"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第137話

 "(ぞく)カズヤの乱"。

 そんな名前を付けられた、この間の配信。解せぬ。

 だが、これは前回とは違う反響を呼んだらしい。

 佐山さんが言うには、あの時の生配信の同時接続数は一〇二万。

 それが凄いのかどうか分からずに「ほーん」と返せば、苦笑しながら「配信者が聞いたら怒り狂うかもね」なんて言われた。解せぬ。

 "明日から私は"。

 このドラマは、あの配信で伝えた通りそのチャンネルで毎週一話ずつ、各一週間の期限付きで公開した。

 何やらそれを勝手にダウンロードして違法アップロードされたものについては、多くの通報が入ってネット上から全て駆逐されているらしい。はて何のことやら。

 "明日わた"が配信されて以降、"今日あま"のドラマ視聴数が急増らしい、そして原作の漫画がそのタイミングで増版を行ったらしい。とは佐山さんの言。

 あの時からずっと、一般的に"今日あま"に関心が無い、"今日あま"の事が好きじゃないと認識されている俺が生配信をした日から、"今日あま"のドラマに関する評価が少し変わったらしい。

 けれどそれは、決して俺の力じゃない。

 

 最終回を迎えた"今日は甘口で"。

 その回を見てから生配信に挑んだ訳だが、あの回は観れて良かった。

 かなちゃんの演技、それが最後の最後で華開いた。

 いや、正確には――原作ファンとして、最高の演技をしてくれたのだ。

 アイとは違う輝き。

 周りに合わせつつも、その中の天井を僅かに貫く演技。

 それは果たして誰のお陰だろう。

 間違いなく、彼のお陰。

 最終回、それは原作屈指の名シーンである、ヒーローとストーカーの対決。

 愛を知らない少女が、初めて誰かに守られて涙を流す。

 そこに、彼が登場した。

 星野アクア。

 彼が画面に現れてから、作品に変化が訪れた。

 足音が聞こえ、ヒーローとヒロインが顔を向ける。

 そして徐々に放たれる彼の台詞。

 自然でありながらも、どこか演技をしている。

 その姿がぴったりと画に嵌っていた。

 これが合図かの様に、そこから主演の男性役者に変化が訪れる。

 それまでは片言かの様な棒読みだった台詞に、感情が乗る。

 カメラ前、それを意識していないかの様な発声に発音。

 アクア扮するストーカーに対して、余りに自然でありながらも台本に沿った言葉に怒りを含む。

 そこに映る映像は、正しく原作に思えた。

 その場のクオリティが原作と相成ったのなら。

 

 かなちゃんは、誰よりも素晴らしい演技が出来る。

 

 彼女の中の演技の振れ幅の上限が、原作レベルで発揮出来る環境が整ったのだ。

 アクアを始めとしたお膳立ては完璧。

 ならば、後はかなちゃんが本領を発揮するだけ。

 そして彼女が画面を支配し、視聴者を釘付けにする。

 何故ならそこに映る彼女の涙は、正しく――原作のあの子だったから。

 続いて告げる、有名な言葉。

 

『――それでも、光はあるから』

 

 その言葉、紛れも無いあの子の言葉で、彼女はあの子だと思わせてきたのだから。

 アイとは違う、かなちゃんの演技。

 アイの様に一人で輝く演技は出来ない。

 けれどもアイとは違い、原作に、脚本にとって完璧な演技が出来る。

 それを彼女は、この場でやってのけた。

 これがどれ程凄い事なのか。

 アイには出来ない事をやった。

 これだけで、かなちゃんの偉業、いや――才能が如何に素晴らしいのか分かるだろう。

 アイに匹敵する才能がある元天才子役。

 彼女のこれからの活躍が益々楽しみになるドラマだった。

 ……だったんだけど。

 手元のスマホに目を向ける。

 画面にはチャットアプリが起動してあり、相手とのやり取りが表示されていた。

 

『B小町の二人目のメンバーが決まったよっ!』

 

 その文章の下に書かれている内容。

 

『有馬かなって子!』

 

