"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
佐山さんに送ってもらい、家へと到着する。
仕事が残ってるという事で、佐山さんは俺達を降ろしてそのまま去って行った。
天使ちゃんと二人でエレベーターに乗り、自宅へと到着。
「おかえりなさいっ!」
部屋に入れば、明るいルビーの声が届いた。
キッチンで調理中の彼女が振り返り、こちらを見る。
「もう少しでご飯出来るから、着替えたりしてて!」
その言葉に礼を述べると、嬉しそうな笑みを浮かべた彼女が調理へと戻る。
横にいる天使ちゃんと顔を見合わせて、どちらともなく笑みを浮かべた。
キッチンに立つルビーの姿は大分と様になっており、その背中を眺めてから手を洗いに行き、自室へと向かった。
着替えを済ませてリビングへと戻れば、キッチンから何やら騒がしい声。
「もしかしたら、もう少しお醤油を足せば今のカズヤさんに合ったお味になるかもしれませんよっ?」
「……い、今からやろうとしてたしっ! もう少しだけ、そのぉ……か、隠し味にしようとしてたもん!」
「もうお醤油を入れてるんで隠し味ではない」
「あーもうっ! 天使ちゃん! 天使ちゃん! 天使ちゃん! 天使ちゃんーっ!」
「だ、だからその名前で呼ばないでくださいっ」
「それで! どのくらい入れたらいいの!?」
「えっと、小さじ一杯いかないくらいで大丈夫ですよ」
「んー、と……このくらい?」
「あ、ちょっと多いですねっ…………あっ、それだと少ないです」
「ムキーッ! 全然分かんないっ! そんなに言うんだったら入れてみてよ!」
「えっと……この量でちょうどです」
「ほんとーかなぁ……………………うまっ」
「覚えられましたか?」
「…………天使ちゃん! 天使ちゃん! 天使ちゃん天使ちゃんっ!」
「だっ、だからその名前で」
いつも通りの和やかな会話に、思わず表情が綻ぶ。
そんな背中を見ながら定位置へと腰掛ける。
「なんでそんなに料理うまいのっ!」
「いえいえ、私はカズヤさんに合わせた料理が作れるってだけで」
「それがダメなの!」
「そう言われましても……」
「いつまでも私の上にいるじゃん!」
「……ルビーさんも後十年頑張れば、超えられるかもですねっ?」
「ぐぎぎっ……そ、そんな余裕かませるのも今だけだしっ! すぐに追い越すんだから!」
「あ、そろそろ火を止めましょうか」
「うわっとと、危ない危ない……」
仲睦まじく料理をしている二人。
この光景が、ルビーとアイでも見られる様になると良いな。
漠然と、そんな事を願った。
平和な光景。
幸せとも思えるそんな景色から、目を離す事が出来なかった。
やがて、浮かんできた思考。
それは今日あった出来事。
アイに対して抱いた、謎の違和感。
未だに残り続けるそれは、やはり俺の中で解を持たない違和感だった。
どうしても思うは、その理由。
俺が暫くアイと接していないからこそ抱いた違和感なのか。
俺が知らないアイの姿だったからこそ抱いた違和感なのか。
それもまた、やはり解を得る事はなかった。
「はいっ、カズヤ君!」
その声と共に、俺の前に料理が置かれた。
二人の会話からも何となく想像はしていたが、今日の献立は和食らしい。
「ありがとう、ルビー」
そう返せば、嬉しそうにルビーが微笑んだ。
そのままキッチンへと戻り、自分の分と天使ちゃんの分をテーブルに置いていく。
全員がテーブルを囲み、夕食と相成ったのである。
箸で料理を掴み、口に運ぶ。
途端に口の中には程よい甘みとくどくないしょっぱさが広がり、それを合図に食欲が更に増した。
ちらりと視線を向ければ、ルビーと目が合う。
彼女へと言葉を届ける。
「今日もほんと美味しいよ」
本心を告げれば、ルビーが満面の笑みを浮かべた。
「よかったっ!」
そう言って彼女は漸く食事を始めたのだった。
俺もまた視線を戻して食事を再開する。
その時、正面に座る天使ちゃんと目が合った。
彼女へと向けて笑みを送れば、彼女もまた笑みを返してくれる。
漸くと箸を動かせば、横からの強い視線を感じた。
