"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第172話

 食後、既に皿が片付けられたテーブル。

 俺の前には、コーヒーの入ったカップが一つ。

 そして、それを挟んだ俺の正面に、自分のカップを持ったアイ(母さん)が座った。

 母さんが、口を開く。

 

「ルビー、元気にしてるかな?」

 

 その言葉に、俺が返す。

 

「まあ、母さんの娘だしきっと……元気に楽しく暮らしてるさ」

 

 そう答えれば、母さんは嬉しそうに笑った。

 

「まっ、それもそうだねっ」

 

 母さんが、続けて言う。

 

「私の娘だもん、ルビーの良さは私が一番知ってるからねっ」

 

 堂々と言ってのけたその姿に、思わず笑みが零れる。

 偶にある会話。

 母さんがルビーの事を話題にする内容。

 けれども、俺がそう答えれば、母さんは決まってそう告げたと同時に輝いた笑みを浮かべる。

 だから俺も、いつもこう返すのだった。

 

「そういう事」

 

 それに対して、母さんは口を開く。

 

「もちろんっ、アクアの良さも私が一番知ってるからねっ?」

 

 向けられる笑みと言葉に多少の恥ずかしさが込み上げるも、それを表に出す事はしない。

 母さんから目線を逸らし、口を開いた。

 

「分かってるよ」

 

 そうしてニコニコと笑みを浮かべながらこちらを見つめる母さんに、目を合わせる事はしない。

 何も変わらない、そんな日常だった。

 いずれ母さんが見ているのに飽きたら、自然と別の話題を出す様になる。

 何も変わらない、そんな日常。

 だがそんな日常が、今日は違った。

 不意に、玄関の鍵が開けられる音がした。

 

「んっ?」

 

 母さんの耳にも届いた様で、不思議そうに顔をそちらへ向ける。

 俺もまた、僅かに目を細めながら、入口へと視線を向けた。

 開けられた玄関の音。

 そして閉まり、その鍵がロックされた音が続く。

 つまり、誰かが家の中へと入った。

 警戒心滲ませ、僅かに腰を浮かせる。

 足音が徐々に近づいて来た。

 立ち上がって母さんより前に出ようかと意気込んだその時。

 

「あー、なんか懐かしいなぁ」

 

 小さな呟きが入り口の方から聴こえ、脱力してしまったのだった。

 やがて、視界に映るドアノブが動く。

 ドアが開けられ、その姿を現した。

 

「あっ……」

 

 その声と共に。

 こちらを視認した人物が、手に持っていた荷物を床に置き、姿勢を正す。

 

 

 

 

「ただいまーっ! 星野ルビー! ただいま帰りました!」

 

 

 

 

 元気に明るく、本来とは反対の手で敬礼をした妹――ルビーの姿があった。

 その姿に脱力をしたまま、思考も抜けていく。

 何故。

 それだけが唯一、頭の中で漂っていた。

 だが、やがて我に返る。

 

「おかえりっ! ルビー!」

 

 母さんの明るく嬉しそうな声で、思考が回り始めた。

 立ち上がり、ルビーを見つめる母さん。

 

「ママっ! ママだぁっ!」

 

 そう言って、置いた荷物をそのままに母さんへと駆け出すルビー。

 やがて、互いに笑顔で抱き合ったのだった。

 

「ママにこうやってぎゅーって抱きしめられて、嬉しいっ!」

 

 心底嬉しそうな声で母さんを強く抱きしめたルビー。

 

「ママもこうやってルビーをぎゅーって出来て嬉しいよっ!」

 

 同じ様な声色で、ルビーを抱きしめ直す母さん。

 それを椅子に座りながら見つめる俺。

 何と素敵な光景だろうか。

 

 

 何と、不思議な光景だろうか。

 

 

 今までずっと、カズヤ君の家で楽しそうに暮らしていた妹。

 連絡は定期的にしており、そのメッセージから伝わる感情は、このままカズヤ君と共に暮らし続けるとも思える内容。

 昨日だって、カズヤ君に料理を褒めてもらえたや、カズヤ君の為に色々するのってお嫁さんみたいで嬉しいけどやっぱり早く本当のお嫁さんになりたいといった、今まで通りの何も変わらないメッセージが届いていた。

 なのに、何故。

 こうして妹は急に、我が家へと帰ってきたのか。

 何か理由があるのか。

 ならば理由とは何なのか。

 

「あっ、そうだ! ルビーはもうご飯食べたの? まだだったらママ、作ろっか?」

 

