"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
「酒は飲めないだろうけど、好きなの頼みなよ」
隣に座る男の言葉に頷き、礼を述べる。
今、俺が居るのは所謂、回らない寿司屋。
高級寿司の店に居た。
隣に座る男は着座早々に熱燗を頼み、徳利に入った酒を猪口へと注ぎ、口にする。
「番組の打ち上げ以来だね。元気にしてたかい?」
「はい。そちらもお元気そうで」
俺の言葉に、男は正面を向いたまま軽く笑みを浮かべる。
そして続けた。
「なら良かった。"東京ブレイド"も……有馬かなくん共々、よろしく頼むよ」
鏑木勝也。
彼の誘いで今日、ここに居るのだった。
誘われたのはそれなりに前の事。
"今ガチ"の打ち上げの際に、言われていた。
"今日あま"の最終回で俺の才能とやらに目を付けた事、そしてどことなくアイに似た顔立ちからこの
だがこうして実現したのは数か月経った今日である。
"今日あま"、そして"今ガチ"が想定外の好評を博し、それに伴い方々で仕事が立て込んだ事が理由との事。
"東京ブレイド"とは、この男の打診で出演する事が決まった、人気漫画が原作の舞台の名前。
俺と有馬かな。俺らは鏑木の紹介により、出演が決まった様なものだった。
それよりも彼には直接伝えておきたい事があった。
「"JIF"の件、ありがとうございました」
礼を述べ頭を下げれば、鏑木は持っていた猪口をテーブルに置き、こちらへと顔を向ける。
「こっちとしても打算があった訳だからね、成功して何よりさ」
その言葉に頭を上げれば、笑みを浮かべこちらを見ている鏑木の姿。
「あのB小町の名前を冠して生まれ変わったアイドルグループ、そしてメンバーも申し分無い」
謂わば先行投資だよ、そう言って再び持ち上げた猪口を啜る。
言葉の意図は、容易に理解出来た。
そして前もって理解出来ていた。
JIF、即ちジャパンアイドルフェスティバルに、名前は引き継げども新しいアイドルグループであるB小町が出場出来た理由。
それはこの男が、B小町を参加アイドルグループとしてキャスティングに組み込んだからだ。
そして妹は知らない事だが、
母さんは兎も角、彼がB小町に目を付けた理由は、何となくではあるが察している。
まずはB小町という、ネームバリュー。
解散してまだ何年も経っていない事から、その名を憶えているアイドルファンは多い。
故に前提条件として知名度をある程度獲得した状態でスタート出来るのだから。
そしてメンバー。
有馬かなとメムはどちらも、"今日あま"と"今ガチ"で鏑木と関係性があり、それぞれのキャラクターや実力、知名度を把握しておりグループとしての実力もある程度担保出来る。
唯一鏑木と接点の無い妹、ルビーに関しては知名度と実力は未知数だが、アイから受け継いだそのアイドル然とした容貌が少なくとも彼のお眼鏡に適ったのだと想像に難くない。
つまりはB小町のメンバー全員が鏑木の定める最低条件をクリアしており、更にはグループ名のネームバリューと合わせて合格点を出したのだと推察していた。
打算はあると言った鏑木の言葉。
それは建て前ではなく本音なのだろう。
だが妹が、新生B小町がこの上無いデビューを果たせたのは事実。
その舞台を用意した男に兄として、同じ事務所の者として礼を述べておきたかった。
礼を言って印象が下がる事は無い。
様々なメディアへのキャスティング権を持つこの男との繋がりを維持するという点においても、礼を言う事は大事だった。
何より、この男はDNA鑑定で既にその身の潔白は証明済み。
後は、今日ここに来た本題を出すだけだった。
「鏑木さんって昔、ウチのアイと仕事した事ありますか?」
唐突に告げれば、鏑木の動きが止まった。
単刀直入の本題。
「アイくんかい? そういえば大分と前だけど、アイくんには色々と仕事を振ってはいたね」
俺の鏑木からの評価を考えれば、いきなりこの様な話題を出しても気分を害す事は無いと思っていた。
返ってきた言葉に、読みが当たっていた事を確信。
