"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
アイドルフェスが終わった。
同時に、新生"B小町"のデビューライブが終わりを迎えた。
呼び出したいつものタクシーに乗り込む。
アイは事務所の社長から仕事の事で話があるらしく、迎えに来た車に乗って帰った。
俺はまだ移動はせず、タクシーに乗ったまま会場に残っていた。
それは何故か。
後部座席のドアが開き、人物が乗り込んでくる。
「ごめんっ、お待たせっ!」
僅かに息を切らしながら、俺の隣でそう告げた人物。
「皆と一緒に帰んなくて良かったの?」
そう訊ねれば、少し前に見たのと同じ笑顔をこちらに向けてくる。
「皆には言ってきたから大丈夫!」
その言葉に、僅かに嘆息。
再び口を開く。
「アイドルになったんだから、男と一緒にいちゃ駄目でしょ」
変わらぬ笑顔でそう告げた、星野ルビー。
つい先程までステージ上にてアイドルをしていた彼女が、俺の隣で笑顔を浮かべていた。
彼女たちのライブが終わってそろそろ帰ろうと、迎えが来ていたアイと別れて歩いている時。
スマホから通知を知らせる振動が伝わった。
取り出して画面を見れば、チャットアプリ。
『一緒に帰りたいから待ってて!』
その内容に暫し首を傾げつつも、今のやり取りと似たキャッチボールがあり、結果的に了承する事にしたのだ。
送り主であるルビーが、目の前でこちらを見ている。
笑顔で告げた。
「隠し通すから問題ないよっ」
謎の自信。
だが、彼女の言葉に反論出来る言葉は持ち合わせなかった。
アイと一緒だ。
ここまで断定されたのなら、肯定するしか出来ない。
ルビーが運転手に住所を伝え、俺に向かう許可を取ってきたので了承する。
車が静かに走り出して、景色が徐々に移り変わる。
「B小町のデビューライブ、どうだったっ?」
掛けられた声に顔を向ければ、そこには笑顔のルビー。
まるで何かを期待するかの様な表情に、こちらも笑顔を浮かべた。
「すげー楽しかったよ」
本心からそう答えれば、彼女の笑顔が増す。
「どのライブよりも、楽しかったっ?」
続けられたその言葉に、僅かに逡巡。
だが、やはり本心で答える事にした。
「一番、楽しかったかもなあ」
「ほんとっ!」
「ほんとほんと」
そう答えればルビーは頬を上気させながら、まるで何かを堪えるかの様に瞳を潤ませながら俺を見つめる。
彼女に伝えたのは本心からの言葉。
さっきのライブは楽しかったし、以前に見に行ったライブは楽しんだというよりも、どちらかといえば割り切りと覚悟の為に行った様なものばかり。
故に思い出としては楽しいけど、ライブ自体を楽しんだかといえば疑問が残る為、そう答えた。
それに、さりなちゃんにとって前世からの唯一の友達なんだし、彼女の夢が叶った直後に僅かでも盛り下げる様な言い方をする必要もない。
「……じゃあさっ」
不意に声を上げたルビー。
笑顔をこちらに向けて、彼女は口を開いた。
「――カズヤ君にとって一番の推しは、私ってことだよねっ?」
その言葉に、何と答えて良いのか悩む。
一番の推し。
それは俺の"推しの子"の中で、ルビーが一番の推しの子という事だろうか。
ならば、答えに悩む。
ルビー以外にも、俺が"推しの子"だと思う人はいる。
そこに優劣等無く、等しく皆には幸せになって貰いたいと思っている。
だから、誰が一番だとかは言えない。
でも、折角のルビーのデビューライブ直後。
何かテンションを下げさせる事を言いたくも無い。
そう思い悩んでる時、俺に天啓が下った。
予想だにしない考えが浮かんだんだ、これを天啓と言わず何と言う。
つまり、今の話しぶり。
これはあくまでのこのデビューライブの話。
つまりはアイドルに関しての推しという事。
そしてルビーには、既にアクアという人生の一番推しがおり、友人としてこれからの彼女のアイドル人生を推していく義務が俺にはある。
アイは、アイドルとして推していたかというと、正直微妙。
デビューと引退ライブしか行けてないし、家にある数多のグッズも全て貰い物。
これで果たしてアイをアイドルとして推していたかと言われれば、首を傾げるだろう。
