"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
あかねが出演しない、再びの収録。
現場でメムと鉢合わせし、要件を伝える。
「えぇー……皆が映ってる映像や写真って言われても……」
自分のスマホを弄りながらそう返したメム。
彼女に伝えたのは、あかねを含めた全員が映っている映像や写真の提供。
「そんな沢山は無いよ?」
いきなりの事に驚きつつもスマホを操作していくメムが、眉を下げながら再び口を開く。
「いうて一〇〇枚あるかないか……」
めちゃくちゃあるじゃねーか。
「何に使うの?」
共有ファイルのリンクをこちらに送りながら訊ねたメムに返す。
「"今ガチ"はプロが編集したコンテンツだろ? そこには"あかねを悪役にしたら面白い"っていう意図が存在する」
本当は、このアクションを起こす前に、やろうと思った事がある。
それは――あかねが自殺しかけたという情報を、報道機関に提供する事。
番組が切っ掛けで炎上した未成年の少女が、炎上を苦に自殺を図った。
この報道が世間へと公開されれば、世論に変化が訪れる。
炎上した少女が悪い。そんな世論から、自殺しかける程に叩く奴らが悪いという風潮へと。謂わば印象操作だ。
誰かを傷付ける人物よりも、誰かを死に追いやる人物。
世間的には、後者の方が遥かに悪役として捉えられやすい。
更には炎上している少女よりも、たった一人の少女を多くの人間が誹謗中傷して死ぬ寸前まで追い詰めた。
心情的にも、それはやり過ぎだと多くの人が思える内容になる。
黒川あかねは誹謗中傷され、自殺を図った。
たった一番組で、出演者を傷付けてしまった。そんな内容よりも、自殺というワードは幅広い層に刺さり、"今ガチ"に興味の無い多くの人間に"怪我"をさせた人よりも"死"に追いやりかけた人たちが悪者という印象を与える様に。
だが、やめた。
理由は二つ。
"今ガチ"に興味の無い人間への影響は、既にカズヤ君が行ったから。
彼が行った配信はすぐさまネットニュースになり、そしてトレンドの上位を支配した。
そして"今ガチ"を知らない人間たちに、一人の少女へのバッシングはやり過ぎだという印象を与える。
彼に関する記事は決して、ネットニュースだけではない。
翌朝の新聞各社、情報番組、ラジオ、週刊誌等々全てのメディアがその内容を連日特集したのだ。
彼の影響力を考えれば、それも当然。
SNSでの誹謗中傷に関する問題は時折世間の話題となっており、更にそれに対して苦言を呈したのがあのカズヤ君なのだから。
今までそう言った発言をした事が無い彼の言葉は、全メディアにとって最高の特ダネとなった。
故に、SNSを使わない層にまで、情報が行き渡る。
誹謗中傷は良くない、例え嫌いでもそれをSNSで言う必要はなく無関心でいよう。
カズヤ君の発言は至極真っ当。
だからこそ様々な番組で、コメンテーターの意見もカズヤ君に同調したものばかり。
まあ、カズヤ君を批判する意見を言った日には干されるという思いもあったに違いないが……。
それでも間違っていない彼の言葉に乗るだけで支持を得られるんだから、コメンテーターやニュースの内容としてその方向で進行するものばかりなのは明白だった。
これにより、世論は完全に決まった。
"今ガチ"に対する物ではない。
"今ガチ"、そして黒川あかねに関係なく――SNSで叩く、誹謗中傷する人が悪いと。
だからこそ、ここであかねが自殺を試みたという情報を報道機関に提供するメリットは無くなった。
それをする事で、少なからず更に世論を傾ける事は出来ただろうが、それでも提供する情報に対してメリットが少な過ぎた。
そして何より、二つ目の理由。
それはその情報を提供するメリットが少な過ぎるという内容にも関わるが、単純にデメリットの方が大き過ぎたから。
理由は一つ。
カズヤ君の考えを無下にしてしまう、それだけだ。
仮にあかねが自殺未遂という情報を報道機関に提供した場合、では何故未遂で済んだのかという話になる。
それをもし細かく調べられた場合、カズヤ君が助けたという真実に辿り着かれる可能性があったから。
もしそれがバレた場合、何故カズヤ君は態々あかねを助けたのか。
それがメディアにとって最大の特ダネとなってしまう。