思わず目を向けると。
「じー……」
自身の視線を言葉で表現する、ルビーの姿。
僅かに細められジトっとした目を向けられる。
「……ずるい」
不意に告げられた言葉に、思わず首を傾げる。
「……ずるいっ」
再びの言葉に、やはり首を傾げざるを得ない。
やがてルビーの口が開く。
「……アイコンタクト、ずるいっ!」
その言葉で、漸く真意が掴めた。
不満そうに両頬を膨らませたルビーに、こうなるに至った原因を理解した。
先程の天使ちゃんとのやり取りを見てたって事ね。
だったら、その願いを叶えてしんぜよう。
笑みを浮かべて、ルビーを見つめる。
「……カズヤ君?」
俺の表情に疑問を抱いたのだろう、今度は彼女が首を傾げた。
そんな姿も、笑みを浮かべたままに見つめる。
首を傾げ続けるルビー。
笑みを浮かべながら見つめ続ける俺。
「…………あっ」
漸くと、ルビーが理解したらしい。
何かに気付いた様に声を上げて、俺と同じく笑みを浮かべてこちらを見つめてきた。
ルビーの微笑みを見つめる。
やがて、ルビーの口が動いた。
「……今、なんて伝えたか分かる?」
彼女の言葉に、表情を崩さずに逡巡。
正直、分からん。
さっきの天使ちゃんとは違って、今回のは何の脈略もないしさ……。
よって、先程のルビーを思い出す。
嬉しそうであり、楽しそうであり、その瞳には俺だけが映っていた。
そこから彼女が俺に抱いてくれそうな思いを脳内で浮かばせ、人気順にソートしていく。
やがて、導き出した結論。
こんなの……俺が言って良いのかは分からないけど。
「……愛してるよカズヤ君って、言ったのかな?」
以前、俺に結婚しようと言った時の彼女の顔と、どこか似た様に感じた。
けれど、自意識過剰だろっていう思いがどんどんと心を支配していく。
だが……。
「――だいせーかいっ!」
これ以上無いと思える程に目を輝かせたルビーの笑みに、そんな思考が吹き飛んだ。
その表情から溢れる輝きにただ、目を奪われる。
……やっぱり
そう思わずにはいられなかった。
何かを堪える様に、けれども満面なその笑みは、誰もを魅了する様な最強で無敵の
そんな彼女に向けて、静かに口を開く。
「じゃあ、俺は?」
「えっ?」
笑みを消してきょとんとしたルビーに、言葉を続ける。
「俺は、何て伝えたでしょーか?」
その言葉に、ハッとした表情を浮かべた。
思案顔へと変わり、俯きながらあーでもないこーでもないと百面相を浮かべ始める。
顔を上げかけてはまた俯き、また顔を上げかけては再び俯いてしまう。
暫くと長考した結果。
ルビーが勢い良く、首を横に振るのだった。
そして顔を上げる。
その表情は自信に満ちており、何の迷いも感じられない。
再びの笑みで、口を開いた。
「私のことを愛してるって、カズヤ君は伝えてきたっ!」
その表情に、その声に。
その言葉に……こちらも笑みを浮かべてしまう。
「だいせーかいっ」
「ホントっ?」
満面の笑みで聞き返す彼女に頷けば、今まで以上にその表情が華やぐのが見えた。
その姿を見て、正解にして良かったと心が暖かくなる。
勢い良く再び俯いてしまったルビーは、何かを堪える様にその身体を僅かに震わせた。
正直、俺からは何も考えておらず、何もルビーに伝えてはいない。
強いて言えば、アイコンタクトしてるよーと思ったくらい。
けれど、俺のアイコンタクトを受けたルビーがそう思ったのなら。
きっと俺は無意識に、そんな事を考えていたのかもしれない。
彼女がそう感じたというなら、俺はそう考えた事にする。
こんな事で意見の食い違いが出るなんて、勿体ないからな。
嬉しそうにしてるルビー見ると、俺も嬉しい。
だから、相手がそう思うのなら、俺は俺の考えを変えるだけ。
「……やっぱり、私とカズヤ君は」
そう呟いたルビーが、顔を上げる。
「そーしそーあいってやつだねっ!」
笑顔のその言葉に、
「そうなのかもね」
こちらも笑顔で返すのだった。
「そうなのかもじゃないっ! そうなのっ!」
俺の言葉に納得いかなかったのか、表情を変えて訂正を求めてくる姿に苦笑が浮かぶ。
「はいはい」
「はいは一回!」
