"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第150話

 驚いた様に目を見開くあかね。

 そんな姿をただ、見つめる。

 あかねがもし話しても良いと思ったら、教えて貰える。

 彼の言葉を思い出し、余計な追及はしない。

 ただ、待つ。

 俺を、ケンゴを、ノブユキを見て、俯いた。

 

 

「…………死のうと、思った……」

 

 

「……えっ」

 

 その声は、果たして誰のものだったんだろう。

 あかねの近くに移動したメム、そしてゆきは――悲し気な表情で彼女を見ている。

 そんな姿を目にし、恐らく眼前にいるこちらに背を向けた女性もまた、似た様な表情をしているんだろうと思った。

 同時に、理解する。

 彼女らは既に、あかねから聞いているのだろうと。

 ならば先程の声はノブユキか、ケンゴのどちらか。

 だがそれを検討付けるつもりはなかった。

 些事。

 故に、俯いたままのあかねを見続ける。

 

「…………私が悪い事したから、だから皆の意見をちゃんと見なくちゃって……ちゃんと受け止めなくちゃって思って……」

 

 あかねは、ぽつりと溢した。

 

「……でも、やっぱり無理で……逃げたくなった……」

 

 ゆきが、あかねを抱きしめる。

 それでもあかねは俯いたまま。

 

「……私がゆきちゃんを傷付けたのに、悪い事したのに皆の意見を受け止めきれない自分がいて……そんな自分を嫌いになって……でも、やっぱり攻撃され続けるのが耐えられなくて……」

 

 身体を震えさせ始めたあかねを、背後に回ったメムが静かに頭を撫でる。

 

「……ご飯食べなきゃって思ったけど…………もう疲れたって思って……」

 

 眼前の人物もまた、肩を震わせるのが見えた。

 あかねは、言う。

 

 

「…………歩道橋から、飛び降りようって思った……」

 

 

 その言葉に、心臓が激しく高鳴った。

 歩道橋。

 それは彼女を探す上でルート指定した中に入っていたもの。

 他の二人ではなく――俺のルートに入っていたもの。

 その事実を把握し、心臓の痛みが強くなる。

 ……俺は、取りこぼす所だった。

 いや、カズヤ君が居なければ、取りこぼしてしまった。

 それを認識したから。

 あかねの家から近場のコンビニ。

 俺が、あかねが辿ったルートを探していた。

 歩道橋は、通った。

 でも、居なかった。

 でも、居た。

 何故という言葉が浮かぶが、直ぐに消える。

 カズヤ君という存在が無ければ、あかねはここに存在しなかったかもしれない。

 その事実にただ、愕然とする。

 同時に、自己嫌悪に至る。

 流石はカズヤ君だと、そう片付けるのは簡単。

 だが今回は彼の力であかねが助かった。

 しかし、それは過去にあかねとカズヤ君で接点があったから起きた奇跡に過ぎない。

 仮に、あかねとカズヤ君が会わないままの世界線だとしたら、カズヤ君は果たして動いただろうか。

 俺は、果たしてあかねを見つけられたんだろうか。

 その事実に、やはり心臓の痛みが強くなる。

 たった一つのボタンの掛け違いで、やはり失ってしまう命があると再確認出来てしまったから。

 あかねだけでは無い。

 母さん、妹だってそうなってしまう未来があるかもしれないという現実を、今まで以上に強く突き付けられたから。

 死に触れる。

 それも、助けられた命が救えない。

 それがこんなにも恐ろしく、耐えがたいとは思わなかった。

 いや、思ってはいたが――認識が甘過ぎた。

 あかねに対してで、こう思ってしまうんだ。

 ならば彼女以上に、自分の内側に存在する人物。

 アイ(母さん)ルビー(さりなちゃん)

 たった二人の家族の命を取りこぼしてしまったなら……。

 俺は果たして、その現実を受け止められるんだろうか。

 だからこそ一刻も早く、父親を捜さなければならない。

 だからこそ一刻も早く、家族の安全を確立しなければならない。

 その思いが今まで以上に強く、俺の心に刻まれる。

 そして同時に、強く意識させられた。

 父親を捜すだけでなく、その間にも家族を守り続ける方法を。

 故に知りたい。

 カズヤ君がどうやって、あかねを助けたのか。

 その真実が漸く、彼女の口から教えられた。

 

「……その時、助けられたの……知らない女性に」

 

 あかねの言葉に、思わず疑問符が浮かぶ。

 

「……え、カズヤじゃなくて?」

 

 ノブユキの言葉。

 

