"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第117話

 なにを、言ってるの……この男は。

 今、男が言った言葉に、そんな感想が浮かぶ。

 その言葉は、傍から聞いている私にも強く印象付けられた。

 だからこそ意味が分からない。

 その言葉を言った訳が。

 ちらりと隣の警察官を見る。

 そちらもまた、目を見開いてあの男を見ていた。

 驚かされたのは私だけではない様だ。

 目の前で刑事さんも、目を見開いて固まっている。

 そこで、不意に思い出す。

 

 あの男の才能である――声。

 

 それが今、こうして私たちに影響を与えているんだと分かった。

 だけど、と思う。

 それを何故、あんな言葉に使うのか。

 あの男の言葉は、明らかに刑事さんだけに向けたもの。

 なのに、私たちまで影響を受けている。

 ――あの男を早く逮捕しろ。

 そう強く頭に残ってしまう。

 あの男は逮捕されるべき最低の人間だ。

 だから、そう強く頭に残っても、全く問題ない。

 

 ……はずなのに。

 何故か、さっきからずっと違和感が無くならない。

 頭に強く残り続けるあの男の言葉が、残り続ければ残り続けるだけ、違和感もなくなってくれなかった。

 それはまるで、自分の思考を疑う様な違和感。

 これは、私の考えなの……?

 どこかそんな心境になってしまう自分がいる。

 あの男の事は憎いし、出来るなら復讐してやりたい。

 けれど、その気持ちが増してしまう感覚になるのが、どうしても違和感だった。

 あの男は自分を逮捕しろと言った。

 私としても逮捕されて欲しい。

 ならば、間違いなく逮捕されるし、あの男がその運命から逃げる事は無いという事実に、喜びが湧けど憎しみが増す理由が分からなかった。

 喜びは生まれず、ただあの男に対する憎しみが増える自分の心が、理解出来なかった。

 それはまるで自分の心じゃない様な。

 

 

『刑事さん、固まってないで約束してよ。俺を絶対に逮捕して釈放もさせないって』

 

 

 もし誰かに言われても俺自身が釈放を望んでないって言っていいからさー、なんて軽い調子で続ける。

 ホントに、訳が分からなかった。

 彼の言っている意味が。

 何故、それ程までに逮捕を望むのか。

 それが、理解出来なかった。

 

『ああ、必ず逮捕してやるし俺の届く範囲では釈放もさせねえよ』

 

 えっ……?

 刑事さんの言葉に、思わず声を上げそうになった。

 なんで、そんなにすぐに受け入れられるの……?

 そんな感想が浮かぶ。

 確かに私も、この男には逮捕という形で復讐を果たしたい。

 だけど、これは明らかにおかしい。

 他の人なら別に気にしないけど、この人がこうなるのはおかしい。

 だって、刑事なんだから。

 あの男が罪から逃れる様な事を言い並べて、それを一顧だにしないという意味でのその言葉なら分かる。

 でも、自分から逮捕して釈放もするなって言ってるなら、理由の確認くらいしてもいいはず。

 さっきまで、あの男の罪を信じてないみたいな言い方をしてたんだから、尚の事。

 

「あの……逮捕されたいみたいな言い方に聞こえるんですけど、理由って聞いたりしないんですか?」

 

 隣にいる警察官の人に話しかける。

 私の言葉に、警察官は首を傾げた。

 

「いえ、まあ普通ならそういった場合でも細かく聴取が必要になるかとは思いますが……今回は逮捕が優先なので、聞かなかったんではないでしょうか?」

 

「えっ」

 

 警察官の人は、そう言って再び取調室へと顔を向けた。

 その表情は険しく、睨み付けるよう。

 視線の先には、あの男がいた。

 なに、これ……。

 そんな感想だけが浮かぶ。

 確かに、逮捕した後で聞く事出来る質問だろう。

 でもまだ逮捕令状だかが発行されるまで時間もある。

 だから、わざわざ逮捕優先で話を聞かないって選択肢にはならないはずだ。

 なのに逮捕が優先って、ここに犯人がいて逃げない状況で、寧ろ逮捕しろって言ってるんだよ?

