"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第132話

 今日も今日とて仕事である。

 いつも通りのCM撮影。

 いつもの監督にいつものスタッフ、そしていつものスポンサー。

 幾年月も変わらぬ面々でお送りしている今日の現場。

 何も変わらない、俺のホームがここにはあった。

 アイとはいつも通りのメッセージのやり取り。少し前から「大丈夫、無理してない?」という謎の伺い連絡が偶に来るが。

 アクアからは特段連絡は無い。これは割といつも通り。

 ルビーからは、後一週間程度で高校受験との連絡。無事合格を願うばかり。

 何てことは無い、いつも通りの日常を送っていた。

 

「やあ、カズヤ君。今日もよろしくね」

 

 声に反応し顔を向ければ、そこには予想通り監督の姿。

 彼の言葉に挨拶を返せば、監督が再び口を開く。

 

「……大丈夫そう?」

 

 何が?

 ここ暫く、監督からは二言目に斯様な声をかけられる。

 それに対して、理由が分からないが故に首を傾げるしか無い。

 

「ああっ、いやっ、元気そうならいいんだよ!」

 

 そして監督は決まってこの様に、何かを取り繕う様に話を終わらせてくる。

 明らかな挙動不審。

 けれども、毎度自己完結かと思う程に監督側で話が終わってしまうので、問い掛けるのも面倒臭く放置している。

 そしてこれは、監督だけでは無かった。

 

「カズヤ君、次の仕事厳しそうだったら、この仕事が終わったら休んでも大丈夫だからね?」

 

 こっちでリスケしとくから、とは佐山さんの言。

 そしてもう一人。

 

「今日はリラックス効果の高いハーブティーにしましたっ! カップに鼻を近付けて深呼吸してから飲むとよりいいみたいですよっ!」

 

 これを飲んで気持ちを落ち着けてくださいねっ、とは天使ちゃんの言。

 ……何かが可笑しい。

 この数週間、定期的にこんな言動が繰り返されている。

 原因は全く分からない。

 故に、可笑しい。

 過剰に労わられる様な態度を示されるのは、思い返せばアイの、B小町の最初のドームライブ直後以来。

 あれは、まあ俺が原因だから心苦しさはあれど理由は明確だった。

 けれど今回の気を使われ方は、全く以て解せない。

 俺はいつも通り仕事をして、特段何も問題を起こしていない。

 ならば何故こうも、まるで腫れ物を扱う様な態度を取られるのか。

 監督、佐山さん、天使ちゃん、アイ。そしていつぞやドラマで一緒に仕事をした一部のスタッフ。

 彼らが何故か、過剰に俺の気を伺う様な態度になっていた。

 

 今日の仕事が終わり、家へと帰る為に佐山さんの車で深夜の空いた道路を爆走中。

 後部座席の隣には、そこが既に特等席となった天使ちゃんの姿。

 窓から外の景色を眺めながら横目で彼女の姿を捉えれば、僅かに俯きつつもちらちらと時折こちらに目線を向けてきている。

 明らかな挙動不審。

 けれども、ここ暫くは凡そ週一程度で、そんな仕草を俺に見せていた。

 そんな姿を見つつも、それがまるでリマインダーかの様に、帰ってから行うべき事を思い出す。

 

「今日で三話目かあ」

 

 気付けば、小さく口に出していた。

 けれども沈黙の車内、思いの外遠くまで届いたのだろう。

 視界の端で、天使ちゃんが何やら驚いたかの様に一度、大きく身体を震わせたのが見えた。

 

「カズヤ君、明日のCMの台本はもう覚えた?」

 

 不意に届く、佐山さんの声。

 

「いや、まだ見てないよ」

 

「だったら、明日はいつもより少しセリフ量が多いみたいだから、帰ってから覚えといても良いんじゃないかな?」

 

 彼の言葉に、暫し沈黙。

 なるほど、明日は少しセリフ量が多いのか。

 そうは思うが、浮かぶのは疑念。

 もしセリフ量が多いなら、確かに覚えておいた方がいいだろう。

 けれども、今まで佐山さんがそんな事を言った記憶があっただろうか。

 少なくともこの数週間までは言われた記憶が無い。

 それにドラマや映画とかとは違い、CMのセリフ量が多いと言われても高が知れている。

 故に、寝るまでの時間をフルで使ってまで覚える必要は無い。

 なのに、ここ暫くは偶にそんな事を言う様になった佐山さん。

 その言葉はまるで、俺に他の何かから気を逸らす為の様で。

 

「ま、セリフは寝る前に覚えとくよ」

 

 何気無しにそう返せば「そうかい」という返事。

 そこからはまた、沈黙が車内を支配する。

 長年の慣れた面々での空間なのに、何故か感じる僅かな息苦しさを誤魔化す様に、車窓へと視線を戻して思考に没頭する。

 

