"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第143話

 番組の更新日。

 内容を確認する気力は湧かなかった。

 ここまでで、日を追う毎に落ち着いていく批判。

 もしかしたら、このまま収まるんじゃないかって。

 そんな小さな希望を抱いた。

 だけどそんな、少しだけ落ち着いてきた批判がまた、最初の頃の様に盛り上がってるのを見て、だいたい中身に察しは付いた。

 そして、ようやく気付く。

 この番組が注目される限り鎮静化はしない事も、これからの芸能生活にずっと付きまとう問題だとも。

 ベッドの上で布団を被り、スマホを見る。

 全部、受け入れないと。

 全ての批判、それを全て目に焼き付ける。

 でも、最初の頃と違い、批判を見ても心が痛まなくなっている自分がいて。

 それに気付いて、受け入れると決めた自分の決意が、甘くなった様に思えて。

 そんな自分を嫌悪した。

 まるで流し読みの様に皆の意見を見ていく自分が嫌いになった。

 厳しい意見に対して、思っているよりも心が動かない自分が、嫌いになった。

 でも、見るのはやめたくなかった。

 見るのをやめてしまったら、それこそ自分が逃げていると思ってしまうから。

 だから、見るのはやめなかった。

 けれど、本当の気持ちは違う。

 どこか望んでいる自分がいた。

 皆は私を批判する。

 それは当然だ。

 だけど、そんな中でも――まだ私を応援してくれる人はいるんじゃないかって。

 そんな希望を抱く自分が嫌になる。

 だって、私は悪い事をしたんだ。

 私を応援する人なんかいない。

 居るはずもない。

 ……でも、もしかしたらいるんじゃないか。

 

 だからだろうか。

 

 

 ――今炎上してるあかねって子、ララライの劇で主演やってて、めっちゃくちゃ頑張り屋な子なんだけどさ。

 

 

 久しぶりに、心が動いたのは。

 暫く感じた記憶の無い、暖かい痛みが心臓に走る。

 ……でも、もしかしたらいるんじゃないか。

 徐々に速まっていく鼓動に合わせ、その言葉が自分の中で大きくなる。

 まだ、私の事を応援してくれる人が、居たかもしれない。

 頬が僅かに熱くなる。

 それで分かった。

 自分の中で、気持ちが昂っているんだと。

 そんな自分を戒めようとするけど、上手くいかない。

 どうしても、心に広がる暖かさが無くならなかった。

 私は悪い事をした。

 でも、それでも応援してくれる人が居る。

 それがどうしようもない程に……嬉しかったから。

 こんな私でもまだ、応援してくれる人が居た。

 もう抱かないと思っていた歓喜が、自分の中で膨れ上がる。

 例え多くの人が私を嫌っても、応援してくれる人が一人は居る。

 それがこんなにも、気持ちを前向きにしてくれるなんて思わなかった。

 その人のコメントには、まだ続きがある。

 "もっと見る"そう書かれているリンクを押した。

 私を庇う様な言葉を求める訳じゃない。

 私を褒める様な言葉を求める訳じゃない。

 

 ……でも、もし叶うのであれば、書いてあったら嬉しい。

 応援してる、その一言が。

 

 

 ――今回の騒動を見てたら、そういうのもただのアピールに思えてきた。

 

 

 

 

 

 

 閉じられたカーテンの奥にある窓からは、雨と風が激しく叩きつける音。

 ベッドを背に床へと腰掛け、ただただスマホを見る。

 そこには沢山のテキストが並んでいた。

 

 ――あかねと中学で同じクラスだったけど、マジ皆に嫌われてたから笑。そんな仕事無い癖に稽古がーとか撮影がーとか学校早退して、絶対サボる言い訳に使ってた笑。

 ――これ卒アル写真笑。

 

 添付されていた画像。

 黒川茜。卒業アルバムに載ってる、私だった。

 ふと顔を上げれば、壁にかけられた姿見。

 力の入らない身体で立ち上がり、近付いてみた。

 そして、鏡に映る私。

 頬が痩せこけ、目の下には隠せないクマ。

 手入れを怠っている髪は乱雑に跳ねており、青白い肌が目に入った。

 私って、こんな顔だったっけ……。

 何も考えられない頭で漠然と、そんな事を思う。

 こんな人間が、女優なんて出来るのだろうか。

 姿見の周りに貼られた付箋が目に入る。

 その付箋は、壁一面に夥しく貼られていた。

 姿見から離れて、再び床に座る。

 スマホを顔に近付けて、親指で画面に触れる。

 力を入れずに画面の下から上へと滑らせれば、違うテキストが目に入った。

 

 ――完全に芸能人としては終わりでしょ笑 売り物の顔を殴る奴使う筈ねーもん笑。

 ――性格悪そうな顔してるよね。

 ――つか顔もまじぶすじゃね?

