"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
――……今度舞台化される"東京ブレイド"について……ちょっと、その、脚本に問題が……あるみたいでして…………それでアビ子先生からカズヤさんに……えっと、ご相談がある、との事です……。
吉祥寺先生から告げられた、本題。
言わんとする事を理解出来ずにいながらも、とりあえず一旦落ち着こうと椅子に掛ける事を提案。
天使ちゃん案内のもと、二人が椅子へと腰掛けてくれたのを見て、俺もテーブル越しで椅子に座る。
佐山さんは俺の右後ろに立ち、案内を終えた天使ちゃんが左後ろに立つ。
テーブル越しに視線を正面へと向ければ、俯きながら全く落ち着きそうにもなくもじもじし続けているアビ子先生の姿。
ちらりとその横へと視線を向けると、同じくアビ子先生からこちらに視線を向けた吉祥寺先生と目が合い、勢い良く何度も頭を下げられた。
それに対し何ともないと苦笑しつつ手を振れば、安堵の息を吐いた吉祥寺先生がもう一度深く頭を下げるのだった。
頭の中ではずっと、吉祥寺先生から言われた本題が疑問となって残り続けている。
アビ子先生が僅かに視線を上げ、目が合った。
すぐに逸らされる。
それを見た吉祥寺先生が慌ててアビ子先生の耳元に口を寄せた。
「……アビ子先生っ、時間貰い過ぎるのもアレなんでさっさと本題を言わないとっ……!」
「…………無理……やっぱ、イケメンと美少女は……目を合わせただけで、テンパる……」
何やらひそひそと会話しており、内容は聴こえないが表情的に吉祥寺先生がアビ子先生へと、相談内容を言わせようとしているみたいだった。
静かに、天使ちゃんが左後ろから居なくなったのが分かった。
「…………お願い……先生…………代わりに……」
「駄目ですっ。そもそも私はこのやり方、反対だったんですからっ……」
「……でも……だって……」
「だってじゃないでしょアビ子先生……!」
こちらには聞こえない密談を続けているが、二人の表情から何となくの会話は想像出来た。
恐らくアビ子先生は人見知りで、仲良くない人には中々話せない様な性格なのではないか。
だからこそ、吉祥寺先生がこうして付き添いで来たのかと思えた。
「こちら、カモミールティーです」
アビ子先生の横から、天使ちゃんがそう言ってテーブルにカップを置く。
そのさりげなさは流石で、アビ子先生がさして驚く事無く、天使ちゃんを見上げた。
笑みを返した天使ちゃんは後ろを通り吉祥寺先生の側にもカップを置く。
礼を述べた吉祥寺先生に「いえいえっ」と返し、再びキッチンに行ってから、戻ってきて俺の前にコーヒーを置くのだった。
俺も礼を述べれば笑顔で元の位置に立つ天使ちゃん。
その姿を見やってから、カップを手に取り口元へと寄せる。
コーヒーを飲む俺の姿を見る前方の二人。
やがて吉祥寺先生が何かを呟き、アビ子先生の手がゆっくりと動いた。
彼女の前に置かれたカップ。
それを掴み、静かに口元へと寄せる。
「…………いただきます……」
辛うじて聴こえたその声に、思わず笑みが浮かんだ。
紅茶を飲んだアビ子先生を見やり、吉祥寺先生もこちらへと言葉を告げてからカップを手にした。
口元からカップ離したアビ子先生が、呟く。
「……おいしい……」
それが耳に届き、俺は口を開いた。
「――アビ子先生。俺には何の遠慮もしないで、好きな様に話していいですよ」
俺の言葉に、アビ子先生の動きが止まる。
その目が、俺へと向けられた。
今度は逸らされる事は無い。
吉祥寺先生はこちらに顔を向け、小首を傾げている。
今俺は、声の力を使った。
恐らくこれは、正しくない事だろう。
けれども、遠路はるばる俺の家にまで何かを相談したくて来てくれたアビ子先生。
その相談には、真剣に答えてあげたい。
何かを望むのなら、可能なら叶えてあげたい。
そう思った。
だが俺には、夕方から仕事があり相談に乗れる時間は限られている。
お二人も忙しいだろうから、今後こうした時間を取れるかは不明。
故に、彼女から俺への遠慮や話し辛いという考えを取り払う必要があった。
彼女が俺に、なるべく遠慮しなくなるだけ。
彼女が俺を嫌ったのなら、遠慮なく嫌いだと言える様にしただけ。
恐らくこれは、正しくない事だろう。
でも、良い。
その責任は、俺が受け持てるから。
所詮は自己満足。
だからこそ、使った。
カップを置いたアビ子先生が、静かに口を開く。
「…………"東京ブレイド"の舞台を無くすのを……手伝ってください……」
その言葉に、驚いた。
吉祥寺先生もまた驚きの表情を浮かべているが、恐らくそれは俺の驚きとは別。
舞台"東京ブレイド"。
その内容はざっくりとだが、午前中に天使ちゃんから見せて貰った。
「何で、その舞台を無くしたいんですか?」
だからこそ訊ねる。
演出家、キャスト共に申し分無し。
絶対に成功する舞台だろう。