ビジュアル面を有用するこの男の
彼女の類稀な容姿とセンス、そして何よりも圧倒的な輝きを、この男が無視する訳が無いと踏んでいた。
そう推察していたからこそ、この話題を切り出して話を聞く必要があった。
彼の視線が俺へと向けられる。
「……今日は、アイくんの事でも聞きたいのかな?」
その視線はどこか値踏みをする様で、俺の一挙手一投足を観察しているのが分かった。
ただ無言で、頷きを返す。
俺の返答を見た鏑木は再び猪口をテーブルに置き、やがて正面を向いて目を閉じるのだった。
「アイくんは君と同じ事務所だ」
直接本人に聞けば良いじゃないか。
至極当然といった返しに、こちらも用意していた回答を口にする。
「周りから、アイがどんな風に映っていたのか知りたいんです」
俺の言葉に、鏑木は何も答えない。
ただ黙って目を瞑ったまま正面を見ているのみ。
それぞれの前に、寿司を乗せた皿が静かに置かれた。
静かに目を開けた鏑木が一貫をその手に摘まみ、口へと含む。
やがて飲み込んだ後に、手を動かす事は無く口が開かれた。
「周りからどう映っていた、という事は……君は、アイくんから語られない彼女の姿を知りたいみたいだね」
再び、視線が向けられる。
「それはつまり当人からすれば、暴かれる必要の無い秘密を勝手に暴かれるという事」
続けて告げられる。
「アイくんが君に言う必要が無いと判断した事を、何で君は知りたいんだ?」
鏑木の言葉に、僅かに逡巡。
だが答えは、既に自分の中にあった。
「ファンなんですよ、どうしようも無いほどに」
……それ以外に理由が要りますか?
嘘偽りの無い、言葉。
それも前世から、ずっと。
顔をテーブルへと向けそう答えれば、微かに息を吐いた音が聴こえた。
「……ファン、ね」
その呟きは小さく、だがどうしてか大きく俺にのしかかった様な気がした。
鏑木が言葉を続ける。
「ファンなら尚の事、本人からの話だけを聞いた方が良い」
そう言って、二貫目の寿司へと手を伸ばした。
持ち上げた寿司を見ながら、鏑木が言う。
「ファン目線の幻想なんてものは、実物を知れば壊れるものだ」
これに関して例外は一つもない。そう言って寿司を口の中へと含めたのだった。
やや間を開けて、続きが述べられる。
「タレント業というのは、いわばハッタリ勝負。魅力的な素材が魅力的な嘘をつく事で、現実には存在しない様なカリスマを演出する」
鏑木は続ける。
「就活で良い企業に入る為にやってる様な事を僕等はビジネスでやっている訳で」
そこまで告げた鏑木に口を挟む。
「だとしても、僕は知りたいんです」
これは本心だから。
鏑木は俺を止めようとしている。
ファンとなったその人の幻想部分、つまりは光の方だけを見ているのが幸せだと言い聞かせて。
影の部分は見る必要が無い、知る必要が無いと言いくるめようとして。
だが、これは本心だから。
俺には、知らなければいけない理由があるから。
俺達の父親を、母さんを介さずに見つけ出し、家族を危険から解放しなくてはならないのだから。
だからこそ、それを止めようとする言葉に耳を貸している時間は無い。
横から、鏑木の溜息が聴こえた。
「ファンと言うなら尚の事、知らない方が良いのに……ままならないものだね」
その声色はどこか観念を含んでおり、もう止める気が無いという事を俺に感じさせた。
もう一度の溜息を吐いた後、鏑木が再び口を開く。
「……君には期待してるから、僕が知ってる事を話そう」
そう前置き、言葉を続ける。
「アイくんとは縁があって色々仕事を振っていたのは、さっきも話した通り」
遂に、鏑木の口からアイについての言葉が語られた。
「その頃から彼女は目を見張るものを持っていた。間違いなくアイドルではあったけど……アイドルでしかない。自分が輝くという事しか知らず、芸能界というものをまだ理解していない。まるで、アイドルになれば何かが叶うと思っている様な――子供だった」
自分が輝くという事しか知らない。
前世で、画面の向こうに映っていたアイの姿。