そうなってしまうと、折角カズヤ君が配信で伝えた内容が霞み、あかねの誹謗中傷を止めるという本質から逸れ、世論から見向きもされないあかね叩きが続く。
故に俺が報道機関にリークする事で、カズヤ君が行った結果を無に帰してしまう可能性があり、取り止めた。
一歩引いて見守るカズヤ君の存在を世間に知らせたくはないという思いもあったが。
だからこそ、メリットよりも圧倒的にデメリットが大きいと判断し、この方法は執らなかった。
これからやろうとしている事。
それは――本当のリアリティショー。
エンタメ等存在しない、真実だけを映したドキュメンタリー。
だが、当然"演出"はする。
メムに対して、言葉を続けた。
「どんな聖人も、一面だけを切り抜いて繋ぎ合わせれば……悪人に仕立て上げられる」
全体の画としてはキッチンで肉などを捌いた包丁を持っている笑顔の人物だとしても、血が付着した口許と手に持った血の着いた包丁だけをフォーカスして切り抜けば、それは殺人鬼が嗤っている姿に思わせる事も可能。
それが"演出"っていうもの。
だが全ての切り抜きが、悪にしかならない訳では無い。
「俺には映像編集のスキルもあるし、素材さえあれば……」
切り抜きによって、その人物が良い人だと思わせる"演出"が出来る。
だが、それを行うには素材が必要。
故にメムへと素材を持っているのか訊ねたのだ。
俺の言葉に、何やら考え込んだメム。
やがて、口を開いた。
「なるほど、つまりアクたんは"私たち目線の今ガチ"をやりたいんだ」
その言葉に頷く。
そんな俺を、彼女は無言で見つめる。
「……それって誰かの入れ知恵? 自分で考えたの?」
言葉の意図が分からず素直に「自分だけど」と返せば、メムがにやりと笑みを浮かべた。
「へぇ……勘所わるくない」
言葉を続ける。
「今この状況って、広告代理店風に言うと――能動視聴者数が多く強いインプレッションが期待できる状況、ってやつなの」
メムに視線を合わせる。
「あかねへの叩きはカズヤが沈静化させたけど、それでも目減りしたってだけ。カズヤのファンから叩かれても自分の正当性を主張したいって思ってる人も多い。あかねが悪いし嫌いってね。そしてそんなやり取りを黙って見てる人が殆ど。カズヤのファンでも無くあかねを好きでも嫌いでもない、ただただ静観している"
彼女の言葉は、俺に具体的なイメージを抱かせる。
「そこに"
カズヤ君の意見が国民の世論を動かし、全体の情勢は一気に傾いた。
だが、SNS上ではカズヤ君のファンが、あかねを叩く人を叩いている現状。
彼は恐らく、この状況を許容してまで、彼女を守ろうと動いたんだろう。
"推しの子"を幸せにすると言ったカズヤ君。
自分をクズだと言ったカズヤ君。
自らをクズだと言った彼なりの"推しの子"を助ける、幸せにする方法がきっと、これだったんだろうから。
だが、彼の言葉だけで動かない人々もいる。
その様な人たちは、世論的にはあかねをバッシングする人が悪いという流れを把握している。
しかしこうして、叩く人を叩いている現状を見て、本当にカズヤ君の意見が全て正しいのかと悩んでいる人も多い。
そんな彼らに、後押しとなる起爆剤を投下出来るのは、あかねを叩く側でもカズヤ君側でもない。
第
皆と仲良くするあかねを、あかねと一緒に楽しそうな皆を見せる。
様はあかねが悪い訳ではなく、あの件は番組側の悪意を持った演出だと認識させる。
そうする事で静観していた人たちは、別目線からの意見を公平な内容だと思い、それが事実だと認識し、それが正義だと納得する。
それが、俺のやろうとしている事だった。
「これだけ注目されてる中だもん、"無言の人々"の気持ちをまるっと傾けられるかもね」
メムも当然、理解している筈。
別に現在何も発言していない人々に、カズヤ君陣営へと入りあかねを叩く人を一緒に叩いて欲しい訳では無い。
それではカズヤ君が言った"嫌いでも言う必要はなく無関心"という本質から逸れ、無意味に分断を招く結果となる。
俺らは、静観している人々の心に残る疑問を解消するだけ。
カズヤ君の言葉だけでは伝えきれない、"今のあかねが悪い人間ではなかった"という確信を提供するのみ。
故に何かアクションを求める事は無く、この件はあかねが原因ではなく番組のせいだと思って貰い、早々に興味を無くさせる為の演出に過ぎない。