俺が自己満足で無に帰させた"今日は甘口で"のドラマとは、訳が違う。
「……役者の人達はみんな上手で……すごいなって思いました」
視線を下に向けながら呟く、アビ子先生。
その言葉は、俺が抱いた感想と同じだった。
ならば、何故。
「でも……」
不意に、吉祥寺先生から言われた言葉を思い出した。
「脚本が……絶対に認められません。うちの子達をあんなに馬鹿にするのは――絶対に許さない」
ああ、そういう事か。
吉祥寺先生が言っていた、脚本に問題がある。
漸く繋がった。
……でも。
つい、考えてしまう。
脚本が認められない。
その後に言った、アビ子先生の言葉。
うちの子達をあんなに馬鹿にするのは、絶対に許さない。
つまりは、
どんな脚本なのかは、読んでないから分からない。
けれど、生みの親がそう言うのなら……そういう事なんだろう。
だからこそ抱く、純粋な疑問。
「脚本の修正は求めなかったんですか?」
「やりました。でも話になりません」
俺の質問に、アビ子先生が即答で返す。
その表情に僅かな怒りを宿しつつ、彼女が続ける。
「何回も書き直しの依頼はしました。こちらの要望も伝えました。でも全然直ってなくて……でも、実際に役者さんが動いてるとこ見れば納得出来るって言われてて……」
アビ子先生の言葉に、只々耳を傾ける。
「それで実際に稽古見に行ったら、役者さん達はみんなすごくて……だから、私もちゃんと言わなきゃって、そう思って言ったんです」
その言葉から、自分が生み出した作品への確かな愛を感じた。
役者達の芝居を見て凄いと思ったって事は、もしかしたらキャラクターが原作と少し乖離があったのかもしれない。
脚本の中で、彼女が抱くキャラクター像とのギャップがどこか発生したのかもしれない。
そのギャップの解消が、やり取りの中で脚本に上手く反映されなかったのかもしれない。
だから、その芝居を見て、もっとこう動いてくれる、こう言ってくれると、乖離を解消したいと思ったのではないか。
自分が思い描くキャラクターをそのまま演じられる役者達の姿を見て、強く願ったのかもしれない。
もっと自分が思い描くキャラクターにして欲しいと。
舞台でも、自分が生み出した子のままで居て欲しいと。
だからこそ、気になる部分をきちんと直して欲しいと、制作側とぶつかってしまったのかもしれない。
それが上手く行かず、やり場の無い思いをどうしようも出来ず、何故かではあるがこうして俺を頼ったのかもしれない。
出来れば、ストーリーの一致性は欲しい。
それが出来なくとも、最低限キャラクターの一致性を保って貰わないと駄目。
その気持ちは、俺にも理解出来た。
脚本の一部を直す。
果たして俺に、どんな事が出来るかは分からないが、アビ子先生の思いには胸を打たれた。
天使ちゃんのスマホで見た、舞台の日程を思い出す。
一部修正ならきっとまだ、間に合うだろう。
話を聞く限り、アビ子先生としてもキャラクターをしっかりと原作に合わせてくれれば、舞台を認めてくれそうな雰囲気に思える。
役者も制作陣も、原作者も全員が幸せになるのなら、その方が良い。
これは、俺の自己満足。
アビ子先生が続けた。
「全部……脚本全部直してくださいって」
……ん?
彼女の言葉に、思わず思考が止まる。
「脚本を……全部、ですか……?」
聞き返せば、力強い頷きが返ってきた。
なるほど……全部か。
そうなるとまた、話が大きく変わってくる。
自分が舞台に出ると仮定して、ここから脚本が一旦白紙になる。
そして全部を刷新するとなると、何日かかるだろう。
"明日から私は"を思い出す。
約一週間で、一から脚本と演出、構成を作り上げた。
だからもしかしたら、その程度で出来るのかもしれない。
けれど舞台はドラマ撮影とは違い、一発撮りだ。
そして観客は、ドラマの様なカメラという視点のみではなく、様々な角度から舞台を見る事が出来る。
故にドラマよりも、視点を考えた構成が複雑になるに違いない。
ドラマは一週間で、あんな地獄の様なスケジュールだったんだ。
舞台はもっと大変だろうなぁ、と他人事ながらに思えた。
「えっと、気になる所を直すだけじゃダメだったんですか?」
思わずそう訊ねれば、アビ子先生は不思議そうに首を傾げる。
「……気になるとこが全部だったので、全部直してって言いましたけど」
なるほど、分からん。
至極当然といった様相の彼女に、そんな感想を抱く。
まあ、脚本も見てないから何とも言えないが、アビ子先生から見れば、そういう事だったんだろう。
「なのにこの脚本でもう稽古入ってるからとか本番まであと二〇日だからとか……実際動いてる所を見ればこの脚本で良いのが分かるって言うからオッケーしたのに……全然良くないなら、オッケーじゃないですよね?」
実に純粋無垢な目で問い掛けてくるアビ子先生。
その横で何度も頭を下げ続けている吉祥寺先生が目に入り、何とか苦笑を浮かべるだけは出来た。
