"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
クズはクズらしく、クズなりのやり方で――両方を幸せにして見せる。
それが、俺が俺としてこの世界に生まれた意味。
優劣が付けられないのなら、どちらも最大限に愛する。
そして声の力を使って、絶対にバレない様にする。
アイは俺の声の力を跳ね除け、天使ちゃんは俺の声の影響を受けずに愛してくれているが、そんなものは百も承知。
だからと言って、方法が無い訳ではない。
全力で本気の愛を届ける為にこの力を使えば、それを疑われたり反発される事はないんだから。
何せ俺の本当の気持ちを届けるんだ、疑わせる訳にはいかない。
本当に、本物の愛を届ける声の力に、一切の嘘はないんだから。
なあ、アクア……。
君は俺に、昔の結婚の価値観を語ってくれたよな?
あの話は俺に、自分の考えを変える程の衝撃を走らせたよ。
確かに、"好き"がなくても結婚したって当たり前だ。
言われるまで気付かなかったが、愛してるから結婚する、結婚してから愛が生まれる……それだって現実に起こり得る正しい考え方。
なら、こう考えるのもまた、ひょっとしたら正しいんじゃないかな?
例え結婚しなくても、結婚する以上に愛を届けて幸せにする事も出来るって。
普通は無理かもしれない。
やろうとしている事は、ただのクズな愚行だろうから。
けれど俺には声の力がある。
究極に、その人だけを愛してるという"
そして同時に、愛してる人にも、世間にもバレない様に完璧に隠し通してみせる。
怪しまれそうになれば、怪しまれない環境を作り上げる。
使える物は全て使って、それを成し遂げてやる。
ここは"推しの子"の世界で、"嘘はとびきりの愛"がテーマとなるであろう世界。
ならば俺の力を全て、それに捧げればいい。
――嘘はとびきりの愛。けれど……絶対に嘘じゃない、愛。
それが、俺が出来るハッピーエンドじゃないかって。
その為にこれからの人生をかける。
"推しの子"の登場人物で、俺が幸せにしないといけない人は、全員幸せにしてみせる。
どうなるかは、分からない。
……けど。
アイは俺に言ってみせた。
俺と一緒にいても幸せになれないという言葉に対して。
――なれるよ。
と。
そして、それだけじゃない。
――なれるんじゃない……幸せになるよ。
と。
そして、やがてこう言い切った。
――幸せになってみせるっ!
アイがそう心に決めたのなら、俺もまた心に決めよう。
俺が"推しの子"を幸せにさせてみせる、と。
だから、どうなるか分からないではない。
どうにかしてみせる、そう強く心に思おう。
最初のドームライブの日だって、出来るかどうか悩みながらも結局は、アイの命を救えたじゃないか。
ならばその経験を自信の糧にして、どうにかしてみせると自分で思い込め。
……雨宮先生、そしてアイ。
もしかしたら、俺に言いたかったのはそういった意味じゃないのかもしれない。
けれど、絶対に同じ意味になり得る程の、愛と幸せを届けてみせる。
心の中で、改めて呟く。
"にわか"なりの愛ってやつを、俺はやり遂げるよ。
クズのクズによるクズな本当の愛。
にわかなりの"推しの子"のハッピーエンド。
それを、俺は目指したい。
だから、まずは目の前の女性が届けてくれる愛に応えたい。
「じゃあ、天使ちゃん。次に住む場所、一緒に探そっか」
「ふぇっ?」
俺の言葉に、疑問の声を上げる彼女に苦笑する。
どうやらぷりぷりと怒っていて、本題を忘れていたらしい。
「まあ、次に住む場所で天使ちゃんが良いなら、一緒に住んじゃっても俺は大丈夫だよ?」
そう伝えれば、彼女は目を丸めて沈黙した。
そして、大きく口を開く。
「どッ、どどどどどいうことですかぁっ?」
正に混乱の極みといった様相で、顔を更に真っ赤に染めながら目を回す天使ちゃん。
「だって、天使ちゃんは俺の事を愛してくれてるんでしょ?」
笑顔でそう伝えれば、彼女は固まり、
「はぅっ……はっ、はいぃ……」
恥ずかしそうに、ぎこちなく肯定してくれた。
