"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第165話

 その結果に行き着き、絶望した。

 そんなのはあり得ないと、考え直した。

 泣きながら何度も否定しては考え直した。

 何時間も、何日も、何週間も。

 お母さんにまた心配されながらも、考え続けた。

 だって、違う結論に至らないと……ダメだから。

 でも……至った結論が、それだった。

 だから、考え方を変える事にした。

 というよりも、元々の考えに戻った。

 元々の考えが、更に強まっただけだった。

 カズヤさんが、もし本当にアクアくんの父親だとしても、関係ない。

 カズヤさんが、もし結婚してたとしても、関係ない。

 存在しない私を見つけてくれるのは、カズヤさんだけ。

 誰からも見向きをされない私を見てくれるのは……カズヤさんだけ。

 死ぬつもりだったのに生きたくなった私を…………死なせないでくれたのは、カズヤさんだけ。

 カズヤさんがいなければ、今の私はいない。

 だから私は……カズヤさんがいないと生きていけない。

 カズヤさんの前で存在しないと、生きていけない。

 カズヤさんの届かない所に行ってしまったら、死ぬかもしれない。

 その笑顔や声が聴こえなくなるのが、怖い。

 好きだから。

 そして、生きたいから。

 一人では、死にたくないから。

 だから、カズヤさんから離れたくない。

 だから、カズヤさんが私を大切にしてくれる分、私からも愛を持ってお返ししたい。

 だから。

 

 

 何があっても、カズヤさんから離れない。

 

 

 だって私はカズヤさんにとって唯一の――"推しの子"なんだから。

 だってカズヤさんは私にとって唯一の――"推し(好きな人)"なんだから。

 私はカズヤさんに、生きていて欲しい。

 自分の力を忌々しいと思っているカズヤさんに、そんな事ないよって言いたい。言い続けたい。

 それでもカズヤさんがこの世界から消えたいと思うのなら。

 

 

 私も一緒に消えてあげたい。

 

 