「カズヤはさっき観た通り、あかねの傍には居なかったでしょ?」

 

 だが、頭を撫で続けるメムの言葉に、「あー、確かに」と思い出した様な声を漏らしていた。

 

「……それで、知らない女性って誰だったの?」

 

 続く様に問いかけたケンゴの言葉に、あかねが返す。

 僅かに首を横に振る。

 

「……分かんない、最後まで教えてくれなかったから……でも、こう言ってた……」

 

 彼女は続ける。

 

 

「"カズヤさんから依頼を受けて、貴女の警護を担当している者です"、って……」

 

 

「……は?」

 

 その声は果たして誰のものだったんだろう。

 今回ばかりは、俺の可能性もあった。

 

「……カズヤから、警護されてたの?」

 

 ケンゴの言葉に、あかねは再び首を横に振った。

 

「……全然知らなかった。カズヤさんが私に、警護をつけてるなんて……」

 

 その言葉に、思わず考え込んでしまう。

 カズヤ君はあかねに内緒で、彼女に警護をつけていた。

 

「……じゃ、じゃあ、カズヤが内緒で勝手にやったって事?」

 

 俺が抱いたのと似た疑問を、ケンゴが訊ねる。

 あかねは、頷いた。

 

「その人が言ってた……"また、あの人のお節介ですよ"って」

 

 彼女の言葉に、改めて思考に耽る。

 あかねの言う"その人"とは、そのまま考えれば間違い無く、あかねを助けたという女性の事だろう。

 その人物が"また、あの人のお節介ですよ"と言った。

 ならばその言葉に出てくる"あの人"とは、これまでの内容を鑑みれば――カズヤ君だと思う。

 お節介。

 その言葉は、カズヤ君との電話での内容を思い出せば、意味を何となく理解出来た。

 

 ――だから茜ちゃんが起こした問題も知れたし……準備も出来た。

 

 彼の言葉の中で放たれた、"準備も出来た"。

 それが、お節介なんだろうと。

 つまりそこから考えられる意図としては、一つ。

 あかねの問題、彼はそれを観てから、もしくは炎上を知ってから準備を始めた。

 忙しい自分は動けない、ならば他の人に手を貸して貰う。

 それが、あかねにも内緒で彼女に警護をつけるという事。

 対象者に内緒でその身辺を付け回す。

 その言葉だけを見ればまるでストーカーの様だが、そう思わないのは俺がカズヤ君という人間を知っており、信頼しているからだろうか。結果的に、こうしてあかねを救ってくれたからだろうか。

 決して法律に遵守した方法では無い。

 だが、カズヤ君という人間を考えれば、それも込みでこの方法を使ってしまうのは、何となくだが納得出来てしまった。

 一歩引いて、見守る愛。

 彼を表すその言葉に、正に当て嵌まる行動だったから。

 そして一般的なストーカーとは違い、その対象者へは何も求めないからこそ、彼の行動をどこか正当化してしまう自分が居た。

 それはやはり、カズヤ君という人間を知る俺の贔屓なのかもしれない。

 他の人間からすればそんなストーカー紛いな行動を許せないという人も、当然居るに違いない。

 だが、既にカズヤ君という人間を把握している俺にはそんな事、到底思えなかった。

 見返りを求めずにただ遠くから見守り、幸せになって欲しい。

 それだけを願うカズヤ君(一番星)を、決して非難なんて出来る訳が無かった。

 そして何より、家族を守る為にそんな方法もアリだと――そう思ってしまう自分が居たから。

 炎上してしまったあかねが、万が一の行動を取った際には助ける。

 もしくは、それに加えて彼女の家や周りに悪意を持って攻撃を仕掛けてくる不審者が現れた場合の対処。

 その為にカズヤ君は、あかねに警護を付けたんだろうと思った。

 だが、あかねを助けた女性から出た"また"とは……。

 その言葉が自分の中で、妙に印象に残った。

 

「……そこからは、車に乗せてもらって、さっきの配信を観たの……」

 

 そう締めたあかね。

 漸く、事の全貌を理解出来た。

 僅かに沈黙が漂う。

 

「でもさ、さっきも言ったけど知らない人の車に乗るなんてあかねも不用心だよ」

 

 沈黙を破ったのはゆき。

 あかねは可愛いんだから気を付けないと、そう続ける彼女を一瞥したあかねが俯いた。

 

「……でも……カズヤさんの知り合いだった、から……」

 

 呟く様に放たれたその言葉に、周りの二人から同時にため息が聴こえた。

 