 確実に逮捕出来る状態なのに逮捕優先って、どういう事なのか。

 警察官の人も、普通は細かく聴取するって言ってた。

 だから、何か普通じゃない事が起こっているのではないか。

 まるで今は頭の中に、逮捕するという事しか浮かんでないみたいな……。

 そこまで考えてハッとした。

 彼の声の才能。

 いつの間にか、無くなっていた違和感。

 あの男を逮捕しろと頭の中で強く思ってしまう、あの違和感。

 まるで自分じゃない自分が延々と語りかけてくる様な、あの感覚。

 視線を取調室へと向ける。

 

『なら良かった』

 

 笑みを浮かべたままにそう告げる男。

 彼が言った言葉に――私は影響を受けていた。

 それに、気付く。

 そしてそれは私だけじゃない。

 隣の警察官の人も、取調室にいる刑事さんも。

 皆が、彼の言葉に影響を受けてしまった。

 

 それはまるで……洗脳みたいだ。

 

 私も違和感を覚えなかったら、もしかしたらこの二人の様に、何も考えずに彼をただ睨んでいたのかもしれない。

 ……でも。

 何で私は違和感を覚えたの?

 そんな疑問が湧いてくる。

 あの違和感……ううん、どこか既視感にも思えた。

 昔、何か似た様な経験をした様な気がする。そんな感覚。

 だけど、そんな記憶は無い。

 こんな、まるで自分を悪い人みたいに思わせる事を言われた事は無い。

 だってあの男はいつも私の言葉を肯定して、私に愛してるって好きだって言わせて、私が嫉妬とかで酷い事を言っても――結局は私を受け入れてくれてた。

 その裏で私の事を嘲笑っていたが、決して嫌われる様な言動はしてなかった。

 いつでも、私の意見を受け入れてた。

 彼が私を突き放す様な言い方をしたのは、最後の――。

 

 

『まあこんな想定はしてなかったけど、これはこれである意味……俺には相応しい末路かもね』

 

 

 彼の言葉に、意識を目の前に戻す。

 笑みを浮かべたままに放った言葉は、何故か私には、何かを割り切った様に思えた。

 それが何でなのかは分からない。

 けれど、そう感じた。

 

『それで、刑事さん? 逮捕令状が発行されるまでまだ時間があるし、何か聞きたい事があるならどうぞ?』

 

 メディアに公表しないのを前提にだけどね、そう続ける。

 目の前の刑事さんは、彼を睨んだまま。

 

『そればっかりは俺も保証出来ねえな』

 

 そう言った。

 それを聞いた彼が、露骨にため息を吐く。

 

『なるほどなあ……じゃあ、黙秘権でも行使しよっかな?』

 

『あ? 無理やり口を割らせる事だって出来るんだぞ?』

 

 やめてッ。

 刑事さんの言葉に、思わずそう言って立ち上がりそうになった。

 それ程までに、刑事さんの声には明確な怒気が含まれていたから。

 そして同時に思う。

 私は何故、止めようとしたのか。

 憎い男である彼。

 なのに何故、その男を庇おうとしたのか。

 全く分からない。

 先程みたく、自分じゃない自分が強く語りかけてくる事はない。

 だから、何も影響は受けていない。

 

『……とりあえず、何でこんな事をしてたんだ』

 

 やや間をおいて、幾分か怒気が減った声色で、刑事さんが聞く。

 こんな事、というのはストーカーという意味だろう。

 

『んー……ま、大丈夫そうかな――――多分、辞世の句っぽくなるんで、誰にも内緒でお願いしますね?』

 