 一緒に死ぬ覚悟が、はっきりと持てる様になった。

 だから、例えアクアくんの父親がカズヤさんでも、関係ない。

 でも、誰がカズヤさんの女なのかは、気になる。

 そこに嫉妬は、勿論する。

 けどそれ以上に、カズヤさんがこの世界から消えたいという思いを抱いているのに、それを解消してあげない事に、強い怒りを覚える。

 優しいカズヤさんの事だ、きっと自分の思いは伝えないんだろう。

 一人でずっと、抱え込んでいるんだろう。

 私だったら、絶対に気付くし何とかしてあげたいって思う。

 それをしない女に、激しい怒りを覚えた。

 だから、そんな女に遠慮なんか、したくなかった。

 私の方が、カズヤさんの事を分かってる。

 そう思ったから。

 アクアくんは、恐らく知らないんだろうと思えた。

 それは、彼がカズヤさんの事を自然に"カズヤ君"と呼んでいるから。

 その言葉に演技はなく、ありのままの呼び方だったから。

 だからアクアくんが、カズヤさんが自分の父親だと認知している可能性がかなり低いと思えた。

 つまり、カズヤさんは自分が父親だという事を隠している。

 そう思う方が自然だった。

 なら、アクアくんの母親は誰なのか。

 それは、今日に至るまではっきりとした結論は出なかった。

 でも、候補は絞れた。

 "今ガチ"で炎上から復帰した私が自分以外のキャラ付けをしたが良いという事で、アクアくんが思うカズヤさんの好みの女性を聞いた時。

 彼が思い浮かべて告げたのが、アイだった。

 その時は美人として申し分ない人を上げたのだと思っていたけど、今回の件でそうではないのだと思えた。

 彼が思うカズヤさんの好みの女性として話した際。

 顔の良い女と、前置きした直後に話した内容。

 ――太陽みたいな笑顔、完璧なパフォーマンス。まるで無敵に思える言動。

 ――吸い寄せられる天性の瞳。

 思い返せばその言葉は、あまりにも具体的過ぎた。

 それはアクアくんの中で、その程度の表現であれば特定されないと思える程度の言葉だったんだろう。

 でもアイだとバレて、否定しなかった。

 否定出来た筈なのに、しなかった。

 バレたら別に誤魔化す必要は無いと思ったのかもしれない。

 けどそうだとしたら、カズヤさん好みの女性として挙げた要素が、細かすぎる。

 つまりは否定しなかったんじゃなく、否定したくなかったとも解釈出来てしまう。

 そう仮定すれば、カズヤさんではなく、アクアくんにとって特別な女性である可能性が高い。

 アクアくんが単に自分の好みの女性を上げた可能性も高いが、稽古中の出来事と合わせて考えれば、それに否定的な考えが出てくる。

 かなちゃんが言った言葉。

 

 ――アクアくん……もし、お母さんが死んじゃったらどうする?

 

 母親に対しての想像。

 母親が死ぬ事に対しての恐怖。

 母親が死ぬ事に対しての不安。

 母親が死ぬ事に対しての絶望。

 母親が死ぬ事に対しての……怒り。

 彼は母親が死ぬ事に対して、怒りを覚えた。

 それは母親に対してじゃない。

 母親が死ぬという事実に直面させた、誰かに向けて。

 つまりアクアくんは、母親が死んでいなくなるというよりも、かなちゃんの言葉を受けて――母親が殺されるという事を想像した。

 そして母親を殺した人物へと、憎悪が湧いた。

 カズヤさんと同じ"力"を使ってまで現した憎悪は、空想に対するものではない。

 強く思っての発言じゃないと、出ないから。

 だから、アクアくんの中ではリアルに、母親が殺される場面が浮かび上がったという事。

 ならば彼の母親は誰かに殺されたのかと考えれば、答えは否。

 そうじゃなかったら。

 

 ――そんな事、させる訳が無いだろ。

 

 なんて言葉が出る筈ないから。

 力を伴った彼の言葉から、母親がまだ存命だという事が伺える。

 よってアクアくんは、母親が殺されるかもしれないという状況を現実的に把握している可能性が高い。

 彼はそれを食い止める為に、生きているのかもしれない。

 だってそうじゃないと彼から、そんな"()"が出る筈無いから。

 感情演技が苦手なアクアくんが、器用にそんな事出来る訳が無いから。

 だから彼の母親は生きている。

 そして命を狙われている。

 彼がそれを食い止める為に生きているなら、何故こうして舞台になんか出演してるのか。

 演技に対する情熱を持たない彼が、芝居の世界に身を置いている理由。

 それは、母親を殺そうとしている相手が、この業界の人間だと分かっている。

 探し当てる為に、役者としてこの世界で仕事をしていた。

 そう考えれば、諸々の辻褄が合ってしまう。

 なら、芸能界に犯人がいるというなら、真っ先に考えられる彼の母親の職業は――同じ芸能人である可能性が高い。

 彼の容姿の良さからも、そう思えた。

 だからこそ、私の中で真っ先に候補として挙がった人物。

 

 

 それが、アイだった。

 

 

 カズヤさんとアイは小さい頃から多々共演しており、関係性としても問題無い。

 そして私がアイを分析し考察した結果、"今ガチ"でアクアくんの様子が変わった。

 その時、私が考察の中に入れた仮定。

 

 

 ――アイには実は隠し子が居る……とか。

 

 

