"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第121話

 家に近いカフェの個室で、俺は今一人でコーヒーを飲んでいる。

 それは、これから来る人物を待っているが故。

 待ち人は、俺から久々に連絡を行った男性。

 時間を考えれば、もうすぐ来る頃だろう。

 彼を呼び出した理由。

 それは、とある事情に協力を乞う為。

 と言っても、直接的に協力を要請する訳ではない。

 間接的に、協力者となってもらいたい。

 コーヒーを一口啜り一息吐けば、思い浮かぶのは一人の少女。

 

 妹は……ルビーはこれを知ったら怒るかもしれないな。

 

 思い返すのは、いつぞやの喧嘩。

 俺が雨宮吾郎であるのを、彼女がさりなちゃんであるのを互いに知らなかった時の喧嘩。

 あれがもしかしたらまた起こるかもしれないと思うと、僅かに心が沈む。

 妹には、俺の考えは伝えた。

 もしかしたら母さんは、命を狙われてるかもしれないと。

 それがひょっとしたら、俺たちの父親かもしれないと。

 そしてルビーがアイドルになったら、君まで狙われる可能性があるから反対したと。

 それを聞いたルビーは俺に、笑みを浮かべた。

 その笑みの奥にあるのは激情。

 彼女は、その笑みで俺の行っている父親探しに賛同してくれた。

 

 ――ママを、家族を奪おうとする人が、生きていて良い訳がないよねっ?

 

 そう明るい声色で、俺に告げた。

 ルビーのその姿を見て、罪悪感が浮かぶ。

 もしかしたらその感情は以前、俺が前世で殺された時にも抱かせてしまったかもしれないと思わされたから。

 寧ろそれがあったせいで、彼女の中で大切な人が死ぬかもしれないという事が、より強迫観念の様にかなり強く植え付けさせてしまったんじゃないかと。

 だから、妹には黙って探し続けてる。

 俺たちの父親を。

 ルビーにはたまに、当たり障りない成果を伝えている状態。

 彼女には、父親を見つけても言う事は出来ない。

 何故ならあの時の妹の目は、明らかに異常だったから。

 もしかしたら、俺ですら本当の最終手段として考えている方法を、真っ先に取るかもしれない。

 そう俺に思わせるには十分な感情を孕んでいた。

 そこから妹は、再び母さんに抱きつく機会が増えた。

 けれどそれは甘えようとする気持ちだけじゃない。

 母さんがここにちゃんと生きてる、それを確認してる様にも思えた。

 

 だから、ルビーには言えない。

 彼女からは、カズヤ君をこの件に関わらせない様にして欲しいとお願いをされた。

 カズヤ君は関係ないから、そんな仄暗い事情に悩ませたくないと。

 彼には危ない目に遭って欲しくない、これは私たち家族だけの問題。

 そう語った。

 そんな妹に、これから業界内の関係を広げて父親を見つけやすくしたいけど良いかな、なんてぼかしか言い方で了承を得たとして、こうしてカズヤ君と話をしようとしている俺に、ルビーから許される権利は無いだろう。

 それ程までに、手詰まりな状況になっていた。

 俺と五反田監督だけでは、現状でどうしても限界だったから。

 そして俺はまもなく中学に上がり、役者として徐々に子役からの脱却を行わなければいけない。

 そうなった際に、五反田監督と俺にくる仕事だけだと、ここからの進展が遅すぎると思ってしまった。

 俺には、どうしても早く関係を広げなければいけない焦りがあったから。

 それはルビーとの話。

 彼女は一旦、アイドルになる事を諦めてくれた。

 俺の思いと言葉を信じてくれた結果だ。

 だが、期限を設けられた。

 それは彼女が、一六歳になるまで。

 ルビーが一六歳になったその時は、彼女はアイドルになりたいと。

 そう言った。

 そしてアイドルとしてカズヤ君の目を誰よりも奪い、告白をして、結婚したいと。

 アイドルで結婚はどうなんだと訊けば、妹は笑顔を浮かべる。

 

 ――ママだって、私たちを完璧に隠してアイドルをやり通したんだよっ? なら、アイの娘である私もカズヤ君との結婚くらい隠し通してみせるっ!

 

 その表情と声は、どうしても俺に前世を想起させた。

 そしてルビーは、笑顔のままに告げる。

 

 

 ――だってアイドルなら、嘘はとびきりの愛なんだからっ!

 

 

 それは、どうしようもない程にアイであり。

 どうしようもない程に、俺を想い焦がした――アイドルだった。

 だから俺は、了承した。

 承知せずにはいられなかった。

 アクアとして、雨宮吾郎として、アイのファンとして、さりなちゃんを推すと決めた自分として……全ての自分の気持ちが一致してしまったから。

 それが妹の、さりなちゃんの、推しの子の幸せならば、俺は応援しなければならない。

 だからこそ、妹にはこれ以上関わらせる訳にはいかなかった。

 ルビーの幸せに、こんな負でしかない出来事は不要。

 さりなちゃんには、ただ笑って人生を謳歌して欲しい。

 だから家族における負の部分は全て、俺が負う。

 けれど、俺には残り四年弱で解決に導ける程の、力はなかった。

 だから力を持ってる人に借りる。

 それが、カズヤ君だった。

 この業界で、彼の影響力は計り知れない。

 だからこそ、カズヤ君だった。

 短い年月で父親探しをするには、彼から色々と人や仕事を紹介してもらい、そこで急速に人脈を広げるしかない。

 その為に今日、カズヤ君を呼んだ。

 俺の計画の為に、彼に人脈を広げる手伝いをしてもらう。

 だから間接的な協力者。

 それでも、間違いなくルビーが知ってしまったら、俺は嫌われるかもしれない。

 それ程までに、彼女はカズヤ君を愛してる。

 妹は、俺を世界で一番頼りになるおにいちゃんと呼んでくれたが。

 こんな俺に、そう呼んでもらう資格はない……。

 