 彼は刑事さんを暫く見つめ、そう呟いた。

 その瞬間、私の脳内に強い違和感が発生する。

 また、あの声だ。

 ――これから聞く事は、誰にも言ってはいけない。

 それが、私じゃない私の声で脳内を埋め尽くす。

 けれど、先程も感じた強い違和感のせいで、そう思ってしまうよりも邪魔なノイズに感じる。

 だからそれを、嘘だと思う。

 いや、そのノイズが発生させる言葉を嘘だと思う様に、思考を演じた。

 そうすると思考から、その考えが消える。

 演じるのをやめても、その考えが再び現れる事はなかった。

 嘘の考えなんて、私には通用しない。

 嘘で、私に勝てると思うな。

 消え去った私じゃない声に、そう胸中で言ってやる。

 そしてすぐに目の前へと意識を移した。

 洗脳してでも誰にも話して欲しくない程の話を、彼はこれからしようとしている。

 それはきっと私にも話さなかった事だろう。

 だから、私は聞かなきゃならない。

 彼が何を話すのか。

 

『……オッケーかな』

 

 刑事さんの顔を見てそう呟いてから、彼は話し始めた。

 

 

 

 

『まあ、一言で言えば――アイには何の不幸も無く、ただ幸せに生きてもらいたかったんですよね』

 

 

 

 

「…………ぇっ」

 

 突然の言葉に、それしか声が出なかった。

 内緒話の様に話し始めた彼に、思考が追い付かない。

 言っている意味が、まるで分からない。

 

『だとしたらやってる事が真逆だろうが』

 

 吐き捨てる様な口ぶりで、刑事さんが答えた。

 確かに、私はこの男と出会って不幸だった。

 ……けど。

 彼と出会って不幸だったのは……いつ?

 そんな考えが、私の思考に生まれた。

 この男との思い出は、裏切りを知ったあの日から最悪のものとなった。

 でも、裏切りを知るまでは、幸せだった。

 会うのも連絡を取るのも楽しかったし、付き合えて幸せとも思った。

 愛してる我が子たちも、彼がいたから、こうして私に幸せを与えてくれてる――。

 そこまで考えた思考を慌てて振り払う。

 そんな訳無い。

 あの男は私を裏切ったんだから、結局は不幸だった。

 それが正しい認識なんだから。

 

『ま、確かに真逆でしたね』

 

『十年以上も護衛つけてただ見張らせるなんて、普通のストーカーですらやらねえぞ』

 

 刑事さんの言葉に、思わず心臓が大きく跳ねた。

 十年以上……?

 それはおかしい。

 だって、SP雇ってとかそういうのは、全部八年前のドームライブの時だけでしょ?

 だから刑事さんが言ってる事は間違ってる。

 なのに……。

 

『まあ、それだけ偏屈な愛って事で』

 

 なんで、否定しないの?

 あの時だけだったはず。

 だって、あれから何も言われてないもん。

 だから、あの時だけ。

 あの時だけのはず。

 

『偏屈過ぎんだろ、だからこうして警察の世話になってんじゃねえか』

 

『ありゃりゃ、返す言葉もないや』

 

 苛立ちを含む刑事さんと呑気な態度の彼。

 そんな光景が続いていた。

 

『でも、まあ結果的には良かったかな』

 

『あ? 何がだよ』

 

『こうなった事がっすよ』

 

 聞き返す刑事さんの言葉に苦笑を浮かべる。

 そして、笑みを浮かべた。

 

 

 

 

『俺がいなくなってアイが幸せになるんなら、それが一番だからね』

 

 

 

 

 見守る愛ってそりゃあ確かにストーカーだなあ、なんて笑っている。

 そんな彼を見ながら、気付けば心臓の辺りに手を置いていた。

 何故かは分からない。

 でも、こうしてしまった。

 

 …………うそ……ウソ……嘘……絶対に、信じない。

 

 そんな言葉、嘘に決まってる。

 本当な訳が無い。

 絶対に、ありえない。

 その言葉を、必死に思い浮かべる。

 

 また私を騙そうとしてる。

 ――あの刑事さんに洗脳してまで内緒にさせようとしてるのに?

 

 私の思考に、また、私じゃない私の声が入ってくる。

 やっぱりあの男の洗脳だったんだ。

 先程みたく、邪魔する声の内容を嘘だと思う様に、思考を演じる。

 

 また私を弄ぼうとしてる。

 ――私がここにいるって知らないのに?

