"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
小さな声を溢し目を大きく見開いた、ルビーの姿。
それはまるで、俺の言葉が全くの予想外だと言わんばかり。
やがて、その表情が変わる。
「あ、あれっ? もしかしたらちゃんと聴こえなかったかもっ」
どこかぎこちない笑みを浮かべた彼女が、再び口を開く。
「カズヤ君も宮崎、来てくれるよねっ?」
ちゃんとした笑顔へと変わったその顔が、俺を捉えた。
再びの問い掛け。
だが、それに対しても。
「……いや……ごめん、仕事が入っててさ」
やはり仕事を全て投げ出す暴挙は、俺には出来なかった。
けれど、言葉を続ける。
「今回はどうしても無理だからさ、今度! 今度、一緒に行こうよ!」
告げたのは次回の約束。
ルビーが望むのなら、俺は宮崎に一緒に行ってあげたい。
だからこそ少し落ち着いてから、予定が空けられる様になってから一緒に旅行する事を提案した。
そこでは俺が全部出せば良いし、今回の様な仕事も無い方がルビーとしてもゆっくり出来るだろうとも思えた。
一緒に暮らしてきて俺の仕事の量は彼女も把握している。
アイドルとして仕事をしている彼女も、いきなり仕事に穴を空けるのが難しいのも把握してる筈。
代替案も出したし、これで恐らくルビーも納得してくれる。
そう思った。
だが。
「やだ、今回がいい。今回も一緒に行くの」
「…………へ?」
ルビーの言葉に、思わず変な声が出た。
俺に構わずルビーが続けた。
「今回は絶対にカズヤ君と一緒に行きたいんだもん。カズヤ君も私の気持ち、分かるよね?」
笑みが消えた彼女の表情に戸惑い、言葉を返せない。
「一緒に宮崎に行って何をしたいか、カズヤ君なら分かってくれてるよね?」
そして、続けられる。
「カズヤ君は私の本当が分かるんだから、絶対に一緒に行きたいっていう気持ちも、知ってくれてるよね?」
「えっ……えっと、そ、そうかな……?」
彼女の問い掛けに、何とか返してみる。
けれどもそれは、どうしても抽象的な返答になってしまった。
「だからさっ」
再び彼女が、笑みを浮かべる。
「一緒に宮崎、行ってくれるよね?」
その言葉に、何も言えなかった。
何故こんなにも、宮崎へと俺を連れて行きたいのかが、理解出来なかった。
何が彼女をこうさせているのかが、分からなかった。
そんなにも何かを望むのなら、一緒に行くべきなのか。
そう思う思考が現れ始める。
けれど同時に。
ルビーとはまた違う、俺にとって大切な人達の姿も、頭に浮かんでしまった。
佐山さんや天使ちゃん、監督に、事務所の人達。
俺に長年付き合ってくれてる、スポンサーの人達など。
彼らがいたから、今こうしてここに俺がいる。
こんなにも稼がせてくれたから、極力万全な形で俺はアイを救う事が出来た。
こうしてさりなや、雨宮先生と会う事が出来た。
佐山さんや天使ちゃん、監督に至っては、それ以外でも沢山の場面で力を貸してもらったりもしてる。
その恩と義理は、絶対に忘れられない。
だから即答出来ずに、悩んでしまった。
「……カズヤ君? 一緒に行って、くれるんだよね?」
だから、答えられなかった。
だから、
「……今度……今度じゃ、駄目か?」
代替案に縋るしかなかった。
俺の言葉に、ルビーの目が見開かれる。
「…………いっしょに、行って……くれない、の……?」
その声に、表情に、微かな悪寒が走った。
何に対してかは、分からない。
けれどもどこか、背筋が凍る様な感覚が訪れたのだった。
目を見開いたルビー。
まるで瞳孔が収縮した様なその瞳は、一切の瞬きをする事無く、俺を映し続けた。
