"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第136話

「先生、おはようございまーす」

 

 そんな声が遠くに聴こえ、徐々に意識が覚醒しだす。

 

「って、寝るならベッドで寝てください。腰悪くしますよ」

 

「んー」聞き馴染みのある声に、声にならない声を返す。

 

 ゆっくりと目を開ければ、そこにはやはり見知った姿。

 ドアの前に立つ二人に口を開く。

 

「……ベッドだと熟睡しちゃうけど、フローリングだと四時間位で起きれるんですよねー」

 

 そう告げれば「不健康な豆知識……」という、ため息交じりの言葉が返ってきた。

 仕方なく身体を起こせば、慣れたものなのか徐々に眠気が覚めてくる。

 椅子を引いて腰掛ける。

 

「もう仕事あります?」

 

「んー、とりあえず二の扉背景と三の一と二に指定入れときました」

 

 背後から掛けられた声に返せば「どもですー」という簡素な返事。

 この部屋に現れた二人は、どちらも私のアシスタントだった。

 時計を見て、これからやるべき事を思い出す。

 

「"今日あま"のドラマ観るんで、終わりそうになったら声かけてください」

 

 そう告げて、視聴の準備を進めていれば、再び背後から声が掛かった。

 

「あー……ちゃんと更新日に観てるんですね」

 

 その言葉に、つい返してしまう。

 

「二人は観てないの?」

 

 両者への問い掛け。

 

「最初だけちょっと……」とは片方の言。

 

「二話までは一応……」とは片方の言。

 

 つまりは。

 

「リタイアしてるねぇ……」

 

 ため息交じりに、そう返すしかなかった。

 ……まあ、それを責める気持ちは無い。

 そんな感想を抱きつつ、更新されていた最終回を再生する。

 映像が表示されて、ドラマの展開が進んでいく。

 

『オマエノカンガエソウナコトダ』

 

「先生も無理に観なくていいんじゃないですか?」

 

 液晶ディスプレイから届く音声とは反対側から、そんな声が届いた。

 背後で、椅子が回転する音が聴こえる。

 

「先生がボロボロになりながら描いた作品を、あんな適当で馬鹿にしたような風なドラマにして……」

 

 その声は静かだが、

 

「――わたし、悔しくて観れないですよ」

 

 確かな怒りを感じ取る事が出来た。

 そんな彼女に、思わず笑ってしまう。

 それは、そんな風に思ってくれている嬉しさから。

 そして、既に割り切っていると思い込ませている自分に。

 

「最初から分かってた事です」

 

 画面から目を逸らさず、言葉を返す。

 

「もう完結済みで、伸びが期待出来ない漫画のメディア化。何かしら動きがあるだけありがたい」

 

 こっちが文句言える立場じゃない。

 

『バカナノ?』

 

「メディア化経験のある漫画家は皆言うよ。過度な期待はするなって」

 

 私だって、最初から過度の期待なんてしていない。

 でもどこか、期待している部分はあった。

 実際のドラマを観ても、裏切られたなんて気持ちは無い。

 あー、こんなもんか。

 そう思っただけだから。

 

「どの漫画家も最初はあーだったいい、こうなったら嬉しいって妄想して笑顔だけど……終わる頃には皆、悲しい顔をしてる」

 

『ヒトリニサセネーヨ!』

 

 だから、特に大きな期待はしていない。

 

「メディア化そーいうもの……」

 

 …………でも。

 

『この女は、お前が思っている様な人間じゃない……』

 

「なんだけどさ…………」

 

 

『この子は――俺の大事な友達だッ!』

 

 

 期待はしていない。

 ……でも。

 

 

『――それでも、光はあるから』

 

 

 以前、あの子を演じた貴女になら……この作品を託せると思った。

 最後の最後だけど、確信を持てた。

 涙が頬を伝う。

 

「先生?」

 

 眼鏡を外して涙を拭っていると、声を掛けられる。

 心配させてしまっただろうか。

 でも、それ以上に伝えたい。

 

「わたしは、ドラマ化受けて良かったって思えた」

 