しかしアビ子先生の話は止まらない。
「脚本家の人は修正して欲しい所を全然読み取れてないし、私の作品を読んでるって言う癖にあんな脚本にするし……このキャラはこんな事言わないしこんな事しないってのばっかり……!」
徐々に強まる語気に、苦笑を消して見つめる。
力強い瞳が俺を捉え、続いて声が届いた。
「別に展開を変えるのは良いんです! でもキャラを変えるのは無礼だと思いませんか!? うちの子達は、あんなに馬鹿じゃないんですけどッ!」
だから全部直してって言いましたッ。
俺へと言葉をぶつける彼女を、只々見つめる。
横で悲し気に目を伏せる吉祥寺先生も視界に映ってはいたが、今は気にしない。
アビ子先生だけに、集中した。
「うちの子の聡明さが消えて馬鹿な女にしか見えない! センス無い! 修正も期待外れ! エンタメを理解してるとは思えない!」
怒りを前面に打ち出した表情で、俺へと言い放つ。
だがそれは俺への糾弾ではなく、同意を求めている様にも思えた。
「なのに他の人はみんな脚本家を守る様な事ばかり言って、誰も私の気持ちを理解する人はいませんでした。何回も修正してって言ったのに直す事をしなかったその人を擁護するばかり」
そして、続けた。
「だから……私に全部脚本書かせてくださいって言ったんです。じゃなきゃこの劇の許諾取り下げますって」
その言葉に驚いたが、表情には出さず内心に留める。
許諾の取り下げ。
即ち、"東京ブレイド"を舞台として認めないという事。
つまり、その舞台を公演させないという事。
「違約金は出しますって言いましたけど、結局会社が出さなきゃないとか出版社も色々言ってきて……何とかこの舞台を続けさせようと、この脚本のままで行こうと、出版社も舞台の人達も色々な手で私を宥めようとしてきたんで、埒が明かないと思って別の手段に出る事にしました」
ああ、だから舞台を無くす手伝いをしろと言ったのか。
アビ子先生が、言う。
「カズヤさん、あの舞台を無かった事にするのを手伝ってください」
そこで、気付いた。
彼女が俺を頼った、理由。
「だって昔」
それは、
「"今日は甘口で"のドラマを、無くせたんですから」
俺の、琴線に触れた言葉だった。
「先生はそれは駄目の一点張りだったんで、こうしてお願いに来ました」
彼女の言葉が、耳を通り過ぎる。
「業界に影響力があり、先生を守る為にドラマを無かった事にしたカズヤさんが手伝ってくれれば、間違いなくあの舞台を無くす事が出来ると思うんです」
淡々と告げるアビ子先生。
「お金なら持ってるんで、何千万だろうが言い値で払います」
隣にいた吉祥寺先生が口を開く。
その前に、俺が声を出した。
「……アビ子先生は、何の為に舞台を無くしたいんですか?」
俺の言葉に、彼女の目が僅かに細まる。
「何の為って、さっきも言いましたがうちの子達を馬鹿にする様な作品を、私が絶対に認められないからです」
アビ子先生の言葉に僅かに逡巡。
やがて再び口を開く。
「例えば、その脚本家があなたの望む脚本を書きあげたら、その舞台は認めるんですか?」
その問い掛けに、アビ子先生は息を吐いた。
そして俺へと告げる。
「それだったら許可してます。でも、何回言っても直す事が出来ない人には、一切期待出来ないので」
成程。
「つまり、あなたが脚本を書かなきゃあなたが望む舞台にはならないという事ですね?」
「はい。さっきからそうだって言ってるじゃないですか」
俺の言葉に、僅かな苛立ちを乗せた声が返ってくる。
アビ子先生の言いたい事は、理解出来る。
原作者たる彼女が違うと感じれば、それはその作品とは呼べなくなる。
だから彼女の言い分は正しいと思う。
けれど、それに素直に乗れない自分がいた。
彼女の心からの想いに、何か否定がある訳ではない。
寧ろその考えは、賛成に近い。
なら、何故素直に乗れないのか。
理由は単純。
"東京ブレイド"に対して俺は"にわか"ですらなく、無知だから。
はっきりと言えば"東京ブレイド"には――興味が無い。
だから、賛同は出来ても協力へは、腰が重くなっていた。
何故か。
彼女が俺に――自己満足を求めてきたから。
"今日は甘口で"の出来事を理由に俺へと声を掛けたなら、あれは俺が自己満足の為にやった事。
ならば俺は自分の中に、アビ子先生に協力したいと思える、確固たる自己満足が無ければ、動きたくない。
寧ろ舞台という話だけなら、あれだけのキャストが揃うその舞台を――観たいと思う自分がいるんだ。
であれば現時点での自己満足は、あの舞台が無事に公演初日を迎えて欲しいという方に傾く。
だが、彼女の気持ちが痛い程理解出来るのもまた事実。
思考を整理し、自分の中で結論を生み出していく。
彼女の気持ち、舞台を観たいという思い。
双方がぶつかり、心の中で激しい火花が散る。
そして徐々に、その火花から何かが生まれ出す。
やがて出た結論。
舞台を無くす為に、俺に力を貸して欲しいんだろ?