そのままに、やがてルビーの口が開かれた。
「…………カズヤ、くん…………きて……くれるん、だよ……ね?」
上擦った様な、裏返った様なそんな声が、耳に届いた。
何も、答えられなかった。
ただただ悪寒が走り続ける身体が、動いてくれなかった。
再び、聴こえる。
「…………カズヤ、くん…………きて……くれるん、だよ……ね?」
瞬きの一つもしない彼女の姿に、上手く思考が回らない。
「…………カズヤ、くん……きて……くれるん、だよ、ね?」
続く。
「…………カズヤ、くん……きて、くれるん、だよ、ね?」
続く。
「…………カズヤ、くん……きてくれるん、だよね?」
続く。
「…………カズヤくん……きてくれるんだよね?」
続く。
「……カズヤくん……きてくれるんだよね?」
そして。
「カズヤくんきてくれるんだよね?」
彼女の言葉が、止まった。
沈黙が、室内を支配する。
固唾を呑む、事さえ出来なかった。
微動だにせず俺を見つめる彼女から、目が逸らせなかった。
「なんでだまってるの?」
小さな呟きが耳に届き、漸く我に返った。
「ねえなんでだまってるの?」
続けられた言葉に、何か言わなければと考えれば、
「カズヤくんきてくれるんだよね?」
その言葉に、再び黙らされた。
静かだが、どこか箍が外れたルビーの様子。
何を言えば良いのか、思い浮かばない。
「なんでだまってるの?」
再びの言葉。
……何か言わないと。
「ねえなんでだまってるの?」
……やっぱり。
正直に、言うしか……。
「カズヤくんきてくれるんだよね?」
「…………ごめん。今回は、行けない」
嘘は、吐けなかった。
嘘を吐くのは、最もしてはいけないと思った。
次があるルビーと、次が無い仕事。
俺は、後者を取った。
だが、彼女にはしっかりと伝えたい。
一緒に宮崎には行きたいと。
次の機会にしっかり予定を立てて、何の気兼ねなく一緒に旅行に行こうと。
そう思い、その思いをちゃんと伝えたくて、口を開く。
「……………………なん、で?」
だが、それは叶わなかった。
ルビーがぽつりと溢した。
その声に、表情に、言葉を奪われた。
瞬きもせずに、俺を見つめるルビー。
「…………なん、で……なんで」
聴こえた声は、徐々に震えを含めだした。
けれどその目は、俺を映してないとも、思えた。
「………なんで、なんで……なんでなんでなんで」
漸くと一度、瞼が閉じられる。
一瞬の瞬き。
やがて開かれたその
「――そーしそーあいって……言ったじゃん」
俺の錯覚なのか――漆黒に淀んでいる様に思えた。
「そーしそーあいだよね? そーしそーあいってさっき、言ったよね?」
その言葉に、何も返せない。
「そーしそーあいなんだから、分かってるよね? 私が何を伝えたかったか」
その
「カズヤ君は私のこと分かってくれてるんだよね? だって本当の私を見つけてくれるのはカズヤ君だけだもん」
僅かな沈黙。
「……なのに……なのになのにっ、なのにッ!」
徐々に、声のトーンが上がり始めた。
そして。
「なんで一緒に来てくれないの!? カズヤ君は私の事分かってるんでしょ!? そーしそーあいなんでしょッ!」
突然の叫びに、身体が震える。
怒声の様な金切り声と共に、その目から涙が零れ落ちたのが見えた。
「ねえッ! いっしょに来てよッ! 一緒に宮崎に来てってばッ! 私の伝えたいことカズヤ君なら分かるでしょッ!?」
そう言って俺の胸倉を掴み、激しく揺する。
「なにも変なこと言ってないよね私ッ? 一緒に宮崎に行こって言ってるだけじゃんッ! それしか私言ってないよッ!」
「……えっ、と……その……」思わず、口を開いた。
