"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
受験シーズン。
それが再び、俺の許にやってきた。
だが、受けたい学校は既に決まっている。
陽東高校。
そこが俺、そしてルビー揃って受験しようと考えている高校だった。
学科に関して、ルビーは決めている。
芸能科。妹はそこに進学するつもりだ。
しかし俺はまだ、悩んでいた。
間もなく願書を出さなくてはいけない時期だが、どうしても決めかねていた。
一般科か芸能科。
そのどちらを選ぶのか、まだ判断出来ないでいる。
偏差値に関しては心配していない、どちらの科も俺の偏差値からして低すぎるから。
そもそもルビーが入ると言ったから、俺も合わせてこの高校に決めただけ。
理由は別で、大きく分けて二つある。
一つは当然、俺の目的。
アイの夫、つまり俺とルビーの父親を捜す上でどちらが効率的なのか。
既に十年以上経ってしまったが、未だに父親と思しき人物の痕跡すら掴めていない。
中学に上がってからは、カズヤ君の紹介もあり仕事の幅は徐々に広がっている。
それに合わせて出会う人物も増えたが、それでも芳しい結果は得られなかった。
父親の行方が分からない以上、ルビーを一人で通わせる訳にもいかず、同じ高校にした。
故にルビーに合わせて芸能科でも問題は無いが、そこまで一緒にしてしまうと個人での父親探しに支障を来す恐れがあるかもしれず、一般科も検討しているという状態。
もう一つは、単純な理由。
演技の才能が無い、という事に気付いてしまったから。
子役の頃は、大人である自分の思考と子供の身体を利用してある種の不思議、もしくは不気味な印象を与える演技で乗り切れた。
そして脚本や原作から得られる撮影意図や演技意図を把握して、自分から出すもの以外での技術を用いて何とかなった。
けれども、中学に上がり演じる役が幼い子供では無くなってくると、徐々に自身の力量不足が露わになり始める。
他の同世代かそれ以上の役者に比べ、どうしても自力が足りないと痛感する事が増え始めてしまった。
故に迷う、このまま役者として進んでしまって良いのかと。
幸い、父親探しの代償として五反田泰志の助手を務め、編集等といった裏方の技術も身に付いてきているので、表立って役者として続けなくとも芸能界に関りは持ち続けられる。
無論、役者を続けた方が色々な現場に出向き、多様な人物と接触を図れる可能性はある。
だがそれも、実力があってこそ。
実力が無ければ呼ばれず、仕事は来ない。
芸能科でクラスメイトの有名人と仲良くなりコネを作るという事も考えたが、やはりそれも実力が伴ってこそ出来る芸当だと断念。
ならば、長期的な目線で考えれば裏方に専念する事も吝かではなかった。
ここ暫く悩んでおり、結論は出ない堂々巡り。
けれども迫りくる提出期日。
だからだろうか、頼ってしまったのは。
『高校かあ。俺、行ってないからなあ』
チャットアプリを開けば、目的の人物からそんな返答があった。
質問した内容は単純。
受験する高校の学科で悩んでいる。
それに対する、彼からの返答だった。
確かに、カズヤ君はずっと人気路線を走っていたから、学校に通えていなかったんだろう。
彼の返答に、そんな感想を抱く。
けれども、俺の指は動いていた。
『参考までにでいいんだ。芸能科と一般科、カズヤ君ならどっちを受ける?』
そう送ってしまえば、すぐに既読のマーク。
『役者なんだし芸能科でいい気もするけど……何か懸念点があるって感じ?』
返ってきたその内容に、思わず苦笑してしまう。
流石はカズヤ君。
伝えていない行間を読み取った様だ。
ならば、本音で伝えよう。
内心で
『俺には演技の才能が無いみたいでさ。裏方の勉強もしてるから、そっちでも良いかと思ってね』
すぐに既読が付く。
彼からの返信を待ちながら、考えるのはこのやり取りを行う事になった理由。
身体という意味の物理年齢で言えば、カズヤ君の方が年上。
けれども精神年齢で言えば、前世の記憶を引き継ぐ俺の方が年上だ。
なのに何故、カズヤ君にこんな進路相談をしてしまっているのか。
明確な理由は、自分でも分からない。
だが、役者としての先輩であるカズヤ君に聞きたかったのかもしれない。
俺がこの先、役者としてやっていけるのか。
自己分析が出来ていない事に恥じ入るばかりだが、だからこそカズヤ君に聞いてしまったんだろう。
俺が役者に向いているのかどうかを。
またカズヤ君には迷惑をかけるな、そんな感想を抱きながら、同時にまだまだ甘い自分を戒めなければという思いに苛まれる。
自分に甘い所があるからこそ、こうして十年以上も何の成果が出ないのだから。
もっと真剣に、そして盲目しなければ。
そうじゃないと、決して父親を見つけるなんて出来る訳が無い。
母さんが、妹が殺されるかもしれない。
だからこそ、もっと父親捜しに執着しなければ。
四歳の頃、あの時に万が一母さんが命を落としていたら、今の俺はこんなにも甘かったか?
