"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第116話

 ただ、無言で待つ。

 スマホで時間を確認すれば、子どもたちと連絡を取ってからもうすぐ三〇分。

 間もなく、あの男が私の前に姿を現す。

 今回は、それが待ち遠しかった。

 だってようやく、あの男に復讐が出来るのだから。

 あの男からすれば、私がここにいる事なんて分からないだろう。

 それでもいい。

 ただ、あの男への復讐が成された瞬間がこの目に映れば。

 あの男を見るのが楽しみだ、こんな感覚になるのはいつ振りだろうか。

 カズヤ……早く、あなたに会いたいよ。

 

 不意に、入り口のドアがノックされる。

 そして扉を開いて、警察官の人が入ってきた。

 ドアを閉めて、私と同じく取調室を見る。

 

「只今、木村カズヤが任意出頭に応じて警察署に到着しました」

 

 間もなく、こちらに来ます。

 その言葉に、心臓が高鳴った。

 もうすぐ、もうすぐだ。

 いよいよ復讐できる。

 警察官の人に答える余裕はなく、ただ、無人の取調室を見つめた。

 

 

 ミラー越しに人の影が見えた。

 

『態々ご足労頂いて申し訳ありませんねえ』

 

 その言葉は先程まで話していた刑事さんの声。

 その声のする方へと顔を向ければ、スピーカーが設置されていた。

 どうやら取調室にマイクが設置してあり、それをこのスピーカーから聴こえる様にしているらしい。

 顔を取調室へと戻した。

 そして私の視界に、入ってくる。

 あの男が。

 いつもの笑顔を浮かべて、刑事さんに案内されるまま椅子へと座った。

 

 カズヤ……あなたの最期、ちゃんと見届けるから。

 

 その姿に、そんな事を思う。

 復讐が成された瞬間を、ちゃんと見届けてあげるから。

 彼のマネージャーは見当たらなかった。

 一緒に来ていないか、それとも外で待たされてるんだろうか。

 分からないが、どうでもよかった。

 

『いえいえ、お世話になってる刑事さんからの呼び出しだったら、いつでも参上しますよ』

 

 いつも通りの、のほほんとした表情。

 それを見てやはり苛立ちが湧くが、我慢する。

 どうせもう少ししたら、情けなく焦った顔に変るんだから。

 だから、今くらいはこんな表情を許してやる。

 男は表情をそのままに、言葉を続けた。

 

 

『――例えそれが、俺の逮捕だとしてもね』

 

 

 彼のその言葉に、思わず心臓が高鳴った。

 なんで、自分が逮捕されるのを知ってるの……?

 そんな疑問が湧いてくる。

 なんで、逮捕されるのが分かっているのに、のこのこと笑顔でやってきたんだ。

 その事実に、苛立ちが増す。

 それでは、逮捕される時の慌てふためく様な、酷く滑稽な最期が見れないじゃないか。

 なぜ、笑っているんだ。

 やはりこの男は私をどこまでもイラつかせる。

 そう思い、目の前の男を睨み付けた。

 

『……俺はただ、ストーカー事件の事で話が聞きたいって言っただけなんだが?』

 

 刑事さんの声にハッとする。

 つまり、あの男は刑事さんから逮捕すると言われてない?

 なら、なんであの男は逮捕されると知っているのか。

 

『あの件は三か月くらいで解決したでしょ? なのに何で今更ストーカーの事について俺を呼び出すのか』

 

 そう言って、男は苦笑した。

 

 

『もう一つのストーカー事件が解決してないからでしょ?』

 

 

 何の気なしに、彼は言った。

 そこには一縷の悲壮感もない。

 ただ笑顔が、そこにあった。

 

『……被害者から、お前に対してのストーカー被害を申告された』

 

 刑事さんの声。

 その口調は、先程までの私への対応とは違った。

 もっと砕けた印象をこちらに与えてくる。

 けれども同時に、一定の壁を感じる声でもあった。

 刑事さんは言葉を続ける。

 

『今、裁判所にお前の逮捕令状を請求してる。早ければ後二時間くらいで、発行されるだろう』

 

 それを最後にやや間が空き、刑事さんが再び話す。

 

『……何故、お前がそんな事をしたんだ』

 

 その声はまるで、相手のやった事を信じられない様な声色。

 それを見て、私の心境は乱れてくる。

 なんで刑事さん、まだあの男を信じる様な口ぶりなの?

 私が被害者で、あの男が加害者なんだよ?

 目の前に映る光景全てに苛立ちが増す。

 それでも、男は表情を変えない。

 

『刑事さん、よくそんなんで警察やってられるね? 加害者を慮るなんてさ』

 

 ストーカーに情状酌量の余地なんてないでしょ。

 そう言った彼の言葉に、悔しいけど心から同意してしまった。

 あんな男に同情するだけ、時間の無駄なんだから。

 そんな男の言葉に、刑事さんは返した。

 

『……だが、守ろうとしたお前が、被害を生み出していたなんてどうしても考えられなくてな』

 

『それは刑事さんの感情の問題でしょ。実際は被害が出ていて、逮捕しなければいけない……それが事実でしょ?』

 

 刑事さんと男のやり取り。

 それを見ながら、僅かながらに混乱する。

 だって、状況が違うから。

 私が思い浮かべていた状況と、どうしても逆な様に思えてしまうから。

 なんだ、これ。

 そんな感想が浮かび、やはり苛立ちが増した。

 早く逮捕して、私の目の前から消えて欲しいと心から思った。

 そうすればこんなにイラつく事無く、ただ子どもたちと幸せに生きていける。

 結局、この男は私の心を乱してくる酷い人間。

 それだけは理解出来たから。

 私の耳に、刑事さんの声が届いた。

 

