"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第138話

「めっちゃ緊張するわー。皆、よろしくね!」

 

 それが映像に映った俺の第一声。

 "今からガチ恋始めます"。

 俺が現在参加している、恋愛リアリティショーのタイトル。

 鑑定の結果、"今日あま"でのターゲットだった鏑木勝也はシロだった。

 しかしその打ち上げで話しかけた際、顔立ちがどことなくアイに似ているとの事で打診された、恋愛リアリティショーの撮影を行っている。

 あの男のコネクションは計り知れない。

 このまま関われば、今まで以上に父親捜しに進展が見込めると判断し、あの男からの仕事を了承した。

 ……のだが。

 

 ――でぇ、うちの犬ぅ。

 

 ――うんうん。

 

 ――ほら、かわいくてぇ。みてみてぇ。

 

 ――うんうん、かわいいねぇ。

 

 

 だるぅ。

 

 

 若者特有の共感しあうだけの会話、キツぅ……。

 そんな思いに苛まれていた。

 なんで俺がこんな……。

 そう思いたくはなるが、何とか堪える。

 何故ならこの番組でもあの男に気に入られれば、次の仕事に繋がる可能性が高い。

 父親を捜し出す為にも、今の状況を手放す訳にはいかなかった。

 意識を切り替えて、この番組――"今ガチ"について考える。

 この番組の出演者は六名。

 ファッションモデル、鷲見(すみ)ゆき。

 ダンサー、熊野(くまの)ノブユキ。

 女優、黒川(くろかわ)あかね。

 ユーチューバー、MEMちょ。

 バンドマン、森本(もりもと)ケンゴ。

 そして、俺。

 この作品に台本は無い。

 だが、演出はある。

 ディレクターの話をアドバイスと取るか指示と取るか、それは人それぞれ。

 恋愛リアリティショーの歴史も既に二〇年程度が経つ。

 ある程度蓄積されたノウハウで、エンタメとしてリアリティを演出する。

 そう考えれば、昔カズヤ君が出演した番組はほぼ黎明期といっても差し支え無いだろう。

 彼が出た番組は、昨今の恋愛リアリティショーの演出から見れば異様。

 だが、実際に参加してみて分かる事。

 それは、あの頃の番組が今の主流と異なっていた訳では無い。

 カズヤ君が――余りにも異質過ぎたんだ。

 あの番組は再放送されており、昔観た事がある。

 その最中、何やら母さんと妹のスマホをタップする音がずっと大きかった記憶があるが、今はどうでもいい事。

 それを観て、実際に参加して。

 彼の存在が如何に可笑しいかが、漸く理解出来た。

 初回の放送が、カズヤ君を中心にメンバーを振り分けてディベートだなんて、後にも先にもあの番組だけ。

 そして回を追う毎に、彼がゲームメーカーとして番組を作り上げていた。

 端の方で本を読もうとしている彼に女の子たちが集まり、けれども他の男子たちを放っておく訳では無く、友達の様に接して、彼らも敵対する事無くカズヤ君を慕う。

 同じ女の子を好きな男の子同士が、どちらが相応しいか喧嘩をしていれば彼が仲裁に入り、後腐れなく甘酸っぱい青春を彼らに提供する。

 観ていた時から意味が分からなかったが、実際に経験すればその思いが深みを増した。

 今、俺らを撮っている様な定点カメラが無いあの番組で、果たしてどうすればあんなにも全員が、カメラなんて存在しないかの様な日常の風景を映し出せるのか。

 編集や演出を学んできた今なら分かる。

 あの番組が、意味が分からないと。

 出演者全員が何故、殆どカメラを意識しない表情で映れるのかと。

 それはあの場の支配者だった、カズヤ君が影響しているのは間違いない。

 そしてもう一つ。

 出演者たちにカメラを意識させず、それでいて重要なシーンでは最適な場所からそれを撮っている裏方の技術力の異常さに。

 あんなの、どう頑張っても撮れない。

 演者としても、裏方としても。

 表でも裏でも、この業界の中にある圧倒的な壁を感じた瞬間だった。

 

「私……もう"今ガチ"辞めたい」

 

 不意にそんな声が聴こえる。

 意識を外へと戻せば、今が撮影中なのだと思い出した。

 思いの外、考え込んでいたらしい。

 顔を向ければ、目に涙を浮かべる少女の姿。

 ファッションモデル、鷲見ゆき。

 黒髪で、揃えられた前髪では隠せない双眸から、零れ落ちそうな雫が見える。

 彼女の言葉に、他のメンバーが驚きの声を上げる。

 かく言う俺もまた、その一人だった。

 

 ――私、君にならキス出来るかも。

 

 その言葉の後に、カメラがこちらを撮っている事を俺に指摘した少女。

 ここはきっと使われるよ。そう言った彼女に抱いた印象。

 ……いい性格してるな。

 それに尽きた。

 帰った後に妹から「多分この子は純粋で良い子だよっ!」との彼女の評価を聞き、ルビーには既にカズヤ君がいて心から良かったと思ったのが記憶に新しい。

 ともかく、そんな彼女がこの番組を降りたいと言ったんだ。

 にわかには信じられなかった。

 

「始めるまで全然分かってなかった。大勢の人に注目されるって、良い事ばかりじゃない……」

 

 鷲見の言葉は悲し気で。

 

「メムも自分のチャンネルでバカやってるからぁ……分かる……」

 

