"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第152話

 カズヤ君と、あの動画により炎上騒ぎは、殆ど収束を見せた。

 だが、炎上に完全な解決は無い。

 これからも事ある度に蒸し返されて、言い続ける奴は十年後も言い続けるだろう。

 あの、"カズヤの乱"の様に。

 しかし、この上無い収まり方をしたのは事実だった。

 一人を除いては。

 

「……ははっ……笑えばいいよ。自信満々に"バズらせのプロ"とか言った私を……何曜日の何時に投稿すればとか、何文字が一番インプレッションを稼げるとかドヤ顔で豪語した私をさ……」

 

 生気の無い目で笑う、メムの姿があった。

 次の収録日、動画を投稿してから数日空いた今日だが、メムの様子は変わっていなかった。

 

「あははー……こりゃ重症だねー」

 

 そんな姿を見たゆきが苦笑する。

 

「……まさか、あんなバズり方するなんて思わないじゃん……」

 

 正に意気消沈といった様相のメムに、声をかける。

 

「いや、最初から想定してたけど」

 

「ちょっとっ!」

 

 正直な感想を述べれば、険しい目をしたゆきに睨まれる。

 意味が分からん。

 

「…………あはは……トレンドも理解出来ないインフルエンサーは、私でしたぁ……」

 

 益々落ち込んだ様子のメムを眺める。

 ゆきが静かに近付いてきた。

 小声で話しかけてくる。

 

「ちょっとっ、余計落ち込んじゃったじゃん! ちゃんと慰めて!」

 

 彼女の言葉に思わず困惑する。

 慰めるったって、一体何を慰めれば良いのか。

 こいつが落ち込んでるのは、自業自得とまでは言わないが、それでも想定内を想定しなかった結果。

 特に何を言えば良いのか、全く分からない。

 俺の態度を見かねたのか再び表情を険しくしたゆき。

 耳元で囁かれた。

 

 

「フォローしてあげないと……収録中、君に絡みに行くよ?」

 

 

「メム」

 

 落ち込んだメムに、声を掛ける。

 ゆきの言葉は、脅しだった。

 俺は既に番組の中でコンテンツを持っており、これ以上目立つ必要は無い。

 故に、収録中にゆきからこちらに関わって来られたら、最悪ゆきとメムと俺の三角関係みたいな演出にされかねない。

 それはつまり、今の安全圏での最低限の取れ高を放棄し、地雷原に足を突っ込み踊り続けなくてはならない事を意味する。

 対俺へのリーサルウェポンを向けてきた彼女の言葉は俺を、メムのフォローへと回らせた。

 

「……アクたん……SNSの事を何も分かってないのに知ったかぶりする、おバカ系おバカ枠の私に何か用……?」

 

 こりゃ、重症だな。おバカ系おバカ枠ってなんだよ。

 ゆらりと視線を向ける彼女に、そんな感想を抱く。

 

「ほらっ、早く慰めてっ」

 

 背後から聴こえた声に、背中を押され続ける。

 とりあえず、フォローしてみるか。

 そう思い、口を開いた。

 

「まあ、カズヤ君の影響力が凄すぎたんだ。切り替えろ」

 

「…………ですよねぇ……たった(いち)ユーチューバーでしかない私なんて……何の影響力も無いよねぇ……」

 

「ちょっとっ! 余計ダメージ与えてどうすんのっ!」

 

 その言葉と共に、背中を思い切り抓られた。地味に痛い。

 

「とりあえずこう言ってっ――"俺にはメムしか見えてない、だから早く笑顔を見せてくれ"」

 

 誰がそんな気色悪い事言うか。

 

「それか――"他の誰もがカズヤを一番だって言っても、俺だけはメムが一番だって言い続けるよ"」

 

 囁き女将やめろ。

 思わず、ため息を吐いた。

 ……仕方ない。

 

「確かにカズヤ君のお陰でバズったとは思うけど、あそこまで一瞬で伸びたのはお前があのタイミングで投稿だって選んだ事も、間違いなく理由の一つだ」

 

「……アクたん……?」

 

 僅かに顔を上げてこちらを見たメムに、続ける。

 