それを思い出し、思わず否定の意見が浮かぶ。
俺にはとても、そうとは思えなかったから。
自分が輝くという事しか知らないのではなく、自分が輝けると知っているからこそ、あんなにも
鏑木が続ける。
「で……何か一助になればと思い、僕がある劇団のワークショップを紹介した」
「ワークショップ?」
彼の言葉に思わず返してしまう。
鏑木が小さく頷いた。
「そう、僕が大学の頃入ってた所なんだけどね……"劇団ララライ"って言う」
劇団ララライ。
その名前には、聞き憶えがあった。
カズヤ君が昔、舞台をした劇団だ。
有馬かなから前に言われた事がある。
――一流の役者しか居ないと言われる"劇団ララライ"。黒川あかねはそこの若きエース。
カズヤ君とあかねが接点を持った場所。
それが、劇団ララライだった。
「あかねくんが所属してる劇団だね。当時は、そんなに有名でもなかったのだけど」
鏑木の言葉に、意識を外へと戻した。
そして、鏑木は言った。
「恋は人を変えるという……多分そこだろうね、アイが恋をしたのは」
その言葉に、心臓が高鳴る。
父親捜しの確信へと近付いた。
そう思えたからだ。
「劇団ララライ。そこのワークショップに通う様になってから、彼女は良い意味で落ち着き仕事にもプロの様な意識を持ち出した。変わり様に驚いて"男が出来たのか"とか揶揄い交じりに聞いてみれば、笑いながら否定はするけど……その笑みがどうしても"
五月蠅い心音を必死に隠しながら、鏑木の言葉に耳を傾ける。
「流石に相手が誰かまでは分からないけれど――一気に大人の顔になったのを憶えているよ」
脳裏に浮かぶのは、前世の光景。
俺が担当医となった妊婦。
それが、アイだった。
病院の屋上で彼女から言われた言葉。
子供は産む、アイドルも続ける。公表しない。
アイドルとは偶像で、嘘という魔法で輝く生き物。
嘘は、とびきりの愛。
子供の一人や二人、隠し通してこそ一流のアイドル。
そう言ってのけた姿に、ファンとして。
家族が居ないから、家族に憧れがあった。
……お腹に居るの双子なんでしょ?
産んだらきっと賑やかで、楽しい家族になるよね!
そう言って微笑んだ姿に、医者として。
――母としての幸せとアイドルとしての幸せ。
――普通は片方かもしれないけど、どっちもほしい。
――星野アイは欲張りなんだ。
幸せってところだけはホントで居たいと言って、本音を魅せたその姿に。
医者の俺と、ファンの俺の意見が一致した。
アイドルとしての輝きと大人としての落ち着き。
その二つが"幸せ"という願いで繋がった彼女の姿は、見た事が無かった。
アイドルでありながら、
「恋をする事で何かが叶ったのか、それとも恋をした事で何かが分かったのか、はたまたそれ以外の理由もあって落ち着く様になったのかは分からない……けれど、アイくんが変わるきっかけになったのは、間違いない」
鏑木の言葉に記憶が合わさり、やがて推察になった。
そこが断定出来ないのは、現在置かれている状況と、俺の記憶が邪魔をするから。
前世の俺にアイが告げた言葉。
――母としての幸せとアイドルとしての幸せ。
――普通は片方かもしれないけど、どっちもほしい。
恋をしているなら、好きな相手との子供が出来たのなら。
――星野アイは欲張りなんだ。
そうとまで言ってのけたアイは、何故その男との幸せも願わない。
幸せという部分だけはせめて本当でいたいと、本音を打ち明けてくれた中に、何故男の存在が一切入っていないんだ。
その思いが、アイが恋に落ちたという考えを断定させなかった。
故に、浮かんだ考えが二つ。
一つは、鏑木の言う通り。アイは恋に落ちた。
だがすぐに、何らかの理由でその恋が冷めた。
フッたのかフラれたのか、付き合ってすぐに分かれたのか。もしくはそれ以前に、何らかの冷める事情があったのか。
もう一つは、襲われた。
つまりは、意中の相手ではない男によって妊娠させられた。
考えるだけで反吐では済まない感情が溢れ出そうになるが、可能性としてはあり得る事象であった。
その二つの考えに、妊婦として俺の前に現れたアイの姿を合わせる。