 今日が第三話。

 それは現在配信中となっている"今日は甘口で"の実写ドラマ。

 配信なので時間を気にせず観られるのもあって、毎回をちゃんと視聴出来ていた。

 第一話から見ている率直な感想。

 ――数年前の"もしも"を見ている様だ。

 いや、あの時に出来ていたであろうクオリティよりも、各段に低いクオリティ。

 何せあの時はヒロイン役がアイ、そしてその相手役が俺。

 少なくとも俺が参加している時点で、最低限以上には演技出来る人間が二人はいた。

 そしてヒロインの幼少期役だったかなちゃんを含めれば、それは他の面々が演技素人でも最低限以上のクオリティにはなっただろう。

 だが絶賛配信中である今回の"今日あま"は、明らかにかなちゃん一人。

 彼女しか、ちゃんと演技が出来る人がいなかった。

 彼女以外の面々は、あの時に俺が見た他のメンバーの演技と同程度。

 けれどもそこに怒りは無い。

 何故なら、気持ちはあの時と何ら変わらないから。

 彼らは"今日あま"だから、このドラマに出たいと志願した者たちでは無い。

 偶々キャスティングされた作品が"今日あま"だったってだけ。

 故に彼らを責める気持ちは微塵も無い。

 彼らは彼らの仕事をしているに過ぎないのだから。

 ただ、まあ、かなちゃんは可哀そうだなっては思う。

 今回は明らかに、彼女の長所が限りなく悪影響を及ぼしている。

 周りの演技の幅にちゃんと合わせる事の出来る彼女の長所が、彼女自身の輝きを減らしていた。

 まあ見方を変えれば、彼女が演技を抑えているお陰で、全体的に何とか観られる作品になっているとも取れる。

 

 でも、つい思ってしまう。

 そこにいるのが、かなちゃんじゃなくアイだったのなら。

 アイがそこでヒロイン役をしているなら、彼女は演技を抑えただろうかと。

 いや、抑える筈がない。

 彼女であれば、作品の捉え方を変えるに違いない。

 それは以前俺が主役を務めた、医者のドラマの時と同じ。

 恐らくアイは受け手に、観るニュアンスを変えさせる方へと舵を切っただろう。

 他の誰もが使えなくとも、自分の力で見れる作品にする。

 否、"魅せる"作品にしたに違いない。

 それはつまり、俺が書き換えた作品の様に、ヒロインの一人称とも思える作品を作り上げただろう。

 他の演者の力量を指摘させない程にヒロインが輝き、彼女しか目に映らない作品へと仕立て上げた筈。

 それは原作と違ってしまう。

 そんなものは傍から了承済みで、アイはアイの完璧な(演技)で視聴者に作品(ヒロイン)を届ける。

 俺としては、かなちゃんもそれに似た素質は秘めていると思うからこそ、この作品での彼女を見て、可哀そうだと思ってしまった。

 勿論、かなちゃんには彼女なりの考えがあって、あの演技をしているんだろう。

 スポンサーの意向、プロデューサーの意向、監督の意向、ディレクターの意向、作品の意向、他の演者の意向等々。

 数多のしがらみの中で、彼女が選んだ演技の解がそれだったってだけ。

 一話、そして二話を見た感じ、そのまま原作通りというよりも、原作に登場しない人物が結構動いていたり、主眼を置かれる場面もあった。

 その意図を監督に訊ねてみれば「……多分、出来るだけ多くの役者を使いたいんだろうね」と、何故か汗を流しながら言われた。

 それを基に考えれば、原作とは違う内容にかなちゃんも色々と芝居をする上で悩んだに違いない。

 彼女を責める意図は全く無く、本当によくやってるよという感想のみ。俺にゃ出来ん。

 

 現在"今日あま"が最低限の最低限でも見られる作品でいられるのは、他でもないかなちゃんが何とか引っ張っているから、そして他の役者のクオリティを極々最低限度で抑える様な演出をしている制作陣のお陰。

 かなちゃんの他に、せめてもう一人くらい普通に演技が出来る人間が居れば、と思わずにはいられない。

 そうすれば彼女の演技はもっと、もっと華開くのだから。

 けれどもそれは、一視聴者としての勝手な願い。

 制作陣には制作陣の、現場には現場の考えがある。

 そこに自己満足で何か影響を与えたいとは思わない。

 とりあえず、かなちゃんには色んな意味を込めて、お疲れさまと連絡しておこう。

 俺が送って彼女に、何か考えを改めて貰いたいとは全く考えていない。

 けれども、こうして頑張っている彼女をただ労いたいという、純粋な同業者として。

 スマホを取り出し、メッセージアプリを開く。

 チャットアプリは彼女のアカウントが登録されていないので、久々にショートメッセージサービスを活用する。

 電話番号が変わってなければいいけど……。

 そう思いながら、作成したメッセージを送信。

 数年ぶりに連絡をしたからそもそも忘れられていないか心配だったが、それはどうやら杞憂だった。

 送ってから数分後、返信が届いた。

 とりあえず、内容としても知らない人や嫌われている様なニュアンスが無く安堵しながら、こちらも返信を返した。

 久々の連絡だったが、どうやら元気そうで何より。

 雑談の様な何気無いメッセージのやりとりを暫く繰り返しつつ、前方にいる佐山さんを見る。

 

「そうだ、佐山さん」

 

 不意に訊ねてみれば、「なんだい?」との返答。

 

 

「ちょっと相談したい事があるんだけど」

 

「……分かった。内容を伝えてくれれば、こっちでやっておくよ」

 

 

 まだ何も言ってないんだけどな、そう苦笑しつつも続けて口を開いたのだった。

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