"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
カズヤ君の言葉に、コメント欄が盛り上がりを見せる。
だが同時に、コメントをする層に変化が訪れた様にも思えた。
今まではカズヤ君の純粋なファンが殆どを占めていた。
しかし彼がその発言をしてからは、割合に変化が生じる。
――カズヤくんは誰推し!?
――推しがいたら教えてください!
――ゆきちゃんかな?
――もしかして、ゆき?
――ゆきとMEMちょのどっちー?
純粋なカズヤ君のファンではない、まるで話題になっているものに乗ろうとする人々。
彼が告げた番組名。
"今からガチ恋始めます"。
それを視聴している者たち。
『推しかー』
悩む様な、考える様な仕草をしているカズヤ君。
そんな姿を眺めながら、何とか発言を引き出そうと必死になるコメント欄。
そこには純粋な疑問として訊ねる者、カズヤ君の趣味嗜好を理解したく訊ねる者。
そして、疑問符を付けてコメントをしているが――その頭の中では、確定した答えを持っており、それ以外の発言を認めない者。
どの層が一番多いのか。
『アクアと――――茜ちゃんかな?』
その答えは、すぐに分かった。
――あかね!?
――いやいや、それはないでしょ!
――アクア君は分かるけど、あかねはありえないっしょ。
――お兄様は優しいから、無理に庇ってあげてるんですねっ!
――さすがにそれはカズヤでもドン引きだわー……。
野次馬の様に話題に食いつき、自分の欲求を満たす言葉以外を決して認めない連中。
それがコメント欄を占めていた。
ではカズヤ君の本当のファンは一体どこに行ったのか。
何となく妹の姿を思い浮かべたら、理解出来た。
カズヤ君を前世から愛している妹であれば、彼の口から推している、つまりある種の好意を示していると告げられた女の名前。
それを知った瞬間に、調べるだろう。
彼が放った女の名前を。
その女の画像、プロフィール等々。
その人物が何故、カズヤ君に気に入られているのか。
それが最優先となり、コメントを返している暇がなくなる。
しかしそれを行うのは殆ど、彼の女性ファン。
他の面々は"へー"や"そうなんだ"、もしくは"誰?"といった相槌交じりのコメントを返していた。
だが、コメント欄の殆どを占めているのは声だけがデカい、自分の求める言葉しか認めない承認欲求の塊共。
彼らは決してカズヤ君のファンだから、この配信を観ている訳では無い。
トレンドに敏感で、それに乗っかっている事に自己陶酔している奴ら。
だからトレンドになっている"今ガチ"を観ており、発生すればトレンドの最上位に躍り出るカズヤ君の配信を観に来る。
そういった連中は、自分の感情を何よりも最優先に考えてしまう、自己没入感が強い傾向がある。
それは感情移入にも強く結び付き、ドラマや映画、漫画やアニメ等で――まるで自分がその世界の住人かの様な感情、意見を持つ。
だから、恋愛リアリティショーを観て……没入する。
没入するからこそ、番組の意図でヒロインとして描かれている、ゆきだけが彼らの中で正解となる。
ならばヒロインと敵対し迷惑をかけ、そして傷付けてしまう悪女は。
そいつらの中では、完全な悪役として心に刻まれてしまう。
だからこそ、誹謗中傷も厭わない。
気に入らないと、ブスだと、消えろと、死ねと。
それを言われて当たり前だと、それを言うのも当たり前の存在として、あかねを叩く。
晒し、否定し、貶し、許さない。
自分はあかねを攻撃する事で、ゆきを守っている。
そんな自己陶酔の勝手な正義感が、そいつの中で肥大化し続け、止まらない。
そして他の連中も同じ意見を述べているのを見て、それが世論なのだと誤解する。
あかねを叩いて良いのが世論。
だから、誹謗中傷を続ける。
そんな腐った悪意の権化が、SNSには多く存在する。
そいつらが、必ず話題になるカズヤ君の配信にも当然現れただけだった。
叩く相手が居る事で自分の愚かな正義感を満たす。
だから、自分が叩きたいと思っている相手について良く思っている人も、許せない。
それがはっきりと顕在化した、まるでSNSの縮図とも思えるコメント欄だった。
カズヤ君の口から俺の名前が出た事に、多少の驚きはあれど、すぐに納得出来た。
少し前の、彼との電話。
俺が出るから、"今ガチ"を観たと言ったカズヤ君。
だから彼の口から、俺の名前が出ても決して不思議では無かった。
『ありゃ。皆、茜ちゃんの事嫌いなの?』
僅かに驚きを含んだカズヤ君の声色。
それに対して、自分の中で正しいと思い込んでる感想が、次々と書き込まれていった。
――当たり前だろ。
――あんな女、好きな奴いねーだろ。
――ゆきちゃんにあんな事して、ホント許せない!
――そんな事言って、カズヤも実際はゆき推しっしょ?
――あんな事した女の事、皆嫌いだろ。
それは自分が思う絶対的な意見。
そしてそんな自分の考えを、カズヤ君も持っていて当然と言わんばかりの態度。
コメント欄を暫く読んだカズヤ君。
『あんな事って、何かあったっけ?』
彼の言葉は、そいつらにとって格好の燃料となった。
――もしかしてカズヤ見てない?