だが。
「次っていつッ!? 一か月後ッ? 二か月後ッ? 半年後ッ? 私の気持ち知ってるのにッ! そんな先までずっとこんな思いさせるつもりなのッ!?」
やはり、明確な事を言えずに、口を噤んでしまった。
俺の姿を見たルビーの表情が怒りに染まる。
「なん、でッ……行くって、言ってくれないの!? 行くって言ってよッ! 行くって言えばいいだけだよッ!?」
強く揺すられる身体は、されるがまま。
「普通、愛してるならそんなことさせないよねッ!? 愛してる人を安心させたいって思うよねッ!? 愛してるんだから不安にさせたくないって思うよねッ!? おかしいこと言ってないじゃんッ!」
訴えかける様に、縋る様に、問い掛ける様に、願う様に。
その叫びが、俺の心に刺さる。
でも。
心には刺されども、その言葉の真意が、掴めなかった。
その叫びだけが、心の中に刺さり続ける。
「なんで行くって言わないのッ!? 大切に思ってるなら絶対に断らないよねッ!? 私が大切じゃッ――」
不意に、全ての動きが止まった。
腕の動き、身体の動き、口の動き、目の動き。
突然、悪寒が強まり心臓に痛みが走った。
それにより我に返る。
「……ル、ルビー」
重苦しい口を何とか動かし、名前を呼ぶ。
彼女が反応を示してくれる事を願って。
だが。
「…………わたしの……こと……大切、じゃ……ない……の……?」
微かに届いた掠れた声に、金縛りに遭った様に口が動かなくなった。
流れる涙以外がまるでスローモーションかの様に、ゆっくりとルビーの表情が変化していく。
感情が全て抜け落ちた様な、表情へと。
感情という存在を失ったかの様な顔、身体……瞳。
そんな彼女の瞳には、俺の姿は映っていなかった。
ただひたすらに、漆黒の闇が広がっている様に思えてしまった。
彼女の瞳の色は、黒ではないにも関わらず。
「……私のこと……大切じゃ……ないの?」
再びの呟きに、我に返った。
否応なしに引きずり込む様な瞳から、漸く目を逸らせた。
気付けばずっと、頭の中では何かの警鐘が響き続けている。
よって慌てながらも、何か言わねばととにかく口を開いた。
「い、いやっ……ルビーの事、大切に思ってるから!」
何とか声に出せた、彼女の言葉への否定。
しかし。
「じゃあ…………みやざき……いって、くれる……?」
その言葉に、再び口ごもってしまう。
宮崎に、行く。
それを言えれば何も問題無いが、やはり脳裏にちらつくのは監督や事務所の人達の姿。
自分の中にある天秤が、左右へと傾いては戻る。
片側にはルビー、もう片方には恩や義理が乗せられていた。
揺れ続ける天秤。
けれど。
「…………やっぱり……たいせつ、じゃ……ないんだ……」
「わ、分かった! 行く! 宮崎に俺も行くから!」
ルビーの声色が薄くなったのを耳にし、完全に天秤が傾いた。
気付けば、そう言っていた。
でも、そうするしかなかった。
宮崎に行くと言わなければ、ヤバいと思ったから。
彼女の声色に、脳内に警鐘を超える、直感が現れたのだ。
流石に何かを失いかける様な状況じゃ、仕事よりも優先する。
……これでルビーが落ち着いてくれるんな、幾らでも土下座してやる。
そう考え、同行とまでは行かないが、同じ日程で宮崎に行く事を決心した。
これなら、こんな事態になる前に決断しておくべきだった。
切っ掛けがないと動けない自分が、情けなかった。
後悔が募り、それが自分の心を押し潰す。
ルビーをこんな状態にさせてしまった自分を、嫌悪した。
……とにかく、ルビーを元の状態に戻さないと。
内心でそう呟く。
こうなったのは、俺のせいだから。
責任を持って、必ず元気にさせなきゃない。
