"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第139話

「アクたんはいいのぉ?」

 

 そんな声が隣から聴こえる。

 顔を向ければ、黒と金のプリンヘアが目に入った。

 その視線は正面を向いており、その先にあるスマホを捉えていた。

 

「ゆき争奪戦に参加しなくって」

 

 続けられた彼女の言葉に、声を掛けられた意図を理解する。

 現在は収録が終わり、帰りのロケバスに乗っている。

 今日は夜まで撮影があり、薄暗い車内は疲れ果てて寝ている人間が多かった。

 彼女、メムの言葉を自分の考えに当て嵌める。

 

「売れたいなら私より、あっちに絡むのが正解だと思うよぉ」

 

 その言葉を更に加えて、自分の考えを彼女に述べた。

 

「俺はいい。番組が終わるまで安全圏でやり過ごす」

 

 特に恋愛をする気も無い、ボーダーライン以上の評価を得られる動きだけをすればいいのだから。

 よって、余計に目立つ必要性は無かった。

 ゆきが言い放った、この番組を降りたいという展開。

 それを期に、彼女を引き止める動きを見せたノブユキと、当事者であるゆきのカップリングが番組の中心になった。

 そこに嫉妬心を見せるケンゴ。これで、ゆきを巡る三角関係が成立。

 この展開により、今まで目立った動きは何も無く番組映えが悪くて出番が少ない奴と判断していたバンドマン、森本ケンゴが放送に乗る機会が一気に増えた。

 だが、この番組の中心は既に確定している。

 鷲見ゆき。

 ゆきというゲームメーカーが機能し、その小悪魔っぷりが番組を盛り上げ、中高生を中心に人気を獲得していく事となる。

 彼女を中心として、放送が進んでいた。

 だが、その渦中に今更飛び込んだとて、何の旨みも無い。

 既にゆきを巡る三角関係が、この番組の中心として人気を確立しているんだ。

 これ以上、他の男が入るのは蛇足でしかなかった。

 ならば、男じゃなかったら。

 

「野心がないなぁ」

 

 声を掛けてきた相手に、こちらも返す。

 

「そっちはどうなんだ? いっちょ噛みしに行かないのか?」

 

 女ならば、そこに飛び込んでも、上手くいけば良い起爆剤となる。

 故に、ゆきと同じくこの番組で上手くやっているこいつなら、それも可能だと思い訊ねてみた。

 もう一人の女性出演者、黒川あかねにはそんな役目、期待出来る筈も無かったから。

 視界に映る彼女は、スマホから目を離さない。

 表情も変えずに、口を開いた。

 

「私はこのまま、おバカ系癒し枠キープ出来ればそれでいいかなぁ」

 

 その言葉に、何ら嘘は感じなかった。

 しかし反対に、それが本心なのかも分からなかった。

 確かに、おバカ系といったジャンルは、俺たちの年齢を考えればまだ数年程度の期間は旬だと言えるだろう。

 だがそれ以上の年齢となった際、旬を過ぎたらならば、彼女は一体どうするのかとも思ってしまった。

 しかし考えてみれば、彼女はユーチューバー。

 芸能界とは違う立ち位置にいるんだ、この業界に当て嵌めて考えるのがそもそも畑違いなのかもしれない。

 そう考えて、思考を区切った。

 不意に、スマホから目を離した彼女がこちらを向く。

 

「自分のチャンネルにお客の導線引くのが目的だし」

 

 その言葉に納得。

 俺たちみたいに、この番組で爪痕を残し次に繋げる必要は無いのか。

 既に自分の領土があり、この様な番組に出て僅かでも世間に顔を売り新規の領民を獲得出来れば、彼女の本業としては大成功なんだろう。

 こちらとはまた違う考えに、時代が変わったもんだと変に関心させられた。

 そう思っていると、メムが笑顔を浮かべる。

 それはどこか、猫の様な印象をこちらに与えた。

 

 

「アクたんが、マジでアプローチしてくるなら話は別だけど」

 

 

「あまり期待するなよ」

 