自分だけじゃ埒が明かなくて面倒くさいから、こんな俺に手伝って貰いたいんだろ?
……自己満足で自分勝手で、自己中心的で自分本位な俺を、動かしたいんだろ?
だったら……。
「なら、今からしていく質問に自信を持って答えてくれたら…………手伝うよ」
自己満足の為でしか動かない俺を、納得させてみろ――鮫島アビ子。
俺の言葉に目を丸くする彼女に、笑みを浮かべる。
所詮、自己満足なんだ。
だったら、俺が舞台を観たいという思いよりも、無くす事を手伝いたいと思えるまで、俺に気持ちをぶつけてみろ。
俺の笑みを見て違和感を感じたんだろう、僅かに身構える彼女に口を開く。
「最初の質問。自分が脚本を書けるんだったら、舞台はこのまま許可を出す?」
俺の言葉に僅かに首を傾げた彼女が、やがて口を開く。
「はい。私だったら間違いなくより良い物を作れて、原作に沿ったストーリーやキャラクターを描けるので」
成程。
「続いて。自分が書くとしたら、どんな脚本にする?」
その言葉に、彼女は僅かに閉口する。
だが、やがて口を開いた。
「そうなった場合、細かい内容はこれから考えますが……基本的に、私の作品を忠実に再現します」
それが一番面白いんですから。
彼女の言葉に頷く。
再び、こちらのターン。
「では次。その脚本を書く場合、今の自分の本業もあるけど、どのくらいで完成出来る?」
俺の問い掛けに、目を瞑った。
考える様に黙った彼女を、見続ける。
やがて、その目を開いた。
「……今週分を描いてからなのでそれが終わってから。少なくとも来週までに完成する事は出来ます」
その言葉に、彼女の発言を思い出す。
本番まで後二〇日と言っていた。
舞台初日の日程を思い出せば、昨日に揉め事が起こったのだと理解出来る。
動きが速い様で何より。
「なら、来週に脚本が完成して、それが実際に舞台に立つ役者達に台本として渡されるのはいつ?」
俺の問い掛けに、彼女の言葉が詰まった。
口を開きかけては閉じ、それを何度か繰り返す。
やがて、声を発した。
「……それは……私の仕事じゃないんで、舞台の人達がやるんでいつになるかは分かりません」
頑張って早く渡してもらえば良いだけです。
ここで、俺の天秤は完全に傾いた。
「忙しい合間を縫って頑張って書いた脚本が本番ギリギリに役者の手に渡る事になって、セリフ覚えや役作りが殆ど行えないまま本番を迎えたら、その舞台を認める?」
その言葉に、彼女が大きく目を見開いた。
「セリフも曖昧、動きも雑、展開もグダグダ……その舞台を、認めるんですか?」
続ける様に言葉を告げれば、その表情から驚きが消える。
「……だから、やっぱり舞台自体を無くした方がいいんですよ」
静かに放たれたその言葉。
そこには僅かな苛立ちが込められていた。
後は、その苛立ちをどんどんと大きくし、俺にぶつけさせる。
「あらら? 自分の書いた脚本なら間違いなくより良い物が作れるんじゃなかったっけ?」
そう首を傾げれば、彼女の眼光が鋭さを増した。
「……舞台の本番までに間に合う様に、役者の手に早く渡せなかった人が悪いんです。私の脚本は関係ありません」
彼女の言葉を敢えて、鼻で笑って見せる。
「その場合、舞台の本番まで間に合わなくさせた人って、誰だろうね? 今の脚本なら、問題無く間に合うんでしょ?」
「…………何が、言いたいんですか?」
敵意を向けて来た彼女に、返す。
「いや何も? 言った通り、質問に自信を持って返してくれれば良いだけだよ?」
何かを噛み締める音が聴こえた。
「…………私を、手伝うつもり無いんですね?」
「いや、別に手伝っても良いかなっては思ってるよ?」
「……じゃあ、何で、こんな事聞いてくるんですか?」
「何となくかな? 何となく聞いてみたくなっただけ」
「……なら別にそんな無駄な事しないで、黙って手伝ってくれればいいじゃないですか」
「……んー」