メムが言葉を続ける。
「アクたんが作った動画を私たちなら公式アカウントにアップ出来るし、導線は確保出来てる。」
動画のクオリティ次第ではデカめのバズも期待出来る、そう言い放ったメム。
「完成したらデータちょうだい! アップしとくよ!」
「いや、それ位自分で」
笑顔で手を差し出してきた彼女に、思わず返す。
こないだ習ったんだ、アップくらいは自分で出来る。
だが、それを言い終わる前に、メムが言葉を重ねた。
「アクたんは何曜日の何時にアップするのが一番リツイート稼げて、何文字程度の投稿が一番インプレッション高いか知ってるの?」
彼女の言葉に返す言葉が見当たらず「いや……」と、薄い返事をしてしまう。
何となくカズヤ君の姿が頭にあり、細かい内容は特段考えていなかった。
そんな俺を見てか、メムが畳みかけてくる。
「私はネット上でマーケティングとセルフプロモーションでここまで来たんだよぉ? こう見えてバズらせのプロなんだけどぉ?」
自信しかないその表情を見て、何も言い返す事が出来なかった。
漠然と、こんな顔も出来るのかなんて思いつつ、ならば任せるしかないと言葉を返す。
そして決まった内容を他のメンバーにも共有。
ケンゴが、楽曲を提供してくれる事になった。
ゆきが、映像を提案してくれる。
「でもやっぱさ、あのシーンは欲しくない?」
その言葉に疑問を返せば、彼女が続ける。
「ほら、あかねが私を叩いちゃって……それを私が優しく抱きしめるシーンっ」
ゆきの言葉にノブユキが「あー」と頷きつつ、声をかけた。
「でもあそこカメラ止まってて」
「ふふっ、甘いなぁ」
彼の言葉に被せたゆき。
歩き出して、とある場所で足を止めた。
「プロモデルである私が、定点カメラの位置を気にしてないと思う?」
そう言って、柱に設置された定点カメラを軽く叩く。
やがて、満面の笑みを浮かべた。
「一応カメラに気持ち良く映るポジでやってたんだよ?」
「色々と台無しなんだけど……」
どこか引き気味のノブユキとケンゴの顔が印象的だった。
外に出て、ディレクターの男に声をかける。
あかねがゆきを叩いた後の映像を持っているのか、確認する為に。
ゆきは言っていた。
――絶対スタッフは取っといてる。分かって隠してるんだよ。
ズルいよねー、と感想を漏らした彼女の言葉を思い出す。
「いやまぁ、あるにはあるけどね?」
軽く笑みを浮かべるディレクターの言葉は、ゆきの言葉を裏付けた。
「映像データは持ち出し厳禁。流石に渡せないぞ」
そして同時に、目の前の男がやはり悪意を持って編集したのだとも。
彼の言葉に「そうですね」と返し、言葉を続ける。
「表に出れば出演者を悪役に仕立て上げる演出をしたって、白状するようなものですから」
この注目されてる中そんな事をすれば、あかねへのバッシングが番組へ向かいかねないですもんね。
そう告げれば、男は表情を消した。
「……理解が早くて助かるよ」
だが、すぐに笑みへと変わる。
「僕らがやっているのは"リアリティショー"というエンタメだ。皆、リアリティのあるイザコザが楽しみで番組を観ている」
その言葉は、業界人としての言葉。
「僕らはあかねに何も強制していない」
その言葉は、
「それはあかねの選択で、僕らは視聴者に向け"分かりやすく演出"してるだけ」
番組の事だけを考えている言葉。
「嫌ならNG出せば良かった。そうすればこっちだって使わなかった」
違うかい? その言葉は、問い掛ける様で問い掛けていない。
「あかねは責任感強いんですよ」
だからこそ、
「知ってるよ、ずっと撮ってるんだし。あかねはプロで……僕らも仕事でやっている」
人間として、最低な奴だと思った。
「プロね……」
思わず溢した、そんな感想。
プロ。
確かにあかねは女優であり、その道のプロとも言えるかもしれない。
だが今回の件を、プロだからというだけで片付けてしまって良いのだろうか。
「Dは、今いくつですか?」
そう訊ねれば、僅かに首を傾げつつも「三五だけど」と返してくる。
三五歳か。
……だが。
「あかねは一六だ」
お前の、半分以下だ。
「プロだろうとなんだろうと、一六歳なんて間違いばっかのクソガキだろう」
お前がもし一六の時に失敗して、それで炎上しても"プロだから"という言葉で責任を取らされて、耐えられたか?