 アイに匹敵する才能を持つ元天才子役の女優は、気付けば――アイに匹敵する才能を持つ元天才子役のアイドルになっていた。

 だが、まあこの連絡に対して、然程驚きは無かった。

 何故なら昨日、かなちゃんから連絡が来ていたから。

 少し前に久々の連絡をして以来、メッセージアプリで彼女との連絡はちょくちょく続いていた。

 その中で、アイドルにスカウトされたとの内容。

 詳しく聞けば、どうやらB小町のメンバーがまだルビー以外決まらない中で、アクアがかなちゃんの名前を挙げ、二人で勧誘に訪れたらしい。

 女優を続けたい気持ちも強いという彼女の思いを聞きつつ、俺から何か影響させる事は言わなかった。

 俺から言える事は何もない。

 ただただ、かなちゃんがやりたいと思う方に行けばいいよと伝えただけ。

 アイドルになったらなったで応援するし、かなちゃんならアイドルとしても十二分に活躍出来るに違いない。

 でもアイドルになったらアクアに勝てないという彼女に、アイドルとしてアクアの目を奪えればそれは勝ちじゃないかなって、伝えただけ。

 "今日あま"の最終回で見たかなちゃんの表情は、あそこにアクアがいたからこそ浮かべられたのだと思ったから。

 あの時のアイと全く同じ――恋に落ちた乙女の顔。

 昔にアイを真似して浮かべていたあの表情は、間違いなくアクアがいなければ浮かべられなかっただろうから。

 だから、何かを相談されても、俺から何かを促す事は無い。

 アクアに恋したかなちゃん。

 ルビーを含めた三角関係。

 そこに俺が手を貸せるのはせめて、その関係性が大きな爆弾となった時だけ。

 だから俺は、ただただ静観するだけ。

 ――おっさんは若い子たちが青春してるのを見るのが好きなんだから。

 せんせも大変だなあ。

 なんて、全く以て他人事な感想を抱く。

 でも、彼にも等身大のアクアとして、今この時を楽しんで生きてもらいたい。

 アイが死なない未来に変わったんだ。

 復讐の無いこの世界で、存分に青春してくれ。

 スマホの画面に映る、チャットアプリが更新されたのが見えた。

 

 

『カズヤ君っ! おにいちゃんが恋愛リアリティショー出ることになった!』

 

 

 せんせも大変だなあ、なんて全く以て他人事な感想を抱いた。

 

 

 

 

 今日も今日とて仕事。

 ではなく、かなり珍しいオフの日だった。

 相変わらず独居老人の様に家に籠っている、のではなく現在俺は、都心の街中にいる。

 それは何故か。

 俺一人で外出する? んな訳無い。

 俺一人なら、極力外出はしないだろう。

 では、どうして今日は外に出ているのか。

 それは俺の視界の奥から走り寄ってくる人物のせい……いや、お陰と言っておこう。

 

「おまたせっ」

 

 目の前に現れたのは、小柄な女性。

 腰辺りまでの黒寄りの紫髪。

 その上には目深に帽子を被っており、その下には色の濃い大きめのサングラス。

 けれども至近距離で顔を見れば、レンズの奥に――僅かに星形のシルエットが見えた。

 元天才アイドルの現天才女優。

 永遠の一番星、星野アイがそこにはいた。

 

「いや、俺も今来たとこ」

 

 そう答えれば、目の前の彼女がにへらと口元を歪める。

 小さな笑い声。

 

「……なんかデートっぽくていいねっ」

 

 それに対してどう答えれば良いのか分からず「行こうか」と告げれば、笑顔のままにその左手が俺の右手と交わった。

 完璧で究極な演技(ウソ)で自分を隠す彼女と、存在感を消して自分を隠す俺。

 全国的に有名な二人だが、それがバレる心配は皆無だった。

 今日、こうしてアイと外出している理由。

 

「んー、アクアには時計で、ルビーには……アクセサリーかコスメかなって思ってるんだけど、カズヤはどう思う?」

 

「いいんでね?」

 

 そう返せば、握られている右手に伝わる握力が強まる。

 怖くて横を向けない。

 だが、すぐにその力が弱まった。

 合わせて、横からため息が聴こえくる。

 

「全くカズヤは……」

 

