"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
どんな人がカズヤ君にお似合いか……。
考えていた通りにルビーと答えたいが、それは禁句だ。
だから、それとなく妹の様な人がいいのではないかと、カズヤ君には伝えたい。
だがまずは、カズヤ君の好みのタイプを聞くとしよう。
ルビーが速攻で除外される事がない様に祈りながら。
「カズヤ君は、どんな女性がタイプなんだ?」
そう訊ねれば、彼は腕を組んで首を傾げた。
「どんなタイプねえ……今まで、好きになった事がないからなあ」
カズヤ君の言葉に、何故か納得してしまう。
それは前世の頃からのイメージ。
さりなちゃんを、異性として好きにはならなかったカズヤ君。
けれど、迷う事なく愛してると断言したその姿。
カズヤ君は初めて会った子どもの頃からどこか達観しており、等身大で接するよりもどこか一歩離れて、まるで見守る愛みたいなものが、カズヤ君を表すのに一番相応しいと思わされていたから。
だから、彼の回答にそんなに違和感を抱けなかった。
まあ、そんな事では俺の推し活は止まらないんだが。
「それでも、こんな感じの人だと良いとか、こんな人は嫌だっていうのは何かあったりはしないのか?」
「んー……特に好きも嫌いもないんだよなあ」
その言葉に、暫し考える。
好きも、嫌いもない。
つまりは誰に対してもフラットな状態でいるという事。
ならば、好き嫌いの話を進めるのは悪手。
よって、攻め方を変える。
カズヤ君の言動に倣って。
「なら、愛してる人とかはいるか? 別に恋愛的な意味じゃなくてもいいから」
カズヤ君は前世で、さりなちゃんを愛してると言った。
だから、彼には愛は間違いなくある。
「……愛してる人なら、いるかな」
彼の呟きに、笑みを浮かべそうになって必死に抑えた。
言質は取れた。
ならば、この方向性で進む。
「なら、どういった人に愛を感じたりするんだ?」
「んー、そうだなあ」
俺の言葉に、カズヤ君は再び悩む。
だが、やがて答えを口にした。
「言い方が変かもしんないけど、苦労してたりとか可哀そうだなって思っちゃう人を見ると、何とかしてあげたいとか幸せになって欲しいって、強く思っちゃうんだよねー」
ビンゴ。
それは正しく、前世でのさりなちゃんの事を言ってるに違いない。
カズヤ君はさりなちゃんを今でも、やはり愛してる。
だがカズヤ君の口ぶりは、あくまでも幸せを願う愛。
つまりは想像していた通り、見守る愛なのだろう。
助けてはあげるけど、ずっと寄り添いはしない。
自分じゃない誰かが幸せにしてくれればそれでいい。
そんな印象を抱かせる。
前世でカズヤ君に抱いた印象のそのままだ。
けれどそれは、ルビーが求める愛じゃない。
彼女は、カズヤ君と結ばれる事で、幸せになるのだ。
だから、今のカズヤ君が抱くさりなちゃんへの愛では、彼女を幸せには出来ない。
ならば俺が、二人に対して尽力しよう。
ルビーがカズヤ君と結ばれて幸せになれる様に。
カズヤ君も、ルビーと結ばれる事で幸せだと感じられる様に。
男同士だからこそ、円滑に伝えられる事もある。
だからこれが、俺の推し活。
推しであるルビーが幸せになれるために。
そして前世の頃から優しいカズヤ君も幸せになれる様に。
きっと、これは俺にしか出来ない事だから。
なので、好き嫌いといった感情を抜きに幸せになれる方法を提示する。
「だったら、そう思う人を幸せにしてみたらどうだい?」
俺の言葉に、カズヤ君は黙って見つめてくる。
これで終わりではないので、話を続けた。
「俺も正直、誰かを好きになるっていうのが分からない部分が多いから、カズヤ君の意見に賛成でもある」
ある意味、似たもの同士の俺たち。
だから俺の言葉は、カズヤ君に届きやすいだろう。
「なら、好き嫌い関係なく――愛してるなら、愛せばいいじゃないか」
「……は?」
俺の言葉に、カズヤ君は疑問の声を上げた。