それが仕組まれた悪意による押し付けだと知っていて、納得出来るのか?
三五のお前が、お前の半分も生きてないガキに責任を全て押し付けて、それが仕事だって言えるのか?
「大人がガキ守らなくて、どうすんだよ」
今抱く気持ちを、その一言に乗せた。
最低な男に、本心をぶつける。
俺の言葉は目の前の男からやがて、ため息を引き出した。
彼は静かに、背中を向ける。
こいつは、最低な奴だ。
「――言えてるなぁ」
だが、"最悪"ではないと思ってしまった俺は、果たして甘いんだろうか。
「あー違う違う!」
背後から、こちらにストレスを溜める言葉が飛び交う。
「そこ長尺の方が素人が頑張って作った感出るって!」
「ここで俺の曲でしょ!」
「バーンって感じで行こうぜ!」
そんな言葉を掛けられ続け「うっせぇなぁ……」と溢した俺は、絶対に悪くない。
ここ数日、深夜までメムの家に集まり動画編集を行っていた。
連日朝までに及ぶ作業は、そのまま学校に行く俺にとって過酷を極め、ほぼほぼ不眠不休が続いているのだった。
……作業してる俺を置いて眠くなったら寝てるこいつら、マジで許せん。
そして何より、
「てかスタッフさん、こんな写真くれたんだけど!」
「やばーっ! 使お使お!」
「いや構成……」
こうして作業の邪魔をしてくる連中のせいで、無駄に時間がかかっていた。
けれども何とか制作を進めていると、漸く終わりが見えてきた。
眠い……。
「良いよっ、凄く良い!」
プレビューを観た奴らが歓声を上げて、こちらの睡魔を邪魔してくる。
誰からも注文が無くなったので動画を完成させる為にレンダリングを開始。
終わるまで時間が掛かる為、ひと眠りしようと目を閉じた。
「ほら監督、レンダリング終わったよ。投稿しちゃうからね」
不意に聴こえた声に意識が戻れば、然程時間が経っていないのが分かった。
眠気が一切無くならず、寧ろ僅かに寝た事でより一層の睡魔に襲われた。
だから、
「くそ……良いスペックのマシン使ってるな……もう少し寝かせろ……」
そう溢した俺は、絶対に悪くない。
しかしそんな俺を気にする奴はいない。
俺を起こしたメムですら、何とも無い表情でこちらを見ているだけ。
他の連中は皆、画面に夢中だった。
「どん位伸びるかなっ?」
楽し気な口調のゆき。
「最低でも五〇〇〇は行って欲しいよねぇ」
続けた言葉に、メムが返す。
「それも結構難しいよー。気合い入れて作ったものほど意外と伸びなかったりするからねぇ……」
妙に実感の籠った言葉だな、なんて回らない頭で思う。
「最初の一分で一〇〇リツイート位行けば……最終的に結構なバズにはなると思うけど」
予測を伝えるメムに「一〇〇な」といった声が届く。
その主であるノブユキが、爽やかな笑顔で告げた。
「まぁ、やるだけやったんだ――さぁショーダウンと行こうぜ!」
「お前が一番何もやってねぇくせに……」
「リーダー面がひどいね」
声を出さなかった面々も、似た様な表情をしていた。
既に動画が添付され、文言も完成している投稿画面。
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沈黙が部屋を支配する。
誰かが、固唾を呑んだのが分かった。
リツイートが三。
そして一四へと徐々に増える。
やがてそれが、一五へと表示を変えた時。
約一分後には、一〇万の大台を突破した。
眠気が僅かに醒めた俺を除いて、部屋に歓声が響き渡る。
その一分後。我に返ったメムが、まるで生気を感じない目で笑っていたのが印象的だった。