 

 消えない。

 まだ、いる。

 だからもっとちゃんと、思考を演じる。

 その考えは嘘だと、完璧に思考を演じる。

 

 また、私の心を乱そうとしてる。

 ――それは、私が勝手に……心を乱してるんじゃないの?

 

 消えないッ……。

 いつまで経っても消えない声に、苛立ちと焦燥が募っていく。

 

 私を騙すな。

 ――騙してるのは、どっちだろうね?

 

 私を洗脳するなっ。

 ――思い込もうとしてるのは、どっちだろうね?

 

 私の、心を乱さないでッ。

 ――なら、自分の中で認めてる答えは、どっちだろうねっ?

 

 内心への苛立ちが止まらない。

 まるで、自分の中にいる別の自分が話しかけてきてるみたいで気持ち悪い。

 私の事を知った様な口ぶりで話すのが、とにかく私をイラつかせる。

 さっきみたいに、彼に植え付けられた声の様に簡単に消えないのが、苦しくて仕方ない。

 嘘の言葉なら、私の嘘の方が完璧なのに……。

 

『まあ、お前が捕まれば彼女は幸せだろうな』

 

 ストーカー被害から解放されるしな、と刑事さんは続けた。

 確かに、この男が逮捕されれば、私は幸せになる。

 だって復讐が果たせるんだから。

 

 ――今も、本当に復讐がしたいの?

 

 私の中から出てってッ!

 内心で叫んだ。

 本心からの言葉。

 この声は、危険だ。

 私の思考を、おかしくしようとしてる。

 私の完璧な嘘でも、消えてくれない。

 そんな、私の嘘以上の嘘を言ってくる。

 私は、彼に……この男に、復讐がしたい。

 だって、私を弄んだ、最低の人間だから。

 あの、楽しいと思ってた、幸せだと思ってた日が、全部嘘だったから。

 一緒にいてドキドキして、一緒にいて嬉しくて、一緒にいて幸せだったのが全部……全部、嘘だったから。

 

『アイが幸せなら、それでいい。自慢じゃないけど、嫌われるのは得意ですから』

 

 彼の言葉に、同意する。

 私は、彼が嫌い。

 全部、嘘だった、彼が……嫌い。

 私を愛してくれなかった、彼が嫌い。

 あんな男、好きじゃない。

 

『嫌われる愛ってか? そりゃ崇高な愛なもんで』

 

 嫌われる愛。

 そんな愛、知らない。

 だからそんな愛なんて、無いに決まってる。

 愛してるのに嫌われるなんて、意味分かんないもん。

 愛してるなら、嫌われたくないから。

 だから、嫌われる愛は、嘘だ。

 

『崇高な訳ないですよ。なにせ、自己満足だ』

 

 彼の言葉が聞こえる。

 どうせまた、私に嘘を言ってくるつもりだ。

 

 

 

 

『自己満足で命を助けたくて、自己満足で不幸を知らずに生きて欲しくて、自己満足で俺が一緒にいない方がいいと思って、自己満足で信じられてないなら嫌われた方が幸せになってくれるって思う――そんな、存在しない方が良い人間の……ただの独善的な考えだから』

 

 

 

 

 激しく痛む心を、両手で押さえる。

 それ以外、何も出来なかった。

 なんで心が痛いのかが分からない。

 涙が目から零れ落ちた。

 そしてその涙は、止まることなく流れ続ける。

 なんで涙が流れるのかが分からない。

 

 彼の言葉の洗脳を受けたんだろうか。

 ――私が受けたのは、影響だけ。

 

 また別の声が、思考を邪魔してくる。

 

 彼の言葉が信じられなかったからだろうか。

 ――信じられなかったし、信じたくなかっただけ。

 

 けれどやはり、消し去る事は出来なかった。

 どうしても、いなくなってくれない。

 

 彼は嘘吐きだ。

 ――嘘を吐いてるのは私。

 

 彼が嫌い。

 ――本当に?

 

 謎の声が、ずっと私を惑わせ続ける。

 だから、つい、思ってしまった。

 例えば、もう一つの声を、本当としてみたら?