ルビーの前世であるさりなちゃんを思い出してもそうだ。
俺は彼女に対して、既に推し活をしていたじゃないか。
つまり、"推し活"とは"
マネーイズ推し活という事。
金を掛けなければ、それは推し活じゃない。
アイにはデビューライブ、そして最初のドームライブ、最後のドームライブしか金を掛けてない。
ならばルビーには、アイの時とは違って姿を隠す必要は無く、堂々とライブに行ったり応援が出来る。
即ち、ルビーのアイドル活動に対して、アイ以上に金を掛ける事が出来るのだ。
であれば、答えは一つ。
「ルビーが一番の推しだよ」
正直に言えば、"B小町"が一番の推しになるんだろうけども。
だってライブに行くという事はB小町に金を貢げるという事であり、諸々グッズを買ったとしても、それもまたB小町に金を貢ぐという事だから。
かなちゃんもいるから、それも含めて全部のグッズを買わないといけないし。
けれど、アイドルになりたいという願いを叶えてこれからも応援していきたいという意味での推しならば、間違いなくルビーが一番だった。
愛と同様に、推しにも色々種類があるのだよ。方便ではない。
とにかく、"推し"というジャンルの中で"ずっとアイドルになりたくてようやくアイドルになれた"部門では、ルビーが断トツでの一番なのだ。
その思いに嘘は無い。
だからこそ、
「私もっ、カズヤ君が一番の推しだよっ!」
その笑顔に、素直に頷けた。
友人として、その言葉は最高の誉れだ。
その後も和気藹々と話を続けながら、タクシーは夜の街中を駆け抜けた。
「……お邪魔しまーす」
ルビーに誘われて、そう言葉を漏らす。
何故か俺は、
「ママもおにいちゃんも事務所寄ってくるみたいだから、気にしなくて大丈夫だよー」
星野家に居た。
何でこうなったかは分からない。
正直、住所を言われた時にピンとは来なかった。
けれども、タクシーが目的地へと到着した時に、気付いた。
ここ、来た事あると。
思い返せば大分昔の様に思う。
けれど決して忘れる事は無い、二度目の記憶。
アイの引退ライブ当日の朝に訪れた場所だったから。
何故ここに?
そんな疑問を抱きつつも「カズヤ君もっ」と言われ、金を払ってタクシーから出る。
ルビー先導の元、エントランスへと入りエレベーターに乗った。
気付けば玄関のドアを開けられて、中へと促されたのだった。
「……てか、何で家に?」
今更とも思える疑問をそう訊ねれば、リビングと思われる部屋の電気を点けたルビーが振り返る。
優し気な表情で、首を傾げる。
「んー、いつもの喫茶店はもう閉まってるから?」
そう言われ、妙に納得する自分がいた。
確かに、既にあそこは閉まっている時間帯。
ならば仕方ない。
……なんでやねん。
言葉に出すのを我慢して、胸中でノリツッコミ。
だからと言って、俺を家に上げる理由が分からん。
ルビーが家に着くまで話して、それでバイバイなもんだと思ってた。
けどまあ、何か理由があんだろと無理やり納得。
「んで、何か話でもある感じ?」
そう告げれば、ルビーは笑顔で歩き出し、ソファーに座った。
そしてすぐ横を手で叩く。
「カズヤ君もここっ」
そう言ったルビーの意図を理解。
つまり、彼女の隣に座れば良いのだと。
何をするのかは分からんが、とりあえず彼女に従って隣に腰を下ろす。
横に居るルビーが俺の顔を見上げてきた。
その表情は笑顔。
僅かに上気している様にも思える頬を携えて、無言で俺を見上げていた。
こちらもただ、それを見つめ返す。
僅かな沈黙。
やがてルビーが、顔を逸らした。
僅かに俯きながら、口を開く。
「……今日のライブ、どうだった?」
その言葉に、僅かに逡巡。
だが、然程間を置かずに言葉を返した。
「やっぱ、ルビーはアイドルだなあって思ったよ」
俺の返事に、微かにルビーの笑い声が聴こえた。
あそこで見たルビーは観客の目を奪う、誰が見ても正真正銘のアイドルだった。
彼女の言葉が届く。
「……やっぱり、カズヤ君には分かっちゃうよね」
その言葉の真意が掴めずに、返答出来なかった。
ルビーが続ける。
「あそこに居た全員が、私をアイドルって思ったと思う。でも、カズヤ君だけは私を"アイドル"って思ってくれたんだよね?」