「はーい」
「長いっ!」
やがて、どちらともなく笑いを溢した。
息を吐いたルビーが呟く。
「まったく、カズヤ君はダメダメだなぁ……」
そう言って姿勢を戻し、料理へと箸を伸ばす。
それを見て俺もまた、食事を再開した。
「……でも、私を分かってくれてるから……好き」
耳に届いた独り言を聞き流し、食事を進める。
視界に映るは料理だけでなく。
俺達へと微笑む、天使ちゃんの姿が見えたのだった。
食事が終わり、ルビーが淹れてくれたコーヒーをありがたく頂戴する。
味は丁度良く、今くらいの時にベストな濃さだった。
そんなルビーは天使ちゃんから少しばかりの指摘を受けつつ、洗い物の真っ最中。
遠くに見えるその光景を肴に、コーヒーを飲むのだった。
やがて洗い物を済ませた二人がこちらへと戻ってくる。
三人揃ってテーブルを囲み直せば、全員で食後の一服。
紅茶を飲む二人と、コーヒーを飲む俺。
この時間は、ルビーからの話題提供が主な雑談タイム。
紅茶を飲んでほっと一息吐いた彼女が口を開く。
「今度、B小町のオリジナル曲を作る事になったんだよ!」
その言葉で、今日の雑談タイムは幕を開けた。
「ほーん、そうなんか」
思わずそんな感想を漏らせば、僅かに細められた目が、こちらへと向く。
「……なーんか、興味なさそう」
「おおっ、マジか! それってめっちゃスゲーじゃん!」
「わざとらしい」
どないせえっちゅうねん。
そんな俺を見て「全くカズヤ君は……」と、どこか可哀想な子を見る様な雰囲気で溜息を吐かれた。
やがてルビーが再び口を開く。
「今まで元々あった曲をずっと使ってきたけど、今度は私達だけのオリジナル曲ができるんだよねっ」
表情を取り戻したルビーの言葉に、こちらは相槌を返す。
「新曲って事か、そりゃすげーな」
「そうそうっ! ティックトックとかでも人気が出る様な曲になるみたいっ」
「ほーん」
楽し気に話すルビー。
相槌を返す俺。
そんな俺が、毎度思う事。
いっつも、極秘情報言ってるけど大丈夫なんか……?
それに尽きた。
そりゃ色々ルビーの事を知ってるし、別に俺から外に漏らす事もないよ?
でもさ、ほら、一応……他事務所な訳じゃないすか。
楽しそうに話してくれるルビーの邪魔はしたくないから言わないけどさ。
社外秘状態の情報をバンバン他事務所の人間に言ってるってバレた時が怖くてさ。
俺じゃなくてよ? ルビーの話。
ルビーが事務所の人から怒られんのだけは勘弁願いたいという思いがあった。
でもきっとルビーにそれを伝えても「えっ? でもカズヤ君にしか言ってないから大丈夫だよっ!」と謎の自信を見せられるだけの気がしたから、言えなかった。
何より、無理に話をさせない様にすると「もしかして……私の、アイドルの話……興味ない、の……?」といった闇落ちの可能性もゼロではない為、言わぬが吉と判断していたのだった。
「でも全然作ってくれなかったみたいでさ、催促したらすぐに作ってくれる事になったんだよ!」
笑顔で楽しそうに話すルビーに、再び耳を傾ける。
まあ、
毎度の同じ結論を思い浮かべ、彼女の言葉を聞く。
「B小町の代表曲とかも作ったスゴイ人に作ってもらえるし……早く歌いたいなぁっ」
想いを馳せる様に遠くを見つめるルビーを、横目で見る。
アイドルを知って、なりたくて。
でもなれなくて、やっとなれた少女。
"
その輝きは、デビューライブで見た通り……正しく"アイドル"。
ステージに立つ彼女の姿は、いつか"
だからこそ、つい思ってしまう。
俺の存在が、
あんなにもアイドルに憧れていた
なのに、
彼女の中で、何が一番上なのかが、分からなかった。
アイドルならば、男が傍にいると知られるのはマズい。
それを知られただけで、アイドルが叩かれる。
その相手が俺だと知られれば、俺のファンだという人達も、彼女を叩く可能性がある。
だからこそ、そんな事を考えてしまう時があった。
果たしてこれは、間違った考えなんだろうか。
あの一件から、徐々に落ち着きを取り戻してきている彼女にそれを聞けない俺は、ただの優柔不断なんだろうか。