 

『そりゃあ、相手も勝手に愛されちゃあ嫌になるわな』

 

 絶対に違うけど、自分の気持ちを嘘だと思って、思考を演じてみる。

 

『まあ、自分の力のせいで、気軽に愛してるっても言えないんですけどね』

 

 私は、彼に復讐したくない。

 ――。

 

『良かったんじゃねえか? ストーカーに愛してるって言われても、相手は怖いだけだしな』

 

 私は、彼を恨んでない。

 ――。

 

『確かに。でも、もっと言ってあげたい気持ちもあったんですよ? 嫌われる方が力発揮出来るんですけど……好かれる言葉でも万が一、俺の力の影響で埋め込まれた紛い物の気持ちになってしまうのが怖くて言えなかった』

 

 私は、彼を信じてた。

 ――私は、彼の事を信じていなかった。

 

『さっきから言ってる、俺の力ってのは何だ?』

 

『ああ、声っすね』

 

『声だと?』

 

『はい。相手を洗脳しちゃう、みたいな特殊能力っぽい感じですねー』

 

 私は、彼に影響を受けていた。

 ――私は、彼の事を信じてなかった。

 

『そんな大袈裟な事言ったって、信じられねえよ』

 

『ですよねー』

 

『それに声で影響力を持つやつなんて、世の中には沢山いるんだ。お前だけが特別な訳じゃねえ』

 

『まっ、俺は臆病なんで、影響出たらやだなーって思って――愛してるも、好きも言えないんすよ』

 

 私は、彼の事を大切に思っていた。

 ――私は、彼の事を信じてなかった。

 

 私は、彼と結婚したかった。。

 ――私は、彼の事を信じてなかった。

 

 ……私は、彼の事が好きだった。

 ――。

 

 

 …………わたしは、カズヤを愛してたっ。

 

 

 

 

『――そんな俺が、アイの傍にいて幸せにしてあげられる訳が無い』

 

 

 

 

 もう、限界だった。

 嘘は、つけなかった。

 自分の気持ちに。

 そして、自分の本心に。

 私が――カズヤを信じてなかったから、不幸になったんだ。

 心の弱い私が、カズヤを信じられなかったから……不幸になったんだ。

 

 なにが、私がカズヤを一番知ってるだ。

 なにが、私がカズヤを一番愛してるだ。

 なにが、私がカズヤを一番見てきただ。

 

 何も、知ってなかった。何も、愛せてなかった。何も、見てなかった。

 本当のカズヤから一番目を逸らしてきたのは、私だ。

 今までカズヤは、やっぱり本当の私をずっと見ててくれた。

 本当の私に寄り添っててくれた。

 けど、私は……?

 今の発言をしてるカズヤを見た事があった?

 いや、ない。

 今の話は、全部初めて知った。

 なら、なんで話してくれなかったのか。

 今なら分かる。

 

 当時の私にそんな話をしたら――壊れるから。

 

 言葉に力が乗るという事は、つまり気持ちが乗るという事。

 ならば、気持ちが乗っていない"愛してる"を、当時の私が言われてると知れば。

 間違いなく、壊れた。

 自分の事だからハッキリと分かる。

 去年の時点で、壊れかけたんだ。

 その前に言われてたら、絶対に壊れて、子どもたちを愛する事も出来なかったに違いない。

 今の私だって、彼の言葉に影響されて子どもたちを、しっかりと見ながら愛し始めたのかもしれない。

 でもそれは、アイドルじゃなくなったから。

 嘘の愛を届け続ける必要がなくなったから。

 だから、本当に愛し続ける事が出来た。

 アイドルを続けていた頃にそうなっていたら、嘘の愛を届け続ける自分がいて、子どもたちを愛してるのに、ちゃんと愛せているのか不安になって、結局本当の愛が分からなくなってしまったかもしれない。

 そんな、弱い風でも砕けそうな心しか持ち合わせていない私に、カズヤが言える訳が無い。

 カズヤに支えてもらわないと生きていけなかった私が、本当のカズヤの心を聞ける資格なんてなかった。

 だからカズヤに、嫌われる選択肢を取らせてしまったんだ。

 全部……全部、私のせいだ。

 私は、カズヤを不幸にしてしまったのかもしれない。

 カズヤは、彼が言う通り……私の近くには、いない方が良いのかもしれない。

 

 

 

 

 ……ムリ…………そんなの、ムリだよぉっ……。

 

 

 

 

 だって、こんなにもカズヤの事しか考えられないんだもん。

 こんなにも、消えたと思ってた暖かい気持ちが心を埋めてるんだもん。

 こんなにも、カズヤと居たいって思っちゃうんだもん。

 カズヤ以外に灯った事のない気持ちが溢れてるんだよ?

