"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第154話

 ジャパンアイドルフェスティバル。

 詳しくは知らないが、事務所の彼らの話ではかなり有名なアイドルのフェスらしい。

 フェス自体行った事が無い為いまいちイメージ出来ないが、とりあえず片手挙げてタオル振り回したりしながらウェーイしとけば良いんだろうか?

 頭の中に浮かんだその姿に、俺には厳しいかもという印象を抱きながら当日を迎えた。

 俺が見たアイドルライブと言えば、アイのデビューライブとその引退ライブの時。

 デビューライブの、小さな部屋で一〇人ちょっとといった観客。

 引退ライブの、ドーム内をぐるりと囲う様な観客。

 だが今居るこの場所はそれらとは違い、開けた野外に沢山の人数が観客として押し寄せていた。

 勿論、ここに居る全ての人が同一の対象を目的としている訳では無い。

 何せアイドルフェスという名の通り、ここには複数のステージで多くのアイドルグループが出場しているのだ。

 若干、夜の帳が降りて来たこの時間帯。

 スカイステージというエリアで、B小町の登場を待つ。

 観客はかなり多く、それぞれが思い思いの色に光らせたサイリウムをその手に持っていた。

 存在感は消しつつステージから最奥、そして端の方に立ち、照明が照らされているその舞台を見る。

 誰も彼もが、次の出場グループを待っており、つい先程まで観客を賑わせていたアイドルグループから貰った熱気を引き継いでいた。

 俺もその中の一人であり、先程までステージ上でパフォーマンスをしていたアイドルグループの凄さに圧倒された。

 名前も知らないアイドルグループではあるが、それでも舞台上から伝わる彼女達の熱気や明るさに圧倒された。

 彼女らだってアイドルとして活動していくにあたり、舞台上のあの笑顔だけではいられない悩みや辛さはあるんだろう。

 けれどもそれを全て隠してファンに笑顔を、そして愛を届ける姿。

 嘘はとびきりの愛。

 アイのデビューライブを見た時以来の感覚が、何度も俺に押し寄せた。

 それは、やはりこの世界(アイドル)という存在は、俺とは別の存在なのだと。

 決して悪い意味では無く、素直な尊敬や畏怖といった意味で。

 あの時はただアイを見に行くという目的だったが、今回は違う。

 だからこそ、名も知らないアイドルの子たち一人ひとりを見て、聴いて、知って、思った。

 只々、凄いと。

 自分には絶対に出来ない事をしている彼女らに、それだけが感想として浮かんだ。

 先程まで見ていたあの子たちが、果たして"推しの子"に登場する人物なのかは分からない。

 けれども彼女らもまた、この世界の誰かの"推しの子"なんだろうと思ったから。

 "推しの子"の登場人物じゃない人も、誰かの推しの子だと知れたから。

 