それを自分に強く言い聞かせる。
そんな俺に。
ルビーが、続けた。
「なら……なんで、みやざきにいきたいか…………おしえて……?」
「……え?」
彼女の言葉に、耳を疑った。
「なんで、みやざきにいきたいか……おしえて?」
再びの言葉に、漸く理解する。
何で……宮崎に行きたいか。
ルビーが一緒に来てと、言ったから。
けれどもそれを口に出すのは、俺の中の何かが待ったをかけた。
それが本当の理由じゃない。
そんな気がした。
恐らくは俺が行きたい理由じゃなくて、ルビーが何故俺と一緒に宮崎に行きたいのかを聞いているんだろう。
相思相愛。
その言葉が思い浮かんだ。
先程やった、アイコンタクトが思い浮かんだ。
「……もしかして…………わかんないの?」
「い、いやっ、分かる! 分かるから!」
彼女の言葉に慌てて声を返し、思考を回し続ける。
「……そう、だよね……カズヤくんは、ぜったい……わかるよね?」
微かにだけ音が上がった声を耳にしつつ、意識を思考へと集中させる。
何を、何をルビーは求めているんだ。
記憶を必死に巡らす。
さりなと初めて会った時。
病室の中で彼女と話した内容。
そこでさりなに言ったのは、何だ。
彼女の心が動いたのは、何だ。
嘘はとびきりの愛。
それで、さりなの
そこから彼女と踏み込んだ会話をした。
だから、切っ掛けを考えれば、これだ。
けど……これがどう、宮崎に行く事に繋がる?
嘘はとびきりの愛から、宮崎に連想出来るものが思い当たらない。
……もしや、あの病院に二人で行きたいって事か?
しかし、やはり噓はとびきりの愛に繋がるとは思えなかった。
その回答を保留にし、次の内容を思い出す。
「…………わかんない、の……?」
「今! 今っ、言うからっ!」
ルビーの言葉に被せる様に続けて、思考を巡らせる。
その他には……何て、言ってた?
えっと、噓はとびきりの愛でさりなが良い子にしようとしてるのが分かって、それで、そうだ写真を撮った気がする。さりなの写真を。そんで、えっと、確か全然可愛くないとか言ってポーズをとったさりなの写真をまた撮ってから……。
そうだ。
さりなちゃんも、
これかと思う。
考えてみれば、生まれ変わってルビーになった後も、この言葉を彼女は求めていた様な気がする。
俺に結婚しようと言った時も確か、俺に
……でも、やっぱり宮崎へと繋がる言葉とは、思えない。
だが、他に宮崎に繋がる様な言葉を、
彼女との会話の内容を思い出しても、俺がそんな事を言った、記憶が無いんだ。
静かに、ルビーが口を開くのが見えた。
これ以上、猶予は無かった。
慌てて先に声を出す。
「ル、ルビーが
一か八か。
けれども、言ってから気付いた。
ルビーは宮崎に、B小町のPVを撮りに行くと言ってた。
そこで新しい曲で、撮るのかもしれない。
それに合わせて俺に宮崎へと一緒に来て欲しいと言った。
なら、強ち外れでは無いのかと、思った。
ルビーがPVを撮る所を見て欲しい。
つまり、彼女のアイドルとしての姿を見て欲しい。
こんなにも一緒に宮崎に行く事を懇願するルビーを考えれば、もしかしたら今回のPV撮影は何か彼女にとって思い入れがあるのかもしれない。
だから是が非でも俺に来て欲しい、見て欲しいと思った。
そう考えれば、辻褄が合う。
だから……正解の可能性が、高い。
「……やっ、ぱり…………たいせつ、じゃ……ないん、だ」
「えっ……?」
彼女から返ってきた言葉は、あまりにも予想外だった。
表情を消したまま、ルビーが小さく笑う。
「そーし、そーあい……じゃ……なかったん、だ……」
鼓動が嫌に、速くなり始める。