 カズヤ以外に感じた事のない胸の高鳴りがうるさいんだよ?

 もう、我慢なんて出来ないよ……。

 

 私はやっぱり、カズヤがいないとダメ。

 

 でも、今までとは違う。

 カズヤに支えられながらも、カズヤを支えたい。

 けど、心の弱い私だから、カズヤに寄りかからないと生きていけない。

 だから、カズヤを支えながらでもカズヤに寄りかかる。

 カズヤが、私はカズヤを支えていないと生きられない。

 そう思ってくれる程に、カズヤに尽くしたい。

 そして、二人で正真正銘の家族として、子どもたちを育てる。

 

 ――愛しているからこそ嫌われるのも厭わない様な男性が、この子たちの父親だったらすごく良いのかもしれない。

 

 いたよ、そんな男性。

 私が自らの手で失ってしまった、世界で一番大切な男性。

 嫌ってしまってた時から、そう思ってるんだもん。

 やっぱり私には、カズヤしかいない。

 今度はもう、絶対に失敗しない。

 カズヤを信じられてなかった心の弱い私が原因なら、考え方を変えればいい。

 

 カズヤの言う事が本当って思えば良いだけの話。

 

 心の弱い私が間違った選択をしてしまうなら、カズヤに関しては選択しなければいい。

 そして、嫌いにならせようとしてくるなら、それを嘘だと思えばいい。

 嘘だと思えば、その言葉は私の嘘に叶う筈がないから。

 私はいつも、カズヤを愛してる。

 カズヤが私に直して欲しいと思う部分は直す。

 だってもっと愛して欲しいから。

 だけど、カズヤが私に嫌われようとしてくるなら、それは嘘だと思えばいい。

 だって、私はカズヤを愛してるから、嫌う訳がない。

 カズヤの全てを疑わず、私に嫌われようとする事は嘘だと思う。

 これでもう、失敗しない。

 嫌われる事でしか幸せに出来ないって思ってるなら、カズヤを嫌ったら生きていけないって思わせてあげるっ。

 

『ま、何を言った所で令状が届き次第、逮捕なのは変わらんがな』

 

 刑事さんの言葉にハッとする。

 そうだ、私のせいでカズヤが捕まっちゃう。

 それをまずはどうにかしないとっ。

 横の警察官を見る。

 先程のカズヤの感動的な真実を聞いてるはずなのに、私みたいに涙も流さずに彼を睨み続けてる。

 ……使えない。

 なら、直接刑事さんに言えばいい。

 さっきの、逮捕して欲しいという発言を撤回するって。

 そして、カズヤとの仲の良さを見せつけて、納得してもらう。

 よし、行こうっ。

 そう決めて勢い良く立ち上がれば、パイプ椅子が勢い良く倒れた。

 

「どっ、どうされましたか?」

 

 横にいる警察官の人が驚いた様に見てくる。

 警察官に、笑みを浮かべた。

 

「ちょっと、カズヤを助けてきますっ!」

 

 元々私のせいだけど。

 そう思いつつ舌を軽くだして、おどけてみる。

 

「ア、アイさんッ?」

 

 走り出せば、警察官の驚いた声が背に届いた。

 ごめんね、驚かせちゃってっ。

 内心で謝りながら、ドアを開けた。

 

 

 ねえ、カズヤ。私、本当のカズヤを本当に愛せる様になったよっ。

 

 

 それを早く伝えたくて、最初にいた部屋の扉を、勢い良く開けた。

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