"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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すんません……また遅れてほんま、すんません……!







第167話

 "東京ブレイド"の公演も、残すところ後僅か。

 週六の公演は連日人気を博し、舞台として十二分に成功したと言えるだろう。

 終わりが見えてきたからか、役者やスタッフ達も徐々に完結へと向けたラストスパートに入った雰囲気。

 疲れはあれども目に見える達成感から、舞台裏は明るい様子に包まれている。

 そんな中、一人控室で椅子に座る。

 誰も居ない只一人の空間。

 その中にあるのは荒れ狂う程の激情。

 そして、それ以上の焦りだった。

 

 稽古、そして公演中も通して集めた、劇団ララライに所属する者達のサンプル。

 それが悉く、DNAが一致しなかった。

 だがそれだけなら、まだ許容範囲である。

 それ以上に焦りを齎したのは、別の事が原因だった。

 これまでの間、本番が終わると役者達は打ち上げと称して飲みに向かう。

 その頻度は高く、役者をしていた有馬でさえうんざりする程だった。

 俺は極力、参加する様にしていた。

 理由は至ってシンプル。

 酒を飲むと、口が軽くなるから。

 そこで情報を入手する為に、参加し続けた。

 ララライは既に酒を飲める様な連中ばかりで、酒がかなり入った所で横に座り、一人一人個別に話をしていく。

 いつから在籍しているのか、その前は何をやっていたのか、今までどんな共演者や人物と絡んだか等々。

 そして酒を勧めながら話を続け、アイの事をどう思っているのかを訊ねる。

 何故アイの話をと疑問を呈されても、ファンだからと答えて納得させる。

 酒が十分に入っており思考力が低下している中での話だ。

 然程気にも留めず、翌日には記憶の彼方に消える様な雑談として話す。

 それを続け、時間を追う毎に、日を追う毎に。

 違和感を覚えた。

 最初は、酒の場だからだと思った。

 けれども、その違和感は時を追う毎に強くなった。

 その違和感とは。

 

 俺の言葉に、誰も疑問を抱かずに答えてくれる様になった。

 

 試しに続けて同じ質問をしてみても、対して反論する事無く同じ回答をくれる。

 それを複数人に対して検証を行えば、同じ結果が返ってきた。

 言葉が原因なのか、声が原因なのか。

 実地検証を進め、データを集める。

 やがて、結論が出た。

 

 俺の声が、まるで洗脳の様に相手から疑問や反論を消しているのだと。

 

 その事実を受け入れられなかった。

 何せこんな事象、現実的ではないから。

 現実離れした謎の現象が起きているよりも、現実的に考えられる原因を探した。

 真っ先に疑ったのは、何故かは分からないが、役者達がそうする事で俺を揶揄っている。

 もしくはドッキリを疑う他なかった。

 だからこそ念入りに確認する。

 舞台スタッフ。

 

「あの、すみません」

 

「はい?」

 

「――――今って、幾ら持ってます?」

 

「え? えーっと、現金持ち歩かないんで多分小銭くらいしか無いですよ?」

 

 そう言って、自分の財布の中身を確認しだした。

 別のスタッフ。

 

「――――何か、他のスタッフへの不満ってありますか?」

 

「はい? え、えっと……同じ持ち場の人が仕事遅くて毎回イライラさせられるとかっすかね……?」

 

