"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第142話

 やっぱり。と、思った。

 

 ――今ガチにお前はいらない。マジで早く消えろ。

 

 ちゃんと謝れば、許してもらえると思った。

 番組との契約で、放送に乗ってない部分の事は言えないけど。

 言える事だけでも、出来る限り説明して謝れば……。

 

 ――今回は沢山のご意見を頂――――本当にごめんなさい。私は――。

 

 それが、合図だった。

 

 ――はい終了。代わりはいくらでもいるから。

 ――とりあえずフォローはずすわ。

 ――ゆきちゃんが可哀想すぎる。死んで謝罪しろ。

 ――消えろブス。

 ――――。

 ――。

 

 私は悪い事をしたから当然だ。

 これは、皆の意見……目を逸らしちゃ、ダメだ…………。

 私は批判の意見も、出来る限り目を通した。

 以前、メムちゃんが言っていた。

 

 ――人は、謝ってる人に群がるんだよ。

 

 ――謝ってるって事は、悪い事をしたって認めたって事でしょ?

 

 ――悪い事をしたなら、石を投げてもいいよね?

 

 ――そんな風に。

 

 ……謝罪って、日本人の道理的には正しいけど、炎上対策としては下の下なんだよ。

 現実から目を背ける様に、ベッドに横になる。

 だけど。

 目を瞑ると、炎上の事しか考えられなくなって。

 現実から目を背ける様に、ヘッドホンをつけてうるさいと思える程の音量にして。

 ――朝になったら全部収まってる。

 って、自分に言い聞かせて強引に眠った。

 でもそんな事、あるはずなくて……。

 

 ――生まれて来たことを反省して。

 ――ブス。スタイル悪い。声キモい。人気ゼロ。

 ――謝れば済むと思ってんの? お前見つけたらぶん殴ってやる。でも謝るから許してねっ。

 ――生きてて恥ずかしくないの????。

 ――――。

 ――。

 

 変わらない現実が、いつまでも続く。

 でも、それから目を逸らす事は出来なくて。

 私が悪い、だから全部見なきゃ。

 私が悪い、だから全部受け止めなきゃ。

 その一心で、スマホに映る画面を凝視し続けた。

 

「あかね? 大丈夫? 顔色悪いわよ」

 

 夕食時。

 母を心配させてしまった。

 私が悪い事をしたんだから、母を心配させる訳にはいかない。

 私が悪い事をしたんだから、母から心配される権利は無い。

 私が悪い事をしたんだから。

 

「――大丈夫」

 

 だから、母の前では……いつもの私でいなくちゃいけない。

 

「明日、学校休む?」

 

 手に持った箸が震えるのは、私が現実を受け止めていないから。

 私が、皆の意見を受け入れていない証拠だから。

 だから、決してそれを母に見られる訳にはいかない。

 私が悪い事をしたんだから。

 

「大丈夫、行く」

 

 夕食を下げて自室でまた、スマホを見る。

 

 ――もう芸能界引退しかないだろ。

 ――この国から出ていけ。

 ――よくその顔でテレビ出れるよな。鏡見ろよ。

 ――早く気づけよ。お前が消えたらみんな喜ぶんだよ。

 

 胃から、何かがせり上がる感覚に襲われ、急いでトイレに駆け込む。

 そして私の口から出たもの。

 さっき食べた、夕食だったもの。

 胃の中が空になるまで吐いて、ようやく少し落ち着いた。

 でも、立てない。

 立ち上がる為の力が、身体に入らなかった。

 ……このままここに居れば、皆の意見を見ずに済む。

 不意に浮かんだ、そんな思い。

 同時に浮かぶ、母の顔。

 便座を台代わりに、腕に力を入れて四つん這いになる。

 無理やり足を動かせば、何とか立ち上がれた。

 便座から腕を離して上体を起こせば、一瞬だけ意識が遠のいた。

 ここにずっといても、母に心配をかけるだけ。

 そう思い、吐き出した物を流してから、ドアを開けて廊下に出る。

 足が、震えていた。

 それを感じ、思う。

 ……皆の意見を受け止められない私が悪い。

 ……だって、私が悪い事をしたんだから。

 だから震えるこの脚は、私の弱さ。

 もっと、ちゃんと、受け止めないと。

 覚束ない足取りで部屋に戻り、震えている手で、スマホを掴んだ。

 皆の意見が正しいから。

 悪い事をした私は、それを全部受け止めないといけない。

 受け入れて、ちゃんと許してもらわないといけない。

 ……でも。

 気付けばベッドで横になりヘッドホンを付けて、きつく目を瞑ってる自分がいて。

 このまま寝て、起きたら全部収まってるんじゃないかって思ってる自分がいて。

 逃げようとしている自分に気付いて、そんな自分を嫌いになって。

 でも、自分が悪い事をしたんだから、逃げる事なんか出来なくて。

 

