"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第140話

 黒川あかねが番組出演を見送った。

 それは、仕方の無い事だった。

 ――ゆきに手を上げてしまったあかねは……。

 そんな次回予告で終えた、前回の放送。

 つまり、あの一件を制作陣は採用したのだ。

 だが実際は、あの件には続きがある。

 あかねが振った腕は、その指先がゆきの頬を掠めて、彼女のに一筋の傷を作ってしまった。

 スタッフの声によりカメラが止まる。

 その後、自身のしでかした事を理解したあかねが、涙を流し身体を震わせながら口許に両手を翳す。

 

 ――わた……そんなつも…………ちが……。

 

 まるで目の前の現実を拒む様な、それでいて自己弁論の様な譫言を繰り返している。

 そこに、

 

 ――あかね!

 

 声を掛けて、駆け寄ったのがゆきだった。

 視野狭窄で呆然自失といった様相のあかねを、正面から思い切り抱きしめる。

 目を見開き、されるがままのあかね。

 

 ――大丈夫だからっ、落ち着いて!

 

 まるで諭す様な口調で、ゆきはあかねに語り続ける。

 

 ――分かってる……焦っちゃったんだよね……知ってるよ、あかねが努力家なの。

 

 徐々にトーンを下げる声色。

 あかねに反応は無い。

 独り言の様に、ゆきは話を続けた。

 

 ――皆の期待に応えようとして、ちょっと向いてない事しようとして……なんか分からなくなったんでしょ?

 

 その言葉で漸く届いたのか、やや間を空けて、あかねが小さく頷いた。

 ゆきが静かに身体を離せば、あかねが左手を上げて自身の涙を拭う。

 そして、小さく溢した。

 

 ――ごめ……顔…………雑誌撮影も、あるのに……。

 

 あかねから告げられた謝罪に、ゆきは笑顔を浮かべた。

 明るい表情で彼女に返す。

 

 ――大丈夫、こんなのフォトショで簡単に消せるから!

 

 仕事には影響ないよ!

 その言葉に、嘘は見受けられなかった。

 感じられたのは、偽りの無い自信だけ。

 ゆきはそこで、一拍空ける。

 

 ――あかねは、私の事嫌い?

 

 彼女の言葉に、あかねの目から再び涙が溢れた。

 止まらない涙を拭い続けながら、目を瞑っているあかねは言った。

 

 

 ――嫌いじゃない……強くて、優しくて……好き…………。

 

 

 その言葉を、ゆきは笑顔で受け止める。

 

 ――私も努力家で一生懸命なあかねの事、好き。

 

 だから怒らないよ。

 ほんと?

 ゆきが再びあかねを抱きしめ、そんなやり取りがあった。

 それが、この一件の顛末。

 問題はあった。だが円満に終わった。

 雨降って地固まるではないが、両者の間に軋轢は決して無かった。

 

 筈だった。

 それは現場だけの話。

 放送に乗ったのは、あかねがゆきを傷付けたという結末のみ。

 何せカメラを止めてたんだ、その後の顛末を映せる訳が無い。

 だが、これを仕方ないと片付けてしまって良いのか。

 それだけが甚だ疑問だった。

 

「あかね、大丈夫かな……?」

 

 黒川あかねは不在。

 けれども続いている収録の中、隣に居るメムがそんな言葉を漏らした。

 ゆきと同じくあかねに気を配っていた彼女の事だ、当然心配なんだろう。

 まあ、なるようになるんだろう。

 そう口に出し掛けたが、済んでの所で止まった。

 それは、あの一件が放送されてからの、SNSで数多存在する様になった内容を思い出したから。

 黒川あかねに対するバッシング。

 非難轟々、誹謗中傷。

 今まで然程目立たなかった彼女が、今回の放送で日の目を浴びた。

 いや、想定しない形で、浴びさせられた。

 炎上。

 それが正に、今のあかねを示す上で間違いの無い言葉。

 それも、特大と呼んで何ら過言では無い程に大きく燃え上がった。

 日を置いても鎮まる事の無いその炎は黒川あかね、たった一人の人間だけに向き続ける。

 だからこそ、先程のメムの発言だったんだろう。

 今のあかねが大丈夫かどうか。

 それは全く分からない。

 けれども、

 

「大丈夫かは分からないけど、大丈夫だと思うしかないな」

 

 そう伝えるにとどめた。

 最悪。そんな事態だけは起きないでくれと思うしかない。

 横目でメムの姿を捉えれば、正面にいる他の三人を見つめながらも、幾分か沈んだ表情に見えた。

 それを見据えながら、つい考える。

 だからだろうか。

 

 ……お前は、おバカ系癒し枠なんだろ?

