"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
あかねが、見つからない。
メムやゆきからもまだ、連絡が来ない。
探し始めてもう二〇分以上が経った。
足を動かすのをやめず、自分が担当するルートを探し続ける。
時間が経てば経つ程に、微かにしか無かった焦燥感が大きくなっていく。
万が一。
それがまるで、現実味を帯びたみたいで。
それを振り払うかの様に、足を薦め続ける。
弱まるどころか強まっていく雨風。
それがまるで自分の心境の様で、これからの行く末の様で。
そう思いそうになる自分を消す様に、ただただ探し続けた。
不意に、ポケットから振動を感じる。
急いで手を入れて、そこにあったスマホを取り出した。
メムか、ゆき。もしくはノブユキか、ケンゴ。
そう思って画面をこちらに向ければ。
"カズヤ"。
その名前が、表示されていた。
予想外、いや、想定外過ぎたその名前に、思わず思考が停止する。
けれどもそれは一瞬。
すぐに、今はこの電話に出ている場合じゃないと判断出来た。
何か用があったかもしれないカズヤ君には悪いが、今はタイミングが悪すぎた。
後からかけ直す、そう考えスマホをポケットに仕舞う。
だがその寸前。
別の考えが、俺の動きを止めた。
カズヤ君からの電話。
それは、予想外だった。
何せメムかゆき、もしくは現在別ルートを捜索している二人からの連絡だと思ったから。
だから予想外。
でも、何故、想定外なのか。
その理由はすぐに思い至った。
カズヤ君から、初めて電話が来たのだから。
電話が来た事の無い人物からの電話。
だから、想定外だと思ったのだ。
再び画面を見る。
未だに表示され続ける、着信画面。
何故、カズヤ君が俺に電話を掛けてきたのかは分からない。
だが彼は、今まで電話を俺に掛けてきた事が無い。
――俺なんか足元にも及ばない考えと輝きを持つカズヤ君なら、もっと確実にあかねを救えるんじゃないか。
少し前に抱いた考えが、不意に思い浮かんだ。
何故かは分からない。
でも。
『あ、もしもしアクア?』
スマホを耳に当てている自分がいた。
「どうしたんだカズヤ君、急に電話なんて」
歩き続けながらもそう返せば、彼からの返答がある。
『今急いでると思うから、手短に言いますね』
その言葉に、鼓動が速まるのが分かった。
端的に了承の言葉を返せば、再びカズヤ君からの声が聴こえる。
『茜ちゃんは助けたよ。だから、後は任せますね?』
足が、止まった。
同時に、途轍もない疲労感が、この身に押し寄せてきた。
カズヤ君の言葉。
あかねは、助けた。
何故。
そんな言葉が浮かんだが、すぐに消える。
……流石はカズヤ君だ。
その言葉に置き換わったから。
だがその言葉も、
『ありがとう。アクアのお陰で……茜ちゃんを助けられた』
「……は?」
すぐに掻き消された。
俺のお陰で、あかねを助けられた……?