 ……やっぱり、朝起きたらそんな事、あるはずなくて。

 

 このままずっと寝ていたいと思ってしまう自分を、無理やり動かし、母と一緒に朝食を摂る。

 良かった、バレなかった。

 夕べ伝えた通り学校に行く為に、制服に袖を通す。

 気が重く、動きが遅い中で、何とか挨拶をして玄関を出た。

 人とすれ違う。

 でも、何も言ってこなかった。

 また違う人とすれ違う。

 でも……何も言ってこなかった。

 歩きスマホをする訳にもいかず、ただただ通学路を歩く。

 急いでいるのか小走りのサラリーマン、ゴミ出しをしている主婦、複数人で走り去るランドセルを背負った小学生。

 ……皆、何も言ってこなかった。

 もしかしたら。

 そんな事を考えてしまう。

 

 もしかしたら、ネットの意見は……極一部の意見なんじゃないかって。

 

 だって、外に出たのに。

 何人もの人とすれ違ったのに。

 誰も、誰も私の事について、何も言ってこなかった。

 だから、本当は私が仕出かした事を皆、何とも思ってないんじゃないかって。

 私がやってしまったのは、悪い事。

 でも、皆は本当はそれ程気にしてないんじゃないかって、思ってしまった。

 皆、何も言ってこない。

 なら学校に行っても、いつも通りなのかもしれない。

 学校では、クラスメイトがいつも通りに接してくれるのかもしれない。

 私がやったのは悪い事。

 でも、そんな思いが頭からずっと離れてくれなかった。

 現実は、私のした事なんて誰も何とも思っていないんじゃないかって。

 学校に着き、教室へと向かう。

 幸いと言えば良いのか、誰と会う事も無かった。

 教室の扉が目に入る。

 中にはもう、クラスメイトが登校しており、何やら雑談をしている姿。

 何も変わらない、そんな風景だった。

 だから思った。

 ……私のした事なんて誰も何とも思っていないんじゃないかって。

 

 

「あかねの見た?」

 

「ヤバくない? いつかやると思ってた」

 

「なんかいつも仕事があるからーとか芸能人ぶっててさー」

 

「いちいちマウント取らねーと気が済まないのかって」

 

「マジ性格悪いし」

 

「自分はアンタ達とは違うから、みたいな空気出してくるよねー」

 

「今頃、囲いの男共に慰めて貰ってんでしょ」

 

「ありそー」

 

 

 でも、そんな事あるはずなくて。

 

 

 

 

 

 

「あかね……最近、元気ないけどどうかしたの?」

 

 リビングで、母が訊ねてきた。

 

「仕事で何かあったの?」

 

 その言葉に、私は笑顔を返した。

 

「ううん」

 

 何も無い、そう思って貰う為に。

 母には、"今ガチ"の放送が始まった時から、観ないでと伝えていた。

 恋愛リアリティショーなんて、家族に見られると恥ずかしいからって。

 嘘を吐いた。

 本当は、母が心配してしまう程に、失敗ばかりしている黒川あかねを観て欲しくなかったから。

 だから母は、観ていない。

 だから母は、知らない。

 だから私は、心配をかける訳にはいかない。

 何も問題無い様に、振る舞うだけ。

 自室に戻り、ドアを閉める。

 そのまま、膝から崩れ落ちた。

 涙が止まらず、両手で顔を覆う。

 

 ――母親がちゃんと教育しないからこういうカス女が生まれる負の連鎖じゃんw。

 ――育ちがわかるって正にこのことだよな。親に叩かれて育てられた奴はすぐに手を上げる奴に育つ。

 

 ごめんね、お母さん……。

 何度も、何度も、そう心の中で謝罪する。

 お母さんの事を悪く言わせちゃって。

 不出来な私のせいで、お母さんまで悪く思われちゃって。

 大好きな母に対する意見を見る度に、心が割れる様に痛んだ。

 お母さんは何も悪くない。

 そう皆に言いたかったけど、それももう出来なくなった。

 

『とりあえず今は、何もツイートはしない方がいいかもですね。今は何を言っても燃料を与える事になるだけだから、慎重に行こうか。何か言う時は相談して』

 

 マネージャーから、電話越しに言われた言葉。

 でも、彼の意見に反論は無い。

 だって、マネージャーにも凄く迷惑をかけてしまっているから。

 それは、いつも通り事務所のレッスン室で、一人で稽古をしていた時。

 稽古が終わり、レッスン室の鍵を返そうと部屋を訪れた時。

 

 ――お前はクビになりてぇのかッ!? あぁ!?