――あー、知らないんだったらしゃーないかも。
――ゆき殴っただろ。
――ゆきちゃん傷ついてホント可哀そうだった。
――あの女がゆきを殴ったんだよ。
カズヤ君は知らないんだ、あの事件を。
なら、教えてあげよう。
あかねが如何に、酷い人間なのか。
絶対に推しだなんて思わせない。
推しとなるべきはヒロインであるゆきか、次点でゆきに対して無味無臭であるメムしかいない。
そうであるべきだ。
だがこれは、こいつらだけの問題では無かった。
番組自体がそう意図し、そう演出しているんだから。
だから全てこいつらの責任では無かった。
彼らの総意を目にしながら、思う。
人を傷付けたあかねは、確かに悪い事をした。
全員にあかねを許せとは思わない。
だが、所詮は年端もいかない十代の少女が起こした問題。
決して全てが自分の責任となる、大人がやった行為じゃない。
だからこそ、ここまで叩く必要は無いんじゃないかと思ってしまう。
それは、放送には乗らなかったあの顛末を知っているからだろうか。
まだ未成年である一人の人間をここまで集中砲火にするのは、やり過ぎなんじゃないか。
それは、視聴者にそう思わせる演出をした、制作に関しても。
番組を盛り上げる為だけに大人が、一人の少女にその責任を全て負わせるのは、果たして如何な物かと。
『あー、あれか。それで皆嫌ってるんだ』
コメント欄を見たカズヤ君の言葉に、コメント欄が肯定で埋め尽くされる。
そして、画面に唯一映る彼にもまた、肯定させようと躍起になっていた。
だがそれは、
『じゃあ、俺の事好きな人ー』
何の脈略も無い彼の言葉で、一気に力を無くした。
――お兄様愛してますっ!
――生まれた時から好きでしたっ!
――カズヤっ、愛してるよっ!
――カズヤ君っ、前世の時から大好きだよっ!
――べっ、別にアンタの事なんか好きじゃないんだからねっ!
――ちっ、そんなこっぱずかしいこと言えるかよ。
あかねは悪者、そう認識させようとしたそいつらの言葉は、圧倒的な別の意見によって完全に埋もれた。
彼女を叩きたい人よりも圧倒的に多い、カズヤ君に届ける愛の言葉によって。
それは今の芸能界を、ある種象徴している様にも思えた。
"今ガチ"を観ている、あかねが嫌いで叩きたい。
そんな奴らよりも、カズヤ君のファンが圧倒的に多かった。
中高生を中心に人気の"今ガチ"。
しかしカズヤ君は、昔から芸能界の中心として幅広い層から圧倒的に支持されている。
"放送"というジャンルで彼の姿を観た事が無い、声を聞いた事が無い現代の日本人は居ない。
ならば"放送"というジャンルの中のたった一つの番組でしかない"今ガチ"が、カズヤ君自身の人気に負けるのは必然だった。
まるで革命の様に情勢が一変したコメント欄に、鳥肌が立つ。
……圧倒的に遠くて、大きい。
彼に対する印象を、改めて理解出来てしまったから。
彼の言葉が続いていく。
『ならさ、俺の事が好きな人は――茜ちゃんの事、嫌いって言わないでよ』
その言葉は、自分の中に自然と入ってくる。
『茜ちゃんが嫌いって言う暇あるんなら、俺の事を好きだって皆にもっと言ってよ』
その言葉は、彼に対する愛以外のコメントを益々消していく。
『俺、人の事嫌いって言う人……好きじゃないんだよね』
その言葉は、
――いいかテメーら! 絶対に許すんじゃねーですわ!
――お兄様の前から嫌いを撲滅しなくては……!
――カズヤお兄様は愛をご所望よ! 悪即斬!
――だからなんだってんだよ。
――上コメ。よろしい、ならば戦争だ。
――おい上コメ、ちょっと体育館裏来いよ。
反対の意見を、潰していく。
『お、結構分かってくれる人がいて良かった! 愛が溢れてる皆を愛してるよー』
その言葉は……彼の事を好きな人の心を、一つに纏めた。
『皆が誰を好きになるのも嫌いになるのも自由だし、好きにすればいいよ。でも、嫌いでも別に言う必要無いでしょ? 無関心で良いと思うんだよね』
その言葉が――彼の前から"嫌い"という言葉を、消してしまった。
カズヤ君の声だけが、変わらずに聴こえる。
『俺は茜ちゃんを推してるよ。昔、舞台で共演した事があってさ。すごい真面目な子でさ、俺に話しかけるのにすげーテンパってたよ』
ここで漸く、カズヤ君とあかねの接点が理解出来た。
『でも、ほんとにめちゃくちゃ頑張り屋でさ。心から応援したくなったし、成長を見てたくなったんだ』
ここで漸く、カズヤ君が動いた理由が理解出来た。
『演技の才能もピカイチ、本人かと錯覚する程にその人物になっちゃうくらいの天才女優』
ここで漸く、
『そんな黒川茜は俺の――――推しの子なんだ』
彼があかねを助けた、理由が分かった。
その後、次の仕事があるからと、カズヤ君は生配信を終了した。
動画を見終えた室内には、何の音も無い。
彼の配信を観て、聴いて、理解した結果。
思わず頭を抱えたくなる自分がいた。