「お前があの曜日あの時間、そしてあの投稿内容にしたから俺の想定を超えたバズり方をしたんだ」

 

 あの動画は、リツイートが一五件に達した段階で、急速な変化を見せた。

 そこでリツイートをした人物。

 それがカズヤ君のアカウント。

 その直後からまるで指数関数的に件数が伸び、最終的には約四〇万を超すリツイートと相成った。

 だがそれは、カズヤ君だけの功績では無いと思っている。

 一番インプレッションを稼げるタイミング、つまりユーザーの多くがSNSを見る曜日や時間をメムが選んで投稿したから。

 だから、カズヤ君がリツイートをしたタイミングで急速に数字が跳ね上がった。

 皆が見ていない曜日や時間帯だったなら、投稿する内容がもっと違ったなら、ここまで綺麗な急上昇は起こらなかったかもしれない。

 所詮は結果論。

 だが結果的には、予想を大幅に超える伸びを見せたんだ。

 だから結果としてはメムがそれに一役買ったとも、言えなくは無いだろう。

 故に、その言葉に嘘は無い。

 やるじゃん、そう背後から小さく聴こえたが無視。

 

「アクたん……」

 

 呟いたメムの瞳に、僅かに生気が宿った気がした。

 

「……ありがと」

 

 僅かな笑みは、何を思ってか。

 だがその様子を見て、とりあえずは一件落着だと思えた。

 ……そうだ、忘れない内にこれだけは言っておくか。

 

 

「お前んち、寝辛くて数日肩こり治んなかったぞ」

 

「こちとらまだ落ち込んでるんですけどッ!」

 

 

 本音を言っただけなのに、何故背中も抓られないといけないのか。

 

 

 

 

 

 

 その後あかねが現場に現れ、次の収録から復帰する事を告げてきた。

 ゆきが、メムが心配しつつも大いに喜び、歓迎する。

 あかねの表情はどこか不安さを残しつつ、それでも前向きな印象が前面に出ていた。

 それを見て、とりあえず大丈夫そうかと納得。

 あの日作った動画は、メンバー全員の仲睦まじい姿を映したあの映像は、あかねをこうして番組に復帰させる一助にはなれたらしい。

 ノブユキとケンゴがまだ現れない控室。

 あかねに向けて、メムが言った。

 

「これからはさ、あかねもちょっとキャラ付けした方が良いんじゃない?」

 

 やっぱ素の自分で出て叩かれるとダメージ大きいし、そう締めた彼女に同意の言葉を述べる。

 

「何かしら演じてたら、その役が鎧になる。素の自分を晒しても傷つくだけ」

 

 俺の言葉に、全員の視線が集まる。

 構わずに続けた。

 

「これは別にリアリティショーに限った話じゃない。社交術としても重要な概念だ」

 

 そう締めれば、正面に座るメムが笑みを浮かべた。

 

「アクたんも何重に演じてるもんねぇ」

 

 その表情はどこか猫の様な印象を俺に抱かせる。

 

「もう少し奥底見せてくれても良いんだよぉ?」

 

 まるで揶揄いを含んだその言葉を「断る」という一言で拒否した。

 俺にはやらなきゃいけない事がある。

 それが終わるまでは、誰にも本当の姿で接する気は無い。

 

「私……演技は得意だし……やってみようかな」

 

 不意に、あかねが言った。

 それをゆきが同意。

 しかし何を演じれば良いのか悩むあかねに、メムが何やら考える様な表情を見せる。

 やがて、俺を見た。

 

「アクたん、カズヤってどういう女が好みっぽさそう?」

 

 にやりと笑ったその表情。

 

「なんで俺に」

 

 聞くんだ、そう返そうとすれば。

 

「今、男キミだけだから」

 

 似た表情で、反対側からゆきが言ってくる。

 

「だから、なんで俺にそれを聞くんだ」

 

 ため息を吐いて、改めてそう返した。

 ゆきが再び口を開く。

 

「だって感覚的に、女の私たちよりもキミの方が分かりそうじゃん」

 

 それにメムも追随する。

 

