"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

127 / 182
第126話

 クズはクズらしく、クズなりのやり方で――両方を幸せにして見せる。

 

 それが、俺が俺としてこの世界に生まれた意味。

 優劣が付けられないのなら、どちらも最大限に愛する。

 そして声の力を使って、絶対にバレない様にする。

 アイは俺の声の力を跳ね除け、天使ちゃんは俺の声の影響を受けずに愛してくれているが、そんなものは百も承知。

 だからと言って、方法が無い訳ではない。

 全力で本気の愛を届ける為にこの力を使えば、それを疑われたり反発される事はないんだから。

 何せ俺の本当の気持ちを届けるんだ、疑わせる訳にはいかない。

 本当に、本物の愛を届ける声の力に、一切の嘘はないんだから。

 なあ、アクア……。

 君は俺に、昔の結婚の価値観を語ってくれたよな?

 あの話は俺に、自分の考えを変える程の衝撃を走らせたよ。

 確かに、"好き"がなくても結婚したって当たり前だ。

 言われるまで気付かなかったが、愛してるから結婚する、結婚してから愛が生まれる……それだって現実に起こり得る正しい考え方。

 

 なら、こう考えるのもまた、ひょっとしたら正しいんじゃないかな?

 例え結婚しなくても、結婚する以上に愛を届けて幸せにする事も出来るって。

 普通は無理かもしれない。

 やろうとしている事は、ただのクズな愚行だろうから。

 けれど俺には声の力がある。

 究極に、その人だけを愛してるという"()の言葉"を誰よりも届けられる。

 そして同時に、愛してる人にも、世間にもバレない様に完璧に隠し通してみせる。

 怪しまれそうになれば、怪しまれない環境を作り上げる。

 使える物は全て使って、それを成し遂げてやる。

 ここは"推しの子"の世界で、"嘘はとびきりの愛"がテーマとなるであろう世界。

 ならば俺の力を全て、それに捧げればいい。

 

 

 ――嘘はとびきりの愛。けれど……絶対に嘘じゃない、愛。

 

 

 それが、俺が出来るハッピーエンドじゃないかって。

 その為にこれからの人生をかける。

 "推しの子"の登場人物で、俺が幸せにしないといけない人は、全員幸せにしてみせる。

 どうなるかは、分からない。

 ……けど。

 アイは俺に言ってみせた。

 俺と一緒にいても幸せになれないという言葉に対して。

 ――なれるよ。

 と。

 そして、それだけじゃない。

 ――なれるんじゃない……幸せになるよ。

 と。

 そして、やがてこう言い切った。

 

 ――幸せになってみせるっ!

 

 アイがそう心に決めたのなら、俺もまた心に決めよう。

 俺が"推しの子"を幸せにさせてみせる、と。

 だから、どうなるか分からないではない。

 どうにかしてみせる、そう強く心に思おう。

 最初のドームライブの日だって、出来るかどうか悩みながらも結局は、アイの命を救えたじゃないか。

 ならばその経験を自信の糧にして、どうにかしてみせると自分で思い込め。

 

 ……雨宮先生、そしてアイ。

 もしかしたら、俺に言いたかったのはそういった意味じゃないのかもしれない。

 けれど、絶対に同じ意味になり得る程の、愛と幸せを届けてみせる。

 心の中で、改めて呟く。

 

 

 "にわか"なりの愛ってやつを、俺はやり遂げるよ。

 

 

 クズのクズによるクズな本当の愛。

 にわかなりの"推しの子"のハッピーエンド。

 それを、俺は目指したい。

 だから、まずは目の前の女性が届けてくれる愛に応えたい。

 

「じゃあ、天使ちゃん。次に住む場所、一緒に探そっか」

 

「ふぇっ?」

 

 俺の言葉に、疑問の声を上げる彼女に苦笑する。

 どうやらぷりぷりと怒っていて、本題を忘れていたらしい。

 

「まあ、次に住む場所で天使ちゃんが良いなら、一緒に住んじゃっても俺は大丈夫だよ?」

 

 そう伝えれば、彼女は目を丸めて沈黙した。

 そして、大きく口を開く。

 

 

「どッ、どどどどどいうことですかぁっ?」

 

 

 正に混乱の極みといった様相で、顔を更に真っ赤に染めながら目を回す天使ちゃん。

 

「だって、天使ちゃんは俺の事を愛してくれてるんでしょ?」

 

 笑顔でそう伝えれば、彼女は固まり、

 

「はぅっ……はっ、はいぃ……」

 