言葉足らずなのでそれは当然であり、これから詳しく説明するつもりだ。
「昔は、今みたいな自由恋愛が殆どなくて、許嫁やお見合いで結婚するのが主流だったろ?」
そう訊ねれば、カズヤ君は首を傾げながらも頷いた。
まあ、脈略のない話だからそれは仕方ない。
話を続ける。
「今よりももっと離婚に対するハードルが高かったというのはもちろんあるが……それでも、その当時の人たちは全員、結婚して不幸だったと思うか?」
俺の言葉を、カズヤ君はただ聞いている。
「顔も知らない許嫁やお見合い相手。彼らは相手を好きになる前に、結婚させられるんだ。今から考えれば、それを不幸だと嘆く現代人も少なくないだろう」
一息置き、そして続けた。
「だがその当時の夫婦も、そんな中で幸せを模索したんじゃないかと俺は思ってる。互いに好きではない相手と結婚させられ、けれどもそれを受け入れて一緒に暮らす。その内に互いの愛が芽生えて、どちらかが先に亡くなってしまえば……当然の様に悲しみに暮れる」
……だから。
「好きと思わなくても……愛してる相手と一緒にいれば、それは幸せな事なんじゃないかと考えても、良いんじゃないか?」
俺の言葉に、カズヤ君は無言でこちらを見つめたまま。
だが、先程とは表情が違った。
驚愕。
正に、その言葉に何ら相違ない表情を浮かべている。
そんな彼を見ながら、密かに内心で謝罪した。
俺の言った内容は正直、極論に近い部分もある。
当時の価値観を考えれば、そもそも前提が変わってくる部分も多いから。
許嫁やお見合い結婚が当たり前の時代と、そうではなくなった今の時代ではあまりにも価値観が違い過ぎるから、それを無理やり今の時代に合わせた考えとして伝えた俺の内容は、正確ではない。
だが、正しくもあると思っている。
結婚するのに、何故好きという感情が必要なのか。
それは現代の価値観の押し付けだろうから。
結局は愛してるから結婚する。
それもまた、一つの真実に違いないはずだ。
「好きと思わなくても……愛してる人と一緒にいれば、幸せ……」
表情をそのままに僅かに俯いて、淡々と俺の言葉を復唱した。
それは俺に向けるものではなく、まるで自分に聞かせるための様。
だからカズヤ君に、笑みを向ける。
一応、前世から数えりゃ俺の方が年上なんだ。
人生の先輩として、迷える若者にアドバイスをする。
「好き嫌いといった分からない感情を必死に考えるより、もっと分かりやすくそれを考えてみればいいんじゃないか?」
俺の言葉にカズヤ君はこちらを見た。
「好きかどうかは関係ない。カズヤ君が愛してるなら、その人はカズヤ君にとって――推しの"子"なんだよ」
推しの、子。
それを強調したのは、ルビーがまだ少し幼いから。
彼女を意識してもらう為に、敢えて"推し"ではなく推しの"子"と言った。
今のカズヤ君とルビーとなら、親子ほどの歳の差がある。
傍から見れば、カズヤ君がルビーと結婚を決めればロリコンだと思われるだろう。
だが、俺はそうとは思わない。
何せカズヤ君と、さりなちゃんは同い年なんだから。
だからロリコンな訳がない。
ただのお似合いな二人。
それだけである。
好きといった難しい事を考えるよりも、この子は気に入ってる、愛してるから推しの子なんだと考えた方が、カズヤ君も分かりやすいと思った。
好きか分からないけど愛してる。
ではなく。
推しの子だから愛してるってポジティブに考えた方が、よっぽど健全だ。
俺は別に教師ではないから、分からない事を考えさせるつもりは無い。
考えやすい様に、思考を導くだけ。
前世で既にさりなちゃんのファンだった君なら、その意味が分かるはずだ。
「愛してるなら……推しの子」
カズヤ君の呆然とした呟きを笑顔で見つめる。
彼の表情から、俺の言葉に何かしら影響を受けたのは間違いない。
しかし、カズヤ君はその表情に陰を落とした。
「……でも、俺って結構クズなんで、幸せにしてあげられるか分かんないっすよ?」
その言葉に思わず首を傾げそうになる。
カズヤ君がクズ?