 まるで駄目人間を見たかの様な声色を、ただただ受け入れるしかない俺。

 へーへー、どうせ俺は駄目人間ですよい。

 そんな感想を抱きつつ、助かったと内心で嘆息する。

 アイの言葉の通り、今日こうして二人で出かけているのは、アクアとルビー両名のプレゼントを買う為。

 理由は、彼らの高校入学祝い。

 カフェでアイとルビーの三人で会ったあの日、アクアとも面識がある旨はアイに伝えていた。

 先日、何らいつもと変わらずにアイとやり取りしていれば、偶然二人の休みが合うタイミングが発覚した。

 

 ――そういえばアクアとルビーの入学祝いを買おうと思うんだよね!

 

 ――おー、いってらー。

 

 ――ふーん。

 

 こうして、今日という日を迎えたのだった。

 "ふーん"にも勝てなかったよ……。

 とりあえず本日起床してからは、祈る様に一つの事を考え続けている。

 それは、何事も無く今日この日を終えられる事。

 そして今後の関係に支障を来さずに済んで欲しいという思い。

 振り返ってみれば、数少ないアイとの外出は全て、関係が拗れる切っ掛けになっていた気がしたから。

 いや、元を正せば全て俺が原因ではあるんだが、だからこそ無事に終わらせる事に注力していた。

 もうアイとの関係を拗らせて何かをする必要性は、今の所感じていない。

 まあ、アクアとルビーに対しての父親発表という特大の爆弾は残ってるけど……。

 

「それでっ、カズヤも二人に何か買うの?」

 

 その言葉に、顔を横に向ける。

 俺の目に映ったのは、こちらを見上げるアイの姿。

 笑顔である表情を携えるその顔は、俺の目から見ても二〇歳の頃と余り変わらない。

 永遠のアイドル。それが正しく彼女だった。

 やっぱ主人公格様はちげーなあ、なんて陳腐な感想だけが思い浮かんだ。

 彼女の言葉を胸中で反芻。

 二人へのプレゼント。

 昨晩、ネットで調べまくったが、使えない情報ばかりで結論が出なかった。

 やれ"高校生だから高価過ぎるのはNG"やら"日常使い出来る金額のプレゼント"など。

 時間の無駄だとしか思えない内容ばかりだった。

 だからこそ、アイに告げる。

 

「悩んでるから、アイと一緒に決められればと思ってさ」

 

 そう答えれば、彼女の頬が上気するのが見えた。

 右手に伝わる圧力が僅かに強まる。

 やがて、俯いてしまった。

 

「……うん、いっしょに選ぼっ」

 

 呟かれる様に放たれた言葉が、耳に届く。

 良かった。

 とりあえずアイに選んで貰える事が確定し、気持ちが楽になった。

 選べぬなら、選ばせようぞ、一番星。字余り。

 

「じゃあ、とりあえず時計から見に行くかー」

 

 未だに俯いてはいるがこちらから見える耳の赤さを目にしつつ、彼女を先導する様に歩みを進める。

 

「そういや、アクアとルビーに俺も買うなら、何が良いと思う?」

 

 歩きながら、自然に訊ねる。

 これで、アイから参考となるジャンルを絞り、そして商品も絞ってもらう予定。

 アイが漸く顔を上げる。

 こちらを見上げる頬には、まだ赤さが残っている様に見えた。

 

「カズヤからアクアとルビーだったら……」

 

 目線が明後日の方を向き、何か考え中だと判断。

 アイの事だ、きっとセンスが光る逸品を紹介してくれるに違いない。

 そして二人の母親だから、彼らが喜んでくれるものを選んでくれるに違いない。

 目的地に向かいつつアイを見ていれば、やがて視線が交錯した。

 

「んー……なら、アクアは野球のグローブで、ルビーは…………シューズとか?」

 

 アイから言われた言葉を、自分の中に落とし込む。

 んー。

 

「……グローブと、シューズ?」

 

 やはり処理しきれなかった。

 ここはホラ、指輪とかネックレスとかカバンとか、そんなん来ると思うじゃん!