 だからこそ、よりアクアには感謝を抱く。

 俺が愛してるなら、幸せになって欲しいと思える相手なら、それが"推しの子"。

 昔、アクアが俺に言ってくれた"推しの子"という意味に、感謝する。

 例え"推しの子"の登場人物じゃなくとも、俺が幸せになって欲しいと思った人物が俺にとっての"推しの子"なのだ。

 あのアクアの言葉は、にわかな俺に対して深く刺さった。

 だからこそ、アクアたちも探してくれてたみたいだけど、保険として彼らを再び雇う準備が出来て、結果的に茜ちゃんを救う事が出来た。

 やっぱり、せんせは凄い。

 そう思わせてくれる出来事だった。

 茜ちゃんとは、あれ以降連絡を取っており、遠慮しているのか彼女からは連絡をしてくれないが、こちらから連絡する分には即座に返信をして貰える関係性である。

 彼女に警護をつけたのは、本当の本当に万が一の保険だった。

 可能性は低いが、それでも俺がつけておいた方が良いと判断したから。

 それは、もしかしたら俺が原因で茜ちゃんが助からないかもしれないと思った故。

 "今ガチ"で茜ちゃんが炎上した際、天使ちゃんや佐山さんから炎上具合を定期的に聞きつつ、抱いた最悪の想像。

 そしてその万が一を考えた時に、思い浮かんだのは、別の少女の姿だった。

 これも今となっては昔の出来事。

 アイの子ども、ルビーとして転生し、再会を果たした時のさりなちゃんの姿。

 あの時に感じた、存在感が無くなっていく様な感覚。

 そして茜ちゃんが必死に身に付けようとしていた、俺のスキル。

 この二つの考えが混ざった時、もしかしたら俺以外には救えない可能性があるという結論に至ってしまった。

 俺の様に存在感を消せる様になろうとしていた茜ちゃん。

 他の人の研究も進めなよと伝えていたが真面目な彼女の事だ、恐らくまだ完成に至っていないと俺の研究を少なからず進めているんだろうとは思った。

 だからこそ、あの時よりも更に俺のスキルを身に付けてしまっているとしたら、俺以外には助けられない可能性があった。

 死の間際に存在感が消える、それはつまりこの世界に自分は必要ない、存在してはいけない人間なんだと思ってしまう。

 だからこそ俺のスキルを身に付けようとしていた茜ちゃんは、あの時のルビー以上に存在感を消してその姿を人から見えない、そこに彼女が存在していないかの様にしてしまう恐れがあった。

 更には、声の力。

 もし仮に存在感を消すのが不完全で誰かに見つかり、助けられようとした場合。

 死にたいと思う彼女は、それを拒絶する。

 それも、俺と同じ声の力を使って。

 そうなれば彼女の声はその人に届き、結果的に助けなくなる。

 だからこそ茜ちゃんの警護を依頼する際、その担当者に全力で言った。

 絶対に茜ちゃんを見失うな、と。

 茜ちゃんがまだ俺の力を超えてない事を願って、そう伝えた。

 そして結果的に、茜ちゃんを助ける事が出来たのだから、良かった。

 けれども同時に、俺という存在が無ければ、茜ちゃんがここまで追い込まれる事は無かったんじゃないかとも思ってしまう。

 熱心に俺を研究する事に没頭させてしまった事で、本来の未来から逸れて"今ガチ"での問題を誘発させてしまったんじゃないかと。

 俺が居なければ、茜ちゃんが炎上し自殺に追い込まれるなんて出来事は発生しなかったんじゃないかと。

 だからこそ悩んだが、結果的には割り切った。

 "もし"で悩むのは、甘えだから。

 "もし"を考える余地があるのなら、"もし"ではなくなったこの現実を受け入れて、"推しの子"を幸せにする為の方法を模索しろと自分に言い聞かせた。

 二つの"もし"を考える事で、無理やり自分を説得した。

 "もし"俺が居なければ、茜ちゃんは炎上しなかったかもしれない。

 "もし"俺が居なければ、アイは死んでいたかもしれない。

 だから"もし"を考えるのであれば、その二つの矛盾を消さなければならず、その解を俺は持っていないから。

 そして"もし"で考えるのは、自分が起こしたかもしれない問題の責任から逃げる事になってしまうから。

 いい加減、大人になったんだ。

 流石に、自分の言葉には責任を持たなければいけない。

 声の力が、俺の存在が、そういった理由で責任から逃れるのは、やめないといけないから。

 だから、"もし"を考えずに、俺が"推しの子"と思った人は、俺が助けなければいけないのなら助ける。

 幸せになってもらいたいなら、それだけを考える。

 そう、決めたから。

 

「今のアイドルって、私の頃より衣装が派手になってるねー」

 

 横から聴こえた声。

 俺の肩辺りの高さに見える帽子。

 それが動き、その下にある顔、そして色の濃いサングラスが視界に映る。

 見上げてくるサングラス越しの双眸には微かな星形が見えた。

 星野アイ。

 完璧で究極の元アイドルである彼女が、俺に笑顔を向けてきた。

 

「ほーん、そうなのか」

 

 アイの言葉に率直な感想を返せば、その表情が苦笑へと変わる。

 

