"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第147話

 静寂が、室内を支配する。

 だが、それは僅かな間だった。

 

「……どゆこと?」

 

 声を出したのはやはり、ノブユキだった。

 頭の中がクエスチョンで埋め尽くされていると容易に想像が出来る声色が、部屋の中に響く。

 

「カズヤ、って…………あの、カズヤ……?」

 

 背後から、ケンゴの声が聴こえた。

 

「そそ! あのカズヤが、あかねの事言ってたんだよ!」

 

 ケンゴにそう返すメムの言葉を耳にしながら、思った事。

 恐らく、全員が頭に思い浮かべている"カズヤ"という人物。

 それは間違いなく、同一人物なのだろうと。

 そして、カズヤ君との電話の内容。

 彼が、あかねを助けたという言葉。

 メムの言葉は、それに関する事なんだろうと思った。

 

「そうだよ! 私もビックリしたもん!」

 

 あかねから僅かに顔を離したゆきが、驚きの表情を浮かべてこちらに言ってくる。

 そしてその顔は再び、あかねへと向いた。

 

「あかねも教えてよっ! カズヤとどんなカンケーなのっ?」

 

 驚きの表情の中に、楽し気を混ぜたゆきがあかねに訊ねる。

 問われたあかね。

 

「……えっ、えっと……そのっ…………あのっ……」

 

 少し離れたこちらからでも容易に視認出来る程に、顔に赤みを帯びていた。

 後ろからメムの声が聴こえる。

 

「えっ、もしかしてあかね……そういう事?」

 

 問いの意図を理解したあかねは目を見開いて、慌てた様に口を開く。

 

「ちっ、ちがっ……でも、確かに…………あっ、違うっ! 違うからっ!」

 

 朱に染まった顔をそのままに、勢い良く首を横に振っている。

 

「へー、そうなんだ…………これは心配かけた罰として、洗いざらい吐いてもらうからね」

 

 あかねの態度を一顧だにせず、ゆきが言った。

 その表情、口調は正に小悪魔チック。

 そんな彼女から、あかねが逃れられる未来は見えなかった。

 メムもまた、そんな二人の許に駆け寄っていく。

 

「そそ、私たちに心配かけたんだし、あかねの"今ガチ"……全部話してもらうよぉ」

 

 ゆきの味方をするメムの声色は、まるで猫の様な印象を抱く。

 あかねが彼女らから逃れられる未来は、完全に閉ざされたのだった。

 

「……まだ話の意味が分かってないんだけど」

 

 不意にそう溢したのは、ノブユキ。

 メムが、こちらに顔を向けた。

 

「あ、そっか。三人はあかねを探してくれてたから観てないんだよね」

 

 一人納得した様な言葉に、思わず首を傾げる。

 観てない、とはどういう事なのか。

 メムが再び、猫の様な雰囲気へと変わった。

 

「……じゃあ、皆で観てみる?」

 

 その瞬間、あかねが目を見開く。

 

「いっ、いいよっ、見なくて大丈夫だからっ」

 

「えー、観ようよー」

 

「…………だ、だって……その………恥ずかしい、から……」

 

 メムの応援に入ったゆきにそう言って、俯いてしまったあかね。

 しかしメムの、ゆきの表情は変わらず。

 それを眺めていると、背後から声が聴こえた。

 

「よーし、だったら観ようぜ!」

 

「……俺らも頑張ったんだし、何かご褒美があっても良いよな」

 

 その声が聴こえたのか、驚いた様に顔を上げたあかね。

 だがすぐに、再び俯いてしまった。

 羞恥心に苛まれている彼女の姿を捉えていると、メムの視線が俺に向けられたのが分かった。

 

「アクたんは観る?」

 

 問い掛けられた質問に、

 

「観る」

 

