

 …………なんだ、これ。

 その話を聞く度に浮かぶ、私の思い。

 元々ルビーはあの男のファンみたいなとこはあった。

 けれど最近はこうして、好きだとか結婚したいとか言う様になったのだ。

 なんだ、これ。

 何回考えても、その結論になってしまう。

 ルビーの言葉から考えれば、娘はあの男の事が好きで結婚したいという事。

 娘には、あんな男の事を好きになって欲しくない。

 その思いが強く浮かんでしまう。

 けれど、それをハッキリとは言えなくて……。

 

 

「ルビー、世の中にはいっぱい人がいるんだから、もっといい人がいるかもしれないよっ?」

 

 

 なんて、ぼかした言い方になってしまう。

 だって子どもたちの言葉を、真っ向から否定したくないんだもん……。

 いや、正確には真っ向から否定できない、かもしれない。

 子どもたちには、笑って元気に育って幸せになってもらいたいから、否定とかして喧嘩になりたくなかった。

 やっぱり二人が笑ってる顔を見たいから。

 だから、ちょっとずつあの男から意識を逸らさせる様に誘導しか出来ない。

 私の言葉に、ルビーはこちらへと振り向いた。

 

「ママ……違うよ?」

 

 私に話しかける娘は笑顔。

 

 

「世の中にいっぱい人がいる中で、私にとって一番いい人がカズヤ君なんだもんっ!」

 

 

 ――なんだ、これ。

 

 可愛らしい満面の笑みで私に告げた娘に、咄嗟に内心を隠して「そうなんだっ、じゃあ仕方ないねっ」なんて、表の私が言葉を返す。

 うんっ、という声と可愛い笑顔で私に頷いて、ルビーはあの男が映っているバラエティー番組へと顔を戻した。

 そんな姿を見やり、表で笑顔を浮かべながら内心でため息を吐く。

 なんでこうなってしまったのか……。

 ルビーがそう言い出した時に、何故あの男の事が好きなのか訊ねた。

 ――カズヤ君は絶対に本当の私を見てくれるから好きっ。

 そんな回答が返ってきた。

 その言葉を聞き、思わず胸が苦しくなる。

 娘はもしかして最近、あの男と会ったのではないかと気になり訊ねれば「ううん、会ってないよ?」と即答された。

 つまりは画面越しで、そう思う程にあの男を好きになったという事。

 そしてやはり、心が苦しくなる。

 それは、私のせい。

 娘にも――私の中に流れる、あの男に惹かれてしまう忌々しい血が、受け継がれてしまったと。

 そんな娘に、ただただ申し訳なさだけが募る。

 こんな、心が弱い私の遺伝子を受け継がせてしまってごめんね、と。

 せめて、娘には私と同じ様な経験をさせる訳にはいかない。

 それが私に出来る唯一の償い。

 娘が大きくなるにつれて、あの男に惹かれずに済む様に、誘導していく事しか出来ない。

 あの男の悪逆の数々をこの子に教えれば、それで済むのかもしれない。

 でも、言えなかった。

 だって、子どもたちと喧嘩になる様な事はしたくなかったから。

 こうして、母親としても出てしまう、私の心の弱さ。

 そして、たまに思ってしまう。

 

 

 もし一緒に暮らす夫がいたら、相談して解決してくれたんじゃないかって。

 

 

 やっぱり、この子たちの為にも父親は必要なんじゃないかって。

 そう、思ってしまう。

 私の心が弱いせいで、もしかしたら娘が将来不幸な目に遭うかもしれない。

 そして娘だけじゃなく、息子も何か困った時に助けてあげられないのかもしれない。

 そう思うと、やっぱり私だけじゃこの子たちを幸せにするのは難しいんじゃないかと思ってしまう。

 だから、父親という存在が普通の家族にはあるんじゃないかと、思ってしまった。

 

 ……この子たちの父親、か。

 

 その言葉で思い浮かぶのは、あの忌々しい男の姿。

 それが浮かんだ瞬間、慌てて思考から消し去る。

 あんな男、この子たちの父親になんてならせる訳にはいかない。

 確かに、過去の私の未熟さで、実際の父親は彼だ。

 けど、生みの親と育ての親は違くたって別に良いだろう。

 だからあの男を、この子たちの育ての親にする必要はない。

 かと言って、じゃあ他に候補の男性が思い浮かぶかと言うと、今のところいなかった。

 優しく子どもたちに接して、でもダメな所はダメっていう様に、愛しているからこそ嫌われるのも厭わない様な男性が、この子たちの父親だったらすごく良いのかもしれない。

 そしたら、夫として妻である私の事も支えてくれつつ……私には出来ない、子どもを叱ったり正しい道に進ませる為に、子どもたちに嫌われるのも覚悟でハッキリと言ってくれるかもしれないから。

 もし子どもたちに嫌われてしまっても、私が間を取り持って仲直りさせてあげれば大丈夫。

 だから、そんな男性がもしいたら、結婚してもいいかもしれない。

 ……まっ、そんな人は今のところ見当たらないんだけどねっ。

 なんて内心で呟いて、この思考を終わらせた。

 

 意識を現実に戻せば、相変わらず仲良くテレビを観ている子どもたちの姿。

 その片方である娘に視線を向ける。

 娘の恋の応援を心ではしたくないのに、口では結局応援する事を言ってしまう私。

 ホント、母親失格だよね……。

 こんなダメな母親でごめんね?