 そう告げた私の言葉に、返事は無い。

 何も返されないその態度に、嬉しさが湧く。

 私の言葉を受けて、何かしらでも彼女たちに響いたんだろうから。

 そして、目の前の画面にはピンで映る少女の姿。

 少女の表情が徐々に変わり始める。

 頬が赤く染まり始め、口元が僅かに微笑む。

 ゆっくりと唇が開き、僅かに細めていた目が見開いていく。

 瞳を潤ませつつも、驚いた様な表情を浮かべた。

 それは誰かにではなく、まるで自分に驚いた様な表情。

 自分の気持ちに気付いてしまった様な表情。

 ――彼女は今、恋に落ちた。

 この表情を見たのは、二度目。

 これが見れたのなら……今回のドラマ化を受けて本当に良かったと思う。

 

 そして暫くし、画面はエンディングを映していた。

 これで、"今日は甘口で"のドラマが全て終わった。

 動画を閉じる。

 そして別の画面を映した。

 ドラマは終わった――でも、本当の意味では終わっていない。

 

「作業を少し止めて、一緒に観ませんか?」

 

 そう声を掛けて背後に振り返れば、こちらを見ているアシスタントたちの姿。

 どうやら既に手を止めていたらしい。

 けれど、それを咎める事はしない。

 何故なら彼女たちが手を止めたのは、恐らく私の言葉が影響したから。

 影響してくれたのなら、こちらが責める理由はどこにも無い。

 身体を少しずらして、彼女たちに画面を見せる。

 それは動画投稿サイト、ユーチューブ。

 開いている動画はライブ配信で、間もなく開始する時間。

 真っ黒な動画が映されているだけの状態だが、現時点でこのライブ配信の待機人数は何と二〇万人超え。

 同接二〇万人以上を、この待機画面だけで達成していた。

 

「誰の配信なんですか?」

 

 すぐ後ろに移動してきたアシスタントから声が掛かる。

 誰の配信なのか。

 

「んー」

 

 僅かに逡巡し、再び口を開いた。

 

「ちょっと口の悪い、優しい男の子ですかね」

 

 言い終えると同時に、真っ黒だった動画に変化が訪れた。

 

 

 真っ白な背景。

 その中心に、椅子に座る男性の姿。

 まだ音声は通っていないのか、きょろきょろと辺りを見渡すその姿が見えたと同時に、動画の右側に配置されているコメント欄が堰を切った様に動き出す。

 その動きは余りに早く、内容が一切読めない。

 同接に目を見やれば、始まったばかりだというのに、先程とは倍の五〇万に迫る勢いだった。

 この数字が、画面に映る男性の影響力を如実に示していた。

 

「あ、カズヤさんだったんですね」

 

 アシスタントの声に頷く。

 そう、これはカズヤさんの生配信。

 

『――あっ、今入ってる?』

 

 不意に聴こえた音声。

 同時に、コメント欄の速度が爆上がりした。

 彼は画面の中で姿勢を正す。

 

『どうも、初めて俺を観る人の為に自己紹介させてください。俳優をやらせてもらってるカズヤと言います』

 

 そう言って頭を下げるカズヤさん。

 この日本で彼を知らない人は果たしてどの程度いるのか、そう思ったが口には出さない。

 昔からCM界を牛耳り、ドラマや映画に舞台、バラエティー番組にラジオと、正に芸能界の全てで見ない日は無いカズヤさん。

 

『このライブ配信っていうのは初めてで、もし粗相があっても見逃して貰えるとありがたいです』

 

 苦笑しつつもそう告げた彼の態度を見てか、コメント欄が更に燃え上がる。

 早すぎて全く見えないが、それでも可愛いという文字が並んでいる様に思えた。

 同接はもうすぐ六〇万。

 

『さて、今日こうして皆さんの時間を貰ったのは、一つ宣伝があったからです』

 

 その言葉に、顔を僅かに後ろへと向ける。

 そこには画面を見つめるアシスタントたちの姿。

 とりあえず飽きてない事に、密かに安堵。

 

『宣伝の前に、ちょっと聞きたいんですが』

 

 彼はそこで言葉を止めた。

 そして一拍の後、再び口を開く。

 

 

『さっき最終回が配信された――"今日は甘口で"を観た人ー』

 

 