 即答した。

 驚いた表情のあかねと目が合う。

 そんな姿を見ても、俺の意見が変わる事は無い。

 カズヤ君がどうやってあかねを助けたのか、それが何よりも知りたかったから。

 故にこいつの羞恥心なんて知った事か。

 まるで縋る様に、暫く見つめ続けられる。

 だがそれは。

 

「いいじゃない、あかね。皆に心配をかけた罰だもの」

 

 そう告げた彼女の母親によって、終わりを迎えた。

 あかねの顔がそちらを向く。

 

「おかあ、さん……」

 

 その目はまるで信じられないものを見たかの様に、見開かれている。

 信じていた人に裏切られたかの様な、そんな表情。

 彼女の母から、再び言葉が発せられた。

 

「こうやって皆に心配かけて迷惑もかけたんだから、恥ずかしいのはその罰だと思って受け入れなさい」

 

 その言葉にあかねは、目を見開いたまま固まった。

 彼女のそんな姿を見て、理解する。

 恐らくあかねはこれまで全く、もしくは殆ど母親から叱られた事が無かったんだろうと。

 真面目な彼女、優しい母親。

 叱るべき出来事は殆どなく、また、叱るとしてもまるで宥める様な言い方だったのではないかと推察する。

 故にこうして自分の意見を真っ向から反対される事象が、初めてだった為にこうした反応を示した。

 あかねを見ながらそんな事を考えていると、メムが口を開くのが見えた。

 

「皆で観るならおっきい画面の方がいいよねぇ」

 

 そう言ってメムはあかねの母親を見やり「お母さん、ちょっとテレビ借りてもいいですか?」と問い掛ける。

 

「ええ、どうぞ」

 

 優し気な声色で答えた母親に礼を述べたメムは、壁際にある大型の液晶テレビへと近付き、リモコンで操作しながら何やら画面を変えていく。

 色々と画面が切り替わるのを見ていると「うん、対応してるね」と一言漏らした。

 メムが、俺たちへと身体を向ける。

 

「ミラーリングで動画映すから、見えない人は見えるとこきてねー」

 

 その言葉に、今まで固まっていたあかねが動いた。

 

「メ、メムちゃんっ……待ってっ」

 

 慌てた様にそう言って椅子から立ち上がろうとしたあかねを、

 

「はーい、あかねはあたしの横で一緒に観ようねー」

 

 隣にいるゆきが、肩を押さえつける事で静止させた。

 それでも尚、何とか抵抗しようとするあかねだったが。

 無情にもタイムオーバーを迎えた。

 

 

『やあ、聴こえてるかな?』

 

 

 カズヤ君の声が、室内に響いた。

 真っ白な背景、椅子に座ったカズヤ君。

 それは以前観た、生配信と同じ光景だった。

 "(ぞく)カズヤの乱"。

 そう呼ばれた、最近でありながら伝説の生配信。

 脅威の一〇二万という同接を誇った、恐るべき出来事。

 俺も出演した"今日あま"の最終回の更新日。

 その更新時間からドラマを観終わったタイミングで、それは始まった。

 生配信で語られた内容もまた、予想外過ぎた。

 約十年前に起こった"カズヤの乱"。

 "今日あま"のドラマ化を白紙に戻して、彼が熱望した脚本で作られたドラマ。

 "明日から私は"。

 "明日わた"と略されたそのドラマはネット上を席巻し、ドラマ終了後も暫くネットのトレンド飾り続けた異常作。

 それを、期間限定で再び放送すると。

 そして"今日あま"とは無関係の作品だったそれを観る前に、最終回を迎えた"今日あま"を観てから視聴して欲しいと。

 そして"今日あま"と"明日わた"は関係の無い別の作品と言いながら、もしこれらに関して何かあるなら、"今日は甘口で"の原作者である――吉祥寺頼子先生から発表があると。