 それを含める事で彼女の色んな感情のラインに整合性が取れ、不可解だった数々の行動の理由が分かる様になった。

 それを含めたアイを演じたら、アクアくんの様子が変わった。

 確定では無いけど、誰よりも可能性が高いと結論付けられた。

 再び出番が来て、舞台袖から歩き出す。

 少し前を歩く人物。

 その後ろ姿に、心の中で謝罪を入れる。

 ……ごめんね、アクアくん。でも私は、何よりもカズヤさんの事を知りたい。理解して、カズヤさんと一緒に歩みたいから。

 舞台へと姿を出し、話が展開していく。

 ブレイドと刀鬼の殺陣が始まる。

 感情を全開にするブレイドに対して、刀鬼は無感情で立ち回っている。

 その姿を視界に入れつつ、シナリオに沿ってつるぎの後ろへと回り込み刃を振り下ろした。

 私の攻撃からつるぎを守る様に割って入るブレイド。

 だがここで、脚本には無い出来事が発生した。

 つるぎはブレイドが彼女を守る様に押し飛ばした事で、背中から刀鬼へとぶつかる。

 その瞬間に理解した。これは事故ではなく、アドリブだと。

 ブレイドを演じる人物が、この様なアクシデントを引き起こす訳が無いと。

 これにより、観客の目は完全にその二人へと向かう事になった。

 それを理解したか、アクアくんがつるぎの顎を掴み、至近距離で向き合いながらセリフを告げる。

 でもこれも、脚本には存在しない。

 完全なアドリブで、舞台が展開を始めた。

 アクアくんに押されながらも、かなちゃんは事態を理解して、すぐに適応する。

 彼が引きのセリフを言う事で、かなちゃんは押すセリフしか言えない。

 徐々につるぎが怒りを覚える様にアクアくんが誘導し、かなちゃんもそれに乗り始めた。

 アクアくんが引く事で、かなちゃんは前に出ないとシーンの帳尻が合わない。

 だからかなちゃんはどんどん前に出る。

 前に出るなら、目立ち始める。

 目立ち始めたら……輝き始める。

 人々の耳目を集めるかなちゃんが、そこにいた。

 目を奪い、輝く姿。

 アクア君が引く事で、かなちゃんがどんどん目立っても、そこに違和感が無い。

 輝く事に集中出来る彼女の姿があった。

 

 それを、冷めた目で見ている私。

 

 そんな彼女の姿に、何の感動も覚えなかった。

 笑顔で立ち回るかなちゃんに……また、失望した。

 こんなので輝けてると思ってる彼女に……自分を恥じた。

 私はずっと、こんな人をライバルだと思っていたのか。

 過去の自分を、叱責した。

 何て無駄な時間を過ごしていたんだ、私は。

 かなちゃんを気にする時間をもっと、有効に使えた筈だ。

 もっと、カズヤさんを知る事が、出来た筈だ。

 アクアくんはかなり上手く、引いた演技を出来ている。

 だからかなちゃんも、楽しくそれに乗っている。

 でも、それだけ。

 ……だから、元天才子役なんだ。

 それを漸く、理解した。

 "元"天才子役なんじゃない。

 "元天才"子役、だったんだ。

 カズヤさんと共演した時に見せたあの輝きは、完全に過去のものになったんだ。

 あれ程輝かせてくれたカズヤさんの、引きの(死んだ)演技を、完全に忘れちゃったんだ。

 だから、これくらいの輝きで、楽しめるんだ。

 私なら絶対、忘れないけどね?

 だって私は、今でもはっきりと憶えてる。

 決して忘れる事の無い、輝かしい思い出。

 だったら、私の勝ちかぁ。

 刀鬼と打ち合い、押し飛ばすつるぎ。

 

「ブレイド! 今よっ!」

 

 その言葉で、脚本通りのシナリオに戻った。

 つるぎの背から、ブレイドが刀鬼へと飛び出し切りかかる。

 それを見て静かに走り出す。

 これからやる事。それは脚本通り。

 でも私は別に、二つの意味でこれ準備をしてきた。

 一つは、カズヤさんを知る為。

 もう一つは。

 ……例え全力で輝いたかなちゃんに勝てなくても……"負けない"、為でもあったんだけどなぁ。

 二兎を追うものは一兎も得ず。

 そうならない為に、一つの意味へと意識を集中させる。

 ブレイドが振り下ろした刃が刀鬼に当たる直前。

 

 "私"が"アクア"の前に立ち、この身で刃を受け止めた。

 

 飛び散る血しぶき。

 力の入らなくなった身体が、ゆっくりと倒れる。

 視界は徐々に上がり、天井を映す。

 そして、目を見開いて固まる"アクア"と、目が合った。

 彼にだけ見せる様に、小さく微笑む。

 背中から、舞台に倒れ込んだ。

 呆然と見下ろす彼を見て、静かに目を閉じる。

 静かに迫る、どこか覚束ない足音。

 やがて私の傍で止まり、上半身を抱き起された。

 