彼女の問い掛けに、上手く言葉が出ない。
その内容に主語が見当たらず、要領を得ないと思ったから。
だが、何かは返さなければならない。
故に口を開く。
「……まあ、さりなちゃんの頃からアイドルだったからね」
返した内容は、漠然としたもの。
いまいち要領の掴めない内容として、返すしか無かった。
けれども、前世であるさりなちゃんの頃から、アイドルになれる程に可愛らしいのは確かだったから、それを引き合いに出しただけ。
要領を得ない質問に返した、要領を得ない回答。
これが果たして正解なのかは分からない。
ルビーが、顔を上げた。
「だから、カズヤ君は……私にとっての本当なんだよ」
だが、こちらに向ける笑顔を見れば、決して間違いではなかったんだろう。
嬉し気なその表情。
けれども、それだけでは無い何かを感じで、思わず首を傾げてしまう。
俺の回答は、恐らく間違ってはいない。
間違っていたならば、ルビーのこの表情を引き出す事は出来なかっただろうから。
前世からの友人として、正解に近い回答を出来たんだと思う。
でも、何故違和感があるのか。
それが分からず、首を傾げてしまった。
何かを見落としている、もしくは認識がズレているかの様な微妙な感覚。
「ずっと待ってたんだ、アイドルとしてデビューするの」
一切視線を逸らさずにこちらへと告げてくる。
「カズヤ君にも、ずっと待たせちゃってごめんね」
先程よりも頬の上気が鮮明に見える。
「でも、今じゃないとダメだったから」
俺を見るその瞳が、微かに潤んでいる。
「私の本当をもっと教えてほしくて、私の嘘をもっと見てほしくて」
何故か目が離せないこの光景に、既視感を抱いた。
それは果たしていつだったか。
「嘘でとびきりの愛を皆に振りまいて……そして、やっぱり"アイドルだな"って言ってほしくて」
本当を求めて嘘を貫く、そんな姿。
目の前の少女に酷似した何かが、俺の中で重なっていく。
「本当の私は、カズヤ君にしか見つけてもらえないって、思わせてほしくて」
アイが、目の前のルビーと、重なった。
「だから早くアイドルになりたかった。皆に嘘を吐けば、その分だけカズヤ君が"
何故。その言葉が、頭を埋め尽くす。
「カズヤ君が"
どうして。その思いが、胸中を埋め尽くす。
「カズヤ君だけが私の本当だから、私は絶対に"本当"が欲しい」
ルビーは、俺をそう思ってなかっただろ?
そんな疑問が、頭を過る。
せんせと結婚するって、言ってただろ?
そんな問い掛けを、心の内で行う。
アクアとルビーは互いの前世を明かして、結ばれたんだろ?
だから、二人で仲良くよりを戻せたんだろ……?
そんな言葉に、縋ってしまう。
「せんせはおにいちゃんとして居てくれるけど……私は、カズヤ君が居ないとダメだから」
その言葉に、思考が停止する。
そして、理解してしまった。
二人の関係性を。
俺の思考の根源を。
アクアとルビー、せんせとさりなちゃんは、兄妹として互いの存在を納得した。
それが分かった。
そして俺はずっと、二人がよりを戻したら結婚するものだと――思い込んでいた。
それが、分かってしまった。
つまりは、そう認識する様に無意識に自己暗示をかけてしまっていた。
だからこそこうして、事態の認識を拒もうとしてしまっている。
「カズヤ君、私……一六歳になるよ?」
その目は、他の誰でも無い俺を映していた。
「だから……言ったよね?」
その目は、俺だけを捉えていた。
「もしせんせと結婚しないってなったら――」
その姿は、
「――私と結婚するって」
俺だけしか、認識していなかった。
「だから、カズヤ君」
上気した頬、潤んだ瞳が、静かに俺に近付いてくる。
微かに開いた唇から、吐息の音が耳に届いた。
ただ見る事しか出来ない俺に、ルビーが告げる。
「一六歳になったその日――結婚しようね」
その言葉と共に近付けられた顔は、
「…………ル、ビー……?」
何かが床に落ちた音と共に聴こえた声で、動きを止めた。
大変申し訳ありませんが、仕事の都合で長くて数日程度執筆及び投稿が難しくなりますので、本小説を楽しみにして下さっている方がおりましたらご迷惑をお掛け致しますが、ご了承の程お願い出来ればと思います……!