"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第141話

 

「どったの?」

 

 こちらに近付きながら掛けられた声。

 人差し指を口の前に持ってくる動作でそれを黙らせ、電話口に向けて言葉を返す。

 

「それは誰から聞いた?」

 

 訊ねれば、すぐに返事がきた。

 

『えっとっ……あかねのお母さんが、そう言ってた』

 

 すごい心配してて、と声を漏らしたメム。

 思考が徐々に、現状を把握していく。

 メムの声は他の雑音が混じり、聞き取り辛い。

 激しく水が流れる音、そして風が吹き荒れる音。

 つまり、室内ではなく外にいるという事。

 ならば彼女もこれから、あかねを探しに行くのかもしれない。

 だが、この状況下で外を出歩かせても、体力的にそれ程持たないだろう。

 だったら。

 スマホの送話部を掌で覆い、耳から少し離す。

 ただただこちらを見ている三人に口を開いた。

 

「あかねが、飯を買いに行ってから行方不明らしい」

 

 俺の言葉に、揃って目を見開いた。

 

「えっ……」

 

 微かに声を漏らしたゆきは、力が抜けた様に崩れ落ちる。

 

「ゆきッ!」

 

 それをノブユキが抱き寄せる事で、何とか抑えていた。

 だが、彼女を気遣っている時間は無い。

 

「……で、どうする?」

 

 やや間があってから、ケンゴがそう口を開いた。

 彼の言葉に考える。

 今、俺たちがすべき事。

 この天候、そしていつ帰ってくるか分からないあかね。

 思考を回転させ、今出来得る最善策を模索。

 スマホを再び、耳に寄せた。

 

「メム、あかねん()の住所送ってくれ」

 

 俺の言葉に、メムはすぐに返す。

 

『えっ、い、いいけど……それで、どうするの?』

 

 彼女の質問に、答える。

 

「これから役割を分けて探そう」

 

 メムだけではなく、目の前の三人にも告げる。

 

 

「男たちはそれぞれで、可能性のあるルートを捜索。メムとゆきは、あかねが帰ってくる可能性も考慮して、あかねん家で待機」

 

 

 目線を向ければ、驚きながらもノブユキとケンゴが頷いた。

 ゆきは未だにノブユキに支えられつつも、俯いており表情は分からない。

 一々、伝言するのが面倒だ。

 スマホを離して画面をタップし、スピーカーモードにする。

 同時に、電話口から声が聴こえた。

 

『で、でも、それだとアクたんたちだけが危ないよ! 私も一緒に探す!』

 

 その声に、間髪入れずに返す。

 

「こんな天候なんだ、体力ある奴が外を周るのが最善手だ。下手にお前も外を出歩いて行方不明、なんて二次災害が起こっても迷惑だ」

 

『……で、でもっ』

 

 電話口から聴こえる渋りに、いい加減鬱陶しさを覚える。

 

「とりあえずお前は、俺にあかねん家の住所を送れ。ゆきを今からそっちに向かわせるから、合流したら家の中って待ってろ」

 

 俺の言葉に、やや間をおいてから「分かった」という返事。

 やっとか。

 通話を切り、彼らを見る。

 ノブユキに支えられながら、未だに俯いているゆき。

 正直、何の戦力にもならない彼女は、このまま帰らせても良かった。

 だがその後に勝手な行動をされては迷惑だと思い、あかねの家でメムに面倒を見て貰う事にした。

 スマホに通知が届き画面を見ると、そこにはメムからの連絡。

 言伝通り、あかねの家の住所がそこには書かれていた。

 地図アプリを開き、メムから届いた住所を入れる。

 表示されたマップを拡大して、候補を絞り込む。

 ――ご飯、買ってくるね。

 あいつは、グループチャットにそう書きこんだ。

 真面目な性格故、その言葉が嘘という可能性は低い。

 仮に誤魔化すならば、あかねの性格を考えればもっと抽象的な言い回しをした筈。

 ならば、飯が売っている場所が目的地だろう。

 再びグループチャットを開く。

 あかねがチャットに書き込んだ時間は二二時二九分。

 改めて地図アプリを開き直し、確認すれば近所にその時間やっているスーパーは無い。

 近場でその時間も営業を続けているのは、コンビニだけ。

 そのコンビニは、距離的に考えれば候補は四件あった。

 しかしこちらの頭数は三人。

 よって、候補を更に絞る必要があった。

 濡れる画面を気にせず、マップを凝視する。

 やがて、一件のコンビニの優先度を下げる事にした。

 その一件は大通りに面しており、台風で今の人通りは少ないだろうが、あかねの心境を考えれば、極力人と会うのは避けたい筈だ。

 よって、他のコンビニよりも人目につきやすいそこを除外する事にした。

 道路の向こうからタクシーが近付いてくるのが見える。

 ……時間が惜しい、乗るか。

 そう決めて、手を上げれば目の前でタクシーが止まった。

 ゆきを始めとして三人を後部座席に詰め込み、俺は助手席に座る。

 住所を伝えて動き出した車の中で、チャットアプリを開いた。

 ノブユキとケンゴのアカウントを探し、俺を含めた三人のグループチャットを作成。

 そこに、俺が考えた捜索内容を入力して送信した。

 仮にもここにいるのは芸能人、そして今向かっているのも芸能人の家だ。

 ここで声を出して、万が一タクシーの運転手から情報が洩れるのを防ぐ為に、敢えてチャットを使い彼らに指示を出したのだった。

 

 ――オッケー!

 ――了解!