「……ル、ルビー……?」
思わず声をかけるが、
「……たいせつに……おもわれ、て……なかったんだ……だって……ほんとうを……みつけて、くれないんだもん……」
俺の言葉など耳に入っていないかの様に、彼女が呟き続ける。
「……ほんとうを、みつけて……もらえないなら……もう……ほんとうは……だれにも……みつけてもらえないの、かな……?」
その声に、気付けば彼女の肩を掴んでいた。
「ルビー! 俺の話を聞いてくれ!」
肩を揺すりながら声を掛けるが、どこか朧げな目付きのルビーが反応を示す事はなかった。
「……くるしい……くるしい、よ……くるしい……」
それは、俺に対しての言葉じゃない。
「ルビー! お願いだから話を聞いてくれッ!」
譫言の様に呟く彼女に声を荒げるが、それでも反応は返ってこない。
静かに腕を上げたルビーが、自身の胸元を強く握りしめる。
「……こんなに、くるしい……なら、っ…………ほんとう、は……いや、だ……」
まるで、自分に言い聞かせている様な声色。
「ルビー! なあ、ルビー! 聞いてくれ!」
声を掛け続けるが、反応は全く返ってこない。
そして、
「ルビー! 頼む聞い――」
彼女の全身が脱力した。
「……こんなに……くるしい、ならっ……ほんとうなんか……いらない、っ」
どこへも届けない様な呟きを耳にし、
「――――落ち着けルビーッ!」
気付けば、"力"を使っていた。
だってそうしなければ、ルビーの中から、何かの"存在"が消える様に感じたから。
その気配を感じて、気付けば、使ってしまった。
だがそれにより。
ルビーの表情に、僅かにだが生気が戻った気がした。
ただ茫然と、俺を見つめている。
そんな彼女へと、声をかけた。
「――――落ち着いて、落ち着いてルビー」
思考が上手く纏まらない中で、言葉だけが出ていく。
「――――ルビーは何も悪くない」
何を言おうか、そんな事は全く思い浮かばない。
「――――悪いのは、俺だから。ルビーは何も悪くないよ」
ただ、確かに存在する意識。
それは、二つに割れていた。
「――――ルビーが取り乱しちゃったのは、俺のせいだよ」
ルビーにとって一番大切なのは。
俺なのか、アイドルなのか。
その二つの意識だけが、俺の中で並んでいた。
「――――俺が悪いせいで、ルビーを傷付けちゃったんだ」
そして徐々に大きくなってくる、心の底から湧いてくる声。
「――――俺のせいだから」
……俺の、せいだ。
その声が、徐々に大きくなってくる。
ルビーが一番大切なのは、俺。
ルビーが一番大切なのは、アイドル。
……俺のせいだ。
「――――だからルビーは悩まなくて良い。いつも通りに過ごして良いんだよ」
……俺のせいだ。
ルビーが一番大切なのは、俺。
ルビーが一番大切なのは、アイドル。
俺のせいだ。
――俺のせいだ。
「――――いつも通り学校に行って、いつも通り仕事をして、いつも通り……仲良くしたい人と仲良くして良いんだよ」
――俺のせいだ。
ルビーが一番大切なのは、俺。
ルビーが一番大切なのは、アイドル。
――――俺のせいだ。
「――――だから」
――――俺のせいだ。
ルビーが一番大切なのは、アイドルだ。
「――――俺の事を好きなんて気持ちがなくなれば、ルビーはきっと誰よりも輝くアイドルになれるよ」
「…………アイ、ドル……」
呆然と呟いた彼女に、笑みを浮かべる。
「そうだよ。ずっと憧れてたアイドルになったんだから、それを目いっぱい楽しまないと」
「……アイドルを、楽しむ……」
焦点が合ってきた瞳を見つめる。
「余計な事なんか忘れちゃえばきっと……ルビーなら誰よりも輝けるさ」
「……アイドルで、輝く」