 

「心配なら、収録終わったら会いに行ってみたらどうだ?」

 

 そんな顔してたら、せっかく確立した俺たちのコンテンツが台無しになるから。

 妹の為にも、お前の人気を陰らせる事は許されないんだから。

 関係値を構築して、新生B小町がもし動画投稿や配信をするとなったら、彼女の持つ力を貸して貰える様にする為。

 メムが、驚きを含んだ表情でこちらを見る。

 

「アクたん……」

 

 だからお前の、

 

「気ぃ使うなんて、らしくないよぉ?」

 

 おバカ系癒し枠以外の顔を、カメラに映す訳にはいかない。

 雰囲気が変わり、まるで猫の様な印象で言葉を返すメムから、顔を逸らす。

 とりあえず、馬鹿を演じる顔には戻ったか。

 そう考えて再び正面の三人を見る。

 炎上、それが果たして黒川あかねに、どの様な影響を与えるのかは分からない。

 そう考えて再び正面の三人を見る。

 台本が無いのに、演じているあいつらも、あかねの帰りを待っているんだろう。

 恋愛リアリティショーは世界各国で人気のコンテンツ。

 だが、これに合わせて五〇近くの自殺者を出している番組。

 逆に言えば、その約五〇人以外の人間は死ななかった。

 けれど、その中には少なくとも自殺者以上の人数が、死のうと思う程に追い込まれたという、事実もある。

 リアリティのあるショー、それが如何に美しくとも残酷な表現なのか、分からない人の方が圧倒的に多いだろう。

 リアルだから共感する、リアルだから応援する、リアルだから――熱くなる。

 だからこそ、リアルだから人格を否定する、リアルだから貶す、リアルだから――現実として嫌いになる。

 それが恋愛リアリティショー、それを観る人の本音だ。

 出演者の気持ちなんか考えず、一方的に自分の我を押し付ける。

 まあ芸能人とは、言ってしまえばそんな物。

 それに加えて制作陣の意図も、演者を慮らない事だってある。

 芸能人とは、言ってしまえばそんな物。

 だからこそ、黒川あかねがどの様な判断をするのか、少しは興味があった。

 そして、その判断次第では――今抱いているこの小さな感情の正体も分かるのだろう。

 

 

 収録が終わり、近くにスタッフがいない中、出演者五名が集まっていた。

 

「とりあえず、あかねに連絡しよっか」

 

 そう告げたのは、ゆき。

 

「オッケー、グルチャで良いよな?」

 

 彼女の言葉に乗ったノブユキが、そう言って全員を見渡す。

 

「皆で会話してれば気も紛れるだろうし」とはケンゴ。

 

「とりあえず、私はあかねの家に行ってみるよぉ」

 

 そうメムが言えば、ゆきが彼女に目を合わせる。

 

「私も行こっか?」

 

 帯同を申し出る言葉。

 それを受けてメムは、首を横に振る。

 柔らかい表情を浮かべながら、ゆきに返した。

 

「明日、朝から雑誌の撮影でしょ?」

 

 一人で大丈夫だよ、そう答えたメムを、ゆきは暫く見つめた。

 だが、やがて小さく息を吐く。

 

「ごめんね、じゃあよろしく」

 

 その言葉を聞いたメムは笑顔で頷く。

 

「でも、外すげー雨降ってっけど、大丈夫?」

 

 ノブユキの言葉に顔を窓へと向ければ、今日も遅くまでの収録で既に夜の帳が降りた景色だったが、そこで見える光景は正に暴風雨といった様相。

 そう言えば台風が近付いているんだったか、そんな事を思い出した。

 間髪入れずにメムの声が聴こえる。

 

「大丈夫だよぉ、タクシー使うしねっ」

 