「刀を抜け。女を斬られて、黙って引き下がるのか」

 

 ブレイドの言葉に、頭上から声が聴こえた。

 

「……もういい」

 

 その声は、何かを堪えながらも……芝居がかっていた。

 その声が、続く。

 

「俺は、鞘姫の為に戦っていた……鞘姫を守れなかった今となっては、戦う、理由がない」

 

 その声は、辛うじて、芝居がかっていた。

 アクアくんはこれが芝居だって、分かってる。

 辛うじてそう認識している事で、心の内を抑えてる。

 ブレイドが刀鬼へと声を掛けた。

 

「……それだけか? あるんじゃねぇのか?」

 

 お前の中にも――。

 届いた言葉に、私に触れる手が徐々に震え始めるのが分かった。

 ……そろそろかな。

 そう認識し、意識を切り替える。

 彼を、芝居の世界から切り離す為に。

 現実だと思わせる為に。

 アクアくん……私に教えて?

 あなたの母親が誰なのか。

 酷い女でしょ? 舞台の上で秘密を暴こうなんて。

 だからこんな私を助けてくれるのは……カズヤさんしかいない。

 だから、それを知る為には、何だってする。

 アクアくんが必死にこれは芝居だと思い込んでいるその認識を、壊す。

 彼がまだこうして理性を保てているのは――"私"が生きてるから。

 まるで命が尽きた様に舞台に倒れ伏している、演技をしてるから。

 カズヤさんに魅了されて、ずっと研究して。

 でも全然分からなくて。

 けど、カズヤさんが見つけてくれる直前に、分かったもの。

 それで、アクアくんの本音を引き出す。

 

 

 

 

「…………ぁ」

 

 

 私も――"死ねる"様になったんだよ。

 

 

 

 

 アクアくんの、何かが外れた様な声が聴こえた。

 誰かが、全員が、息を呑んだのが分かった。

 誰も、何も言わない。

 亡骸になった私を、全員が見ている。

 

「…………ぁ…………ぁぁ……」

 

 アクアくん。

 そして、かなちゃん。

 これが――究極的に引いた、演技なんだよ?

 演技を超えた、現実としか思えない演技だよ。

 舞台袖から何やら慌ただしい気配を感じる。

 けど、それを気にする事は無い。

 直前まで誰よりも輝いていた人物が、現実で考えられる最低限まで引き下がった。

 かなちゃん。

 あなたなら、"これ"が"何を言いたいのか"理解出来るよね。

 かなちゃんが最も輝いた瞬間を、私も"出来る"って事だよ。

 "アイ"なら、かなちゃんと同じだけ、誰にも負けない輝きを放てる。

 "わたし(黒川あかね)"なら、カズヤさんと同じだけ、かなちゃんを輝かせられる。

 つまり、あなたが輝くのは、カズヤさんじゃなくて……私の前だけで十分って事。

 カズヤさんの前ではこれから、私が輝くって事。

 カズヤさんの前で、あなたは二度と輝けない。輝かさせない。

 だってかなちゃんと同じくらい輝け(目立て)て、カズヤさんと同じくらい引け(死ね)る私の方が、カズヤさんに相応しいから。

 全力を出す"覚悟"が無くなったあなたは、カズヤさんに相応しくない。

 アクアくん。

 あなたなら、"誰"が"どうなった"のか、理解出来るよね。

 直前まで輝いていた人物が"誰"なのか。

 今、その人物が"どうなった"のか。

 私に触れるその手の震えが、徐々に大きくなる。

 片手が離れ、やがて頬へ触れた感触が伝わる。

 勿論、演技だから心臓へと触れれば、脈を測れば生きてるって分かるよ。

 でも、それをしたくないよね?

 だって、怖いから。

 自覚するのが怖いから。

 死んだ、って。

 "誰"が?