「男にとっての理想の女性像でもいいから教えてあげてよ」

 

 それに、そう言って彼女が目線を移す。

 

「……初心なあかねはカズヤに直接聞けないだろうし」

 

 連絡先知ってるのにねぇ、そう言われたあかねは顔を真っ赤にして俯いていた。

 彼女らの言葉に、再度のため息を吐く。

 考えに集中する為、目を閉じる。

 カズヤ君の好みの女。

 カズヤ君の理想の女性像。

 真っ先に思い浮かぶのは――ルビー(さりなちゃん)の姿。

 カズヤ君と妹は結ばれる、これが正義。

 故にカズヤ君の理想の女性像も妹だと考える。

 だが。

 それを口にする間際に、言葉を止めた。

 カズヤ君は以前、あかねをどの様に評していた?

 

 ――演技の才能もピカイチ、本人かと錯覚する程にその人物になっちゃうくらいの天才女優。

 

 彼は確か、そう言っていた筈。

 ならばここで妹の特徴を挙げてみろ。

 万一、あかねがルビー(さりなちゃん)をコピー出来てしまったら、それこそ妹の未来に最大の障害となるかもしれない。

 妹は世界で一人だけ。

 故にカズヤ君の結婚相手も妹一人のみ。

 だからこそ、妹の特徴を言う訳にはいかない。

 ならばどうする。

 不意に浮かんだ、一人の姿。

 俺の言葉を今か今かと待ち受ける二人に、いや真っ赤な顔で俯きつつも聞き耳を立てている人物を含めた三人に口を開いた。

 

 

「顔の良い女」

 

 

「うっわ最悪」

 

「ルッキズムの権化出たな」

 

 何を言うか。

 

「あのカズヤ君の相手だ、相応の容姿をしてないと務まらないだろ」

 

「……確かに」

 

「……ぐぬぬ、言い返せない自分がいる」

 

 ほら見た事か。

 まあカズヤ君自身は相手の容姿をそこまで気にしなさそうではあるが、誘導の為に敢えてそんな言い方をした。

 続け様に、次の条件を口にする。

 

「太陽みたいな笑顔、完璧なパフォーマンス。まるで無敵に思える言動」

 

 頭に浮かべるのは、誰もが目を奪われる一番星。

 

「――吸い寄せられる天性の瞳」

 

 完璧で究極のアイドル――アイ。

 

「難しい事言うなぁ」とはメムの言。

 

「抽象的です……」

 

 いつの間にか真面目にメモを取っているあかねが呟いた。

 メムが、僅かに顔を上げる。

 

「んーでも、あれかな?」

 

 まるで何か思い付いた様な声色。

 再び、口を開く。

 

 

「――B小町のアイみたいな?」

 

 

「アイって、今女優の?」

 

 ゆきの疑問に「そそ」と返しながら、メムはスマホで何か操作を始めた。

 

「違う?」

 

 そう訊ねてきたメムに、返す。

 

「……いや、だいたい合ってる」

 

 俺の言葉に、画像を検索したメムがゆきと画面を見ながら何やらこそこそと話している。

 その横であかねが必死にメモしていた。

 そんな姿を眺めつつ、内心で笑みを浮かべた。

 理由は二つ。

 一つは、カズヤ君の理想の女性像を妹以外の人物に仕向けた事。

 これで妹の敵はいなくなった。

 そして幾らあかねがそれを演じても、カズヤ君の運命の相手は変わらないという事。

 一般的な理想の女性像を掲げ、本命を隠す。ミスディレクション。

 二つ目は、それに加えてもっと単純な理由。

 

 アイ(母さん)の真似なんて誰にも出来ない。

 

 その前提があったからこそ、選んだ。

 あれは間違いなく、天性のものだ。

 だからこそ、幾ら演じたとてアイになる事は無い。

 だが、少なからずアイを演じれば、素のあかねからはギャップが生じてそのキャラクターが彼女を守る事にも繋がる。

 

「アクアくんが思うカズヤさんの好みの女の子、やってみるね……!」

 

「やれやれー!」

 

「カズヤを落とせー!」

 