 

「アクア、お待たせ」

 

 

 不意に開いた扉と同時に、その声が俺に届く。

 顔を向ければ、柔和な笑みを浮かべたカズヤ君がそこにいた。

 既に注文してきたんだろう、俺と同じコーヒーカップを持って、俺の対面に座る。

 

「いや、こっちこそ急に呼び出してしまって申し訳ない」

 

 会えないかと連絡したのはこちらだ。

 だから、まずはその謝罪を行う。

 

「いーのいーの、今日はちょうど仕事バラシになって暇だったからさ」

 

 アクアから連絡くれるなんて珍しかったしね、とおどけながら言う彼にこちらも笑みを浮かべる。

 そしてカズヤ君は、笑みを深めた。

 

 

「いや、雨宮先生って呼んだ方が良いっすかね?」

 

 

 そう告げる彼に、つい苦笑してしまう。

 昔見た様な気がする、悪ガキっぽい雰囲気。

 俺が雨宮吾郎だという事は、既にルビー経由で伝わっていた。

 

「いいよ、アクアで。言葉遣いも敬語だと、他の人に見られたら変に思われるだろうしな」

 

 俺の言葉に「それもそっか」と、あっけらかんと返してきた。

 昔と変わらない飄々とした態度に、思わず懐かしさが込み上げる。

 

「それで? 何か相談あるんでしょ?」

 

 そう言って俺を見ながらコーヒーを飲む彼に、僅かに姿勢を正した。

 まるでカズヤ君を騙すみたいで心苦しいが、既に覚悟は決めてきた。

 

「情けない話で申し訳ないが、カズヤ君に仕事か人を紹介してくれないかって相談したかったんだ」

 

 俺の言葉に、彼は目を丸くした。

 あまりに予想がだったらしい。

 まあそれは、自分でも思ってる。

 

「アクアはそれなりに仕事受けてる様に思ってたけど、もしかして中々大変って感じ?」

 

 彼の言葉と表情には確かな心配が含まれており、それが俺の心を痛めつけてくる。

 だが、その痛みを押し殺して、苦笑を浮かべた。

 

「一応仕事はあるけど、来年から中学に上がるし、そろそろ子役の仕事から脱却しないといけないかと思ってね」

 

 俺の言葉に、カズヤ君は頷いてくれた。

 

「あー、なるほどなあ。確かに、そろそろそんな時期だよなあ」

 

 何か思い出してるのか、一人納得した様に何度も頷く。

 そして、俺へと目線を向けた。

 

「おっけ。じゃあ何かいい感じの仕事がないか聞いてみるよ」

 

 その言葉に、思わずほっと息を吐く。

 そして同時に、心へと再び痛みが走った。

 純粋に俺を心配してくれてるカズヤ君を騙してる。

 それが予想以上に、俺の心へと重くのしかかった。

 だがそれも、必死に笑顔を浮かべて隠す。

 母さんの、アイの子どもなら、このくらいは簡単にやってのけないといけない。

 

「ありがとう、恩に着るよ」

 

「あいよー」

 

 カズヤ君の懐かしい返事を聞き、ここで相談事は幕を閉じた。

 けれども心の痛みはなくならない。

 だから、それを誤魔化す様に、話を変える事にした。

 脈略はないが、これはこれで気になっていた事。

 

「そういえば、カズヤ君はそろそろ結婚したりしないのか?」

 

 俺の言葉に、カズヤ君は再び目を丸めた。

 

「おろ、独身貴族だったせんせから恋バナとは珍しい」

 

 これから槍でも降ってくんじゃね? なんて続ける彼に、思わず黙ってしまう。

 ……別に、そう言われてもダメージを受けたりはしないからな。

 

「結婚かあ……」

 

 俺の心境を他所に、カズヤ君は天井を見上げながら呟いた。

 彼には誰か、意中の相手がいたりはするんだろうか。

 妹への償いではないが、それを確認し、可能ならルビーを推してあげたい。

 ルビーはカズヤ君に直接会ってから好きだと伝えたいと言っていたから、俺の口から直接ルビーの想いを伝える事はできない。

 でも、カズヤ君に妹を意識してもらえる様、取り計らう事は出来るんじゃないかと思っていた。

 前世での光景を思い出す。

 さりなちゃんと、カズヤ君。

 この二人は、間違いなくお似合いだ。

 だから俺は、二人の関係を応援したい。

 

「なあ、アクア」

 

 天井を見上げながら、カズヤ君が声をかけてくる。

 

 

「アクアから見て、俺ってさ……どういう人がお似合いだと思う?」

 

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