彼女の言葉に、身体を背凭れに預けて両腕を組む。
考え事をする様な、演技。
目を向けずとも、穴が空きそうな程に凝視されているのが分かる。
天井へと顔を向け、口を開いた。
「そうだなぁ……」
どこか気の抜けた様な口調で呟けば、向けられる視線が強まる雰囲気を感じた。
彼女にとってみれば、今は非常に無駄な時間。
来週分とか言ってた内容を鑑みれば、恐らく彼女は週刊連載の漫画家なのだろう。
恐らく、締切りに追われる日々を過ごしているんだろう。
故に時間がどれ程有用か、多分吉祥寺先生と彼女が誰よりも身に染みて理解している。
だからこそ、この無駄な時間に人一倍、苛立ちを覚える。
この合間にも彼女の苛立ちが増しているのが分かる。
「強いて言えば……そうだなぁ……」
僅かに視線だけを下ろせば、こちらを激しく睨み付ける姿。
答えを出しそうで出さない俺に、更に苛立ちが増した様だ。
そのまま考え事で唸る様な声を出していれば、微かに彼女の身体が震え始めるのが見えた。
……そろそろかな。
そして耐え切れず、彼女が口を開こうとした時。
先んじて、俺が告げた。
「"東京ブレイド"に、興味無いんだよねえ」
「――アビ子先生ッ!」
悲鳴の様な吉祥寺先生の声。
立ち上がった彼女の腕を、吉祥寺先生が掴んだ。
勢い良く後方へと倒れた椅子の音が室内に響き渡る。
「アビ子先生ッ、落ち着いて! 落ち着いてください……!」
宥めようと必死に声をかける吉祥寺先生だが、その相手は全く意に返した様子は無い。
天井から顔を下げれば、射殺す様な目で俺を睨み付けていた。
「…………興味……無い、って……?」
「アビ子先生っ、落ち着いてください!」
吉祥寺先生が泣きそうな表情でこちらを見てきたので、それに笑みを浮かべる。
俺の表情を見たからだろう、耳に舌打ちの音が届いた。
「……私の作品、に……興味……無いんです、かっ……?」
その言葉に笑みを保ったまま、答える。
「うん。だって面白いか分からないし」
「ッ! アビ子先生ッ、ダメッ!」
吉祥寺先生の叫びが耳に届いた時、俺は胸倉を掴まれていた。
笑みを保ったままに胸倉を掴み上げた者へと顔を向ける。
そこには、逆鱗に触れたと言わんばかりに激情を漲らせた、鮫島アビ子が立って居た。
俺の声を耳にした時、吉祥寺先生を振り払って俺の下へと回り込んできたのだ。
掴む力は、強いとは言えない。
寧ろ非力。
だがその意思は、この中の誰よりも強かった。
息を荒くした鮫島アビ子が口を開く。
「…………もう、一回……言って、みろッ……私の、作品、が」
彼女の言葉に被せる。
「どこが面白いんだろうなぁって、思ってさ」
俺の身体が、背凭れへと押し付けられた。
「そんな訳無いッ! 私の作品がッ、面白く無い訳無いだろッ! 分かったら二度と、そんな事口にするなッ!」
激怒、咆哮。
そう思える彼女に、表情を変えず口を開いた。
「だってさー、どういう所が面白いの?」
「全部面白いに決まってるだろッ! どこがじゃないッ! 私の作品は全部面白いんだッ! 一千万部以上も売れてるんだから面白くない訳が無いでしょッ! 重い期待の中毎週必死に書いて成果を出し続けてる私の漫画が面白くない訳が無いッ!」
その声から、言葉から、表情から、態度から、彼女の心が俺へと突き刺さる。
その思い、自信、必死さ、苦しみ、辛さが痛い程伝わってきた。
だからこそ、俺に吐き出せ。
無関係な俺に吐き出せばきっと、それまで一人で戦い続けてきた精神への負担も少しは軽くなるかもしれないから。
「へー、その漫画ってそんなに人気だったんだ」
「だから面白いに決まってるッ! 面白くないなんて感想が出るのはそっちがちゃんと読んでないからでしょッ! ちゃんと読めば絶対に面白いって思うに決まってるからッ!」
その身に溜め込んだ激情を吐き出す事で、心に僅かでも空きが出来るだろ?