全く、そうは思えなかった。
もしかしてカズヤ君は、自分に自信が持てないのではないか。
漠然とそう感じた。
ならば、俺がそれを払拭してやる。
「クズでもいいじゃないか。クズなりに、愛してる人をちゃんと幸せにしてあげられたのなら、何も問題ない」
もし自分をクズだと思っているなら、それを無理やり否定はしない。
せっかく良い感じにカズヤ君の気持ちが傾いてくれてるのだ。
だから、カズヤ君が自分をクズだと思っているのなら、それを肯定する。
それがカズヤ君とルビーを幸せにする事に繋がるから。
これでカズヤ君が、妹に対して一歩踏み込んでくれる様になると嬉しい。
カズヤ君の将来の兄として、弟の面倒もしっかりと見てやらないといけないからな。
「クズなりに、推しの子を愛して幸せにする……」
カズヤ君の言葉を聞きながら、待つ。
これ以上の言葉は、蛇足になるから。
必要な事は伝えた。
そしてカズヤ君の気持ちに、何らかの変化が訪れている。
ならば、後は待つだけ。
カズヤ君の答えを聞くだけだ。
不意に、カズヤ君が笑みを浮かべた。
そしてそのまま、徐々に笑い声が上がる。
それは僅かな時間で終わった。
「……ああ、何で忘れてたんだろうな」
カズヤ君の呟き。
「確かに、"推しの子"だった」
それは俺に向けられてない声。
「"推しの子"の人物を幸せにする前に、俺は……自己満足として、自分が楽な道に、自分にとって幸せだと思う手段を選んでた」
カズヤ君が、自分に言い聞かせてる様にも思えた。
「俺の本当の想いは何だ? 存在しなくなって皆幸せだろと自己満足に浸る事か? 自分勝手な愛を一方的に押し付ける事か?」
違うだろ、すぐにそう自分の言葉を否定する。
「"推しの子"の人が不幸にならない様に、助けてあげたい。幸せになって欲しいって事だろ」
自分を責める様な言葉に対して、表情は笑みのまま。
カズヤ君は呟きを続ける。
「全く、やっぱり覚悟が足らなかったんだ。最終手段としても考えてすらいなかった。自分の手で幸せにするって事を……」
そしてカズヤ君は、俺と目を合わせた。
「……雨宮先生、やっぱあなたはすごいっすよ」
突然の言葉に、つい首を傾げてしまった。
彼の言葉が理解出来なかったから。
何故褒められるのかが、全く分からなかった。
カズヤ君は、笑顔で口を開く。
「何だか、今まであまりにも馬鹿で自分勝手過ぎた考えをしてたんだなって、気付かされました」
その表情は何だか晴れやかにも思え、思わず肩の力が抜ける。
どうやら、良い方向に進んでくれた様だ。
彼に合わせて、俺も笑みを浮かべた。
「なら、愛する推しの"子"は自分の力で幸せにするんだぞ?」
「はい」
俺の言葉に、カズヤ君は即答。
よし、これならルビーも安泰だな。
「俺はクズなんで、クズなりに――"推しの子の人"を自分で幸せにする道も、選んでみようと思います」
「……そっか。なら、俺から言う事は何もないよ」
「困っていたら見捨てずに助ける、そして幸せにする。苦しんでいたら手を差し伸べる。俺にとって"推しの子の人物"だと思う人は、絶対に幸せにしてみせます」
初めて見たカズヤ君の笑顔。
今までも笑顔を見た事はあるが、何というか、一切の陰が無い笑顔と言えばいいんだろうか。
これが本当のカズヤ君の姿なのかもしれない。
彼の表情や声は、俺にそんな印象を抱かせた。
それを見て、安心する。
本当のカズヤ君がこれなのだとしたら、今まで以上にルビーが幸せになれると思ったから。
そして、彼の兄となれる自分の将来も楽しみに感じてしまった。
「"にわか"なりの愛ってやつを、俺はやり遂げますよ」
それをカズヤ君なりのジョークだと流して、楽しく男同士の会話を続けた。