その返事に、僅かに安堵してしまう俺。
――存在しない人間。
その考えがまだ、俺に強く残り続けている証だった。
だから、自分に強く言い聞かせる。
俺はこれから、存在しなきゃいけない。存在しなきゃ、愛せないし、幸せに出来ないぞ。
存在しない人間としての甘えはもう捨てろ、と。
今まで自分がやらなかった事をするんだ。
自分にとって楽な考えは、消さなければいけない。
自分を甘やかすな、もうちゃんと自立をしなければいけない時だ。
俺は愛される人間だと、無理やりに自己評価を高める必要はない。
それをした所で、俺はクズであり、その驕りは確実に自分の首を絞める結果になりかねない。
俺が俺の首を絞めるという事は、つまり彼女らの首を絞めてしまう事と同義。
ならば、それは彼女らを不幸にするという事であり、俺が求める結果じゃない。
けれども、俺が俺自身の事を認めなくても、これだけはしっかりと認めて自分で受け入れないといけない。
……彼女らから愛されているという事実だけは。
俺に向けてくれている愛はしっかりと認め、受け入れて、向かい合わなければいけない。
それから目を逸らすという事は、彼女らを愛しておらず幸せにしてあげられないのだから。
なので、強く自分に思い聞かせる。
アイ、天使ちゃんは、俺からも積極的に愛して幸せにしなければいけないのだと。
だから、彼女らから届けられる愛に安堵するのは、もうやめろ。
「俺も天使ちゃんの事愛してるし、幸せにしたいからさ。一緒に住みたいっていうなら住もうよ」
声の力を使い、本当の愛を届ける。
天使ちゃんは、顔を真っ赤にしたまま再び瞳を潤ませて、俺を見つめた。
やがて、その顔を逸らす。
「い、いっ、一緒に住むのかは……あっ、後で相談させてくださいぃっ」
まるで絞り出した様な声色に、オッケーと言葉を返した。
別に天使ちゃん弄りをしたくて、こういった話をしていた訳じゃない。
だから、話を戻そうか。
「そんで、どんな物件が候補に挙がってんの?」
そう伝えればハッとした様に、スマホの画面を見せてきた。
「はっ、はいっ。佐山さんから頂いていた物件の候補は今のところ、三軒くらいですねっ」
こちらに向けられる画面には、先程と同じ間取りの画像。
その横に、家賃が書かれていた。
「……えっ、高すぎん?」
思わず本音を口にしてしまう。
見た事ない家賃の金額だった。
七桁の家賃って、実在するんだなあ……。
漠然とそんな感想を抱く。
それによく見ると、何だよこの間取り。
そこに表示されている文字。
理解出来ない間取り数で、もう訳が分からんかった。
しかも何号室っていう記載がなく、階数だけが書いてあるってなに?
もしかしてマンションのフロアぶち抜いて一室なの?
現実味の無い夢の様な間取りに目を奪われていると、天使ちゃんの声が聞こえた。
「ふぇっ? 佐山さんはこのくらいの家賃でようやく、カズヤさんとつり合いが取れるマンションだって言ってましたよ……?」
うそ、俺の年収高すぎ……?
十年以上は自分の稼ぎを見ていないから、実感がなくそんな感想を抱いてしまう。
けどまあ、佐山さんがそう言うんなら、そういう事なんだろう。
ならば、他の物件もこういったレベルの部屋ばっかに違いない。
ため息を吐いて、天使ちゃんと一緒に他の物件も見ていく。
そして天使ちゃんが使いやすいキッチンとかも参考にしながら――決めた。
「んじゃ、後は天使ちゃんが一緒に住むか決めよっか」
「はぅっ」
そんな天使ちゃんと話をしながら、今後を相談。
そして後日、佐山さんへも引っ越しについて結果を報告。
とりあえず事務所経由で佐山さんが業者に依頼をして、引っ越し作業は俺が立ち会わなくても良いらしい。至れり尽くせりで何よりでした。
そんなこんなで仕事をしながら、気付けば引っ越しが完了し、新居での生活もスタート。
アイとかとも連絡は変わらず行いながらも、たまには俺の方から遊びに誘ってみたり。
色々な意味で心機一転した二十代終盤はあっという間に過ぎて、
大きな変化はない日常を繰り返していれば、気付けば二年以上の歳月が経っていた。