 

 続け様に、チャットが更新されたのを確認し、一旦スマホを閉じる。

 彼らに伝えた内容。

 それは、俺が割り振ったそれぞれの目的地であるコンビニに向かって捜索する、ルートについて。

 まずはあかねの家から、それぞれのコンビニに行ける最短ルートを辿って捜索。

 それで見つからなければ、帰りは次点で距離の短いルートを捜索。

 それがダメなら、またその次に短いルートを捜索していくという、単純な人海戦術。

 だが今の俺たちにはこんな方法しかなかった。

 そして体力勝負となるこの捜索方法は、俺たち程体力の無いメムを参加させられない。

 だから、ゆきのケアを含めて家に待機させる事にした。

 もしかしたらあかねの親が警察に連絡しているかもしれないが、それはそれで構わない。

 それで見つかったなら、家に居るメムかゆきからこちらに連絡があるだろうから。

 考え事をしている間に、車は目的地に着いた。

 料金を払い、車を降りる。

 ケンゴが降り、ノブユキが付き添う様にゆきを降ろす。

 

「アクたん!」

 

 タクシーが去るのを見ていれば、そんな声が聴こえた。

 振り返れば、黒いレインコートを被ったメムが走り寄ってくるのが見える。

 彼女は俺の目の前で足を止めた。

 

「とりあえず、あかねのお母さんには入れてもらって待つ許可もらえた!」

 

 その言葉に頷く。

 

「それで……」

 

 メムはそう言って、俺から視線を逸らした。

 彼女が顔を向けた先では、未だに俯くゆきの姿。

 

「……大丈夫?」

 

 数歩近付いて問い掛けたメム。

 その声に反応したのか、ゆっくりとゆきが顔を上げた。

 

「……ごめんね、迷惑かけて。あかねの方が大変なのに……」

 

 静かにそう言って目を瞑ったゆき。

 雨ではっきりとはしないが、その表情はどこか涙を流している様にも思えた。

 メムが近付き肩に触れて彼女を抱き締めれば、静かにノブユキが離れる。

 

「……だって、こんな状況だもん。しょーがないよ」

 

 ゆきの言葉を否定するでもなく、受け止めたメムの言葉。

 メムに隠れるゆきの身体が、震えていた。

 それを見てノブユキが、ケンゴが俺に顔を向けてくる。

 俺が頷けば、二人もまた頷きを返した。

 俺たちは、俺たちのすべき事をする。

 レインコートのフードを今一度深く被り直し、彼らから背を向けた。

 三人の中で誰か一人でも当たりが引ければ良い。

 スマホを開き、自分が向かうルートを再確認。

 よし、行くか。

 そう決めて足を上げれば、

 

「アクたん……」

 

 その声に呼び止められた。

 振り返らず、言葉を待つ。

 

「皆、無理しないでね……?」

 

 別にこれから死にに行く訳じゃないんだ。

 無用な心配だと思いつつも、特に返す事はしない。

 

「……あたしっ」

 

 続け様に響いた声。

 

 

「皆の事大好きだからっ、無事に帰ってきてね!」

 

 

 その言葉を最後に、走り出す。

 同時に二つの足音が耳に届いた。

 無事も何も、死にに行く訳じゃないんだ。

 ……だが、小さな怪我でもしたら、ビンタの一つでも飛んできそうだな。

 俺じゃなくても、俺らじゃなくても良い。

 ――無事にあかねを帰ってこさせる。

 たったそれだけの事だ。

 だが、とても難しい事だとも思う。

 万が一。それだけが心配の種だった。

 とある感覚が、身体を襲う。

 それは昔、アイ率いるB小町が初めてドームライブを行った日。

 何か一つでも、ボタンの掛け違いがあったならば。

 もしかしたら――アイ(母さん)が死んでいたかもしれない。

 故に思う。

 ボタンの掛け違い一つで、人は簡単に死ぬのだと。

 だから、誰かが悲鳴を上げたら、直ぐ動かなきゃ手遅れになる。

 そんな悲劇を生まない為に俺は、俺たちの父親を捜し続けている。

 母さんが、妹が死んでしまってから後悔したんじゃ遅い。

 自分が後悔しない為にも、身近な悲劇は避けたかった。

 道路を走りながら考える。

 この方法以外に、何かやりようはあったんじゃないかと。

 自分が思い浮かばないだけで、別の方法はあったんじゃないかと。

 もっと確実で、あかねを探し救う方法が。

 カズヤ君なら思い付くんだろうか。

 そんな事を考えてしまう。

 俺なんか足元にも及ばない考えと輝きを持つカズヤ君なら、もっと確実にあかねを救えるんじゃないかって。

 けれど、これは今考えても詮無き事。

 カズヤ君とあかねに関係値なんて無いだろうから。

 もしあったとしても、極々僅かな接点しか無いに違いない。

 だから、カズヤ君があかねを救う、なんてご都合主義全開の考えはするな。

 目的のコンビニに向かう道中、目の前に歩道橋が見えた。

 ここを渡り、もう少し進めばゴールを迎える。

 足元に気を付けつつも、足早に階段を上る。

 誰が見つけてくれたって良い。

 お前が居ないと、番組の中で俺とメムのコンテンツが安定しないんだ。

 そして、お前が居ないと、他の奴らの調子が悪くてこっちまで影響される。

 ゆき、メム、ノブユキ、ケンゴ。

 皆、お前を心配してる。

 良い奴らだろ?

 だから、あかね――。

 

 

 ……絶対に、早まるんじゃないぞ。

 

 

 そう心で語り掛け――歩道橋を後にした。

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