 そう告げて、顔を逸らし目を瞑った。

 全く、そんな揶揄いは他の奴にしてやれと思わずにはいられない。

 だが、暫し考える。

 ユーチューバー、か。

 思い浮かぶのは妹の顔。

 うちの事務所にもユーチューバーやティックトッカーといった、配信者やインフルエンサーが多く所属している。

 そこから考えれば、やはり時代はそういったネット中心でもあるんだろう。

 そして多くのアイドルもユーチューブ等で投稿や配信をしている現在。

 もしかしたら妹も、新生"B小町"もまた動画配信を行うのかもしれない。

 目を開けて、目線だけを横に向ける。

 映っているのは、再びスマホに目を落としているメムの姿。

 ならばその界隈で有名なこの女と仲良くしておいた方が、得かもしれない。

 ――俺が推してやるよ。

 あの時、病室で彼女に言ったこの言葉に、嘘は無い。

 ならばこれも推し活の一環だ。

 

「なあ、ユーチューバーってどんな所が大変なんだ?」

 

 そう告げれば、彼女の顔がこちらに向く。

 表情は僅かに驚きを孕んでいた。

 

「ありゃ、アクたんもしかしてそっちにも興味あるカンジぃ?」

 

 妹の事を頭に浮かべて頷けば、どこか偉そうな表情を浮かべながら、メムは口を開いた。

 彼女の言葉に俺が質問し、またキャッチボールが続く。

 この番組で、メムと恋愛関係になる必要も、そうだと思わせる必要も無い。

 だが、俺が関り放送には乗せてやる。

 このまま彼女との関りを絶つのは勿体ない。

 故に、関係値を構築する。

 

 

 

 

 番組もそろそろ終盤に差し掛かる。

 視線の先ではスマホの前で、両手を頬の前に立てた謎のポーズをしているメムとケンゴ。

 

「何してんの?」

 

 つい、そう問い掛ければ撮り終えたのかポーズをやめたメムが返してくる。

 

「番組公式のツイッターとかティックトックとかあるでしょー。それにアップする動画撮ってたぁー」

 

「ふぅん」

 

 彼女の言葉に何ら関心無くそう返せば、メムは言葉を続ける。

 

「結構登録者増えてさ」

 

 ウインクしながら、小さく舌を出しつつ左手でピースをした。

 

「まぁ、私にかかればこんなもんだよぉ!」

 

 そんな姿をただただ見やる。

 

「そういえばメムは元々ティックトッカーだっけ」

 

 何も返す事が無かった俺を補うかの様に、ケンゴが話しかけた。

 メムが頷く。

 

「そそ。当時は広告収入も投げ銭もなかったからユーチューバーに転身したんだけどさ」

 

 彼女の顔が、こちらに向いた。

 

「アクたんも何かアップしなよ。アカウントのパス貰ってるでしょ?」

 

 そんな問い掛けに、何も考えず口を開いた。

 

「俺はそういう若い……」

 

 だが、途中で思い留まる。

 メムとの関係構築。

 それを思い出したから。

 

「……アクたん?」

 

 不審に思ったのか、首を傾げながら覗き込んでくる彼女に軽く横に首を振った。

 

「――いや、良く分かんないから……良ければ教えてくれないか?」

 

 そう告げれば、メムは態勢をそのままにこちらを見つめる。

 やがて、笑顔を浮かべた。

 

「いいよぉっ。先輩としてバズり方教えてあげるねぇ!」

 

 いや、別にバズらなくていいんだが。

 とは言えずに、スマホを出してメムに見せる。

 

「じゃあアカウントにログインしてから、アップする素材撮ろっかぁ」

 

 彼女に教えられながら、スマホを操作していく。

 その間に視線のみで周りを見渡せば、遠くに出演者三人の姿。

 ゆき、ノブユキ、そして――あかね。

 意外なメンバーになったもんだ、なんて感想を抱く。

 

「後は素材だけどぉ……最初だから多くの人に向けてで、三人で撮ってみよ?」

 

 その声に、目線を戻す。

 そこにはケンゴに手招きするメムの姿。

 

「どんなポーズで撮んの?」

 

 メムに誘われて近寄ってきたケンゴが、そう訊ねる。

 ポーズ。

 先程見た二人の謎のポーズが頭に浮かび、微かに顔が引きつるのを感じた。

 あんなの、罰ゲームじゃないのか……?