 なにゆえグローブとシューズ。

 俺の言葉に、アイが笑顔を浮かべる。

 

「だって、やっぱりアクアはキャッチボールしたいだろうし、ルビーはもうすぐアイドルになるからレッスンで靴を履きつぶすと思うしっ」

 

 まるで力説するかの様なアイの言葉に、再び自分の中に落とし込む。

 ルビーはシューズ。

 それはアイドルになってかなり練習する様になれば、必然的に沢山靴を消耗する。

 だから必要。これは分かった。

 だが、アクア。

 グローブ――キャッチボールをしたいから。

 どゆこと?

 ……え、もしかしてこないだのあの連絡は、役者と野球で進路を迷ってたから相談してきたの?

 脳内に思い浮かべる。せんせが、アクアが野球で汗を流している姿。

 野球のユニフォームを着て、ボールを追って必死にグラウンドを駆ける彼の姿。

 

 ――声出して行こー!

 

 ――ナイピッチ!

 

 ――バッターびびってる! へいへいへい!

 

 ……イメージに合わねえ。

 でも、まあ、母親であるアイが言うんなら、もしかしたらそうなのかもしれない。

 俺よりもアクアに接している時間が圧倒的に多いんだ。

 アイが言うんなら、そうなんだろう。

 アイ様の言う事はー? ぜったい!

 

「んじゃ、そうしよっかな」

 

 てな訳で、無事にプレゼントの品目が確定した。

 やがて歩けば、目的の店。

 色んなアクセサリーや時計が並んでいる。

 ざっと見た感じ、値段はピンキリ。

 

「んー、アクアだからやっぱり青が良いかなぁ」

 

 でも金も捨てがたいっ、とショーケースを睨み付けながら一人唸るアイ。

 そんな後ろ姿を眺めつつ、周りを見ていると、とある衝動に駆られてくる。

 やっぱプレゼントは高くてナンボじゃね?

 そんな衝動。

 何か、高いプレゼントでも買わにゃ落ち着かん。

 そんな気持ちになってくる。

 でも、彼らのプレゼントは既にアイが指定した。

 ならばそれを覆す事など、出来よう筈も無い。

 故に。

 

「迷うなぁ……どっちの方が似合うんだろっ」

 

 ……ふーん。プレゼント、ね。

 未だに息子へのプレゼントに首を傾げるアイ。

 周りを見渡せば、すぐ後ろにジュエリーコーナー。

 ここならそんなに離れないから、気付かれる心配も無い。

 近くのショーケースを覗き込む。

 当たりだ。

 正に俺好みの価格帯。

 ショーケース越しに、女性の店員が話しかけてくる。

 プレゼントを、と声に出しそうになって慌てて噤む。

 危ない危ない、これは罠だった。

 危うく女性店員と話して、逆鱗に触れ掛けるとこだったのだ。

 ちゃんと俺も、成長しているのさ。

 あれに、お勧めの、高い、アクセサリー、ください。

 無言のジェスチャーに最初は訝しんでいた店員だったが、やがて合点いった様に頷く。

 そして俺から視線を外し、そして別のショーケースからブツを取り出した。

 それを俺の前に持ってきて、見せてくる。

 ……ふむ、値段も含めて悪くない。

 店員が選んだセンスを信用し、色だけ指さして選択。

 頷いた店員が、何やら紙に文字を書いて見せてくる。

 どうやら、名前を印字するか訊ねているらしい。

 僅かに逡巡、そして頷いた。

 問題無いと判断し、下の名前を教えて印字を依頼する。

 支払い方法を聞かれたのでカードを渡せば、一礼をしてからカウンターに下がり、こちらから見える位置で会計を済ませている。

 そして戻ってきて伝票とペンを渡されたので、指定箇所にサイン。

 ペンを含めて返せば、いつの間にかラッピングされていた小さな包みを渡される。

 それを上着のポケットに入れて、頭を下げれば相手も一礼してその場を去って行った。

 昔、指輪を買った時のおばちゃんズとはまた違う、けれども同じく良い店員に当たる事が出来たと満足し、踵を返す。

 

「よしっ、これにしよっ」

 

 同時に、正面から聴こえた声。

 こちらに振り返って、笑顔を向けてきた。

 

「どうっ? アクアにぴったりじゃないっ?」

 