 盛り上がる三人を見ながら、思う。

 あかねには悪いが、カズヤ君の相手は妹なんだ。

 それが俺の推し活だ……悪く思うなよ。

 

 

 

 

 番組が全て終わり、打ち上げの帰り道。

 ゆき、あかね、ノブユキ、ケンゴの四人とは既に別れた。

 番組内でノブユキの告白を受け入れたゆき。

 どうやらビジネスでは無く、互いに本気らしい。

 

「メムはタクシーじゃないのか?」

 

 街灯に照らされた夜景に映る人物へと、声を掛ける。

 

「うん、歩いて帰れる距離だから」

 

 その言葉に思い出す。

 あの地獄の作業を。

 

「そういや、わりと近所だったな」

 

 そう告げれば、メムが苦笑する。

 

「まぁ、業界の人が住んでる所って大体この辺だしね」

 

 揃って歩き始めれば、僅かな沈黙。

 周りの喧騒だけが、耳に入ってきた。

 

 

「寂しいな」

 

 

 その声を聞くまでは。

 顔を向ければ、正面を見つめる姿。

 

「私、この現場めちゃくちゃ好きだった」

 

 その言葉に、僅かに逡巡。

 

「……そっか」

 

 出たのは、そんな言葉だけだった。

 メムはこちらに笑顔を向ける。

 

「アクたんは寂しくないのぉ?」

 

 まるで猫の様な印象を与える彼女が、続けた。

 

 

「――あかねにフラれちゃったしさ」

 

 

 その言葉で、思い出す。

 残りの収録で見た、あの光景を。

 俺が伝えた、カズヤ君が思う理想の女性像という名のミスディレクション。

 その次の収録。

 彼女が現れた。

 いつもの制服に着替え、スタッフ含めて全員に謝罪し今後の意気込みを伝えたあかね。

 収録が始まる合図。

 景気付けではないが「行くぞ」という何気無い声掛けをした。

 その時。

 

「――うん。そうだね、アクア」

 

 心臓が、高鳴った。

 そして続けられる声色、口調、そして雰囲気。

 その全てが。

 

 アイ(一番星)だった。

 

 名前を、間違えそうになる。

 

「アクア、どうしたの?」

 

 ここに居る筈の無い人物が、居る。

 それは決して、本人じゃない。

 でも、本人に思えた。

 思って、しまった。

 けれども決して、今のアイ(母さん)じゃない。

 もっと前の――完璧で究極のアイドルだった頃の様な。

 そんな姿に思わず「いや……」なんてどもった返事をした自分が恥ずかしくなる。

 まるで家に居る様な、それでいてどこか他人の様な態度――今ここにアイがいるという現実味の無い感覚に、脳が可笑しくなりそうだった。

 他のメンバーと話す姿を眺めていれば、やはり姿が重なって見えた。

 全員が、あかねを見る。

 だが決して、あかねだから見ている訳ではない。

 あかねのその奥に居る――何かから、目が離せなくなった。

 彼女が俺へと振り返る。

 

「アクアっ、今日は一緒に居ようよっ」

 

 その声、その言葉、その表情が……。

 

「……うん」

 

 俺の演技を剝いでいった。

 アイが、ここに居る。

 たったそれだけで俺は、ただ魅ているだけしか出来ないファン(子ども)に戻ってしまった。

 だが、だからといって、何か関係を作ろうとは思っていなかった。

 あかねから"あの言葉"を聞くまでは。

 まるで夢の様な、本物の様なその演技についてやり方を訊ねたその会話。

 あかねは言っていた。

 

「一応プロファイリングの本とか読んだりはしてるんだけどね、一杯調べて自分なりに解釈してるだけ」

 

 五歳の時からこの手法でやってて、苦笑しつつもそう告げた。

 あかねが続ける。

 

「色々勝手な設定とか足しちゃってるし」

 

 その言葉に疑問を持って訊ねれば、頷きが返ってくる。

 例えば、そう彼女は口にした。

 

 

 

 

「アイには実は隠し子が居る……とか」

 

 

 

 

 あかねが俺の前を歩いていて助かった。

 