 そう言って右腕を上げた彼に、心臓が高鳴る。

 カズヤさんが言っていた"宣伝"。

 その内容は何となく理解していた。

 けれども、詳細までは分からない。

 "明日わた"の公開方法はカズヤさんに一任する。

 佐山さんとの話しで、そう伝えていた。

 どうせ彼は、また一人で勝手に進んでしまうんだと思ったから。

 今知っても、後から知っても、私の心を勝手に動かすんだと思ったから。

 ――絶対に悪くはなりません。カズヤを信じて頂ければ。

 佐山さんのその言葉を、自分でも驚く程に信じてしまったから。

 故に、突然"今日あま"の話をされて驚いた。

 コメント欄を見れば、相変わらず目まぐるしい速度で進んでいるが、大まかに分けて二種類の内容で占められている事に気付く。

 一、二文字かもっと長い文字か。

 つまりそれは"今日あま"の最終回を観た人と観ていない人に分かれているんだと思った。

 カズヤさんの目線が、カメラから逸れた位置を凝視している。

 そして再び、カメラ目線へと戻った。

 

『……ははっ、早すぎて全然分かんないや』

 

 ……少しでも可愛いと思ってしまった自分が恨めしい。

 こんな内心を後ろのアシスタントたちにバレる訳にはいかない。

 平常心を意識して画面を見つめる。

 

『まあとりあえず、観てくれた人がそれなりにいるみたいで良かった』

 

 そして浮かべた笑顔。

 背後から小さく「うっ」と聴こえてきたが、触れないでおく。

 あの頃から変わらないイケメンフェイスとイケメンボイスは健在だった。

 気付けば胸の辺りを掴んでいた手を離して、再び画面に集中する。

 

『数年前に流行った"カズヤの乱"を憶えている人がいたら、あの時は俺の独断で原作者である吉祥寺頼子先生、そして他の演者や製作スタッフ、スポンサーの人たち……そして"今日は甘口で"のドラマを楽しみにしてくれていた皆さん』

 

 そこまで告げて、カズヤ君が立ち上がる。

 それに合わせる様に、引きの映像で彼の全身を映した。

 

 

『本当に、申し訳ありませんでした』

 

 

 そう言って頭を下げた彼に、とある感情が浮かぶ。

 これは、怒り。

 またあの人は一人で抱え込んで……!

 十年前の気持ちが再び湧き上がる。

 そして同時に気付く。

 カズヤさんは、昔から何も変わってないと。

 あの時は協力者として私も納得し、改変に協力した。

 なのに、それに対する批判は彼が全て受け入れた。

 あの時と何も変わらない。

 こちらが共に立ち、支える事も許されない。

 そんな孤高の人間。

 それがカズヤさんだった。

 コメント欄は早すぎて、内容は読めないまま。

 けれどもその中にはきっと、あの時の不満をぶつける意見だって、当然あるだろう。

 それを彼は、ただ一人で受け止める。

 誰にも言わず、そして言わせずに、独りで矢面に立つ。

 そんな姿を怒り、だけではない感情で見ている事しか出来ないのだ。

 カズヤさんが顔を上げる。

 

『"明日から私は"という昔のドラマを今日、このライブ配信が終わってからこのチャンネルで配信します』

 

 その言葉に、コメント欄が再び速度を増す。

 同接は既に、八〇万を超えていた。

 

『でもずっと観られる訳じゃありません。一話から順番に、一週間ごとに配信します』

 

 そして、と続ける。

 

『それぞれの回は、配信されてから一週間で削除されるので、興味ある方はそれぞれの期間内で視聴してください』

 

 この話は、前もって佐山さんから聞いていた内容と同じ。

 だからこそ特段、驚きはなかった。

 

『で、ここでお願いなんですけど』

 

 不意にカズヤさんの雰囲気が変わった様な気がする。

 何かは分からないが、何故か妙に彼の声が頭に残った。

 

『出来れば"今日は甘口で"のドラマを観てから、"明日から私は"を観てくれるとありがたいです』

 

 その言葉は、私の中に違和感なく入ってくる。

 あの作品の内容を知っているから、"今日は甘口で"を観てから"明日から私は"を観た方が良い。

 

『……そして』

 

 ここでまた、カズヤさんの雰囲気が変わった。

 今まで浮かべていた笑顔を消して、こちらを見つめる。

 

 