だから、気が済むまで俺をサンドバッグにでも使ってくれ。
「じゃあ、漫画の世界では結構有名な作品なんだね」
「そうだッ! 有名になるくらい私の漫画は人気なんだからッ! すぐにアニメ化もして更にまた人気も出て、絶対に面白くない訳が無いッ!」
「……じゃあさ。君の作品って、舞台の世界ではどれくらい面白いの?」
でも、最後まで吐き出すのはちょっと待っててくれ。
後でまた幾らでもサンドバッグになるからさ。
「……………………は?」
アビ子の、動きが止まった。
目を見開き、俺の胸倉を掴んだ体勢のままで固まる。
そんな彼女に、口を開く。
「舞台ではさ、漫画界と同じくらい……有名になってるの?」
俺の言葉に、彼女は固まったまま。
負の感情を吐き出す事で、溜まっていた鬱憤が心から幾分か抜ける。
心に幾分かでも空いたスペースが出来れば、俺の話をちゃんと聞いてくれるんじゃないかと思った。
憎まれ役は、得意なんでね。
そんな彼女に、保っていた笑みを敢えて消す。
「舞台の世界では、鮫島アビ子って名前はほぼ無名でしょ? そんな君が何で、舞台を全て知った様に語れるの? 脚本だけじゃなくて、音響や照明、映像や舞台装置とか、舞台に関わる……舞台に必要な物がどれだけあるか、どんな風に使うと良いか、どう魅せれば良いのか、誰よりも面白く出来るの?」
彼女が舞台の事を何も知らないのは、これまでの話から把握出来ていた。
何故なら、彼女は何も知らなすぎるから。
何回か舞台に触れていれば、出役の俺だって脚本の仕上がりには大体どのくらいの日数が必要になるかは理解出来る。
脚本の制作に携わっている原作者であれば、俺よりもそこら辺は詳しい。
今までの舞台だって、そうだったんだから。
なのに彼女は、舞台に関して何も知らなすぎる。
脚本が変わる事で役者だけじゃない、本番中に関わる全てが、影響するんだ。
それが果たしてどんな規模なのか、彼女は全く理解していなかった。
恐らくは旧態依然の、まるで学芸会の様な板上でやる舞台という物を想像しているのかもしれない。
今は映像があり、舞台自体が動き、昔の様な幕や暗転等無くてもシームレスな場展が可能になっているんだ。
「俺は少しだけど、何回か舞台を齧ってる。だからこそ言わせてもらえば、今から君が全部脚本を書いたとして、今の脚本よりも舞台が面白くなる可能性は低いよ。だって、舞台の事をちゃんと知ってる人が書いた脚本とは、"舞台"としての完成度が違うんだからさ」
俺の言葉に、胸倉を掴む力が弱まった。
でも決して、俺は鮫島アビ子が嫌だと思った脚本が完全に良い訳じゃ無い。
だって原作者が望まないんだ。
それはつまり、脚本家ないしその過程で携わる人達の、原作への愛が足りないという事だから。
展開を変えるのは良い。
けど、キャラを変えるのは無礼。
彼女は確かに、そう言った。
だから脚本は、原作者から見て違うキャラに思える内容になっていたんだろう。
それが一人か、二人か、それ以上なのかは分からない。
もしかしたら脚本家としては、舞台用にストーリーをはっきりと見せる為に施した工夫なのかもしれない。
それも分かる。
カット割りの無い舞台では、漫画や小説等と同じ展開にしてしまうとどうしても間延びする様な時が発生するから。
そして舞台では、公演時間の都合上どうしても原作の内容を抽出し切り抜いた内容になってしまう。
そうすると、その中で忠実に再現をしても、見終わった観客が後味の悪い思いを残す可能性がある。
だからこそ誰を中心にして、相反するキャラクターを極端にする事で分かりやすい対立構造を演出すれば、観客としても後味の良い勧善懲悪にしやすい。
故に、もしかしたら脚本家や制作陣の意図としてはそういった舞台の側面から、その様な脚本を、そしてキャラクターにせざるを得なかったのかもしれない。
けど、俺も彼女と同じ考え。
キャラを変えたら、それはもうその舞台のオリジナルキャラクターになってしまう。
原作と同じ名前を冠した、別のキャラクターになってしまう。
それは嫌だろう。
だから、俺が制作陣に思う事は一つ。
舞台用にどうしても改変が必要なら。
原作のリスペクト以上に、舞台用のオリジナル要素を入れたいのなら。
それで問題無いと、原作者を心から納得させる努力をしてみろと。
少なくとも今まで俺が関わってきた原作ありきの舞台は全て、原作者が皆必ず太鼓判を押した脚本だけだったんだから。
それが行われないのは、制作側の怠惰か傲慢にも思えた。
だから必要な事は、原作者と制作側のコミュニケーションエラーの解消。
話し合いが足りないのか、双方へのリスペクトや知見が足りないのか。
それぞれをしっかりと尊重した上での歩み寄りが、足りない様に思えた。
未だに固まりながら、どこか焦点の合わない瞳をこちらに向ける彼女に、演技ではない笑みを浮かべる。
「君の漫画は、本当に素晴らしいんだと思う。きっと、かなりの人が自信を持って言える面白い漫画なんだと思う」
笑みのままに、続ける。
「そして舞台も、本当に素晴らしいと呼ばれる舞台がある。かなりの人が自信を持って言える面白い舞台もある」
俺が伝えたい事。
「だから君も……もうちょっとだけ、舞台の事を知ってみない?」
「…………舞台を、知る……?」
呟きではあるが、漸くと反応を示してくれた彼女に頷く。
「そう。例えば今やってる舞台を観て、こんな風になってるんだとか、こんな風に見えるんだとか、こんな事も出来るんだっていうのを知って……そこから、"東京ブレイド"の舞台ではどんな風になりそうかって考えてから、改めて全部の脚本を自分で書き直すのか、舞台自体を無くすのか、はたまた脚本家と一緒に修正してみるのか、考えてみるのはどうかな?」
もし時間が取れればだけどね。
そう告げれば、焦点が合わなかった瞳が徐々に正常へと戻ってくるのが見えた。
静かに、俺の胸倉から手が離れる。
不意に、右肩を後ろから軽く叩かれる。
振り返れば、佐山さんの姿。
そして、彼の手が俺に差し出されていた。
「もしかしたら必要かもしれないと思って用意しておいた今公演中の、"東京ブレイド"と同じ総合責任者と脚本家が担当してる舞台のチケット」
本当はカズヤ君用だったけどね。
そう告げる佐山さんの手にあったのは、二枚のチケット。
そのもう一枚は誰に使えば良いんすかね?