「だとしたら色んな感情のラインに整合性が取れるしっ、不可解だった数々の行動の理由が分かる」

 

 漸く、無だった表情に、色を付ける事が出来た。

 あかねが振り返る。

 

「何を考えてどういう人格なのか、数式パズルみたいに分かってくる!」

 

 楽し気な表情で語るあかねに、問い掛けた。

 

「……アイの思考パターンって、どれ位分かるんだ?」

 

 その質問に、あかねは目を閉じて考え始めた。

 やがて、その目が開く。

 

 

「どういう生き方をして来てどういう男が好きかまで、多分だいたい分かると思うケド?」

 

 

 その言葉はあかねの物であり、あかね以外の者でもあると感じた。

 だから、思った。

 

 黒川あかねは使える、と。

 

 故に、迫った。

 アイ(母さん)には、直接俺たちの父親の事は訊けない。

 母さんを殺そうとした相手だ、母さんも話したくないに違いない。

 そして俺たちに教えたくないに、違いない。

 そんな母さんに俺たちの父親について聞けば、間違いなく悩む。

 殺そうとしてくる男の事を話すべきか、それとも話さないべきなのか。

 そして悲しむ。

 父親が居ない俺たちに申し訳ないと、自分を責める。

 そんな母さんは見たくない。

 だから、直接は訊けない。

 それにもし変に訊ねて俺の計画が勘繰られてしまうと、本末転倒。

 ならばアイ(母さん)をトレース出来る、黒川あかねは俺の相棒として、この上なかった。

 黒川あかねから、アイ(母さん)の情報を取得し、父親を見付ける手掛かりにする。

 だから、迫った。

 最終回。

 自分のコンテンツなんて、もう関係ない。

 あかねに声を掛けて、告白した。

 彼女の返事を待たずに、顔を近付ける。

 番組上でカップルとなれば、今後一緒に行動していても、周りから不自然に思われずに済む。

 だからこそ、それを狙って彼女に唇を近付けた。

 全ては、俺たちの父親を捜す為に。

 

 

 だが、無理だった。

 

 

 あかね(アイ)が、拒絶した。

 その表情で、その声で、その口調で、その態度で。

 僅かに潤んだその瞳が、俺から逸れた。

 

 

 

 

「……ごめんね、好きな人がいるから」

 

 

 

 

 それは果たして、誰の言葉だったのか。

 今となっては分からない。

 だがその言葉は、何故か一つの方向を向いている様に感じた。

 

 

 

 

「……アクたん?」

 

 耳に届いた言葉に、我に返った。

 意識を戻せば、首を傾げてこちらを見るメムの姿。

 

「大丈夫? ボーっとしてたケド」

 

 彼女の言葉に「問題無い」とだけ返した。

 メムは態勢をそのままに、暫く俺を見る。

 やがて、笑みを浮かべた。

 

「あっ、やっぱフラれたのショックだったんだー」

 

「違えよ」

 

 反射的にそう返すが、メムの表情は変わらない。

 

「とか言ってアイの演技してるあかねに、子どもみたいに従順だったくせにー」

 

 その口調にどこか鬱陶しさを感じつつも、僅かに考える。

 確かに、一時はそうだったかもしれない。

 だがあれは、ただの気の迷いに過ぎない。

 予想外の事態にただ、気が動転して上手く対応出来なかっただけだ。

 その証拠に、今は何とも思っていない。

 らしく無い事をした、後悔と反省が募る。

 やはり自分でも気付かない程に焦っていたんだろうとも、自己を分析出来た。

 芳しくない父親捜し。

 それを打破するかもしれない状況を目の前にして、つい欲が出てしまった。

 カズヤ君が助けたあかね。

 彼が幸せになって欲しいと願う"推しの子"を、俺は利用しようとした。

 ……ほんと、らしく無い事をしたな。

 カズヤ君が結ばれるのは妹で間違いないが、それでも彼が推す人物を、仄暗い世界に引き込んで良い道理はない。

 これは果たして甘さなんだろうか。

 それとも、超えてはならない一線なんだろうか。

 幸いにもこの番組を通してまた、鏑木からの評判は良くなった。

 その為、コネとしてもまだストックが残っている状態。

 ならば焦るな。

 慎重に、丁寧に進めなければ、事を仕損じる。

 失敗は許されないんだ。

 だから、焦らず着実に進める必要がある。

 心に言い聞かせ、この思考を止めた。

 メムに言葉を返す。

 それは僅かに、ずっと気になっていた事。

 