その意味が全く、理解出来なかったから。
俺は別に、カズヤ君に対して何もしてない。
彼にあかねの事を、一言も言った記憶が無いのだから。
カズヤ君の声が、再び聴こえた。
『アクアが"今ガチ"に出たから、俺はその番組を観た。そこに茜ちゃんも出てるって分かったから、二人を見る為に……毎回観る様になったんだよね』
まるで俺の心を読んだかの様な言葉に、心臓が一際大きく鼓動する。
俺が出るから、カズヤ君は"今ガチ"を観ようと思った。
そこであかねも出演してると分かったから、俺とあかねを観る為に"今ガチ"を観続けた。
『だから茜ちゃんが起こした問題も知れたし……準備も出来た』
だから、アクアのお陰で……茜ちゃんを助けられた。
そう締めた彼の言葉に、何も返せない。
そんな馬鹿な。
この言葉が、頭を埋め尽くす。
そんな偶然が、起こり得るのか。
でも、その様な言葉は、やがて消える。
……流石は、カズヤ君だ。
そう、思ってしまったから。
カズヤ君だからこそそんな偶然――いや、奇跡が起こせた。
そう、思ってしまったから。
何せ彼と短くも深い親交を結んだ、前世の俺とさりなちゃん。
この二人が、再びこの世界に生を受けたんだ。
そして、推していた
これが奇跡と呼ばなければ、何と言えば良い。
カズヤ君と関わった俺が、既に奇跡を体験している。
ならば、これは奇跡なんかじゃない。
必然だったんだ。
カズヤ君と関わった人は、不幸にはならない。
それが、カズヤ君から感じる、不思議な力の正体なのかもしれない。
口を開く。
「どうやってあかねを助けたんだ?」
その言葉は、自分でも驚く程に軽い口調だった。
けれど、これがカズヤ君に対するいつもの口調。
電話越しで、微かな苦笑が聴こえた。
『それは俺の口からは言えないかな』
けど、と彼は続ける。
『茜ちゃんがもし話しても良いと思ったら、アクアに教えてくれるんじゃないかな』
その言葉に、苦笑を返してしまう自分がいた。
「……そうかい」
それだけを伝えて、訊くのをやめた。
あかねが俺に、俺たちに話しても良いと思える程にこちらを信用してくれているなら、教えてくれるという事。
本人の許可が無ければ、自分がやった事も話さない。
そんな一歩引いた態度が、実にカズヤ君らしかった。
『この件をアクアがどう思うかも自由だし、どう動いてもそれを支持するよ』
不意に聴こえた声。
『でも、もし茜ちゃんを想っての行動をするなら』
それはとても抽象的で、要領を得ない言葉。
だが、
『外は俺が何とかするから、中はお願いするね?』
どこか具体的な印象を、俺に与えた。
カズヤ君が何を言っているのか、何を言いたいのかははっきりしない。
その言葉の真意は、未だに分からない。
だから俺が言えるのは、これだけ。
「……気が向いたら、考えといてやるよ」
いつ振りかの言葉を返して、彼との話は幕を閉じた。
あかねの家に戻る。
カズヤ君との電話から少しして、メムから電話が掛かってきた。
その内容は、あかねが家に帰ってきたという連絡。
彼女の後ろでゆきが同じ内容を誰かに伝えている声が聴こえていた。
同じ頃にあかねの家へと戻ってきたノブユキ、ケンゴと合流。
彼らも疲労困憊といった表情を浮かべており、それぞれの顔を見合って三人で苦笑したのが記憶に新しい。
チャイムを鳴らせば、玄関のドアが開いてメムが姿を現した。
彼女に誘われて中に入り奥へと進めば、リビングと思われる部屋に三人の姿が見える。
ゆき、あかねの母と思しき黒髪の女性――そして、黒川あかね。
椅子に座って大泣きしてるあかねを抱きしめるゆきも、泣いていた。
あかねの隣に座り、彼女を見ながら目に涙を浮かべる母と思しき人物。
まるで感動の再会。
そんな光景が広がっていた。
その姿を目にしていると、背後から重い音が複数聴こえる。
振り返れば――床に座り込んだ、ノブユキとケンゴの姿。
そこに見える、疲れが増したと思われる顔色の中には、多量の安堵が含まれているのが分かった。
情けなく座り込んだその姿。
だが決して、みっともないと思う事は無かった。
何故なら俺も、気を抜いてしまえば――彼らと同じになりそうだったから。
安堵を齎す目の前の光景に、漸く非日常が終わって日常が訪れたのだと確信出来たから。
二人が座り込んだ音が届いたんだろう。
