"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第128話

 次の仕事が急遽なくなり、社長の車で家まで送ってもらった。

 子どもたちには事前に帰る連絡したけど、どうやら二人ともお出かけ中みたいで少し残念だった。

 カズヤは今日も夜まで仕事だから、まだ連絡はしていない。

 無闇矢鱈に連絡をしていた私は、もう卒業したのだ。

 カズヤの仕事が終わる頃を見計らって、連絡をする。

 以前に比べると圧倒的にメッセージ量は減ったが、短いやり取りでも愛を感じることが出来ると分かったので、最近はずっとその様な連絡の取り方をしている。

 旦那のことを分かってる妻、そんな気分にもなれるこの方法が気に入っていた。

 マンション前に車を停めてもらい、降りて一人中に入る。

 そして自宅の玄関の鍵を開けて家に入れば、案の定ただいまという声に何も返ってこなかった。

 いつも帰れば二人ともかどちらかはいたので、私以外誰もいないこの家になんだか無性に寂しさが訪れる。

 なんとなくこのまま家にいる気分じゃなかったので、外に出ることにした。

 玄関の鍵を閉めて、再び地上を目指す。

 エントランスホールを出れば、迷うことなく道路を歩き始めた。

 ハッキリとどこに向かいたいという思いはなく、ただ歩みを進めるだけ。

 けれど足は止まることなく、気付けば、来てしまった。

 家の近くの、カズヤとの思い出の場所。

 

 いつものカフェ。

 この喫茶店のことを、カズヤとはそう呼んでいる。

 いつの間にか、一番カズヤと接しているのが、このお店になってた。

 ここに来るときは、必ずカズヤと会える。

 カズヤとの思い出が詰まったこの店の、一番奥の個室。

 そこは私にとって、ある種の聖域と化していた。

 だって、カズヤとの一番のデートスポットなんだもん。

 ある意味、引っ越す前のカズヤの家と同じ程に、このカフェの最奥にある個室は、私とカズヤだけの特別な空間だと感じていた。

 でも今日は、カズヤはいない。

 連絡はしてないけど、私みたくバラシになるなんてそんな頻繁に起きることじゃないので、仕事中のはずだから。

 だから今日は一人で、ゆっくりとカズヤとの思い出に浸る予定。

 この店のマスターともすっかり仲良くなってしまったので、そのお陰で最奥の個室はほぼ常に、私たちのために空けてくれてる。

 一度は離れたが再び訪れる様になった際マスターに、他のお客さんに使わせなくていいのか、と聞いた事はあるがどうやら私たちの特等席は、私たちが通う様になってから改修して"VIPルーム"としており、特定の人しか案内できない様にしたらしい。

 何故と訊ねれば、二度目のカズヤとのデートで使った時から、カズヤはマスターに自分の正体をバラしてて、毎回チップとして多分な金額を払っていたみたい。

 私の家が近いから、ずっとお世話になるってカズヤは思ってたのかもしれない。

 そしてチップを断っても「それじゃ、俺が来る時は優先的に使わせて貰う為の月額料金って事で」と言って渡されて、それから一回も訪れない月でもマネージャーとかが払いに来てるみたいで、それならいっそのこと"VIP"という名の"カズヤ専用ルーム"にすればいいと思い至ったそう。

 それでその個室だけ特別にかなりの防音加工を施して、カズヤのプライベートを守る様にし、カズヤが来た時だけ解放される部屋にしたとのこと。

 まあ、それに合わせてカズヤが連れてきたお客さんは、カズヤがいなくても案内してもらえる様にしているらしい。

 一日そこに通せるお客さまの月額の売り上げよりも遥かに上回る金額を月賦として頂いてしまっているので、とはマスターの話。

 その話を聞いた時は、私へのカズヤの愛を感じ過ぎてにやけるのを抑えるのが大変だった。

 カズヤもまたこの店の個室を、私と同じ様に特別に思ってくれていることが嬉しくて仕方なかった。

 同じ思い、それがハッキリと分かったから。

 そしてカズヤが秘密にしようとしてたことは、やはり私には分かってしまう。

 そんな、神様からの思し召しを改めて感じた。

 カズヤと私は絶対に引き離されない運命。

 それはきっと、生まれた時から決まっていたことなんだろうから。

 私がアイだということもマスターは気付いているけど、今まで一度もカズヤとのスキャンダルや噂話が出たことがないので、芸能人へのプライベートを慮ってくれてるこのお店が、私は好きだった。