焦点の合った瞳に、血色の戻った顔色。
……これでもう、大丈夫。
後悔は、無いと言ったら噓になる。
こんな風に人の考えを捻じ曲げるだなんて、許される事じゃない。
こんな力、決して人が持って良い能力じゃない。
俺なんかが持つべきじゃない、許されざる力。
それを無意識に、そして意識的に使った。
最初は無意識だった。
けれど後半は、使っているのを分かっていた。
……でも、それでいい。
仕方ないとは、決して言わない。
でも、きっと……これで良かったんだと思う。
いや、違うな。
きっと俺は……これが良かったんだと思う。
だって、ルビーがアイドルで輝く未来がきっと、正しいんだから。
俺のせいでおかしくなった彼女がきっと、元の道に戻っただけなんだから。
俺と出会う前からアイドルに憧れていた彼女が、本当の姿なんだから。
俺といてあんな風に壊れかけてしまうのなら……俺は傍にいるべきじゃない。
ルビーとアイとの関係だって、俺が間に入らなければ楽しそうだったじゃないか。
アイも、ルビーから話されれば、普通に話すって言ってたんだ。
だから少なくともこれからは、余程の事が無ければ自分からは近付かない。
そうすればきっと、幸せになれるかもしれない。
こんな外道の力を使わないと寄り添えない俺なんかより、俺のいない世界の方が、正しいんだろうから。
ルビーはもっと、輝けるし、輝いて欲しい。
俺なんかの存在で、その輝きを陰らせるのは、駄目だ。
……でも、こんな俺だから。
"にわか"の俺は、言葉にされないと、分からない。
でも、言葉にされれば――それを信じていける。
「ルビーは、俺のせいで酷く取り乱しちゃったけど、こんな悪い俺の事……どう思ってる?」
俺の言葉に、ルビーがこちらを見つめながら首を傾げる。
やがて、口を開いた。
「……カズヤさんは――キライだよっ…………えっ」
俺への印象を口にしたルビーが、驚いた表情を浮かべた。
それはまるで、自分の発言があまりにも予想外だった様な反応。
そんな彼女へと口を開く。
「さっ、それじゃ嫌いなカズヤさんのとこにいても仕方ないだろうから、そろそろ家に帰らないとね?」
「えっ……?」
聴こえてきた声を無視して顔を動かせば、テーブルの向こうに座る天使ちゃんが見えた。
いつになく真剣な表情で、俺を見つめている様子。
彼女に向けて声をかけた。
「天使ちゃん。悪いんだけど、タクシー呼ぶからルビーを家まで送ってきてくれないかな?」
俺の言葉に、天使ちゃんが我に返る。
「えっ? あっ、は、はいっ、分かりました!」
慌てた様に答えて立ち上がる。
ルビーが持ってきた荷物は然程多くなく、天使ちゃんに連れられて部屋へと向かい荷詰めをしていく。
やがて部屋の扉が閉められる音が聴こえ、天使ちゃんとそれぞれで荷物を持って出てきた彼女が、どこか不思議そうに俺を見てから、家を出て行った。
閉まる玄関の音。
只一人となった部屋で、椅子に座り直す。
タクシーは既に読んでおり、もう下で待っている頃だろう。
スマホを取り出し、電話をかける。
「あ、すみません。急遽なんすけど対象が自宅に戻る事になったんで、今まで通りの在宅護衛に戻って頂いて大丈夫っす……いやー、ほんと、追加の依頼受けてもらってありがとうございました……はい、またなんかあったら連絡するかもっす……はいはーい……では」
通話が終了したスマホをテーブルに置き、背凭れに身を預けて天井へと顔を向ける。
そのまま、何もする事無く、天井を見続ける。
一人だけの空間。
誰か居た痕跡は、未だにテーブルの上に置かれているカップのみ。
けれども俺以外の誰も、存在しなかった。