眼前の三人が、こちらに顔を向けた。
立ち上がり、慌てた様にこちらへと駆け寄ってくる人物。
それは、俺たちの前で足を止めた。
頭を下げる姿が目に入る。
「本当にごめんなさい、あかねを探してくれたみたいで……! うちの子が本当にご迷惑をおかけしました!」
あかねの母、と思しき人物。
あかねの母が、俺たちに謝罪してきた。
優し気な声色、恐縮と申し訳なさを多分に含んだ声色は、愛の深さを如実に示しており。
この人の性格と、あかねに対する優しさが容易に理解出来た。
彼女が何度も頭を下げる。
「それと、ありがとうございます。娘を必死で探してくれる位、仲良くしてくれて……!」
そこで気付いた。
嗚咽を漏らしながら、こちらを見ているあかね。
彼女の右頬に見える――赤い腫れ。
それが一体、誰によるものなのかと。
安堵感、そして申し訳なさだけが全てに思える彼女が行う訳がない。
あかねの横にいる、安堵感。
そして極々僅かな怒りが見える彼女が、やったものだと。
――小さな怪我でもしたら、ビンタの一つでも飛んできそうだな。
怪我をしなくて良かったと、内心で嘆息した。
俺から、ノブユキから、ケンゴからあかねの母親に対して、"こちらがやりたくて勝手にやった事"だと告げれば、再び感謝を述べられる。
そして、やがて聴こえた声。
「あの……皆…………本当に、ごめんなさい……」
その言葉に、五人は"同じ言葉"を返したのだった。
向けられた彼女が、再び大声で泣き始める。
隣にいるゆきが抱きしめる力を強め、宥める様な言葉を届けている。
目の前にいる彼女の母はそちらに身体を向け、肩を震わせていた。
そんな姿を見ていると、不意に背後から大きな笑い声が聴こえる。
顔を向ければ、
「やっぱ、この六人がいないと"今ガチ"じゃねーよな!」
笑顔のノブユキがいた。
裏表無いけど味がある奴。
やはりこんな状況で、空気を変えたのは……こいつだった。
その声に、噴き出す様に笑いを溢す人物。
「確かに、全員揃わないと……面白くないよな」
ノブユキに匹敵する明るさで、そう告げたのはケンゴ。
番組映えが悪くて出番が少ない奴だった彼が積極的に関わる様になってから、"今ガチ"は更に盛り上がりを見せる様になった。
ノブユキが変えた空気に乗り、更にそちらへと引き寄せたのは……こいつだった。
「あかねもいないと、やっぱり楽しくないもんねぇ」
ケンゴの隣から放たれた声。
番組で上手く立ちまわっている、おバカ系癒し枠。
だがその実は。
その立場をキープする事で、自身のチャンネルへの導線を引きたいユーチューバー。
メムの言葉が、この部屋の雰囲気を柔らかくする。
「せっかく作った俺とメムのコンテンツも存在感出ないしな」
重ねる様にそう告げれば「アクたん、もっと言葉なかったの……?」なんて言葉が耳に届いたが、何も返さない。
俺から言えるのはそれだけ。
この内容を広げる理由は皆無。
何故なら。
"今ガチ"の中心は、別の人物だから。
「……私は私が一番目立つように戦う」
まるでこの場の雰囲気を壊す様な言葉。
……しかし。
「――でも、あかねが居ないと張り合いがないんだよね」
その一言で、この場の雰囲気が確立した。
場を掻き回す様な言動、そして人の心を掴む様な言い回し。
ゲームメーカーとして機能し、その小悪魔っぷりが番組を盛り上げている、"今ガチ"の中心人物。
鷲見ゆき。
抱きしめるあかねの肩に顔を乗せながら、彼女がそう言った。
俺に背中を向ける、眼前の人物から嗚咽が聴こえる。
それだけが、部屋の中に微かに響く。
やがて、別の声が聴こえた。
それは、唯一残った"今ガチ"メンバー。
「……ありがとうっ……私も、皆が……大好き……!」
誰よりも番組で頑張ろうとして、生真面目な彼女の言葉に――嘘なんてある筈が無い。
黒川が泣く声と音だけが響いているこの空間が、何よりの証明だった。
だがそれは、やがて破られる。
「それにしても、あかねも隅に置けないねー」
背後からの声。
だがそれはどこか、まるで猫の様な印象を俺に与えた。
雰囲気を変える様に、けれど壊す事の無い柔らかな声色。
その声が、再び聴こえた。
「あかねが――あのカズヤからあんなに大切にされてるなんてさー」
視界に映るあかねの嗚咽が、止まった。