見えてきたのは、唯一の確実と呼べるもの。
それは間違いなく、お腹に宿る子供達に幸せを感じたという事。
つまり、妊娠させた相手はどうであれ、子供達と幸せになりたいと思った。
だからこそ、妊娠した事が……アイが変わるきっかけになった。
男の存在を願わず、子供達との幸せを願ったアイを知っている俺だからこそ、抱いた考え。
俺はその幸せを、ずっと続かせてあげたい。
この幸せを、ずっと守りたい。
俺の言葉で元気を取り戻してくれた母さんは今まで通り、いや今まで以上に明るくなった。
ルビーの事について話そうとしたが、既に聞いていた様で家に居ない事もカズヤ君の家に居る事も全部、笑顔で快く受け入れていた。
明るさを取り戻した母さん。
カズヤ君の下に居る妹は少し大変そうだが、それを踏まえても……今の状況が幸せだと言える。
だからこの幸せを、ずっと守りたい。
だからこそ俺は、それを絶対に手放さない為に、やり遂げるだけ。
鏑木の話から、かつてない程に状況が進捗してくれた。
何せ、どこを向いて注力すれば良いのか、視野角をかなり狭められたんだ。
彼の言葉で、明確に理解出来た。
俺達の父親は、劇団ララライに関係する人物で間違いないと。
「興味があるなら、ララライの主宰を紹介する。そこなら君の求めてる答えに近付けるだろう」
鏑木が言い放った言葉に、思わず顔を向ける。
気付けば、口を開いていた。
「……どうしてそこまでしてくれるんですか? 僕は実績も何もない役者くずれですよ?」
まるで俺に協力する様な口ぶりに、疑念を抱く。
鏑木が俺へと手を貸すメリットが、特には思い浮かばなかった。
「君に可能性を感じるからだよ」
重ねる様に掛けられた言葉に、口を噤んでしまう。
真意が読めず、言葉を待つ事しか出来ない。
鏑木が顔をこちらに向けた。
「……この業界は、貸し借りの世界だ」
何と無しといった口調。
だが、何と無しとは思えない言葉に感じた。
「知っての通り、日本の芸能界は事務所と制作側の貸し借りがキャスティングに大きく関わる。そしてキャスティングによって収益は何億と変わってくる」
鏑木が手を伸ばし、一貫の寿司を掴む。
「こんな四万程度の鮨なんて、端金に感じる程の金が動く」
そのまま寿司を口に含んだ。
やがて飲み込むと、空になった口を開く。
「ここで貸しを作っておく事で、君が売れっ子になり、まさに今が旬という時、私はキャスティング戦争で大きなアドバンテージを得られるわけだ……Pの仕事って、そういう事だよ」
勿論、君にだけしてる訳じゃない。
そう告げた鏑木を見つめる。
「有馬かなくんやMEMちょくんにも可能性を感じてる――そして君の様に、どことなくアイくんの面影を感じるルビーくんにもね」
こちらに顔を向けた鏑木が笑みを浮かべた。
「だから言ったでしょ? こっちにも打算があったって」
彼の言葉は、俺の推察を肯定するものだった。
新生B小町はやはり、鏑木にとっては先行投資。
他の有象無象のアイドルグループよりも、ユニコーンになりやすい投資案件。
「それに、だ」
不意の言葉に、意識を鏑木へと戻す。
彼は変わらず、俺を見て笑みを浮かべていた。
「こんな事をしているのは君だけじゃないとは言ったが――――君を優遇してないとも、言ってない」
「……は?」
鏑木の言葉に、思わずそんな返しをしてしまう。
俺を優遇していないとは、言っていない。
それは裏を返せば、俺を優遇している。
そうとも取れる言葉だった。
だがそう認識しても、その理由が思い当たらなかった。
そんな俺を見てか、どこか楽し気な表情で鏑木が口を開く。
「――カズヤくん」
告げられた言葉に、再び心臓が高鳴った。
「"今ガチ"であかねくんが炎上した時……それを、カズヤくんが擁護した」
彼の言葉に、記憶がフラッシュバックしながらも、意識を鏑木から逸らす事が出来ない。
「その時、配信でカズヤくんは言ってたよね?」
告げられた、あの時の言葉。
「推しは……君と、あかねくんだって」
――アクアと――――茜ちゃんかな?