いや、俺だけが存在していないのかもしれない。
先程の記憶が蘇ってくる。
ルビーに感じた異常。
これは、前にも抱いた事のある感覚。
ルビーへと生まれ変わって、初めて再会した時の出来事。
彼女がルビーとして登場し、
可愛らしい
その"存在"が、消える様な感覚を覚えた。
あの時は分からなかったが、こうして二度目を迎えれば、
彼女が消える感覚。
それは俺の様に、中身が無くなった様に思える感覚。
俺の場合は、色んな人から意見を聞くに……"生"、つまり生きているとは思えない。言い換えれば、俺という人間が存在してるとは思わなくなる様だ。
自分的には、徐々に何かから解放されていく様な感覚。
ならば、ルビーはどうなのか。
彼女もまるで、ルビーの中から何かが消えてしまう様な危機感を覚えた。
その感覚に苛まれたんだ。
ルビーの中から何かが消えてしまうとは果たして……何が消えてしまうのか。
何が、存在しなくなってしまうのか。
ルビーなのか、さりななのか、その他の何かなのか。
分からない。
けれども、俺なんかとは違って、彼女の中から消えて良い存在なんか、無い。
俺という存在以外は、彼女の中から消えるべきものではないのだから。
俺という存在以外は、"彼女"がずっと持ち続けているものだろうから。
だから俺のせいなら。
俺という存在を消してしまえば、彼女はきっと本来の幸せを手に入れられる。
同じ、"存在を消す"という力。
それが何を意味するのか、理解したから。
血縁はないけれど。
俺から、そんな"忌々しい力"が彼女に、受け継がれてしまったんだ。
茜ちゃんの様に俺を研究してた訳じゃない彼女が、生まれ変わって最初に出会った時にもう、使えてしまったんだ。
アイドルに憧れて、憧れたアイドルになれて、これからも圧倒的な輝きを放つであろう彼女に。
大きく輝いて誰よりも"存在を示す"つもりの彼女に。
俺が、"存在を消す"なんて矛盾した能力を与えてしまった。
彼女とのやり取りから、その力を俺以外の時には使っていないだろうと思えた。
だから俺の前でしかその力を使わないなら。
俺の前じゃなきゃその力を使わないなら。
彼女は存在を消す事無く、その存在を示し続けられる。
ほんとうがくるしい、と言っていた。
だから俺のやった事は、もしかしたら間違っているのかもしれない。
でも……これでいいんだろう。
俺という存在さえ彼女の中から消えてしまえば……元通りだ。
本来のあるべき姿に、戻ったに違いない。
ルビーもちゃんと、嫌いって言ってくれた。
口に出して言った言葉だから、それを信じる。
自分を正当化するつもりはないが、この選択を受け入れる。
正解が分からない"にわか"だから、唯一正しいと思える事柄を信じる。
"声に出してくれた言葉"は――嘘でも本当でも関係なく、"事実"なんだから。
だから俺は、その"事実"だけを、信じたい。
関わらずに、守る。
存在せずに、存在する。
どうしてもこれが、性に合ってる様だしさ。
ふと、自分の表情に気付いた。
手を上げて、頬に触れる。
「……ははっ……笑ってんじゃん、俺」
何だか不思議と、幸せになってくれる未来が……浮かぶんだ。
アイが、ルビーが、アクアが。
三人が仲良く同じ屋根の下で暮らす、そんな光景が浮かんだ。
そこには親子の愛情があり、三人での幸せな暮らしを送っていた。
仲良く料理を作り、仲良く食卓を囲み、仲良く話しているそんな光景。
その光景が、幸せだと思えた。
誰にも、その幸せを壊させやしない。
天井を見上げたままで何となく、口を開く。
「ハッピーエンドはもう近い……といいなぁ」
そんな呟きは、静かに天井へと消えていった。