 一人、また一人と検証を進め分析に値するだけのデータを集めていく。

 スタッフだけでは信用に足らず、街中で通行人を無作為に選び、似た様な検証を行う。

 その結果は、同じだった。

 だがかなりの人数で試し様々なパターンを行った事で、この謎の力の傾向が見えてくる。

 大前提として、強い思いを乗せて言わなければ、効かない。

 これを伝えたいという強い思いがあって、初めて効果が出る様になる。

 本人の行動や精神に負担が少なければ少ない程、望んだ言動を行う。

 反対に、その様な負担が大きければ大きい程、回答への躊躇いが大きくなり、意に沿わないといった表情を浮かべる様になる。最悪、拒絶される。

 例えば、赤信号だけど渡ってくださいと車の往来が激しい場所で言えば、出来ないと言われる。

 常識的に考えれば当たり前の事だが、検証する上では非常に有意義だった。

 そして、物理的に不可能な事は命令出来ない。

 例えば身体が硬い人に対して頭と足がくっつく様に前屈してくださいと言っても、出来ないと返される。

 また行動的負担だけでなく精神的負担の面でも大きくなり、拒絶されるのだ。

 そして、精神的負担の面で言えば、根本を覆す事は出来ない。

 例えば、好きでもない相手を好きにさせるといった事は出来ない。

 嫌っている相手を好きになれと言っても、好きにはならない。

 逆に好きな相手を嫌いにさせる事も出来ない。

 出来る事と言えば、その感情を利用させるという事。

 具体的には、好きを大好きに出来る訳ではない。嫌いを大嫌いに出来る訳では無い。

 抑えている心を解放させる、というのが正しいのかもしれない。

 好きを大好きには出来ないが、好きな人はいるがその人への告白を躊躇してる場合、告白しないと他の人に取られるから急いで告白しないと。

 こう伝えれば、これから告白してくるとなった。

 その様に、一度相手の精神を乱してから行動を促せば、元の感情がそのまま行動面にも現れやすくなる。

 つまり、精神的に不安定な相手であればある程、この力の影響が強くなるという事。

 何日も検証を続け、その事実が判明した。

 しかし声とはいえ電話越しの様な、対面以外の場合では効かなかった。

 だが、得られた結果から。

 この力が本物なのだと、認識出来た。

 

 

 父親を見つけるのに、便利な力が手に入った。

 

 

 そう思い確信を得てからは、本格的にこの力を使い始めた。

 真っ先にこの力を使うべきターゲットとして決めたのは勿論。

 金田一敏郎。

 こいつの他には居ない。

 打ち上げに参加した彼に近付き、失敗は出来ない事から最初は一応何気無い雑談から入る。

 酒を飲む金田一は、幾分か俺の芝居を認めてくれたのか、拒否される事無く話が進む。

 俺の唯一の課題だった、感情演技。

 初演であかねは、明らかに"アイ(母さん)"になっていた。

 それも、以前の様なアイではなく、俺から見ても間違いなく"アイ(母さん)"だった。

 その姿に動揺し、彼女が脚本通り目の前で斬られたシーンには心臓が凍り付いた。

 ゆっくりと後ろに倒れながら僅かに目が合った時、その儚げな微笑みが――あの時の母さんと、完全に重なったのだ。

 だが必死に、正しい光景を思いながら、これは間違いだと思いながら、何とかセリフを言う。

 これは芝居だ。

 現実じゃない。

 だからアイ(母さん)が、居なくなる訳が無い。

 思考が上手く働かない中で何とか言い聞かせていたが。

 

 

 アイ(母さん)が、死んだ。

 

 

 直接的に何かで確認した訳じゃない。

 けれども確かに、手の中に居る筈のアイ(母さん)の存在が、消えた。

 強制的に、そう思わされた。

 頭に激しい痛みが走るが、動く事が出来ない。

 思考は激しいノイズが走り続け、やがて映像として現れる。

 前世の、俺が殺された時の光景。

 その痛み、徐々に薄れていく感覚、寒さ。

 殺されるという全ての辛さが蘇り、映像が切り替わった。

 自宅で、血だまりの中に横たわる"アイ"(ウソ)の光景。

 その光景と、殺された時の感覚が、一致した。

 アイ(母さん)は、あんな辛い思いをした。

 一人寂しく、悲しく、苦しく死んだ。

 殺されたんだ。

 ……誰に?