『お前が一年前にストーカーを未然に食い止め、彼女を守ったのも事実だ。だからこそ、彼女を傷付けるなんて信じられると思うか?』

 

「えっ……」

 

 刑事さんの言葉に、思わず声を上げてしまう。

 その言葉に、少し違和感を覚えたから。

 一年前のストーカー事件とは、あの男が私に行った事。

 なのに刑事さんは、その事件をあの男が食い止めたという言い方をした。

 それが、妙に気になった。

 そして思い出す。

 そう言えば先程あの男も、何やら三か月で解決してたとか言っていた気がする。

 

『彼女を守ったお前が、何故彼女を苦しめるんだ』

 

 刑事さんの言葉に、やはり男は笑みのまま変わらない。

 

『加害者が望んでない情状酌量をしてくるなんて、流石に越権行為じゃない?』

 

 男の言葉に、やはり同意してしまった。

 こんな男に、一切同情の余地なんてないんだから。

 

『だ、だが』

 

『刑事さん』

 

 それでも何故か食い下がろうとする刑事さんに、男が声を遮った。

 そして、笑顔のままに続ける。

 

 

『あなたは捜査で俺に関わって、俺の事を知ったつもりでいるかもしれないけど……この状況を生み出しているのが、本当の俺なんだよ』

 

 

 刑事さんの姿を見てたら、滑稽で……つい、言うのがここまで遅くなっちゃったよ。笑顔で言い終えた。

 本当の俺とは、つまりは私のストーカーとして逮捕される人間という事だろうか。

 この男は逮捕されて欲しい人間だ。

 それは私の心の中に、確かにある。

 ……だけど。

 それは変わらないのに、何故か違和感を覚えた。

 いや、違和感というよりは既視感に近いのかもしれない。

 何に対してかは、全く分からないけど。

 刑事さんは男を黙って見つめ、やがて口を開いた。

 

『……ああ、分かった』

 

 刑事さんはまるで、何かに納得した様に告げた。

 それが何を思ってかは分からない。

 でも、声は先ほどまでとは違う様に感じた。

 そして刑事さんが気付かない様に、小さく息を吐いた男の姿が目に映る。

 

『それじゃ、遠慮なく取り調べといかせてもらおうか』

 

 刑事さんは、ハッキリとした声色でそう告げる。

 まるで、先程までの姿が嘘みたいに思えた。

 男に対する同情心が無くなったかの様な、刑事らしい顔付きになる。

 その表情を見て、やはり違和感を覚えてしまった。

 刑事さんの反応が明確に変わった理由。

 それは刑事として、同情の心を捨てたと思う事も出来る。

 でも刑事さんは今まで……一回も嘘を吐いてない。

 だからこその、違和感。

 だって刑事さんの目は今、本当に目の前の男を睨んでいるんだから。

 それは割り切った時の様な、淡々とした目付きじゃない。

 明らかに、この男に対して怒りを持っている目だった。

 もしかしたら刑事さんは隠しているつもりなのかもしれないが、私の目は誤魔化せない。

 そして長年、そんな私を弄んできたあの男にもまた、誤魔化す事は出来ないだろう。

 だからこそ先程、あの男は小さく息を吐いた。

 そこまで考えて、疑問が浮かんでくる。

 何故あの男は、あのタイミングで息を吐いた?

 ただの呼吸ではない。

 明らかに違う、まるでため息の様な吐き方。

 それをなんで、あの男はしたのか。

 刑事さんが自分へと怒りを向けてきた時に、何故ため息を吐ける?

 自らの言葉を鑑みれば、そうなるのは当然の帰結のはず。

 なのに、なんで……?

 そんな疑問が浮かんだ。

 そして思考が浮かんでくる。

 

 まるで自分が嫌われて良かったみたいな――。

 

 そこまで考えて、思考を消し去った。

 何故かは分からない。

 でもこれ以上考えると何か良くない事を知りそうな気がして、本能的にその思考を捨てた。

 思考を切り替えよう。

 全てあの男のせいで、私の人生は不幸だった。

 それが真実。

 

「あの……聞いてもいいですか?」

 

 隣に佇む警察官に声をかけた。

 取調室を見ていた警察官は、こちらに身体を向けて「はい、お伺いします」と答える。

 だから私も、遠慮せずに聞く。

 

「一年前のストーカー事件って、あの男が起こした事件の事ですよね……?」

 

 それを警察の人から、断言して欲しかった。

 今起こっている全ては、あの男の起こした事。

 なので、やっぱりあの男が悪い。

 あの男が全ての元凶だ。

 そうだと思いたくて仕方なかった。

 あの男が目の前に現れて、色々と心を乱された事が原因だろうか。

 はたまた、先程の刑事さんの姿を見て何故か違和感を抱いたからだろうか。

 分からないけど、とにかくあの男が悪いんだという事だけ、他の人から断言して欲しかった。

 

「はっ? いえ、あの、その事件は」

 

 警察官は何やら驚いた表情を浮かべて、私を見る。

 私も、断言が欲しくて、目線を逸らさない。

 だけど――。

 

 

 

 

『ねえ、刑事さん――絶対に俺を逮捕するって、約束してくれる?』

 

 

 

 

 男の言葉はまた、私の心を乱してそちらへと顔を動かさせた。

 

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