 テレビで観ない日が無いお二人がここでは周りを気にせず安息の時を過ごせれば、そう言ってくれたマスターに、一切の嘘はなかったから。

 個室が"ほぼ"空いているというのは、私たちが使わない時に、稀に面接や会議でしようしているからとの事。

 

 店内に入れば、カウンターの中には既に顔なじみとなった店員さんばかり。

 今日は見覚えのない人は、誰もいなかった。

 ちょうど厨房からカウンターに出てきたマスターが私に気付き、軽く会釈してくれる。

 それに合わせて私も笑顔で軽く頭を下げた。

 カウンター前には誰もおらず、お客さんは皆、既にテーブルや窓際のカウンター席で各々寛いでいる状態。

 すごい混んでいるという訳ではないが、それでも盛況していると私に感じさせてくる。

 店内を進みカウンター前に立てば、目の前にあるレジ横にいる店員さんが、声をかけてきた。

 

「いらっしゃいませ、お久しぶりですね」

 

 既に何年も通っており、変装していても顔を覚えてくれたんだろう。

 笑顔で店員さんが告げる言葉に、私の名前や、有名人が来たといういつもと変わったテンションは存在しない。

 マスターの教育もあるだろうが、このお店の店員さんは誰も私やカズヤについて特別に嬉しそうだったりはしゃいだりする姿を見たことがなかった。

 だからこそ、マスターが言ってくれた「ここでは周りを気にせず安息の時を過ごせれば」という言葉が、実現できる。

 常連といった口調で話してくれるが、あくまでも他の常連客と同じ程度の話しぶり。

 それが、私にとってはありがたく、二回目に来た時にカズヤが気に入った理由でもあるんだろう。

 

「こんにちはっ、いつものお願いできますか?」

 

 数か月ぶりくらいに来たのにそんな頼み方をして大丈夫かと思われるかもしれないが、大丈夫。

 

「畏まりました、ではいつものでご用意致します」

 

 そう言って、レジを打ち始めたのでスマホを用意し、決済の準備。

 金額を伝えられ支払方法を伝えれば、指定の箇所にスマホを翳す。

 支払いが終わり、後は飲み物が準備されるだけ。

 このまま少々お待ちください、と言われると、同じくカウンターにいた店員さんが作り始めた。

 マスターからは、万が一いつも飲むやつがメニューから無くなっても、裏メニューとして出せる様にしておくから、いつものという頼み方で問題ないと言われているのでそういった頼み方をずっとしてきていたのだ。

 至れり尽くせりとは、正にこのことである。

 

「お待たせ致しました」

 

 そう言って渡された飲み物を受け取り、笑顔でお礼を告げる。

 厨房へ戻らずにカウンター端にいてくれたマスターに改めて会釈をして、飲み物を片手に店の奥へと足を進めた。

 そして辿り着く、目的の個室。

 扉はいつもの様に閉まっており、そのまま開けようとすれば、中から極々微かに声が聴こえてきた。

 あれ、誰か使ってるのかな?

 そう思いつつも、先程のマスターを思い浮かべれば引き止められることもなかったので、全くの他人がいるはずはない。

 ならば。

 心臓が僅かに高鳴った。

 もしかしたら。

 ……カズヤが、いるのかも。

 ふと、そう思ってしまった。

 カズヤは今仕事中のはずで、いるわけがない。

 そう頭では理解しているが、マスターの態度と個室から微かに漏れる声を考えると、どうしてもカズヤがいるんじゃないかと思ってしまう。

 だって、この部屋は私とカズヤしか使わないんだから。

 鼓動が速まる。

 ドアを開けようとした手を離し、軽くノックへと変えた。

 そして顔をドアへと近付ければ、微かに聴こえる「ほーい」という男性の声。

 この声は間違いない。

 カズヤだ。

 私がこの声を聞き間違うはずがない。

 目の前のドアが開けられる。

 そこに映ったのは、驚いた様に目を開いたカズヤ。

 久々に実際会えたその姿に、否が応でも愛おしさが溢れてしまう。

 示し合わせていなくともこうして出会えるなら、これもやはり神様の思し召し。

 私とカズヤは運命で結ばれているんだ。

 そう、実感できた。

 

 けれど、カズヤによって扉が開け切られた時。

 

 

 

 

「あれっ、ルビーもここにいたんだっ」

 

 

 

 

 そう即答できた表の私に、感謝をした。

 

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