 そこからはよく憶えてはいない。

 漸くと思考が戻ってきたのは、刀を弾き飛ばされて疲れに耐え切れず膝から床に崩れ落ちた時。

 でも、ここが舞台だとは思い出せなかった。

 ただひたすらに、仇も取れない自分の不甲斐なさに絶望していた。

 それ以上に、アイ(母さん)が殺されたという現実に、打ちのめされていた。

 憶えてないが、何かを言っていた様な気がする。

 けれど俺はただ、血だまりの中に倒れ伏すアイ(亡骸)を、見ているだけしか出来なかった。

 またあの笑顔が見たい。

 またあの声が聴きたい。

 またあの()を、魅せて欲しい。

 そう願うが、叶わない。

 守れず、復讐も果たせず、無様な姿で……見ている事しか出来なかった。

 でもこれは、現実(本当)じゃなかった。

 

 アイ(母さん)が、生きてた。

 

 静かに開けられた目。

 その()が微かに、俺へと向けられた。

 そこからはやはり、よく憶えてない。

 生きていると知って、死んでないと知って、殺されてないと知って。

 自分がどんな風に動いたかも憶えてない。

 ただただ心臓が徐々に高鳴り、その鼓動を速めていく。

 その五月蠅さと、その()だけに集中していたから。

 生きていてくれた事への歓び。

 それ以外に何も、考えられなかったから。

 後から色んな人が最高の演技だったと言ってくれたが、言われる度にこちらは羞恥心が増すばかり。

 他の人からは黒歴史には見えないだろうが、俺からすれば過去一の黒歴史にも匹敵してしまった。

 だが初演以降も、自分を押し殺して何度も同じ精神状態で挑んでいる。

 何故なら、それを望まれたから。

 誰に?

 金田一敏郎から。

 この男から合格点を言い渡されたのならば、認め続けてもらう為にも、続けるしかなかった。

 飲んだ酒の量を考え、ここいらで本題に入るかと決意した。

 彼と二人きりで話してみたいと周りに告げれば、酔っているのもあってかすんなりと全員が離れていく。

 離れた所であかねが率先して肉を焼いている姿が見えた。

 だが気にする事は無い。

 

「大事な話ってのは何だ?」

 

 金田一の言葉に、気持ちを整える。

 それは決して正すのではなく、憎悪へと整えていく。

 そして、口を開いた。

 

 

「――――アイが昔、ワークショップに参加してましたよね?」

 

 

 俺の言葉に、金田一が僅かに目を見開いた。

 だが、それもすぐに戻る。

 

「……確かに、参加してた記憶はあるな」

 

 その言葉で、力が効いた事を確信。

 

「――――そこで、アイに何か変わった事はありませんでしたか?」

 

 俺が訊ねれば、金田一の目がこちらへと向けられる。

 だが、やがて目を瞑り、持っていたグラスをテーブルに置いた。

 そして静かに、口を開く。

 

「……何もねえよ。人を騙す眼が、より洗練されたってだけだ」

 

 その言葉に、心臓が高鳴る。

 この男は、何かを知っている。

 

「――――それを、詳しく教えて欲しいです」

 

 そう告げれば、金田一が息を吐いた。

 

「……やたらと聞きたがってるが、何でそんなに聞きたいんだ」

 

 問い掛けられた言葉に僅かな違和感を持つが、優先順位を即座に判別し切り捨てる。

 その質問に対する答えは、一つ。

 

「――――ファンなんですよ、どうしようもない程に」

 

 俺の回答に、すぐの返事はなかった。

 グラスを持ち上げ、残っていたその中身を飲み干した。

 空になったグラスを再びテーブルへと置いた金田一が、口を開く。

 

「さっきも言った通りだ、それ以上も以下もねえよ」

 

 その言葉に声を荒げそうになるが、何とか堪える。

 周りにバレては厄介だ。

 そう思い冷静に務める。

 

「――――何でも良いんです。ちょっと様子がおかしい時があったや、些細な変化でも良いんです……例えば、恋をしていたかもしれないとか、好きな人がいたかもしれない、みたいな事で良いんです」

 

 俺の言葉への返答。

 それは、溜息だった。

 

 

「……だから何もねえって言ってんだろ。その"声"でこれ以上喚くってんなら帰るぞ」

 

 

「…………え?」

 

 彼の言葉に、心臓が高鳴った。

 だがそれは、先程とは正反対の意味を持っていた。

 この男は今何と言った?

