"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
頭を抱えそうになった理由。
それは、理解してしまったから。
俺とカズヤ君。
それぞれがその心に落とした、言葉の意味を。
以前、彼と話した際の言葉。
家の近くにある喫茶店で、二人きりで話した際に、俺がカズヤ君に向けて伝えた内容。
話題を変える為に、妹の推し活の一環として問い掛けた内容。
カズヤ君の恋愛事情。
いや、彼に結婚をしないのかという、カズヤ君の好みを把握する為の質問。
そして同時に、彼の中にルビーを潜在的に存在させられないかという意図を孕んだ内容。
そこで俺が、悩んでいる彼に――特に好きも嫌いも無いけど、愛してる人は居ると言った彼に、伝えた言葉。
――好きかどうかは関係ない。カズヤ君が愛してるなら、その人はカズヤ君にとって――推しの"子"なんだよ。
さりなちゃんを愛しているカズヤ君、ならばその魂が入ったルビーも愛してくれる。
そう思い告げた、愛してる
カズヤ君が、どんな形であれ愛し続けているのはさりなちゃんだけ。
それ故に告げた言葉。
だが、違った。
いや正確には、俺が履き違えていた。
カズヤ君の愛の深さ――そして広さを。
推しの"子"として妹を意識させようとした俺。
だが、彼はもっと広義的に認識してしまった。
あの時、どういった人に愛を感じるのかと訊ねた俺に言った、カズヤ君の言葉。
――言い方が変かもしんないけど、苦労してたりとか可哀そうだなって思っちゃう人を見ると、何とかしてあげたいとか幸せになって欲しいって、強く思っちゃうんだよねー。
再び、頭を抱えそうになった。
カズヤ君が愛を抱く対象に――今のあかねは、どストライク。
"今ガチ"以前から真面目で一生懸命なあかねの姿を知っており、応援したいと思っていたカズヤ君。
だがそんなあかねが番組で問題を起こし、世間から悪だと認識されてしまった。
長年業界でトップを走り続けるカズヤ君が、以前のあかねの姿を知る彼ならば、番組の演出による悪意なのだと理解してしまうのは、容易に想像出来る。
そこからのあかねバッシングを目にして、彼女が苦労している、可哀想だと思ってしまうのも、理解出来てしまった。
そして、何とかしてあげたいと思ってしまうのが、カズヤ君なのだ。
俺はあの時、そんな対象はさりなちゃんだけだと思っていた。
だが、彼が言った意味は、それだけじゃなかったんだ。
たかが一度だけ共演した事のある、そんなあかねに対してもカズヤ君は可哀想だ、そして何とかしてあげたい。
幸せになって欲しいと、思ってしまった。
そして、この配信で彼が口にした言い回し。
そんな黒川茜は俺の――――推しの子なんだ。
これは間違いなく、過去に言った俺の言葉を受けてなのだと理解してしまった。
何故ならあの時、彼は初めて"推しの子"といった言葉を認識した様な反応を示していたから。
俺の言葉がまさか、妹以外の人間も意識させる結果になるとは……。
カズヤ君がここで"推しの子"という言葉を使った理由を、絶対に妹にはバレる訳にはいかなくなった。
バレたらその時は……恐ろしくて想像すら出来ない。
内心で恐怖に慄いていると、テレビ画面が真っ暗になる。
メムがリモコンで、画面を消したから。
彼女が静かに口を開く。
「……ホント、今まで頑張ってここまで来たのがバカバカしくなる動画だよねぇ」
「……は?」
どこか自虐的な笑みを浮かべる彼女に、そう返したのはケンゴ。
メムは表情を変えずに、言葉を返す。
「だって、今までSNSもやってなくて、ユーチューブの生配信もたった二回だけ」
メムは続ける。
「どっちも短い時間だけだし、話した内容もすごく限定的なのに」
メムは言葉を、続けた。
「たったそれだけで――ネットであかねの悪口を書いた人が、叩かれる様になったんだよ?」
表情を、続けた。
しかしすぐに、それは苦笑へと変わる。
「こんなの他の誰にも出来ない」
彼女は俺たちを一瞥する。
そして言った。
「もしカズヤ以外で出来るとしたら――B小町のアイくらいじゃないかな?」
その言葉は、俺の心臓を大きく鼓動させた。
彼女の言葉は、俺の中にある考えと一致したから。
アイは、この世界に降り立った、唯一の一番星。
そしてカズヤ君は――この世界を遠くから見守る、一番星。
その考えが、メムの言葉を聞いて漠然と思い出したから。
「まあ、アイでもここまでは出来ないかもしれないけど……」
自分の中にある何かを吐き出すかの様に、そう溢したメム。
「……どゆこと?」
伺う様にそう問い掛けたノブユキに、メムは顔を向ける。