そんな訳無い。
ならば失わない為にも、失った時と同じ気持ちで父親を捜さなければ。
だから、こうしてカズヤ君に進路相談をするのも、甘えではあるが、時短でもある。
もうこんな下らない事で悩まず、カズヤ君にも相談は一切しない。
けれど今、甘い自分が悩んでいるのであれば、カズヤ君の考えを参考にして早期に決断する。
時短の為の相談、そう割り切って彼からの返答を待つ。
そして、その時は来た。
『アクアに演技の才能があるか無いかは分からんけど……既にやってる事を続けるか悩むって事は、せんせの中で他にやりたい事が決まってるのかなっては思うよ』
……流石は、カズヤ君。
さりなちゃんだけでなく、俺の事も理解してくれているらしい。
彼から来た内容は、驚く程自然に胸の中へと吸い込まれた。
そして一つの解を齎す。
一般科。それを受験しよう。
彼が言っていた、俺が既にやっている事。
それは、役者の事だろう。
確かにこのまま役者を続けると思っていれば、何も悩まず芸能科へと決めていたに違いない。
例え役者としての才能が無いと思っても、妹と一緒にいる事を優先し、同じく芸能科に進んでいただろう。
けれど、他にやりたい事。
それは紛れも無く――父親捜し。
その為にこの十年は生きてきたと言っても過言では無い。
誰もいない部屋の中で、思わず笑ってしまう。
カズヤ君に言われて、改めて気付いた事。
思っているよりもずっと、自分自身を甘やかしていたらしい。
妹と一緒に居る事を優先? それよりもやるべき事があるだろ。
父親の件さえ解決してしまえば、ルビーを心配する材料が格段に減る。
反対に言えば、父親の件を解決しない限り、妹に平穏は訪れないんだ。
だからこそ、父親捜しを最優先にしなければならない。
妹と一緒に居る。
その考えは明らかに、俺がぬるま湯に浸かっている証。
学校まで変えるのは流石に心配だし、そもそも高校はどこにいっても出来る事が変わらない為、それならば同じ高校には行く。
けれどその中で父親捜しを優先するのならば、ルビーとは学科が違った方が良い。
不審な動きをして妹、そこから母さんへと俺の行動がバレるのを避ける為にも。
『ありがとう、とても参考になったよ』
本心からの言葉をそのままメッセージで送る。
すぐに既読が付き、然程待たず『あいよー』という返信が来た。
それを確認し、アプリを閉じる。
役者は今後も、話が来たらやるかもしれない。
けれども、才能に左右されず裏方としても確りと業界に安定して関われる様にする必要がある。
全ては父親を見付ける為に。
その為にも、家族から離れた位置に存在しなければならない。
全ては家族の幸せの為に。
その為にも、家族に危害が及ばない内に解決しなければならない。
だから、甘えは絶対に許されない。
例え俺の身がどうなろうとも、家族の幸せは護る。
そう改めて心に決めた。
後日、必要事項を記入した俺とルビーは揃って、陽東高校に願書を提出した。