 ――だから何もねえって言ってんだろ。その"声"でこれ以上喚くってんなら帰るぞ。

 アイ(母さん)の様子に関する事は、何も知らない。

 その後。

 その"声"で喚くな。

 鼓動が急速に速まりだした。

 その、声。

 声とは、何だ。

 

「――――その"声"っていうのは、どういう事ですか?」

 

 力を使って訊ねる。

 それを受けた金田一は、どこか不快そうに顔を顰めた。

 

「だから、その"声"だよ――説得力を持たせ、その言葉が真実だと思わせる様な"声"」

 

 鼓動の速まりが収まらない。

 息が僅かに荒くなってくるのを自覚した。

 不意に、手に入れたこの"力"。

 この力は、果たして何故手に入ったのだろうか。

 無から生まれた、奇跡の力なのか。

 それとも――。

 

「昔……会ったんだよ、そんな才能を持った奴とな」

 

 俺がこの力を手にしたのは、必然だったのか。

 

「――――それは……誰……です、か?」

 

 俺の言葉に、金田一が僅かに視線を向ける。

 必然に近い条件で、俺がこの力を手に入れられるのは。

 俺が、手に入れたんじゃないと考えれば。

 何かから……俺が、引き継いだんだと、考えれば――。

 

 

「俺がそれをお前に言うメリットはあんのか?」

 

 

「なッ……!」

 

 金田一の言葉に、思わず声を上げる。

 慌てて周りを見渡すが、誰もこちらを見てはいなかった。

 驚いてしまった理由。

 それはこの男が――俺の言葉を拒否したからだ。

 思考が、混乱で埋め尽くされる。

 まさか効いて、ないのか……?

 ……いや、でもその前の会話は唐突でもすんなりと受け入れていた。

 だが、だったらここで拒否出来た理由は何だ。

 突如発生したこの力の認識に対する齟齬に、思考が上手く纏まらない。

 再びの溜息が聴こえた。

 その音に、我に返った。

 ともかく、原因を探さなければ。

 そう考えて口を開く。

 

「――――言うだけはタダなんですから、教えてくれてもいいじゃないですか」

 

 言葉を変え、同じ問い掛けを行う。

 そこに言葉が返ってきた。

 

「確かに言うだけはタダだが……何か企んでそうなお前に教えたら、何か損失が起こりそうだから教えねえよ」

 

 その言葉に驚く。

 やはり、効いてない。

 ……いや。

 前半は恐らく効いていたと思う。

 でなければ、初手の返答は肯定ではなく疑問になる筈だ。

 その後もスムーズに受け答えをしていた事から、ほぼ間違いなくこの男にも力は適用されている。

 なら、何故後半はこうして拒否されるのか。

 ……俺の質問が、精神面で抵抗を受けたという事か?

 何故、抵抗を受けるのか。

 金田一の言葉を思い返す。

 俺に教えるメリットが無い。

 俺に教えると何か損失が起こりそう。

 その言葉から単純に考えれば、損得勘定を思い浮かべる。

 この力を以てしても、損得勘定の方が大きくなる理由は?

 俺が何かを企んでいると睨でいる上で名前を言わないという事を前提条件に考える。

 まずは、圧倒的な利益を生む存在。

 その利益が無くなるかもしれないと考えれば、拒絶反応も納得はいく。

 そして、恩義。

 その人物への恩義があるから、もし伝えて悪くなる可能性があるなら、言えない。

 どちらもが精神面で拒絶を生み出すには理解出来る内容。

 そのどちらかなのか。

 この男が名前を教えない人物は、間違いなく俺と同じ力を持った人間だ。

 ならばその人間と俺との関係性で、真っ先に思う事。

 

 それが、その人間が俺の父親。

 