 顔を戻せば、スマホの画面を俺たちに向けるメムの姿。

 そこにはタクシー配送アプリの画面が映っていた。

 それを見ながら、僅かに逡巡。

 

「ま、それなら大丈夫か」

 

 納得した様なノブユキの言葉を背に、皆から離れて廊下へと出る。

 そのまま隣の教室へと進めば、何やら作業をしているスタッフたち。

 恐らくは撤収作業をしているのだろうが、終わるにはもう少し時間が掛かりそうだと判断。

 目的の物を見つけ、近付いてそれを持ち上げる。

 

「これ、ちょっと借りてもいいですか?」

 

 手に持った物を見せながら訊ねれば「あ、どうぞ。もし傘持ってきてなかったら、帰りも使ってもらって大丈夫なんで」と了承を得、頭を下げてから五人の居る教室へと戻った。

 再び彼らの許に戻れば、こちらに気付いたメムが首を傾げる。

 

「あっ、アクたん急にどうしたのぉ?」

 

 その声に反応した他の面々から視線を感じつつ、手に持った物を彼女の前に差し出す。

 レインコート。

 

「傘も使えないだろうし、とりあえずコレ持ってったら?」

 

 恐らくは撮影スタッフ用なんだろう。

 真っ黒なレインコートを彼女の手に載せる。

 受け取ったそれを、メムは見ていた。

 

「ふーん、やるじゃん」

 

 不意に聴こえた声に目線を向ければ、そこにはにやりと笑ったゆきの姿。

 何の事やら。

 彼女に特段返す事無く待っていれば、メムに礼を言われた。

 タクシーが来たと小走りで去った姿を見やってから、スマホを取り出す。

 ロック画面には、通知が入っていた。

 ここにいる面々、そして今し方出ていったメム――そしてあかね。

 この六人のグループチャットの通知だった。

 アプリを開いて中身を確認すれば、彼らが既に送っていたチャットが目に入る。

 それぞれが何気無い会話、そしてあかねを気遣う様な内容を送っている。

 まあ文章だけを見る感じ、気遣っているのはノブユキとメムくらいだが。

 

 ――あかね大丈夫? ちゃんとメシくってる?

 ――みんな心配してるよー。

 

 だが、他の二人も直接は気遣う言葉を使わないだけで、日常的な雑談であかねの気を紛らわせる様にしているのは分かった。

 スタッフから声が掛かり、全員で移動しロケバスに乗り込む。

 帰りの道中もチャットは更新され続けた。

 偶に俺も参加する様に送ってはいたが、あかねからのチャットは一切無かった。

 だが雨の中も順調に、目的地へと向かっていた頃。

 やり取りに参加していなかった人間から、チャットが打ち込まれた。

 

 ――ご飯、買ってくるね。

 

 それを見たからだろうか、後ろの座席から「おいおい」という声が耳に届く。

 その人物のアカウント名が、スマホ画面に表示された。

 

 ――いくなw 台風来てんやぞw。

 

 言い方は違えど、思う事はノブユキと同じだった。

 部屋に籠りっぱなしなのは良くないが、それでもこの天候で態々外に出る意味は無い。

 こんな時くらい、有馬を見習ってウーバーでも使えばいいものを……。

 そう思わずにはいられなかった。

 何より、メムと入れ違いになるかもしれなかったから。

 あいつ、タイミング悪いな。

 恐らく後少しで着くであろう彼女に対して、そんな感想を抱いた。

 そこからまた三〇分程度車は進み、目的地で出演者全員が降りる。

 スタッフが乗ったロケバスは、元ある場所へと帰宅していった。

 止まない暴風雨は強まるばかり。

 傘は使えないと、全員レインコートを借りて着用。

 

「あーあ、濡れるしサイアク」

 

 そんなゆきの愚痴を耳にしていると、不意にポケットから振動を感じた。

 そこから取り出したのはスマホであり、画面を見ると、見知った人物の名前。

 チャットではなく、着信だった。

 画面をタップし、スマホを耳に寄せる。

 

 

『アクたん! あかねが外に出てから全然戻って来ないって……!』

 

 

 緊迫を多分に含んだその声に――帰ろうとしていた三人を、手を上げる事で呼び止めた。

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