「……全く、人を信じすぎだよ」

 

 ゆき。

 

「まあ、真面目なのがあかねの良いとこでもあるけどねぇ」

 

 メム。

 

「…………ごめん……次からは、気を付けるね」

 

 あかねの言葉に、再びため息を溢すのだった。

 

「……ま、愛しのカズヤの知り合いだもんねっ。カズヤラブなあかねなら仕方ないっか」

 

「自分の窮地をさらっと助けてくれた、まるで白馬の王子様だもんねぇ」

 

 再びの二人の言葉。

 それを聞いたあかねが勢い良く顔を上げた。

 

「ちっ、ちがっ、違うからっ……カズヤさんは尊敬してるだけで、それだけだから……!」

 

 顔を真っ赤に染めながら二人に言い返すが、その言葉を真に受ける人間は誰もいない。

 

「……とりあえず闇落ちしなかったけど、無事にカズヤ堕ちしたと」

 

「別に何も上手くないけど……そういう事っぽいね」

 

 二人で会話するノブユキとケンゴに、あかねが顔を向けた。

 

「ふ、二人までっ……別にそんな事じゃなくて……!」

 

 弁明する様なあかねを無視して、俺は眼前の人物に声をかける。

 

「あかねのお母さん、どうやらあかねの人生は険しそうですが、大丈夫ですか?」

 

 声を掛けた人物が、こちらに半身を向けた。

 

「……そうねぇ……でも、この子は昔からだから、そこは仕方ないわねぇ」

 

「アクアくん……お母さんもっ……!」

 

 顔から朱が取れないあかね。

 それを見て楽し気に、嬉し気に笑う面々。

 誰かが言っていた言葉を借りて、胸中で呟く。

 その羞恥心は、皆を心配させた罰だと思って我慢してくれ。

 日常が、漸く訪れた。

 危機が去った今、俺の心に残る一つの思い。

 あかねを死へと追いやりかけた、カズヤ君が居なければあかねを死へと追いやっていた。

 そして俺に、家族の死を連想させた。

 そのストレス、そして怒り。

 

「それで、あかねはいつカズヤの事好きになったの?」

 

「ちがっ……か、カズヤさんは、その、尊敬してて……」

 

「その顔で尊敬だけって言われても説得力ないよねぇ」

 

「昔から、カズヤ君の事ばっかり見てたものねぇ」

 

「お、お母さん……!」

 

「……俺らも混ざった方がいい感じ?」

 

「いや、女子の恋バナに入る勇気ないよ……」

 

 目の前の光景をただ見つめる。

 もしボタンの掛け違いがあったなら、こうはならなかった未来。

 だからこそ、思う。

 こうなり得なかったかもしれない、その原因。

 あかねを死へと追いやりかけた、何も考えずただSNSで彼女を誹謗中傷した奴らに。

 そして、そいつらを扇動する様な演出をした、番組の制作陣に。

 

 ……腹が立ってしょうがないんだよ。

 

 メムの考察が正しいとすれば、カズヤ君によってあかねに対するバッシングは極端なまでに抑制された。

 だが彼の言葉の通り、それを行うのはカズヤ君を好きな人だけ。

 ならばまだ、あかねを叩く人はいるだろう。

 その影響であかねが、このまま番組に戻らず終わってしまうかもしれない。

 たかが十代の少女一人に寄ってたかって叩いた結果、その少女の未来に暗い影を残し続けて良いのだろうか。

 これがまかり通ったならば、これからアイドルになる妹にもそんな未来が訪れる可能性があって、果たして良いのだろうか。

 ならば、禍根となるべき芽は……摘む必要がある。

 再び、目の前の光景に意識を戻した。

 和気藹々とあかねの元に集まる面々。

 恥ずかしそうにしながらも、その輪の中で自然体なあかね。

 そんな彼女のどこが、世間で言われている悪女だと言うのか。

 目の前に広がるこの光景こそが――真実。

 故に、決めた。

 ――この件をアクアがどう思うかも自由だし、どう動いてもそれを支持するよ。

 ――でも、もし茜ちゃんを想っての行動をするなら。

 カズヤ君の言葉を思い出す。

 彼は、俺がこの後にどう動こうがそれを支持すると言ってくれた。

 それは即ち、俺の行動がカズヤ君が望む行動だという事。

 ならば俺の意思が、彼の意思という事に他ならない。

 つまり彼の意思という事は。

 

 

 ――外は俺が何とかするから、中はお願いするね?

 

 

 "カズヤの乱"。これに失敗はあり得ないのだから。

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