 賛同する様に声を上げた少女へと顔を向ける。

 ユーチューバー、MEMちょ。

 プリンヘアとでも言うんだろうか頭頂部が黒で、それ以下が全て金髪の少女。

 肩口辺りまでの後ろ髪は外に跳ねており、多少前髪がかかるその目を僅かに伏せていた。

 

「皆、私の事バカだと思って……まぁ、実際バカなんだけどぉ」

 

 その姿は、今まで見てきたあざとくも活発な印象からは想像が付かず、見ているこちらに寂し気な印象を持たせる。

 彼女も彼女で意外と悩みがあるんだな、そう思ってしまった。

 そんな思いを抱きながら彼女を眺めていると、不意に声が聴こえる。

 

「……ほ……本当に辞めちゃうの?」

 

 それは辛うじて聴こえる程度の声量。

 だからだろうか、

 

 

「俺がいつでも話、聞くからさ! ゆきが辞めるなら、俺もやめるからな!」

 

 

 力強い男の声に、簡単に搔き消されてしまった。

 黒髪の男が、言葉と同時に鷲見へと歩み寄る。

 ダンサー、熊野ノブユキ。

 彼の言葉は鷲見を想っての言葉だと、如実に感じ取れた。

 でなければこんなにも、湿気った空気を反転させる様な声色で告げられないだろう。

 鷲見が、熊野に目を向ける。

 

「ノブくん……」

 

 未だに涙を抱えつつ、呆然と彼の名前を呼んだ。

 そんな彼女に、熊野は再び語り掛ける。

 

「そんな事言わないで、続けようぜ!」

 

 またしても力強いその言葉を、鷲見はただ見つめる。

 そして静かに、口を開いた。

 やがてカットがかかり、収録が終わる。

 

 

 翌週の撮影。

 

「見て見て! 記事になってる! 私、ちょっとは視聴者獲得に貢献出来たかな?」

 

 スマホを見ながら嬉し気に話す少女に「そーだな」と返す。

 

「で……番組、辞めるの?」

 

 続け様に問い掛けたのは、女優の黒川あかね。

 その表情は陰っており、如何にも心配といった様相だった。

 対して、問い掛けられた少女、鷲見は笑顔のまま。

 

「えー、辞めれないでしょ。契約残ってるのに」

 

 あっけらかんと話す彼女に、黒川は驚きといった表情を浮かべる。

 

「えっ、じゃあ演技って事?」

 

 そう。

 鷲見は、自分を映してもらう為に、展開を提供した。

 

「いやいや……黒川さんみたく女優じゃないし、私に演技なんて出来ないよ」

 

 彼女は続ける。

 

「ちょっと自分の気持ちを膨らませて話してるだけ。学校でイジられて悲しかったのはホントだし、辞めたいって思った事もホント」

 

 口に手を当てながら「だって収録朝一でやるんだもん。あたし眠くて眠くて……」と呑気に欠伸をしていた。

 彼女が辞める気が無いという事は、先週の段階で理解していた。

 最初は勿論、脈略の無い言葉に驚いた。

 だが、カメラを位置を確認して、これが鷲見の仕掛けた演出なのだと理解。

 カメラを把握している彼女ならば、あのタイミングが最善だと思い告げたんだろう。

 そこからは熊野の言葉も含めて、ただ見ているだけだった。

 鷲見の言葉に苦笑しているメム、必死でメモをしてる黒川を視界に捉えながら考察する。

 しばらく番組を一緒にして打ち解けてくると、各々のキャラクターが見えてきた。

 上手い奴、裏表無いけど味がある奴――そして、番組映えが悪くて出番が少ない奴。

 飯行こうと誘ってくる熊野をやり過ごしつつ、改めて思う。

 カズヤ君の凄さを。

 彼がやった事は、まるで意味が分からない。

 こんな面々を一体、どうやって纏めたのか。

 そして彼が出た番組はこの人数だけでなく、更にもう二人の出演者が居た。

 そんなの、纏められる訳が無い。

 決して分析すら出来ない彼の異質さ。

 けれど、納得は出来ていた。

 ……あれが、カズヤ君なんだ。

 その言葉だけで、納得してしまう。

 幼少の頃からある種の異質さを持っていた彼の事だ。

 凡庸な俺には到底理解出来ないものがあるんだろう。

 それがもしかしたら、"カリスマ"と言うのかもしれない。

 ――愛してますよ。

 それはさりなちゃんが亡くなった日に、カズヤ君の口から出た言葉。

 俺が問い掛けた「さりなちゃんを愛しているか?」に対する即答。

 反対に、訊かれた内容に俺は何と答えたんだったか。

 ――どんな形であれ……さりなちゃんの事を見届けてあげたいな。

 さりなちゃんに対して即答した彼と、濁した俺。

 この差がきっと、俺とカズヤ君の差なのかもしれない。

 ……遠くて、大きい。

 それは果たして嫉妬なのか羨望なのか、尊敬なのかは分からない。

 アイ(母さん)とはまた違く、遠くにありながらも大きな光を放つ存在。

 決して、アイの様な圧倒的な輝きを感じる訳じゃない。

 けれども、いつでもどこからでも目に入ってしまう遠くの輝き。

 近くにある様で遠い、一番星。

 カズヤ君もまた、アイとは違う、一番星だった。

 それはまるで、近くの輝きを遠くから見守っている様で。

 

 

「おらぁ、特上盛り合わせじゃーいッ! 思う存分食えや餓鬼共ッ!」

 

 

 焼肉というワードにつられた俺は、帰宅してから妹に小言を言われるのだった。

 脂っこいの無限に食っても胃が全然もたれない、この若い身体は最高だったとだけ言っておく。

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