「ま、カズヤは殆ど見てないからしょうがないっか」

 

 楽しさ、懐かしさ、そしてどことなく嬉しさを感じさせるその声色に、乾いた笑いを溢しつつ視線を逸らすしか出来なかった。

 すまんねアイドルに興味の無い、アイドルの幼馴染で。

 そんな言葉を胸中で浮かべつつ、思考は別の方へと向かう。

 それはアイの姿。

 具体的には、アイを演じた、茜ちゃんの姿が思い浮かんだ。

 "今ガチ"の最終盤で復帰した茜ちゃんが、そこで見せた姿。

 それは、アイだった。

 表情、口調、態度、雰囲気の全てが、アイだった。

 けれどそれは、俺が見てきたアイではなかった。

 事務所の彼ら、さりなちゃんやせんせ――そして前世のにわか知識として抱いていた、星野アイの姿に見えた。

 完璧で究極のアイドル。噓はとびきりの愛。愛を知らず、愛を求めた少女の姿が、重なって見えた。

 それは恐らく、アイドルという視点で見た、対外的なアイのイメージ。

 俺という存在を省いた、星野アイの姿が、そこにはあった。

 茜ちゃんが演じるアイを観ながら思った印象。

 これはまだアイが愛を知らず、愛を求めて愛を探しながら、嘘でもいいから愛を届けていた姿。

 もしかしたら、俺という存在が居ない場合の、アイの姿に見えてしまった。

 愛を求めて、愛される為の笑顔、愛される為の声色や口調、愛される為の仕草や態度だけに包まれ、その奥に存在する筈のアイドルじゃない星野アイを全て消した様な姿。

 "もし"のアイの姿を目にして、つい思った。

 今、隣でアイドルらしからぬ自然な苦笑を浮かべる、このアイの方が……俺にとっては星野アイなんだって。

 愛を向けられて、嘘と思いながらも愛を届ける受け身の彼女よりも、唯我独尊かの様にこちらに要求して一方的に肯定させる彼女の方が、俺にとっては星野アイになっていた。

 これは俺のエゴであり、自分の気持ちでしかない。

 けれども、"もし"のアイよりも、横にいる星野アイの方が、よっぽどアイに思えてしまった。

 

「次、ルビーたちみたいだよっ」

 

 その声に顔を戻す。

 視界に映るその顔は既にステージへと向けられており、帽子越しに微かな笑顔が見える。

 そう告げた声色は楽し気であり、そして嬉し気。

 そしてどこか、愛おし気。

 ……やっぱり、これがアイだ。

 眼前の光景にそんな感想を抱きつつ、俺もステージへと顔を向けた。

 照明が消え、ステージ上に人影が映る。

 観客のざわめきが消えて、遠くのステージから聴こえる小さな歓声だけが耳に届いた。

 不意に、右手に感触が伝わる。

 僅かに顔を向ければ、俺の手に触れる違う人物の左手が見えた。

 その左手は俺の掌へと向かい、やがて互いの指を絡めて握られる。

 

 

「……ほら、娘のデビューだよっ」

 

 

 こちらを見ずに告げられた呟きに、手を握り返す。

 確かに、母として娘の門出だ。

 そりゃあ楽しみだろう。

 なら、目立ちは出来ないが、存分に楽しんでもらわにゃ。

 

「ほい、ルビーは赤だってさ」

 

 そう言って、左手に持っていたサイリウムを差し出す。

 彼女の顔が動く。

 俺の左手を見つめ、そして俺を見上げた。

 

「ありがとっ」

 