 その全てが想定外の内容。

 今まで"今日あま"には興味が無い、もしくは好きじゃないからからあのドラマ化をやめたと言われていたカズヤ君。

 彼の口から"今日あま"を観て欲しいという言葉が出るなんて、誰が思うだろうか。

 俺だけでなく、ルビーも驚いたその内容。

 生配信を観た他の人間と同様に、俺たち双子も、途中で視聴をやめた"今日あま"のドラマを観直した。

 あまりにも酷い演技で、観るに堪えない。

 それを我慢しながら、全話見続けた。

 そして約十年振りに、"明日わた"を観る。

 その一話目。

 アイ(母さん)が、空を見上げている。

 浮かべる笑顔は完璧で前向き。

 しかしどこか思い出に浸る様な印象を、こちら(視聴者)に与えた。

 シーンが切り替わる。

 それは主人公の幼少期。

 暗く、悲しそうな表情を浮かべる主人公の周りには、多くのサプリメントが転がっている。

 不意に、"今日あま"の最終話で見せた、有馬かなの表情が何故か浮かんだ。

 現在(未来)のシーン、過去のシーン。

 これらが違和感なく移り変わり、やがて過去のシーン。

 アイが、こちらを見ている。

 頬が赤く染まり始め、口元が僅かに微笑む。

 ゆっくりと唇が開き、僅かに細めていた目が見開いていく。

 瞳を潤ませつつも、驚いた様な表情を浮かべた。

 それは誰かにではなく、まるで自分に驚いた様な表情。

 自分の気持ちに気付いてしまった様な表情。

 

 ――アイは今、恋に落ちた。

 

 それを目にして、またしても思い浮かんでしまう。

 "今日あま"の最終話で見せた、有馬かなの表情。

 何故か、綺麗に重なって見えた。

 二人の同じ表情が頭の中で混ざり合い、やがて一つの結論が姿を現す。

 

 最終回で浮かべた有馬の表情は、ここに繋がっていたと。

 

 毎週、観ていく。

 二話、三話――最終話まで。

 最終話が配信された時間から、最終話を観終わったタイミング。

 SNSが、大いに賑わった。

 "今日は甘口で"の原作者、吉祥寺頼子先生から発表されたのだ。

 

 

 ――ドラマ"明日から私は"は私自身が脚本そして制作全てに携わった、"今日は甘口で"の世界における未来の物語(オリジナルストーリー)です。

 

 

 その発表は俺に、妹に、カズヤの乱を知る者全てに驚愕を与えた。

 だがそれと同時に、納得を与えた。

 何故なら、"今日あま"を観た後に"明日わた"を観ていれば、嫌でも同じ作品にしか思えなかったから。

 "明日わた"を観ていくにつれて、"今日あま"で棒だと思っていた演技が実は、人間不信な少女の――他人への不器用な接し方に思えてきたから。

 そして他の演者の下手な演技もまた、人間不信な少女から見た他人の姿にも思えた。

 そして、最終回で見られた自然な演技は、人間不信な少女が漸く他人を信じられる様になった事で見えた景色なのかもしれない、そう思い至ってしまった。

 これは決して俺だけの感想ではなく、SNS上でも同じ意見が多数見受けられ、視聴者の殆どがそう思ったのだと言えた。

 予想外だけど結果的に収益も上々だった。

 打ち上げパーティー。嬉し気な表情でそう告げた鏑木の表情を思い出す。

 不評だった"今日あま"のドラマの評価を一変させた切っ掛け。

 その光景が、メムが映したテレビ画面に表示されていた。

 のほほんとしたカズヤ君の表情。

 コメントを見ながら話している姿をただ、観る。

 

『そう言えばさー、最近ハマってる番組があるんだけど、皆も知ってるかな?』

 

 その言葉は自然でありながらも、どこか不自然。

 それはきっと、カズヤ君と仲が良い俺だから気付けた事。

 ここにいる誰もが、何も反応せずに黙っている。

 もし仮に、違和感を感じている者がいるとするなら。

 目線のみを僅かに動かす。

 

 

 

 

『"今からガチ恋始めます"って番組』

 

 

 

 

 俯きながら黙っている、彼女くらいだろう。

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