「ていうか、詳しいよな。B小町は世代じゃないだろ」

 

 俺らが小学校中学年頃にB小町は解散した。

 故に本格的な世代と言えば、メムよりも数段上の世代だと思ったから。

 

「いやいや、B小町は皆の憧れだから!」

 

 その言葉に、僅かな疑問を抱く。

 B小町は皆の憧れ、それは激しく同意する。

 だがそれは、俺が前世からのファンであるから。

 確かにB小町の人気は凄まじかった。

 しかしそれでもB小町がまだ現役だった頃から、そして解散した後も人気のアイドルは他にも沢山居る。

 小学生の頃に解散したアイドルを、ずっとそう思えるだろうか。

 何も言わずに見ていると、メムは静かに踵を返した。

 彼女の後姿だけが目に入る。

 

「……ここだけの話だよ?」

 

 不意に呟かれた言葉。

 メムの声が、聴こえた。

 

 

「私、元々アイドル志望だったんだぁ」

 

 

 その声は果たして、俺に向けられたものだろうか。

 静かだが通る声色はまるで、誰かの心に言い聞かせる様で。

 何故か前世の記憶を思い出した。

 アイを推している、一人の少女の姿。

 幼いその身で、自分の長くない人生を受け入れていた少女。

 

「でも色々あって挫折しちゃって、今は元気にユーチューバーやってますけど!」

 

 明るく語られた声色が、更に記憶と一致する。

 自分の壮絶な運命を受け入れつつも、何事も無いかの様に気丈に振る舞っていた、その姿。

 俺では気付ききれなかった、カズヤ君に教えて貰ったその姿。

 ――ルビーちゃんは、きっとあいみたく嘘で本当の自分を隠しちゃう、本当の自分に気付けないかもしれないから……その時は助けてあげてね?

 カズヤ君の言葉は、アクア(おれ)ルビー(さりなちゃん)を良い方向に進める切っ掛けとなった。

 けれど。

 目の前の少女を見る。

 あの時、こいつは言っていた。

 ――こんな事されたら……ユーチューバーとしても、インフルエンサーとしても、今まで頑張ってきた事って何だったんだろって自信なくなっちゃうよ。

 カズヤ君の影響で、自信を無くした彼女の姿は、今でも憶えてる。

 ふと思った。

 彼の陰に隠れて嘆くこの人間を、カズヤ君は助けてくれるんだろうか。

 "今ガチ"における推しをカズヤ君は言っていた。

 俺、そしてあかね。

 ならば、目の前の人物はカズヤ君の目に入ってないんじゃないか。

 そう思ったからだろうか。

 ……いや、妹の為だろう。

 

「ふぅん」

 

 軽口の相槌を返し、更に続けた。

 

「じゃあ、ウチ来たら?」

 

 目の前の少女がこちらに振り返るのが見えた。

 これは恐らく、妹と被ったからに違いない。

 

「新生"B小町"は、現在メンバー募集中なんだけど」

 

 アイドルを諦めたと嘘を吐く、目の前の人間を放っておけなかったのは。

 諦めたくない本心を隠したその態度に、既視感を覚えたに過ぎない。

 唖然とした表情。

 それはやがて、苦笑へと変わる。

 

「"B小町"に私が……?」

 

 あはは、と笑いを溢す。

 それをただ、見つめる。

 

「そんな」

 

 僅かに表情が引き攣る顔を、見つめる。

 

「冗談……」

 

 何も言わずに、見つめた。

 やがて、苦笑が消える。

 引き攣りが、消える。

 引いていた態勢が、戻る。

 目が、見開いた。

 口が、開けられた。

 

 

 瞳が潤み、頬が上気した。

 

 

 光り輝く夜景を他所に――そんな姿を暫く、見つめた。

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