抱いた冗談はすぐに消え去り、礼を告げて二枚を受け取る。
それを、向き直した眼前の人物に差し出す。
「はい。時間取れそうだったら、これで見に行ってみたら? もしかしたら何か参考になるかも」
「……えっ……あっ……でも……」
そのチケットを見て遠慮気味な態度に業を煮やす。
「あっ……」
彼女の手を掴み、強引にそのチケットを握らせた。
「もう一枚は、予定が合えば吉祥寺先生とでも行ってきなよ」
視界の端で、誰かが驚いた様に肩を震わせるのが見えた。
しかし、チケットを受け取ってもどこか落ち込んだ様な反応は変わらず。
「…………でも、やっぱり……キャラを変えられる、のは……」
その言葉に、彼女の想いと俺の自己満足が一致した。
ポケットからスマホを取り出し、電話帳から人物を選択。
俺の行動に首を傾げる姿に笑みを向けてから、発話ボタンを押した。
後ろから天使ちゃんが、自分のスマホを俺に渡してくる。
その画面に見えた内容に、流石だと内心で呟く。
スピーカーモードに変えて数コールの後、繋がった。
『もしもし、カズヤ君? 君からの電話なんて珍しいじゃないか』
電話越しの声に、言葉を返す。
「どうも、監督。急に電話しちゃってすんません」
俺の言葉に、スピーカーから朗らかな笑い声が聴こえた。
『別に夕方まで暇してたから大丈夫だよ。それで、どうしたんだい?』
俺が監督に電話した理由。
「ちょっと聞きたいんすけど、えっと、
天使ちゃんのスマホに表示されている、その人物の情報を基に監督へと訊ねる。
『雷田? あー、もしかしてあの雷田君かな? えっと、ちょっと待ってね……』
そう言って何かキーボードでも叩く様な音が聴こえる。
やがて、その音が止まった。
『あったあった……もうすぐ始まる"東京ブレイド"の舞台の総合演出をやってる雷田君で、良いのかな?』
彼の言葉に「その人っす」と返す。
この人の人脈はあり得ない程広い。だから知ってる可能性が高いと思った。
何せ俺を起用する為に多くのスポンサーと自分でコネを作りまくった人なんだ。
俺はこの人以上に、この業界で人脈が広い人を知らない。
監督の声が、聴こえた。
『……で、カズヤ君は俺に、何をして欲しい訳?』
その言葉への返しは、決まっていた。
「んー、勝手な自己満足なんすが……もしその舞台の脚本が原作者ときちんと擦り合わせられてなかったら何だか気分が晴れないなーって思っただけっす」
俺の言葉に、スピーカー越しから大きな溜息が聴こえた。
解せぬ。
眼前で身体を大きく震わせた人物が見えたが、無視してスマホを見続ける。
『……なるほど。じゃあ俺は君が円滑に仕事に集中してくれる様に……ブルーな気持ちにならない様、願うばかりだ』
さっすが、監督。
同じ演出を齧ってる人間なんだ、関わっている可能性はかなり高いと思っていた。
『雷田君は昔、仕事覚えたいからって舞台とかのスタッフに入れた事もあるし……当然それは、カズヤ君が出る舞台だった訳だけど』
憶えてるよね?