 そう言って俺の腕を引っ張り、ショーケースに近付く。

 彼女の隣で選んだと思われる物を一緒に覗き込めば、確かにアクアに似合うかもしれないと思える時計だった。

 いいんでね? と伝えれば、笑顔で頷いてくれる。

 店員を呼んで会計を済ませ、今度はルビーのプレゼントを買いに向かう。

 そして俺がプレゼントをするそれぞれの商品を買い、気付けば夕方になっていた。

 隣を歩くアイが、こちらに笑顔を向ける。

 

「今日は楽しかったねっ」

 

 その言葉に、素直に頷く。

 俺の咄嗟の機転により、何事も無く全行程が終了した。

 帰宅ラッシュの時間だろう、多少薄暗くも眼前に映る駅は人でごった返していた。

 もう、あの頃の間抜けな俺ではないのだ。

 今日一日問題無し、そしてこれからの関係性にも何ら問題無しで終える事が出来て心底ホッとしている。

 

「次はいつ、休みあうかなぁ」

 

 まるで独り言の様に呟いたアイに、返せる言葉は持ち合わせていない。

 何故ならどちらも多忙。

 時間が空く事の方が稀な我々、そのどちらもが同じ日にオフになる確率はかなり低かったから。

 アイは帰って、子どもたちにご飯を作らなくてはならない。

 故に、ここまでだった。

 視界の奥に、タクシー乗り場が見えてくる。

 複数台が停車してあり、待つ事無く俺たちはそれぞれ乗れるだろう。

 ここで、アイとはお別れ。

 それで思い出した。

 危ない危ない、忘れるとこだった。

 足を止めれば、数歩前に出たアイが振り返り首を傾げる。

 

「カズヤ?」

 

 足を止めた二人に、道路を走る車のライトが影を作る。

 ポケットに突っ込んでいた右手を出せば、そこには目的の物。

 それを不思議そうに眺めるアイに、差し出した。

 

 

「…………えっ」

 

 

「ごめんな? この歳になって初めてプレゼントを渡す幼馴染で」

 

 

 左手で彼女の手を掴み掌を上に向けさせて、持っていたプレゼントを置く。

 アイの右手に乗った、俺からのプレゼント。

 彼女がそれを気に入るかは分からん。

 呆然と手元を見つめていたアイが、ゆっくりと俺の顔を見る。

 それに頷きを返せば、再び視線は手元に戻り、空いていた左手を静かに右手に近付ける。

 僅かに震えるその指で、ラッピングしていたリボンを解く。

 やがて、封を解かれたその小さな蓋が、彼女の手により上へと押し上げられた。

 そこに入っていたのは、小さな円形の物体。

 微かにらせん状の模様が二本、交差しているデザイン。

 程よくシンプル、そんなプラチナリングだった。

 五〇万。会計の金額が脳裏を掠めるが、直ぐに掻き消える。

 もう少し高くても良かったが、店員さんが選んだ一品だし、デザインも気に入ったからそれにした。

 同じデザインで色は金と銀があり、金の方が高かったが、ちょっとアイには合わないかもと思い銀色にした。

 だが、実際に気に入るかはアイ次第。

 もし気に入らなかったら次は金だな、なんて考えていると。

 

 

 アイが、俺の胸元に飛び込んできた。

 

 

 慌てて彼女の背中に手を回す事で、アイが転ばない様に押さえる。

 突然の行動に何事かと声をかけようと思ったが、やめた。

 彼女が震えているのが分かったから。

 こんな感覚、いつぞや以来か。

 そう思い、背中に回していた内の右手を離し、彼女の頭に乗せる。

 ……とりあえず、少なくとも気に入ってはもらえたみたいだ。

 この指輪、何かどこかで見たデザインな気もしたが、すぐに忘れる。

 今は、彼女への初プレゼントが成功した事を喜ぼう。

 高価なプレゼント欲が良い方向に発散出来た事を喜ぼう。

 そして何より、

 

 何事も無くアイとの外出を終えられた事を、喜ぼう。

 

 ゆっくりと、頭を撫で続ける。

 そういや今夜か、アクアが出る番組は。なんて考えながら。

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