額から汗が流れ落ちるのが分かった。
鏑木の言葉の真意。
それを理解してしまったから。
「"今ガチ"だけじゃない、"今日あま"だってカズヤくんのお陰で、思いもよらない伸びを見せたんだ。カズヤくんのお陰で、一体どれ程の金が動いたか……君には分からないかもしれない」
「……まさか」
思わず呟くと、鏑木の笑みが深まった。
「君とあかねくんを起用すれば、もれなくカズヤくんがギャラも無しについてくるかもしれない……だったら、君達にはカズヤくんをキャスティングするに近しい価値があるって事だよ」
心音が五月蠅い程に鳴り続け、一向に収まる気配は無い。
なんなら段々と速まっている様にも思える。
鏑木が俺を"今ガチ"に起用した理由。
それは"今日あま"で俺の力を認めたから。
そして
だが、こいつが劇団ララライの主宰を紹介するであったり、次に控える舞台の"東京ブレイド"へと俺……そしてあかねを強調したりと、重用する理由。
その主軸となる理由は。
「君達のギャラで、日本一の影響力が味方するかもしれないのなら……こっちは何千万だろうが、二人に投資しても何ら痛くない」
俺とあかねの背後にある、業界人であれば誰もが喉から手が出る程に欲するカズヤ君へのコネ。
それと共についてくる、カズヤ君を起用し続ける数多のスポンサー達へのコネが狙いだった。
そこに気が回らなかった自分に嫌気が差すが、覆水盆に返らず。
現に、この影響は既に出ているのだから。
鏑木に至っては"今日あま"、そして"今ガチ"と立て続けに、カズヤ君の影響で結果的に成功を収めている。
ならば何としても、俺やあかねを起用するだろう。
例え俺達が断ったとしても、事務所が断れないギャランティを提示すれば良い。
逆に、頑として事務所が断り続ければ、それこそ事務所自体が業界から干されかねない。
カズヤ君を抜きに考えれば、制作側としてはもしかしたらカズヤ君からの後押しがあり予想を超える収益を獲得出来る可能性があり、事務所としても所属のタレントがキャスティングされてメディアへの露出が増えるというウィンウィンな構図が成り立ってしまっているのだ。
だが、これではまるで。
虎の威を借りる狐ではないか。
カズヤ君の意向に沿わない形で彼の影響力を勝手に利用し売れる。
そこまで厚顔無恥になれる筈が無かった。
……だが。
不意に考えが止まる。
止めざるを得なかった。
何故なら俺は、俺が芸能界で生きていく理由は。
父親を捜す事だから。
俺達の父親を捜し出し、一刻も早く家族を幸せにするのが、俺が生きている意味だから。
故にその生き方に則すのならば、鏑木が俺を優遇してくれるのは正に、渡りに船。
芸能界でより高みへと進めれば、より父親が見つけやすくなる。
だからこそ、家族を守るという意味において、寧ろ良い事の筈だ。
カズヤ君、そして家族。
ベクトルは違えども同じく大切だという思いが、自分の中でせめぎ合う。
「別にカズヤくんに対しても、何かをお願いしたり強制する事も無いんだ。だからこれは全員が幸せになれる方法でもあるんだよ?」
鏑木の言葉に、流されそうになる自分がいる。
「理由は聞かないであげるけど、君はアイくんに関して何らかの真実を知りたいと思っている。そして僕は君が知りたいと思っている真相に近付くであろう手段を持っている。そこには何の強制力も無い。君が望むなら、僕はそれを提供する。けれども、言った通りこの世界は貸し借りで出来ている。だから提供する代わりに、君は正当なギャラで今後も僕のキャスティングを受けて欲しいという事」
どこかおかしな点はあるかい?
彼の言葉を否定する材料が、俺には無かった。
その証拠に俺の心は、一方へと傾きかけていたのだから。
家族。母親と妹。
一度傾いた天秤がもう、戻る事は無かった。
カズヤ君に対する後ろめたさはある。
彼の事だ、もしかしたら当人に言ったら「いや、別にどうでも良くね?」と呆気ない肩透かしを食らうのかもしれない。
以前、カズヤ君から仕事の紹介をして貰ってもいた。
だが今回は、カズヤ君の許可無く彼の威光を使い、自分の仕事にするのだ。
前者と後者では前提条件が違い過ぎる。
故にこの胸の苦しさを必死に飲み込み、必ず目標を達成する為の楔にする。
何があって曲げずに邁進する為の根拠の一つとする。
絶対に父親を見つけ出してみせる。
妹のデビューライブの日に見た、
あんな姿は、二度と見たくない。
あんな表情は、二度と見たくない。
あんな思いは、二度としたくない。
俺は、その時に誓った。
改めての、いや今まで以上に固められた決意。
家族以外は何をどう使ってでも、必ず父親を見つけ出し、報いを受けさせてやる。
だからこそ、
「ララライの件は、また後で連絡するよ。だから……"東京ブレイド"も、あかねくん共々その調子で頼むよ」
「はい」
例えカズヤ君を釣る為の餌だという内容でも……快く了承してやる。
手を伸ばし、摘まんだ寿司を口にした。