「はっはっは、何を仰る。オボエテマスワー」
目を逸らした訳じゃ無い。スマホが勝手に横に動いたんだ。
『まあ、とりあえず関係者じゃないし、雑談程度にしか話す事は出来ないよ? せいぜい――原作者と脚本家が一緒に納得出来る脚本作れないと、もしかしたら星の王子様がやってくるかもしれない、って言うくらいかな』
これまた、面白い事を。
ま、自己満足なんでそれで問題無し。
顔を上げる。
そこには、驚きの表情で俺を見つめる姿があった。
さっきは時間があればとは言ったけど。
俺の自己満足に変わったなら、話は別だ。
「アビ子」
そう呼べば、彼女の肩が大きく震えた。
視界の奥でも、同じく震えた。
まだ、君を先生とは呼ばない。
もし呼んで欲しければ、君の漫画を俺に読ませたいと思わせる事だ。
こちらを見つめるアビ子に、訊ねる。
「今日はこれから、その舞台を観に行けるかな?」
俺の言葉に、やや間があってから小さな頷きが返ってくる。
行けるんなら良かった。
電話越しの監督に伝える。
「"東京ブレイド"の原作者の人が今日、その雷田さんが担当で今公演してる舞台を観に行くらしいんで、それもチクっといてください」
『えっ、カズヤ君のとこに原作者の人居たの!?』
監督の驚きを笑ってスルー。
チケットを見て、舞台の名前を教える。
やがてもう一度、大きな溜息が聴こえた。
『まあ、カズヤ君に関しては今に始まった事じゃないけどさ…………えっと、これって原作者の人にも聞こえてる?』
その言葉に肯定を返せば、再度の溜息。
『全く。それで、えっと……原作者の人に伝えたいんだけど、その舞台観に行ったらスタッフの誰かにあなたの名前を言う様にして欲しい。そうすれば会えるだろうからさ』
監督の言葉に、アビ子へと顔を向ける。
どこか不安と戸惑いを抱く表情に、安心させる様に頷いてみせれば、彼女もまたおずおずと頷きを返した。
「大丈夫らしいんで、じゃあそんな感じでお願いしやす」
『……まあ、もう慣れたからいいけどさ。またバレてカズヤの乱なんて呼ばれても、それは自分で何とかするんだよ?』
疲れた様な監督の声に「了解っす」と返し、通話を終了した。
天使ちゃんに礼を述べてスマホを返し、改めてアビ子と対面する。
未だにどこか現実味が無い様な顔で俺を見ているアビ子。
だが、やがて小さく呟いた。
「…………なんで……ここまで……」
その言葉に、俺の答えは一つ。
「君の為じゃない。これは、俺の自己満足だから。だから君に何の相談も無く、勝手に動いただけ」
俺の言葉に、アビ子が再び目を見開いた。
そんな彼女に続ける。
「アビ子の望みを叶えたいんじゃない。だから君の望みにはまだ付き合わない。俺が、俺の為だけに……やりたいと思った事を自分勝手にやっただけ」
笑みをニヒルなものへと変えて、告げる。
「だから俺の自己満足を利用するのは……やめておいた方が良いよ」
そう告げて、佐山さんに頼んでメモの切れ端を貰う。
一緒に渡されたペンを持って、テーブルの上で書き込む。
書き上げた紙を手に持ち、アビ子へと差し出す。
「はい、これ俺の電話番号だから。俺にもし君の漫画が面白いと思わせたいんだったら、ストレス溜まった時に電話してきて罵詈雑言浴びせるのが、多分一番効果的だと思うよ?」
そう言って彼女の手に、チケットの上にメモの切れ端を乗せた。
無理やり渡した電話番号を呆然と見つめるアビ子。
「こんな自分勝手な奴なんだよ、俺って。だから、アビ子も俺に遠慮なんかしない方が良い」
じゃないとまた勝手に自己満足すんぞ?
笑顔でそう告げれば、やや間をおいて小さな笑い声が聴こえた。
俯いたままのアビ子から、声だけが聴こえる。
「……罵られたいとか……マゾじゃないですか……」
「はいはい、マゾでも結構ですー。てか俺からすれば、そんなに追い詰められながら漫画書き続けられる方がマゾっぽいけど」
「は? 今、言ってはいけない事を言いましたね? 漫画家がマゾって言いました?」
「……へぇ、カズヤさんは漫画家の事をそういう目で見ていたんですねぇ」
「え!? あっ、いやっ、ほ、ほらっ、今のは……その、軽い冗談ですやーん」
「……決めました。イラっとしたすぐに電話します。こっちもストレス発散になりますしカズヤさんも罵られたい様なので、ウィンウィンですね」
「……私も、今のは流石に看過出来ないので……何かあればご連絡します、ねっ?」
「…………どうぞご自由に」
まさかの漫画家二人を敵に回してしまい焦る俺だったが、俺にもまだ味方は居た。
「カズヤ君。四〇分後に舞台が始まるから、後五分くらいで出れば余裕を持って会場に着けるよ」
これが佐山クオリティィィィ!
救世主を見る目で彼を見ながら何度も頷く。
やがて聴こえた二つの溜息。
とりあえず、難を逃れた様だ。
いつの間にか席を外していた天使ちゃんが冷めていたカップを入れ替えてくれる。
まあ、二人が家を出る前にこれだけは伝えておきたい。
「……アビ子」
「何ですか……?」
怒りは消えた様で、俺に首を傾げてくれる。
自分勝手な自己満足はやった。
後はこれで、彼女が納得出来ないなら。
「舞台を観て、話をして、もしそれでも納得出来ないなら……俺に言ってくれ」
俺の言葉に、アビ子は小首を傾げたまま。
もしも俺の自己満足でも彼女の願いが叶わないのであれば。
「その時は、全力で君の力になる」
原作者に最後まで敬意を払えない舞台を、俺は観たくない。
だからアビ子が望む形になる様に、俺が持てる力を全て使う。
舞台に出る演者達にも、同じ規模の別の仕事を用意する。
それが俺の自己満足だ。
不思議そうに俺を見つめていたアビ子だったが。
やがて俯きながらも、小さく微笑むのだった。