 恥ずかしそうに、ぎこちなく肯定してくれた。

 その返事に、僅かに安堵してしまう俺。

 ――存在しない人間。

 その考えがまだ、俺に強く残り続けている証だった。

 だから、自分に強く言い聞かせる。

 俺はこれから、存在しなきゃいけない。存在しなきゃ、愛せないし、幸せに出来ないぞ。

 存在しない人間としての甘えはもう捨てろ、と。

 今まで自分がやらなかった事をするんだ。

 自分にとって楽な考えは、消さなければいけない。

 自分を甘やかすな、もうちゃんと自立をしなければいけない時だ。

 俺は愛される人間だと、無理やりに自己評価を高める必要はない。

 それをした所で、俺はクズであり、その驕りは確実に自分の首を絞める結果になりかねない。

 俺が俺の首を絞めるという事は、つまり彼女らの首を絞めてしまう事と同義。

 ならば、それは彼女らを不幸にするという事であり、俺が求める結果じゃない。

 けれども、俺が俺自身の事を認めなくても、これだけはしっかりと認めて自分で受け入れないといけない。

 ……彼女らから愛されているという事実だけは。

 俺に向けてくれている愛はしっかりと認め、受け入れて、向かい合わなければいけない。

 それから目を逸らすという事は、彼女らを愛しておらず幸せにしてあげられないのだから。

 なので、強く自分に思い聞かせる。

 アイ、天使ちゃんは、俺からも積極的に愛して幸せにしなければいけないのだと。

 だから、彼女らから届けられる愛に安堵するのは、もうやめろ。

 

「俺も天使ちゃんの事愛してるし、幸せにしたいからさ。一緒に住みたいっていうなら住もうよ」

 

 声の力を使い、本当の愛を届ける。

 天使ちゃんは、顔を真っ赤にしたまま再び瞳を潤ませて、俺を見つめた。

 やがて、その顔を逸らす。

 

「い、いっ、一緒に住むのかは……あっ、後で相談させてくださいぃっ」

 

 まるで絞り出した様な声色に、オッケーと言葉を返した。

 別に天使ちゃん弄りをしたくて、こういった話をしていた訳じゃない。

 だから、話を戻そうか。

 

「そんで、どんな物件が候補に挙がってんの?」

 

 そう伝えればハッとした様に、スマホの画面を見せてきた。

 

「はっ、はいっ。佐山さんから頂いていた物件の候補は今のところ、三軒くらいですねっ」

 

 こちらに向けられる画面には、先程と同じ間取りの画像。

 その横に、家賃が書かれていた。

 

「……えっ、高すぎん?」

 

 思わず本音を口にしてしまう。

 見た事ない家賃の金額だった。

 七桁の家賃って、実在するんだなあ……。

 漠然とそんな感想を抱く。

 それによく見ると、何だよこの間取り。

 そこに表示されている文字。

 理解出来ない間取り数で、もう訳が分からんかった。

 しかも何号室っていう記載がなく、階数だけが書いてあるってなに?

 もしかしてマンションのフロアぶち抜いて一室なの?

 現実味の無い夢の様な間取りに目を奪われていると、天使ちゃんの声が聞こえた。

 

「ふぇっ? 佐山さんはこのくらいの家賃でようやく、カズヤさんとつり合いが取れるマンションだって言ってましたよ……?」

 

 うそ、俺の年収高すぎ……?

 十年以上は自分の稼ぎを見ていないから、実感がなくそんな感想を抱いてしまう。

 けどまあ、佐山さんがそう言うんなら、そういう事なんだろう。

 ならば、他の物件もこういったレベルの部屋ばっかに違いない。

 ため息を吐いて、天使ちゃんと一緒に他の物件も見ていく。

 そして天使ちゃんが使いやすいキッチンとかも参考にしながら――決めた。

 

「んじゃ、後は天使ちゃんが一緒に住むか決めよっか」

 

「はぅっ」

 

 そんな天使ちゃんと話をしながら、今後を相談。

 そして後日、佐山さんへも引っ越しについて結果を報告。

 とりあえず事務所経由で佐山さんが業者に依頼をして、引っ越し作業は俺が立ち会わなくても良いらしい。至れり尽くせりで何よりでした。

 そんなこんなで仕事をしながら、気付けば引っ越しが完了し、新居での生活もスタート。

 アイとかとも連絡は変わらず行いながらも、たまには俺の方から遊びに誘ってみたり。

 色々な意味で心機一転した二十代終盤はあっという間に過ぎて、

 

 

 大きな変化はない日常を繰り返していれば、気付けば二年以上の歳月が経っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。