「日本で他に追随を許さないくらいずっと人気なカズヤが、あかねの悪口を言う人が嫌いって言ったんだよ? 結婚もしてないカズヤに昔からガチ恋してるファンは、私たちが思ってるよりもずっと多いんだから、カズヤが"嫌いが好きじゃない"って言ったら、彼のガチ恋勢は……嫌いって、悪口を言ってる人を嫌いになって、袋叩きする様になる」
「え……それって」
何かに気付いた様な、ノブユキの声。
メムが、頷いた。
「そそ。少なくとも現時点で、あかねを誹謗中傷する投稿をした人たちは――カズヤの敵になった」
彼女の顔が動く。
やがて、両手で顔を覆いながらも赤らんだ耳が見える人物へと固定された。
「ならカズヤのガチファンは、あかねを悪く言う人を徹底的に叩き始める様になったんだ」
「……でもガチ恋してるなら、中にはあかねの事を気にくわない人もいるんじゃない?」
聞いていて疑問に思ったのか、ケンゴが訊ねる。
メムが、首を横に振った。
「確かにいるかもね。でも、それであかねを叩いたら……今度は自分が標的にされるから、叩けないんだよ」
彼女の言葉に「あー、そういう事」とケンゴが溢す。
メムが再び、苦笑を携えた。
「方法としてはあまり最適じゃないやり方」
普通はより炎上を加速させるだけの悪手なんだけど、そう続ける。
「でもカズヤには、あのカズヤだったら……最善で最適な方法だった」
メムが再び、全員を見る。
「最短であかねの誹謗中傷をSNSから消して、あかねを悪く言う人が悪いという世論に持っていく、あのカズヤにしか出来ない手法なんだよね。誰かを叩いている人を、これ以上無い人数が叩く――イタチごっこの終着点」
――誰よりも圧倒的な人気と狂信的な信者を抱える、誰よりも圧倒的な兵力を持ったカズヤだから許された方法なんだ。
そう締めたメムに、誰も返さない。
いや、返せなかった。
昔からカズヤ君を知る俺ですら、彼女の分析には思わず舌を巻いてしまったから。
知人以外での彼の評価。
それを再確認したから。
いや、思ってたよりも圧倒的に上方修正しなければならなかったから。
どこか疲れた様に息を吐くメムの姿が見える。
「こんな事されたら……ユーチューバーとしても、インフルエンサーとしても、今まで頑張ってきた事って何だったんだろって自信なくなっちゃうよ」
その姿は、決しておバカ系癒し枠をキープしたいと思っている態度ではなかった。
カズヤ君の人気は知っていた。
でもその裏で、彼の人気によって苦労してしまう、自信を無くしてしまう人が居る事を初めて知った。
見方を変えれば、カズヤ君の被害者であるメム。
ユーチューバーとしてはぽっと出のカズヤ君に、無力感を感じるインフルエンサー。
そんな彼女の姿が、妙に印象に残った。
「あっ、カズヤで思い出したけど」
不意に表情を変えたメム。
その視線が、再びあかねを捉えた。
「前に炎上対策で謝るのは下の下って言ってたけど、あかねがSNSで謝罪したのって……もしかして、カズヤの影響?」
その言葉に、全員の視線が一つに集まる。
暫くの静止。
やがて、顔から両手を離したその人物が――頷いた。
メムのため息が聴こえる。
「あー、だと思った」
不思議だったんだよねー、メムが続ける。
「最初はあかね真面目だから謝っちゃったのかなって思ったけど、ずっとなんか違和感あったんだよねぇ」
メムの言葉に、あかねが彼女を見る。
「……だって、カズヤさんが謝ってたから……やっぱり私も、謝った方がいいって思って……」
そう言って、再び俯いてしまった。
彼女の言葉を聞いて、思考に耽る。
カズヤ君が謝っていた。
そんな記憶を辿れば、彼の初回配信を思い出した。
それは、約十年前に起こした――"カズヤの乱"に関する謝罪。
あれを観て、あかねも謝ったのか。
その関連性を認識し納得するが、別の意見が思い浮かぶ。
だが、それは……。
メムの声が聴こえる。
「あれは、カズヤだから謝っても悪くはならなかっただけだよ! あかねが謝ったら……ううん、カズヤ以外が同じ謝罪をしたら、炎上を加速させるだけなんだから」
何か注意する様な口調でそこまで言って、メムはため息を吐いた。
その表情に、僅かな笑みが浮かんだ。
「……でも尊敬する、大好きなカズヤが謝ったんだからあかねも謝りたくなったんだもんねぇ」
俯いたままのあかねの耳が、再び真っ赤に染まるのが見える。
「確かに真面目なあかねだったら、愛しのカズヤの真似したくなるもんねー」
ゆきが、加勢する様にあかねへと告げる。
誰への加勢か、確認するまでもなかった。
メムとゆきに包囲されたあかねが逃れられる未来が、再び見えなくなった。
だが、決して彼女を助ける意図は無いが。
「あかね」
名前を呼ぶ。
僅かに顔を上げたあかねと、目が合った。
「アクたん?」
聴こえた声を無視。
聞こうと思っている内容を、口にする。
「どうやってカズヤ君に助けられたんだ?」
その答えは、果たして教えて貰えるのか。