 

 

「……………………ぁ、ぃ…………?」

 

 

 確証を、得た。

 至近距離の私ですら辛うじて聞き取れた音。他の人には、間違いなく聴こえてはいない。

 やがて一粒の水滴が、私の頬に落ちる。

 それは時間を置いて二粒、三粒と増えだした。

 震える手で、私の衣装をきつく握りしめる。

 確認しなくても、自覚は出来てしまう。

 だって視覚が人間の、一番の情報源だから。

 何かに耐える様に、何かを認識した様に、何かを溢れ出させる様に、きつく握りしめ続けた。

 死んだ。

 それをアクアくんは、漸く自覚した。

 誰が――"アイ(母親)"が。

 付随して訪れた情報。

 殺された。

 誰が――"アイ(母親)"が。

 やがて、優しく、私の身体を床へと下ろした。

 だからもう、気持ちを抑える事は出来ない。

 極限まで一つに集約された感情の抑え方を、彼は知らない。

 静かに立ち上がる音が聴こえる。

 

「………………おま、え……か……」

 

 その呟きは、目を閉じていても容易に、感情が理解出来た。

 

「…………お前が、やった、のか……」

 

 その感情を隠す必要性が、彼の中で完全に消える。

 柄を握り締める音が聴こえ、やがてそれは彼のものとは思えない激昂と走り出した音によって掻き消された。

 目を閉じていても分かるその激情が舞台を、観客を、向けられた相手を引きずり込む。

 演技ではない、彼の奥底に秘めていた感情が際限なく溢れ出し、ブレイドの演技ではない本気の苦戦を引き出させる。

 見てないけど、理解出来る。

 激情に身を任せ、復讐に走る刀鬼。

 それを辛うじて対処はしているけど、防戦一方になっているブレイド。

 今までのシーンからすればきっと、泥臭いにも程がある打ち合いだろう。

 でもきっと、この殺陣が観客にとって一番思い出に残る戦闘シーンになるんだと思う。

 だってどっちも、本気だから。

 演技じゃなく、戦ってるから。

 数多の剣戟音、そして咆哮の様な、悲鳴の様な叫びが耳に届く。

 でも心配はしてない。

 アクアくんはまだ、声の力を全く使いこなせないから。

 

「――――お前、だけはッ! お前だけはああああッ!」

 

 纏まらない思考で自分の感情だけを言葉にしても、それは相手にとっては意味を為さない。

 ニュアンスではなく、理解出来る内容として伝えなくては、意味が無いから。

 けれどそれでも、向けられた相手には十分な威圧になる。

 でも、それだけ。

 そしてもう一つ。

 

「ッ……私が相手よッ!」

 

 私が彼女に対して唯一評価してる、周りに合わせる才能を発揮してくれるって思ったから。

 声の感じ、音の感じから分かる。

 つるぎがヘイトを買って、攻撃が向けられそうになると、ブレイドが横から刀鬼へと攻撃をしかける。

 二人の演技の才能が、ここで完璧に噛み合っていた。

 ブレイドへと攻撃を仕掛けようとすれば、つるぎが後ろから回り込む。

 それで舞台としての体裁を完璧に守っていた。

 やがて二人に合わせる様に、新宿クラスタ側の役者も参戦し始める。

 だから、結果的に多勢に無勢。

 刃が弾かれ、遠くに落ちる音がした。

 

「……はぁっ……はぁっ、ぜ、絶対に……はぁっ……ころ、して……やるッ……!」

 

 床に膝をついた音、息遣いの荒い声。

 体力が先に尽きたのは、アクアくんだった。

 彼の力が尽きるタイミングは、私の分析よりも僅かに早かった。

 けど他の二人も、他の役者達も、彼に近い程に呼吸を乱している。

 その事から、本気の想いを受け止めるのが如何に大変なのかを多くの者が実感する。

 でも、分析通りの結果だった。

 やがて大きく息を吸う音。

 

「……戦いは終わりだッ! けが人は医者に連れてけ!」

 

 ブレイドの勝鬨が、戦闘の重苦しさを断ち切った。

 その声で、脚本の世界に巻き戻ったのだ。

 倒れる鞘姫を救護する者はいない。

 失血が、あまりにも多かった。

 だからもう、手遅れ。

 その説明が、舞台の上でなされる。

 けど、それ以上に。

 