『"明日から私は"は、ダウンロードや録画といった、ただの視聴以外の目的で――絶対に再生やアクセスしないでください』

 

 

 背後から「……はい」という声が微かに聴こえた。

 同接は九〇万を超えて、間もなく一〇〇万の大台。

 カズヤさんは再び笑顔を浮かべる。

 

『まあ、僕の口からは特に関係の無い二つのドラマとだけ言っておきます』

 

 ただ、と続ける。

 

『もしドラマを観て興味を持ったら、原作の漫画を買ってみてもいいかもしれないですよ?』

 

 その言葉に、再び心臓が高鳴った。

 ドラマで興味を持ったら、原作を買ってみるのもいい。

 それは、私の漫画を薦めてくれている、という事。

 そしてその言い方は、ただ漫画を薦めるという訳ではない。

 興味を持った人に、私の漫画を読んでもらえる。

 頬に何かが流れるのを感じた。

 けれど、画面から目を逸らせない。

 

『もし、二つのドラマについて何かあるんだとしたら――きっと、吉祥寺頼子先生が発表すると思います』

 

 ここでカズヤさんの雰囲気が、元に戻った様に感じた。

 そして、この言葉で漸く、気付く。

 カズヤさんが何故、"明日から私は"の権利を買い取り、私にその全てを託したのか。

 あのドラマの放送に関する許可を私が出す。

 脚本を書いたし、大元の原作者も私だから。

 そうだと、思っていた。

 でも、違った。

 それだけじゃなかった。

 カズヤさんは文字通り、私に全ての権利を与えていたんだ。

 "明日から私は"が、"今日は甘口で"に関わる作品なのか認める権利も。

 "今日は甘口で"の世界に"明日から私は"が存在するのか。

 私にとって何よりも重要な――作品のアイデンティティを私だけに委ねてくれた。

 "明日から私は"に関する権利を全て持つ私にしか、"明日から私は"に関する公式の見解が述べれなくなった。

 本当の意味で、"今日は甘口で"と――私の気持ちを守ってくれた。

 そして"明日から私は"は、"今日は甘口で"の未来という設定だが、その内容は"今日あま"で描いた世界を補完するもの。

 だから、脚本で手を加えられた"今日は甘口で"のドラマでも、"明日から私は"を観る事で世界観に肉付けされる事になる。

 だから例え、評判がイマイチだった"今日あま"のドラマでも、"明日から私は"を観る事で、不評の原因だった演技といった不足分を補える。

 逆に言えば、出来が良かった最終回からの繋がりで"明日から私は"を観れば、それこそ作品として成長してくドラマにだって思えるだろう。

 まるで作品に登場するキャラクターみたいに、徐々に成長していく物語。

 そしてドラマでは尺の都合などで描き切れなかった所が気になれば――原作に全て描いている。

 苦しくなって、両手で胸を抑える。

 

『とりあえず、宣伝は以上です』

 

 そう言った彼は、笑顔のまま。

 

『では、そろそろ配信を終わりますね』

 

 カズヤさんが暫く目を瞑る。

 やがて、その目を開いて、こちらを捉えた。

 

 

『楽しかったよ。ありがとう、そして……お疲れ様』

 

 

 数秒の後、再び真っ黒な映像へと変わった。

 それをただただ見続ける。

 同接は気付けば一〇〇万を超えており、それをピークに勢い良く下落していく。

 再度、眼鏡を外して涙を拭う。

 掛け直した眼鏡を確認し、後ろに振り返った。

 そこには、未だに画面を見つめ続ける二人の姿。

 そんな彼女らに笑みを浮かべる。

 

「どうですか、二人とも」

 

 声を掛ければ、ゆっくりと二人の視線が動く。

 もしかしたらまだ、この配信の意味が、カズヤさんの言葉の意味が、彼女たちはあまり分かっていないのかもしれない。

 でも、これだけは伝えたかった。

 私は揺れていた。

 果たして、ドラマ化の話を改めて受けたのは正しかったかと。

 その答えを、私は見つけた。

 

 

「――メディア化は、悪い事ばかりじゃないと思いませんか?」

 

 

 まずはドラマの打ち上げパーティーで、あの子を"演じ続けて"くれた彼女に感謝を述べなければ。

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