 アイ(母さん)からはこんな力を感じた事は無い。

 だからアイ(母さん)から受け継いだと考えるよりも、まだ見ぬ父親から受け継いだと考える方が納得出来る。

 そしてその男が俺と同じ力を使えるなら。

 アイ(母さん)を不幸にする様な男が、使うなら――。

 心臓に、激しい痛みが走った。

 鏑木の言葉が、正しかったのかもしれない。

 だが……アイは、恋をしたんじゃない。

 

 

 アイは、恋をさせられた。

 

 

 そう考えれば、この力と鏑木の言葉と現状が、一致してしまう。

 その男が、俺よりもこの力を使いこなしていると考えれば、決して不可能ではない。

 仮にアイ(母さん)がその男に寄り添われて僅かにでも心を許したとすれば?

 仮にアイ(母さん)がその男に僅かでも心を許して、自分の中にある不安や本音を溢したとすれば?

 その不安を言葉で誘導してアイ(母さん)の感情が一瞬でも不安定になる時があったら?

 その男が居ないと駄目だと思わせられるかもしれない。

 その男から他にはバレない様にと言われれば、アイ(母さん)だったら完璧に隠せる。

 けれど鏑木には、変化がバレていた。

 何故バレた?

 もしかしたら……存在は隠すけれども、隠し切れない本心が出てしまったのではないか。

 前世で、アイは言っていた。

 幸せってところだけはホントで居たい、と。

 だから、男への依存を恋だと認識したアイが、その幸せを隠しきる事が出来なかったのかもしれない。

 だから、男が出来たのかという鏑木の揶揄いに、男の存在は隠せても、恋をしているという幸せを隠せなかったのかもしれない。

 そして、妊娠して俺の務めていた病院に来るまでの間で、男から捨てられた。

 その切っ掛けは果たして何だったのか。

 今の情報で考えられる理由は、一つ。

 俺の予想がもし正しいと仮定した上でだが、その場合他にバレてはいけないという条件が存在する。

 他にバレた時、即ち二人の関係が知られる可能性が現れた時、条件を満たせなくなるんだ。

 だが鏑木に、疑念を抱かれた。

 もしくは他の誰かにアイが恋をしているという事を勘付かれたのが、捨てられる切っ掛けになったのかもしれない。

 そう考えれば時系列に並べても、整合性が担保出来た。

 捨てられたのは恐らく、ワークショップが終わる間際か、終わった直後だろう。

 でなければ鏑木の言葉と一致せず、またワークショップが終わって暫く経った後だった場合、そんなアイ(母さん)の表情の変化に、身内の誰かが気付いた可能性も高い。

 ワークショップという普段とは違う環境にいる間は、ワークショップが楽しいなど、普段とは違う事への理由付けにもなる。

 後はその男が、周囲にバレる可能性が出たアイ(母さん)を知って捨てようと思ったのか、もしくは……捨てる前提でアイ(母さん)に近付いたのか。

 どちらも可能性はあるが、その男の長年に渡るアイ(母さん)への執着を考えれば、バレそうになったから捨てたという方は可能性が低いと思る。

 何故なら結局は二人の関係がバレずに終わった為、恨みはもしかしたらあったかもしれないが、あくまでも一過性と考える方が合理的だからだ。

 となると、残るは後者。

 その場合、恨みというよりは快楽的犯行とも取れる。

 アイ(母さん)自身には恨みが無く、ただアイ(母さん)が不幸になる姿を見たいだけというおぞましい理由から。

 であれば長年に渡る執着も説明しやすい。

 あくまでも予想。可能性の範囲を出ない。

 だが、これがもし事実なら。

 ……尚の事、早くアイ(母さん)をその男の呪縛から解放させてあげなきゃならない。

 そしてその場合――そんな男には、言葉では伝わらないかもしれない。

 

「お前が何を求めてるのかは知らねえし興味もねえが……そもそも俺の目で、変わんねえと思ったんだ」

 

 金田一の言葉に、意識が視界へと戻る。

 正面を向いたまま、彼が続けた。

 

「だから何回聞いたって答えは同じだ。俺からすれば、ワークショップに来る前に何かが無かったを一切合切調べてから来いって思えるがな」

 

