"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
「リハ始めまーす」
その声が、現場に響き渡る。
「行くわよ」
そう告げてくるのは、この現場でメインを務める少女。
"今日は甘口で"のヒロイン役、有馬かな。
彼女がこちらへと振り返る。
「台本は頭に叩き込んでるわよね」
その言葉に特段返す事無く、立ち位置に付く。
このリハーサルのみが唯一の練習で、後は本番のみ。
明らかな短納期の撮影に、俺は挑んでいた。
そして俺が演じる役柄。
ヒロインに付きまとうストーカーの役。
それに対して僅かに嘆息。
何の因果だろうか。
俺を殺し、
「はい――スタッ!」
そんな考えを頭の片隅に残しつつ、リハーサルが始まった。
リハは、俺が原因で止められる事無く進んでいく。
そんな中、役者の一人に天井から水滴が落ちた事により、中断となった。
水滴が落ちた役者は確か、
彼に対する初対面の第一印象は、態度の悪いガキ。
挨拶も碌に出来ない、如何にも天狗になっているだろう男子だった。
そんな彼に対して有馬かなは、トントン拍子に売れてる子にはよくある事、なんて言っていたが。
ならば、一切落ちる事無く頂点に君臨しているカズヤ君は、果たしてどうなんだろうか。
確かに前世の病院では、偶にいけ好かない悪ガキになる事もあった。
けれど、それは彼が相手との関係値を考慮した上での揶揄い。
少なくとも、初対面の人間に対して我が物顔な態度を取る事は無い。
そして今も昔も、そんな態度を取る人間には決して思えなかった。
そんなカズヤ君と、新進気鋭だろうが彼の足元に遠く及ばない鳴嶋メルト。
両者を比較するとどうしても、思い浮かぶ印象は一つ。
高が知れている、それだけだった。
視線を奥に向ける。
焦点を合わせる人物は、このドラマのプロデューサー。
アイと、もしかしたら何らかの関係があったかもしれない男。
少なくともアイが芸能界に入った段階では業界におり、それなりに影響力を持つこの男もまた、ターゲットとして狙っていた。
故に、有馬かなに誘われたこの仕事を受ける事にしたのだ。
俺の本題を達成する為に、どうにか鑑定に出せるだけの物を回収したい所。
「普通に演技できてるじゃん」
後ろから掛けられた声。
振り返れば、有馬かなの姿。
けれども彼女の言葉を馬鹿正直に受け取る事は出来ない。
「こんなの練習すれば誰でも出来る」
他の人の邪魔をしない程度に下手じゃないだけ。
「僕自身に何の魅力もない」
そう言って彼女から踵を返す。
「なんか凄い演技を求めてたなら悪いな」
俺の演技は、何も褒められる物は無い。
あの日、あの時に有馬かなが見た俺の演技は、あくまで年齢と中身のギャップが引き起こした異質感に過ぎない。
精神年齢に肉体が追い付いた今となっては、俺はどこにでも居るただの役者。
だからこそ、俺の演技に褒める所なんか無い。
けれど歩き出そうとした足は、
「そんな事……」
有馬かなの言葉で、上げる事が出来なかった。
彼女の話が続く。
「まあ、ちっとも期待してなかったと言えば……嘘になるけど」
言葉を返せず、ただ耳を傾けるしか出来ない。
「――じゅーぶん」
それは果たして、どの様な思いを込めた言葉だったんだろう。
一拍を置き、再び声が届いた。
「アクアの演技、ずっと努力してきた人の演技って感じがして、私は好き」
彼女の言葉は続く。
――細かいテクが親切で丁寧っていうか、自分のエゴを殺して物語に寄り添ってるっていうか……。
それは俺に向けたものなのか、はたまた自分にも向けたものなのか。
「もしかしてそれは、普通の人には分からなくて……長く役者をやってる私達以外にはどうでもいい事なのかもしれないけど」
そんな彼女に、
「変に気を使うなよ」
気付けば口を挟んでいた。
――お願い、私と一緒に良い作品を作って。アンタとなら出来ると思うの。
それは少し前に、目の前の少女から言われた言葉。
有馬かなが何を思い、この作品に挑んでいるのかがそこで語られた。
天才子役と呼ばれつつも、仕事が無くなれば旬が過ぎたと言われる。
そんな周囲の影響で、否が応でも変わらざるを得なかった少女。
演技で魅せる。
それが出来ないならば監督の、プロデューサーの望む働きが出来る役者にならなければいけない。
年端も行かない少女がそんな決断をする現実が、果たして残酷と呼んで良いのかは分からない。
しかし彼女から言われた言葉は、少なからず俺に影響を及ぼした。
父親捜しとしてのドラマ参加から、役者としても参加してみるかと思える程度には。
それが果たして彼女に対してなのか、カズヤ君が引き続かせてくれた役者という矜持によるものなのかは分からない。
けれども、自分の中で確かに役者としても参加してみようと思った。
「使うわよ。一応これでも座長だし!」
そう言って、彼女は胸の前で拳を握った。
「主役級の仕事なんて、私にとっては約十年ぶりの大仕事だからっ、そりゃ頑張るし!」
そんな姿、言葉につい返してしまった。
「確かに最近見ないし、まだ役者続けてたのかって思ったし」
「うぐうッ!」
あ、と思った時には浮かんだ言葉を口に出しており、その言葉を受けて有馬かなが心臓に何か刺さったかの様な反応を見せた。
崩れ落ちそうになるその身体。
だが何とか堪えて、彼女はため息を吐いた。
「……確かに、私にとっての闇の時代は大分長かったわ」
有馬かなの話は続く。
「ほとんど仕事が貰えず、ネットでは終わった人扱いされて」
まるで独白の様な言葉の数々。
「でも、稽古だけはずっと続けて……何のために努力してるのか分からなくて」
――何度も引退って言葉が頭をよぎって……。
この言葉を言うのに、彼女の中では一体どれ程の葛藤があっただろうか。
「……だけど!」
有馬かなが、顔を上げた。
「こうやって見てくれている人がいて、実力が評価される時期が来たのよ! 本当に今まで辛かったけど、続けてきて良かったって思った!」
果たしてこれは、俺に向けて放たれた言葉なんだろうか。
俺に向けて、自分に向けて、プロデューサーに向けて、はたまた視聴者に向けて。
そんなのは、有馬かなにしか分からない。
もしかしたら、有馬かな自身でも分からないかもしれない。
けれどその表情、笑顔は確実に――本心からの言葉だと俺に認識させた。
「だからアクア!」
その言葉に浮かべる表情は、笑顔。
しかしその目は、俺を捉えていた。
両手を腰に当てて、それはまるで偉そうな態度。
そんな姿に、どこか既視感を抱く。
有馬かなが、口を開いた。
「――もう、負けない! アンタに……アクアに勝ち続けてやるからっ!」
「…………言ってろ」
気付けば、そんな言葉を口にしていた。
何故、言ったのかは分からない。
有馬かなの言葉だって、何が言いたいのかは全く分からない。
彼女と何か勝負をした記憶が皆無なのだから。
けれど、言っていた。
――問題大ありよッ!