アイとの関係がまだハッキリしてなくて再び壊れるのを恐れる俺は、ヘタレなんだろうか。
アイを信頼して、ルビーの事は任せろと心に決めた俺。
なのに、いざとなれば躊躇してしまう俺は、やはり相応しくないんじゃないかと思えてしまう。
勝手に相手の感情を決め付けるのは駄目だと、吉祥寺先生からの言葉で気付いた筈なのに。
どうしても思ってしまう。
俺という存在が、邪魔をしていないかって。
これは果たして、間違った考えなんだろうか。
「……それと、今度B小町のPVを撮りに行くことになったんだっ」
明るいルビーの声に、意識が浮上する。
「PV?」
思わず訊ね返せば、ルビーが笑顔で頷く。
「ユーチューブとかで沢山再生してもらえる様なミュージックビデオを作るんだって!」
MEMちょの友達が安く撮ってくれることになってさ。
そう話す彼女はやはり楽しそうで。
「それで、二泊三日で撮りに行くことになったんだよ!」
「ほーん。近場じゃないのか」
日程からそんな感想を漏らせば、ルビーが頷く。
そして再び、口を開いた。
「……宮崎に、行くんだよ」
その言葉で、どこか彼女の様子が変わった様に思えた。
けれど表情は相変わらずの笑み。
僅かに潤んだ瞳が、俺を映していた。
宮崎。
それは、懐かしい場所。
さりなと、雨宮先生と出会った、思い出の場所。
そこで撮影なら、ルビーも普段以上に気合いが入るに違いない。
「そっか。だったら、存分に楽しんできなよ」
天使ちゃんがいる手前、ルビーの前世に関する話は出来ず、そういった感想に留めた。
しかし、ルビーは何も言わず、その表情が真剣なものへと変わる。
やがて、静かにその口が開かれた。
「カズヤ君も……来て、くれるよね?」
「え?」
不意の言葉に、思わず返す。
だが、ルビーの表情は変わらない。
「カズヤ君も来て、くれるよね……?」
再びの問い掛けに思わず言葉が詰まる。
PVの撮影。
つまりは、そちらの事務所の仕事。
その仕事内容は、公表前であろう内容。
……いや俺、行けなくね?
そう結論付けるのは、容易だった。
社外秘の仕事に無関係の人間がいるとか、意味分からんし。
だが、ルビーの真剣な表情に、そのままは返せなさそう。
従って。
「えっと……それって、いつ行くの?」
まずはスケジュールの確認。
スマホを取り出し、今後の予定を見る。
やがてルビーから告げられた日程の仕事を確認した。
……うん、無理だこれ。
いやまず、宮崎に行くのが割と直近過ぎる。
既に告知されてる年末年始特番の収録もあれば、年末に向けた特番の生放送も入ってるし。
企業が徐々に休みに入り出すからCMは少し減るけど、その分番組関係の仕事が埋め込まれてる。
だから監督と一緒に年末恒例のスポンサー挨拶回りだって、このタイミングでどんどんやらんと間に合わないしさ。
年始に放送予定のドラマもまだ撮影が残ってて、ガッツリ撮影日が被ってる。
つまり……今から年末年始にかけてはマジで、過密スケジュール過ぎた。
いやね? やろうと思えば、全部飛ばせるよ?
けどさ、流石に……無理だろ。
特にこの時期は既に事務所のタレント達も案件が埋まってるし、俺のバーターで出れるレベルのタレントは空いてない。
ドラマなんて絶対に無理。放送日まで考えたら、日にちはズラせない。というか、ズラしたらマジで予定が埋まり過ぎてて終わる。
どう考えても、多方面に迷惑が掛かり過ぎる。
スマホを見つめ、思わず頭を抱えそうになった。
多分、懐かしの宮崎に、一緒に行きたかったんだと思う。
俺だって、休めるなら……ルビーが望むなら、彼女達とは別行動で行きたいさ。
この時期じゃなかったらもしかしたら、何とか都合が付けられた可能性もある。
けど、流石に多方面に大迷惑をかけてまで自分を優先する事は……俺には出来なかった。
だから、ルビーには悪いけど……。
「……ごめん、ルビー。ちょっと仕事が入ってるから、行けないや」
スマホから顔を離し、ルビーを見る。
その間際に見えた天使ちゃんが、どこか悲し気な表情を浮かべている様な気がした。
ルビーの顔を視界が捉え、同時に声が届いた。
「…………え?」