 内心で謝罪を告げる。

 将来、本当に娘があの男と結婚するってなったらどうしよう……。

 そんな未来を想像し、その恐怖に身体が震える。

 けど、そうなってしまったら私は結局、娘を肯定してしまうんだろうなぁ。

 やがて浮かんだ、そんな感想。

 だから、そうならない様に事前にあの男を諦めさせる様にしなければならない。

 でも、それがダメで二人が結婚するってなったら、その時は娘を素直に祝福しよう。

 だって、祝福する事で娘が笑顔になってくれるなら、私の気持ちなんて二の次だから。

 それが、心の弱い私なりの――母親としての愛だから。

 そう自分にけじめをつけた。

 

 

 不意に、チャイムが鳴った。

 

 

 こんな夜に、誰かが訪ねてきたみたいだ。

 誰だろ?

 社長とかミヤコさんからは来るっていう連絡はきてないし……。

 そんな事を考えながら、ソファーから立ち上がる。

 

「ママが出るから、二人は仲良くテレビ観ててねーっ」

 

 はーい、という娘の返事を聞きながら玄関へと向かう。

 玄関に着き、娘と同じ様に「はーい」と言いながら、鍵を開けてドアを開いた。

 

 

「夜分遅くに、申し訳ありません」

 

 

 そこには、コートを着たスーツ姿の男性と、その後ろに警察の服装をした男性の姿。

 刑事さん……?

 彼らを見て、そんな事を思う。

 コートを着た中年の男性は、スーツの内ポケットから何かを取り出す。

 そして私に取り出したそれを向けた。

 

「私は刑事をしておりまして……過去の事件の事で、少しお話を聞かせてもらえないかと思いまして伺いました」

 

 私に見せてきたのは、テレビで観た事のある警察手帳。

 けれど、私にはこの刑事さんの言っている意味が分からなかった。

 過去の事件。

 それに全く心当たりがなかったから。

 だから笑顔で伝える。

 

「過去の事件っていうのが分からないんで、もしかしたら人違いじゃないですかねっ?」

 

 思い当たる節が一切無いのだ。

 故にそう答えるしかなかった。

 だけど、目の前の刑事さんは表情を変えずに私を見ている。

 

「いえ、貴女に関りがある事件です……元B小町のアイさん」

 

 その言葉に、心臓が高鳴る。

 何故かは分からない、でも、まるで何か隠している事が見つかったかの様な心境に陥った。

 私の反応が表に出ていたのか、刑事さんは雰囲気を和らげて、僅かに笑みを浮かべる。

 

「と言っても貴女が容疑者であるとか、そういった話ではありませんのでご安心ください。事件に関して、もし何か情報をお持ちであればお聞かせ願いたいだけです」

 

 そんな刑事さんの言葉と空気に、思わず軽く息を吐いた。

 何もないのに、どうやら何か悪い事をして見つかったと勝手に思ってしまっていたみたいだ。

 気持ちが落ち着いてくれば、思考も落ち着いてくる。

 力になれるかは分からないけど、捜査に協力するのはやぶさかではない。

 そんな風に思えてきた。

 

「分かりましたっ、私に答えられる事でしたら協力しますっ」

 

 笑顔でそう伝えれば、刑事さんが「捜査のご協力、感謝致します」と言って後ろの警察官の人と一緒に、私に敬礼をした。

 その腕を下げると、刑事さんは私に言う。

 

「では、お手数ですが……署までご同行頂いても構いませんでしょうか? 資料などを用意しながら、細かく話を伺えればと思いまして」

 

 その言葉に首を傾げるが、やがて頷く。

 別にここで話してても良かったが、よく考えれば子どもたちが家にいるから、あまりこういった場面は見せたくない。

 だから結果的に、刑事さんの提案は渡りに船だった。

 

「下に車は用意しております。お召し物は、そのままでも大丈夫でしょうか?」

 

 刑事さんの言葉に、自分の服装を確認する。

 まあ、このまま外に出ても問題ない恰好ではあったので、サングラスと帽子だけ準備すれば大丈夫だろう。

 

「ちょっとサングラスと帽子だけ取ってきてもいいですか?」

 

 そう伝えれば、頷きが返ってくる。

 家の中に踵を返そうとして、動きを止めた。

 再び刑事さんに話しかける。

 

「あっ、そうだ。ちなみにどんな事件なんですかっ?」

 

 私の質問に、刑事さんは何やら少し苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。

 そして、そのままに私へと言葉を返してくれる。

 

 

 

 

「約一年前に起こった――このマンション前での、ストーカー事件についてです」

 

 

 

 

 アクアとルビーにお留守番をお願いして、私は警察署へ向かう事にした。

 

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