 

 その怒鳴り声に驚き、慌てて入り口の横に身を隠した。

 中を覗けば、怒鳴り声を上げる人物の前で頭を下げるマネージャーの姿。

 怒鳴っている、黒いスーツを身に纏った男性は、社長だった。

 

 ――最近、あかねの出てるリアリティーショーが人気出てるっていうから見てみたら、なんだこれは!? 総出演時間一〇分もいってねぇじゃねぇか!?

 

 社長が、マネージャーに怒鳴り続ける。

 

 ――チャンスだって言うのにこれっぽっちも目立ってないッ! マネージャーのお前がしっかり指導しなくてどうするッ!

 

 社長の言葉は、私にとって耳の痛い話……では済まなかった。

 マネージャーの声が聴こえる。

 

 ――ですが社長……あかねも十分頑張って。

 

 でも、最後まで言わせてもらえない。

 

 ――頑張るだけじゃ金にならないんだよッ!

 

 その言葉を聞いて、私も申し訳なくなる……では済まなかった。

 

 ――他にもやりてぇって言う奴が大勢居る中で選んでやったんだ! 爪痕の一つでも残させろッ!

 

 マネージャーは社長の言葉に、まるで濁すかの様な返答をするのが聴こえた。

 そして聴こえる足音。

 姿を現したのは、マネージャーだった。

 

「マネージャーごめんなさい」

 

 淡々と、マネージャーに謝罪する。

 でも、そういう言い方しか、今は出来なかった。

 私の存在に気付いたマネージャーが、驚いた表情を浮かべる。

 

「ごめん、聞こえてたか」

 

 彼は更に続けた。

 

「あかねは精一杯やってるんだ、気にしなくていい」

 

 その表情はとても柔らかく。

 マネージャーが私の前を通り過ぎた。

 

「ちゃんと俺が防波堤になるから」

 

 そう言い去った彼の足音が小さくなっていく。

 マネージャーはいつも、私を応援してくれて、気遣ってくれていた。

 彼が私のマネージャーで良かったって、いつも思ってた。

 だから、我慢出来なかった。

 足に力が入らず、壁を背に座り込んでしまう。

 私が、不甲斐ないから……。

 その気持ちが堪え切れず、涙となって溢れ出てくる。

 だから、頑張ってみた。

 番組で、爪痕を残せるように。

 ディレクターに教えて貰った、やり方で。

 目立つ為にはどうすればいいか。

 

 ――そりゃ、ゆきからノブを奪う悪女ムーヴだよ。これが出来たらキャラが立つし、間違いなく目立てる。

 

 ディレクターは、これは指示じゃないと言っていた。

 でも、こういうのが出来る子が売れるとも言っていた。

 だから私は、頑張った。

 

 その結果が、これだ。

 

 マネージャーは悪くない。

 私をずっと守ろうと動いてくれてるから、私はマネージャーの言う事を聞かないといけない。

 これ以上、彼を困らせたくは無いから。

 だから、そう言われてからツイートもしてない。

 だから、お母さんの事を悪く言われても言い返せない。

 ごめんね、お母さん……。

 大切に育ててくれたのに、こんな娘に育ってしまって。

 

 ――事務所にアカウント取り上げられたんだろ。これ以上馬鹿がバレると不味いからってw。

 ――事務所のリスク教育がゴミカス。

 

 ごめんね、マネージャー……。

 こんな悪い事をしてしまう人間の担当をさせてしまって。

 スマホを床に落とす。

 ヘッドホンを付けて、外界の音を閉ざした。

 ベッドに横になり、きつく目を瞑る。

 ……朝になったら全部収まってる。

 そう言い聞かせてしまう自分が嫌になる。

 

 

 私は、どうしたらいいんだろう。

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