 その言葉に、驚愕した。

 予想外の言葉に、驚いた。

 同時に、視界が開けた気がした。

 俺がララライを疑った根拠。

 それは鏑木の言葉に強く影響を受けたもの。

 だが言い換えれば、鏑木の言葉には穴があった。

 それに気付かされた。

 鏑木は、ワークショップに参加してからアイは恋をしたと言った。

 けれどもそれは、どこまで行っても鏑木の視点のみ。

 鏑木では見えない視点で考えれば、そこには幾分かの時間が存在する。

 ワークショップ前に鏑木が最後に会ったアイ(母さん)の姿と、ワークショップに参加してから鏑木が見たアイ(母さん)の姿。

 鏑木視点では隣同士のコマとして描かれた二つのアイの姿に思えるが、アイ(母さん)視点で考えれば、その二点は並んだコマではなく、そのコマからそのコマの間にはもっと様々なコマが描かれているという事。

 これは、鏑木の言葉に食いついた俺の落ち度。

 それを早急に、鏑木に会ってその二点の時間軸がどれ程離れているのかを確認しなければならない。

 無論、電話ではなく対面で。

 そのまま金田一との会話は終わった。

 ララライの線は、恐らく消えた。

 一応まだ可能性を残してはいるが、それでもかなり低くなったと思って良いだろう。

 だが、実質振り出しに戻ったのと変わらなかった。

 時系列的には大分と狭められはしたが、対象範囲はまた広がってしまったのだから。

 だからこそ、かなりの焦りを抱いていた。

 父親がもしかしたら、俺と同じ力を使えるかもしれない。

 更にはより上手く使いこなせるかもしれない。

 金田一が俺の力を拒否した理由。

 改めて考えると、もしかしたらその男が金田一に、名前を言わない方が得だと力を使ったのかもしれない。

 俺よりも上手く使いこなせるなら、俺の力が通用しなかった訳も納得出来る。

 何せアイ(母さん)の事は最後までスムーズに話したのに対して、その人物に関する事だけは完全に拒否したのだから。

 よってこれから迫っていく上で、父親と思しきその人物が力を使っている事を念頭に動く必要がある。

 鏑木に連絡をしたが、直接会えるのは時期的にこの舞台が千秋楽を迎えた以降になりそうだった。

 従って、それとは別に俺は情報を集め続ける必要がある。

 今日の公演の為に楽屋へと向かっていれば、前から雷田が歩いてくるのが見えた。

 

「おっ、今日もよろしくね!」

 

 明るく挨拶をされ、社交辞令を返す。

 そのまま楽屋に向かおうと考えたが。

 

「……雷田さん」

 

 眼前の人物に声をかける。

 首を傾げる彼に、告げた。

 

 

「――――昔のアイについて、何か業界内での情報知りませんか?」

 

 

 少なくともそれなりにこの業界に携わっている男。

 何かもし知っていればと思い、力を使った。

 どうせ最後に他愛もない雑談だと力を使えば、然程気にする事無く自然に忘れてくれる。

 

「え? アイ、って……あのアイ? 今は女優の?」

 

 その言葉に、頷きを返す。

 雷田は腕を組んで唸る様な声を上げる。

 別段、何か特別な情報が出るとは思ってない。

 訊かずに終わるよりは、訊いておいた方が後残りが無いってだけだ。

 

「んー……」

 

 暫くと唸り声を上げていた彼だが、やがて止まる。

 

「あっ……そう言えば」

 

 何かを思い出した様で、俺に顔を向ける。

 そして、言った。

 

 

 

 

「俺も又聞きだから詳しくは分かんないけど…………一時期、アイが共演NGにされてるっていう噂があったらしいよ?」

 

 

 

 

 突如原因不明な腹痛に見舞われた雷田が慌ててトイレへと駆けていくのを見送る。

 これでまた、鏑木に聞く事が増えた。

 そう考えながら、楽屋へと向かうのだった。

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