 そうは思うが、この二人に聞ける訳も無い。

 ケンゴからの質問に、立てた人差し指を口角に当てながら考え込んでいるメム。

 頼むから、少しでもマシなポーズを思い付いてくれ。

 そんな祈りを内心に留めつつ、彼女の結論を待つ。

 やがて表情を変えたメムが口を開く。

 そして俺は無事に、二人の力を借りながら投稿したのだった。

 何を撮ったのか、それは一生俺の目に映らないのだから、思い出す必要も無い。

 

 

 時間が経ち、収録は順調に進んでいる。

 取れ高は主にゆき、ノブユキ、ケンゴの三角関係。

 そしてそこに、あかねが割り込む様な動きが中心だった。

 

「あかねちゃん攻めてるねー」

 

 そう話すのは、俺の隣にいるメム。

 ちょくちょくと二人で話したりと場面は作っているので、こちらの取れ高としても問題は無い。

 彼女の言葉に、内心で頷く。

 確かに、あかねは最近の収録から、徐々に前面に出る様になってきた。

 そして今回は、顕著としてそれが見えた。

 彼女の中で、どんな心境の変化があったのかは分からない。

 自己決定なのか、はたまた外的要因なのか。

 しかし目立とうとするその姿はどこか空回りをしている様にも思えて。

 

「まあ、やっぱ結果を残したいんだろ」

 

 けれども、俺が何かする事は無い。

 俺と、ついでにメムの取れ高は毎度、最低限は回収している。

 故にこれ以上、俺が映る必要は無かった。

 更に言えば、向こうが四角関係となってくれたお陰で、特に恋愛模様は無いが、俺とメムが二人で映るシーンが落ち着くという固定のファンが付いたのは僥倖だった。

 それにより放送には毎回、俺らのシーンも入れなければならなくなったのだから。

 だから、あかねには密かに感謝していた。

 大した労力を払わずに、俺たちのコンテンツを確立してくれた事に。

 

「でね……」

 

 遠くで、あかねがケンゴと話している。

 どうかこのまま、そっちはそっちでコンテンツを確立し続けてくれ。

 

「ケン!」

 

 そこに、ゆきがケンゴへと話しかけるのが見えた。

 

「ラブラドール好きって言ってたよね! あっちにでっかいラブラドール居た!」

 

 ケンゴの背後から肩に触れつつ笑顔で告げれば「えっ、マジ!?」と、嬉しそうにケンゴが返した。

 あわ良くば、このまま何事も無く番組が終わってくれれば良いと願った。

 そうすれば最低限以上の成果を出した俺を、鏑木はまた使うだろうから。

 

「行こうっ!」

 

 そう言って、すみはケンゴを引っ張る様に、腕に抱き付いて自分の方へと寄せる。

 あかねの空回りがこれ以上悪化しなければ、何事も無く終われる筈。

 

 

「やめてよッ!」

 

 

 強い声が、廊下に響き渡る。

 横薙ぎに振られた腕。

 腹の底から出されたその声が、誰の物なのかは容易に思い浮かんだ。

 

「そうやって男に簡単に引っ付いて」

 

 そう続けた人物は、目を閉じている。

 

「やり口に品がな――」

 

 ここで、目を開いた。

 

 

「――いったん撮影止めますッ!」

 

 

 叫ぶ様に告げられたその声は、スタッフの誰か。

 それに反応するかの様に、複数のスタッフが彼女へと駆け寄る。

 スタイリストがガーゼを頬に当てて、そこに流れ出る物を堰き止めていた。

 様々な声が聴こえる。

 それは囁きであり、野次馬の様な言葉。

 

「明日、雑誌の撮影なんだろ?」

 

 誰の言葉かは分からない。

 ……さて、どうなる事やら。

 俺の横にいる少女が、どんな表情をしているかは皆目見当も付かない。

 空回りが悪化しなければ良いが。

 その願いは、儚く砕け散った。

 ただただ、目の前の光景を眺める。

 

 

 鷲見ゆきの頬を傷付けた、黒川あかねの未来を想像しながら。

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