不意に、過去の記憶が呼び起こされる。
――今のかな…………あの子よりも全然だめだった……!
それは幼少期の記憶。
――やだ! もっかい! お願いだからッ!
それは初めて、目の前の少女と邂逅した日。
――次はもっと上手にやるから! もいっかい! ねえッ!
もしそうだとしたら、簡単に負けを認める訳には行かなかった。
あれが有馬かなの切っ掛けなのだとしたら、俺も引く訳にはいかない。
仕事が来ないのならば、別にそれで良い。
だが、仕事が来るならば、カズヤ君に仕事を紹介して貰える俺が、簡単に負ける訳にはいかない。
カズヤ君が――友達が認めてくれて仕事を紹介してくれる俺の演技を、評価を下げてやる訳にはいかない。
こんな考えを抱く自分に、内心で苦笑する。
カズヤ君の存在が無ければ、絶対にこんな気持ちにはならなかった。
カズヤ君の存在が無ければ、絶対に有馬かなに対抗する気持ちにはならなかった。
演技力は、有馬かなの方が上だろう。
故に、演技力で敵う筈も無い。
けれどもカズヤ君が認めてくれている俺の演技。
監督も言っていた、俺の演技。
――お前はすごい演技より、ぴったりの演技が出来る役者になれ。
その信頼を、裏切る必要はきっと無いから。
「そういや昔、妹が迷惑をかけて悪かったな」
「なんの話!?」
喫煙所の扉の横に佇む。
ここに来た本来の目的――鏑木勝也。
彼がこの中で、他のスタッフとタバコを吸っていた。
バレない様に顔を覗かせれば、吸っているタバコの種類が目に入る。
……マルボロのメンソール。
鑑定に出すなら吸い殻三本は欲しい所だ。
薄い壁からは、室内の声が漏れ出てくる。
「撮りの再開まだ? メルト、この後雑誌の撮影入ってるけど」
鏑木の言葉に、スタッフが「もうすぐです」と返している。
どうやら俺の存在には全く気付いていないらしい。
「キャスト陣は有馬さんが宥めてくれてるので……」
スタッフのそんな言葉に、鏑木が返す。
「かなちゃんねー、使い勝手ラクでいいよね」
彼の言葉が続く。
「誰にでもいい感じに尻尾振ってくれるから、雑に据えとくには丁度いい」
――有馬かなっていう名前はいちおー世間に浸透してるし、事務所抜けてフリーになってギャラも殆どタダ同然でネームバリュー使えるんだから得したよ。
鏑木の言葉が、只々耳に届く。
それを聞いて、動く感情は無い。
「演技力なんて求められてないのに、そこだけは分かってないみたいだけど」
その言葉を最後に、中の人物が動く気配を感じたので、慌てて身を隠す。
扉から二人、外に出たのを見やり、少し待ってから喫煙室へと入った。
部屋の中央には縦長の吸い殻入れ。それ以外には何もない。
吸い殻入れを覗き込めば、そこには数本のしけもくが鎮座していた。
――だけど! こうやって見てくれている人がいて、実力が評価される時期が来たのよ! 本当に今まで辛かったけど、続けてきて良かったって思った!
何故今、彼女の言葉を思い出すのかは分からない。
だが、思い付いた感想を小さく口にする。
「評価なんかされてねえじゃん」
世の中そんなもんだぞ、有馬かな。
適切な評価なんて、与えられる方が稀だ。
吸い殻入れの蓋を開けて、ポケットからビニールを取り出す。
中にある吸い殻から、鏑木が吸っていたタバコを厳選して持ち上げ、袋へと入れた。
目標の三本は無事に回収。これで目的は果たした。
「撮影再開しますー」
そんな声が遠くから聴こえてきた。
――もう、負けない! アンタに……アクアに勝ち続けてやるからっ!
俺も決めたんだ。
カズヤ君の為にも、何もせず負ける訳にはいかないと。
"今日は甘口で"。
この名前は約十年前に、一世を風靡した。
そして、それと同じく広まった言葉。
……カズヤの乱。
何の因果か、同じタイトルのドラマ。
ならば。
「せっかくだから、滅茶苦茶やって帰るか」
採取完了。
それを監督に連絡する際に見えたSNSの通知――"カズヤの乱 再び?"というワードは後で見ようと心に決めて。