 笑顔で告げ、彼女は右手でサイリウムを受け取った。

 新生"B小町"、そのメンバーの色については、それぞれやりとりの中で知っていた。

 だからこそ事前に準備出来ていたが、アイは持っていない様なので渡す。

 しかしこれで俺のサイリウムが無くなった訳では無く、ちゃんとまだあるので俺はそれを使えば良いだけ。

 俺も俺で、少しでも盛り上げなければ。

 そう思いサイリウムを点ければ、同時に照明が点灯される。

 照らされる姿は、三人。

 それぞれが同じ衣装を身に纏い、数多の観衆から耳目を集める。

 簡単な挨拶、そしていよいよ舞台が開演した。

 イントロが流れる。

 その曲は、俺の中に既視感を齎した。

 頭の中には、事務所の彼らが浮かぶ。

 事務所で昔、彼らが流していた曲だ。

 それはつまり、"B小町"の曲。

 つまり、"B小町"としてアイが歌った曲だった。

 それぞれが口許にマイクを寄せて、歌っていく。

 歌は、センターに陣取るかなちゃんが一番上手かった。

 けれどもダンスやパフォーマンスは決して、ルビーたちも負けていない。

 一瞬、ルビーと目が合った。

 暗がりのこちらからでは伝わるか分からなかったが、頑張れと応援する意味を込めて笑顔を浮かべれば、僅かに彼女の目尻が下がるのが見える。

 その後、僅かに表情を変えてから他の観客へと視線を向けていくが、その全てが笑顔。

 この舞台に立つまでの苦労や、今までの大変さを何も感じさせない完璧な笑顔は、確かに一人また一人と観客の目を奪っていった。

 その証拠にほら、急にサイリウムを勢い良く振り出す観客が現れた。

 アイドルとは、決して偶像ではない。

 愛を届ける象徴なのだと、そんな姿を見ながら漠然と思った。

 不意に、右手に伝わる力が強まるのを感じた。

 顔は向けない。

 声が、届いたから。

 

 

「……ルビーっ……夢が叶って、よかった、ねっ……」

 

 

 足を右前に一歩進む。

 後ろに回った右手を静かに離せば、背中の辺りを掴まれる複数の感覚。

 そしてそれよりも少し上に、何かを押し付けられる感触を得つつ、ステージを見て軽くサイリウムを振った。

 背中から伝わる微かな振動を感じつつも、それを気にする事は無い。

 あの時茜ちゃんが見せた姿が、皆が認識する星野アイなのであれば。

 娘の晴れ姿に涙を流す星野アイなんて、存在しない人間が存在させなくしてやる。

 正面に見える、数列前に陣取っていたアクアが、乳児の頃からの特技であるオタ芸を始めた。

 それを見たのか、かなちゃんが驚いた様な表情を浮かべる。

 三人分の色のサイリウムを両手で携え、勢い良く振り回すその姿。

 近くの観衆もそれに釘付けとなっており、俺もその姿を応援する様に、そしてステージ上で輝く"B小町"を応援する様に、バレない今のタイミングだけちょっと高めに腕を上げてサイリウムを振っておく。

 こんなアクアの姿を見たら、きっとアイは泣き笑いするんだろうなあ、なんて考えながら。

 アクアの完璧なオタ芸を見たからだろう、かなちゃんは笑顔になった。

 それまでとは違う、どこか自然な笑顔。

 そこからはまるで身体の固さが取れたかの様に、ダンスやパフォーマンスも各段に向上した。

 流石はせんせだ。

 そんな感想を抱きながら、笑顔でステージを見続けた。

 観客もアイドルも、誰も彼もが一体となった様な雰囲気。

 笑顔で愛を届けるアイドルに、笑顔で愛を送る観客。

 その全員で作られる目の前の光はあまりにも大きすぎて、あまりにも眩しい。

 俺の存在なんかあまりにもちっぽけだと思わされる程に、輝きに満ちた光景。

 それを一歩引いた所から見る俺は、幸せだった。

 全員が楽しそう、これを幸せと言わず何と言うのか。

 背後から伝わる震えは変わらない。

 けれども、俺の陰に隠れる彼女もまた、幸せという事だろう。

 ならばこの幸せを、俺は守りたい。

 全員を幸せにするなんて事は、ちっぽけな俺には不可能。

 だからこそ、"推しの子"位は幸せになれる様に、手を尽くす。

 改めてそう思った。

 それが、俺がこの世界で存在する意味。

 

 

 B小町の輝きを目にしながら、漠然と決意を固めた。

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