「…………う、そだ………うそ、だ……」

 

 (死体)に触れるのを恐れている様にも感じた。

 脚本通りに話が進む中、それらの声を掻い潜り、そんなか細い呟きが耳に届く。

 舞台としての登場人物達の会話は、未だに進んでいる。

 それでも私の耳に届いたのは、その声が私に向けられたものだったから。

 鞘姫の持つ刀は、自分が負った傷を配下に移し替える事の出来る、支配者の力。

 しかしそれを鞘姫は、仲間の傷を自分に移し替える事に使っていた。

 隠されていた真実が、つるぎの口から全員に告げられる。

 けれど、全員が芝居に戻れた訳じゃない。

 

「…………うそ、だ……うそだ、うそだうそだうそだ……」

 

 その呟きを耳にし、僅かに焦りが芽生える。

 ……思ってたより、壊れるのが早い。

 私の分析より、彼が抱いているアイ(母親)の死への絶望が大きかった。

 いや、私の分析よりも……アクアくんの精神状態が元から不安定だったという方が、正しいのかもしれない。

 このままじゃ最後の展開が崩れるかもしれない。

 カズヤさんの力を使ったのに失敗する、なんて汚点を残させる訳にはいかない。

 思わずそう危惧したが――私以外にも、察した人物がいた。

 

「まったく……この鞘の本来の使い方は!」

 

 周りに合わせられる彼女が、気付かない筈が無かった。

 大袈裟な芝居で、声量を上げる事で観客の意識を一点だけに集める。

 そのセリフは、鞘姫が持っていた刀と鞘を合わせるシーン。

 刀が鞘に収まる事で、鞘姫が奇跡的に生き返るという、最終盤の大事なシーン。

 だから、彼女が持つ刀に鞘を合わせる人物が必要。

 でも、心配は無かった。

 

「こういう事だろッ!」

 

 主人公が、ここぞという時に活躍しない訳が無いんだから。

 刀が鞘に収められた音が聴こえた。

 合図となる、効果音が止んだ。

 再び意識を切り替える。

 

 ……よしっ、だいじょぶっ!

 

 静かに、目を開いた。

 床に倒れ伏せたまま、天井を見上げる。

 視界の端に、固まりながら声にならない声を溢し、私を見つめる人物がいた。

 その人物へと、僅かに視線を向ける。

 視界に映るその身体が、やや間をおいて大きく震えた。

 その目に浮かぶ涙を拭う事もせず、ゆっくりとこちらに身体を動かす。

 膝立ちの状態から、両手を床につけてゆっくりと進み出す。

 その力徐々に強まり、速度が上がる。

 身体に湧いてきた力を使い、床からその手が離れた。

 ただの一切も目を逸らさずに、私に向けて走り出す。

 声にならない声を上げて、溢れる涙を流し続けながら、駆け寄って。

 

 

 "私"の上体を抱き起し、全力で抱き締めながら泣き叫ぶ、"アクア"が居た。

 

 

 声を出そうとしても上手く出ずに、酷い涙声となって言葉にならない声を上げ続ける。

 その"本当の感情"が、この舞台の締めには相応しかった。

 これでまた名前が売れて犯人捜しがしやすくなるかもしれないし、それでお相子にしてくれないかな……?

 子供の様に泣きじゃくるアクアくんの姿を見つめながら、そんな事を考える。

 確証は得れた。

 だから後は情報を整理して……カズヤさんに直接聞ければ、間違いない。

 流石に電話越しで出来る話じゃないから、直接会わないと。

 そしてどんな答えをもらっても……私の考えは変わらない。

 カズヤさんをもっと知りたいから、聞くだけ。

 聞いた上で何か手伝える事があれば、私なりに手伝うだけ。

 私が存在出来るのは、カズヤさんの前だけだから。

 だからカズヤさんと離れない為に――どんな手でも使ってみせる。

 拍手喝采を鳴りやまぬ中、こうして"東京ブレイド"の初演は、幕を下ろした。

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