 ――御社サイトで使われているあかねという人物はこの様な問題行動を起こし――――このような人物を使うことは社会通念的に――。

 

 たくさんの文字の羅列が目に入ってくる。

 また、ゆびを下から上に動かす。

 

 ――バイバイあかね。残念だけどもうTVで見る事は無いね。

 

 ちがう文字。でもなんでか同じもじにみえる。

 また、ゆびを下から上にうごかす。

 ちがう内容の、おなじもじ。

 また、ゆびをしたから上にうごかす。

 おなじもじ。

 また、ゆびをしたからうえにうごかす。

 

 

 ――シンプルに死ね。

 

 

 おなじ、もじ。

 

 

 不意にスマホから通知音が鳴る。

 それはチャットアプリの音で、画面上部に一行だけ内容が表示された。

 親指を動かし、それに触れる。

 その寸前で、指が止まった。

 これ以上先に、指が進まなかった。

 やがて、押せたはずの表示が消える。

 それを見て、何故か安堵した自分がいた。

 再び、元の画面を見ていく。

 同じ文字。

 それがずっと続いていた。

 また、通知音が鳴った。

 その内容が、また画面上部に表示される。

 やがて、消えた。

 また、通知音が鳴る。

 うるさくて、マナーモードにした。

 スマホが振動する。

 画面上部に表示された内容を暫く見ていたら、消えた。

 スマホが振動する。

 電源ボタンを一回押したら、画面が真っ暗になった。

 手を降ろして、ただ前を見る。

 何も無い、ただの壁。

 でもそこに、何人かの姿が映っている気がした。

 それをただ、見つめる。

 意味も無く、見つめ続けた。

 

 どれ程時間が経っただろうか。

 電源ボタンを一度押せば、画面に光が灯った。

 時間は、二二時二九分。

 不意に、通知が来ていた内容を思い出す。

 ……そういえば、何も食べてないや。

 朧げに、お母さんの姿が頭に浮かんだ。

 心配を、かける訳にはいかない。

 夕飯を知らせに来た母を無視してしまった事を思い出し、通知があったチャットアプリを開く。

 そこには、眩しいまでの日常があった。

 いや、日常だったものがあった。

 五人のやり取りを見て、思う。

 心配を、かける訳にはいかない。

 だから返信した。

 

 ――ご飯、買ってくるね。

 

 その言葉に嘘は無い。

 だから、心配かけないようにそう送った。

 画面を閉じようと思ったら、チャットが更新された。

 台風が来てるから行くなという内容。

 それを見つめ、画面を消した。

 ゆっくりと立ち上がる。

 ご飯を買いにいかないと、心配をかけてしまう。

 そう送ったし、食べないとお母さんが心配してしまう。

 外に出ようとリビングに降りれば、こちらに気付いた母が心配そうな表情を浮かべた。

 心配を、かける訳にはいかない。

 だから笑顔で、ご飯買ってくると伝えた。

 そうするとお母さんが台風が来てるから、今からご飯作ると言ってくれた。

 でも、心配を、迷惑をかける訳にはいかないから。

 笑顔のままで、近くだから大丈夫と伝えた。

 それでも引き留めようとする母に笑顔を向けて、傘を持って外に出る。

 雨と風が強い。

 傘を差せば、強風の影響で飛ばされそうになる。

 きつく握りしめて歩き出せば風が、雨が絶え間なく身体に当たってきた。

 ゆっくりと歩き、何とか近くのコンビニに着いて、食べ物と飲み物、そして雑誌を買う。

 ここに来るまでも、コンビニの中でも、店員以外には誰にも会わなかった。

 コンビニを出て再び傘を差す。

 歩き始めればやはり風が、雨が私の身体に当たってきた。

 それを感じながら、思う。

 ……まるで、私を攻撃してきてるみたい。

 そう思うと風が、雨が、皆の意見に思えてくる。

 雨が当たる度、風が当たる度。

 脳裏に皆の意見が思い浮かぶ。

 歩き続ければ、目の前に歩道橋が見えた。

 それを通って歩けば、我が家に着く。

 階段を上る。

 一歩一歩。

 その間にも身体に雨風は強く当たり続ける。

 その度に、おなじもじが脳裏を掠めた。

 周りに誰もいない。

 横の幹線道路に車は走ってるけど、誰も私を見ていない。

 階段を上りきって、通路を歩く。

 このまま歩いて帰れば、また部屋でスマホを見る。

 おなじもじを見続ける。

 誰も私の味方なんかいなく、攻撃され続ける。

 マネージャーに迷惑をかける。

 お母さんに迷惑をかける。

 

 このまま、帰ったら。

 

 不意に、突風が私を襲った。

 身体に力が入らず、尻餅をついてしまう。

 突風が去り、髪に雨が当たる感触が強くなった。

 手に持った傘を見れば、風によって折れていた。

 落としてしまった袋を見れば、中身が散乱し地面に転がっている。

 飲み物が、雑誌が、食べ物が、無残にも雨に打たれていた。

 それを見つめながなら、ふと思う。

 

 

 まるで私には、それすらも与えられる権利が無い。

 

 

 自分の中で、何かが切れた音がした。

 何も思わず、何も感じず、何もしたくない。

 でも、今まで頭の中に、心の中にあった重さが、一切無くなった様な気がする。

 そんな私の、無とも思える心の中に浮かんできた言葉。

 

 

 

 

「疲れた」

 

 

 

 

 誰に言うでもなく、気付けば呟いていた。

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