「ううんっ、もう食べたから大丈夫だよっ!」

 

「そっか! なら良かったっ」

 

「明日からママと一緒にご飯作るからっ!」

 

「えっ、無理しなくて大丈夫だよ? ママは二人の料理を作るのが好きだからねっ」

 

「違うっ! 私がママと一緒に作りたいのっ!」

 

「……そっか。じゃあ一緒に作ろうねっ」

 

「うんっ!」

 

 妹の中で何か変化が起こったのか。

 何かが妹の中に変化を起こしたのか。

 眼前の光景を眺めながら、思考だけが激しく回り続ける。

 

「今、アクアと二人でゆっくりしてたから、ルビーも座って三人でゆっくりしよっか」

 

「うん! あっ、おにいちゃんただいまっ」

 

 母さんの言葉にこちらへと振り向いた妹が、俺へと告げる。

 それに対して、こちらも口を開いた。

 

「おかえり、ルビー」

 

 俺の言葉に妹は、嬉しそうに微笑んだ。

 母さんに促されたルビーが、椅子に座る。

 それは、先程まで母さんが座っていた隣だった。

 

「ルビーの分の飲み物持ってくるから、待っててね」

 

 そう言って母さんがキッチンへと姿を消す。

 この場所には俺とルビーのみ。

 妹は、キッチンの方へと顔を向けて、嬉しそうに笑みを浮かべているのだった。

 そんな彼女へと、口を開く。

 

「……ルビー」

 

 名前を呼ばれた妹が、こちらへと顔を向けた。

 彼女へと向けて言葉を続ける、

 

「お待たせー! はいっ、ルビーっ」

 

 事は出来なかった。

 母さんが戻ってきて、妹の前にカップを置く。

 

「ありがとっ、ママ!」

 

 そんな母さんへとルビーが笑顔で礼を告げれば、母さんは「ママがやりたくてやってるんだから、気にしないで」と微笑みながら返し、やがて妹の隣へと座ったのだった。

 妹の顔が、こちらへと向く。

 

「それで……何か言おうとしてなかった、おにいちゃん?」

 

 俺へと首を傾げる妹に、僅かに逡巡。

 やがて口を開いた。

 

「……いや、疲れてないかって聞きたかっただけだよ」

 

 そう告げれば、妹の表情に笑顔が戻る。

 

「ううんっ、全然疲れてないよ! ママとおにいちゃんがいれば疲れなんて吹き飛ぶんだからっ!」

 

 満面の笑みで言い放った妹の言葉に、隣で聞いていた母さんの表情が華やぐ。

 

「ママもっ、ルビーとアクアがいたら疲れなんて吹き飛んじゃうから一緒だねっ!」

 

 そう返された妹は、母さんへと顔を向けた。

 

「ホントっ? ママとお揃いだ! やったー!」

 

 嬉しさを堪えられない様に、妹が母さんへと抱きついたのだった。

 そんな妹を受け入れ、優しく頭を撫でる母さん。

 やがてその抱擁が離れ、「いただきまーす!」と元気に告げた妹が、カップへと手を伸ばし口にする。

 その光景を嬉しそうに見つめる母さんが、不意に口を開いた。

 

「あっ、そうだルビー」

 

 母さんの言葉に、妹が顔を向けた。

 

「んっ? どうしたの、ママ?」

 

 不思議そうに首を傾げながら、母さんを見つめる。

 そんな彼女に対し、母さんが続けたのだった。

 

 

「そういえば、カズヤはもういいの?」

 

 

 何気無い口調で、母さんは言った。

 母さんの言葉は、俺の言葉でもあった。

 先程ルビーに聞こうと思っていた、本当の内容。

 カズヤ君と何かあったのかと、聞きたかった。

 だがそれは決して、何か問題でもあったのかと訊きたかった訳じゃない。

 母さんも恐らく同じだと思えた。

 何か問題が発生したならば、帰宅した第一声が、あんなにも元気にはならない。

 俺と母さんは共に、ルビーとカズヤ君の関係を知ってるんだ。

 彼と何かがあった場合、それが負の出来事なのだとしたら、妹がこうして明るく振る舞う理由が無いと思えた。

 隠してる可能性があるとも思えたが、その可能性は低いと言えた。

 何故なら妹とカズヤ君の関係を隠す協力をしているのが俺だ。

 今まで愚痴だって嬉しい事だって楽しい事だって、頻繁に連絡を寄越していた。

 ならば今回何か問題が起こったのなら、帰宅する前に俺へと何かしら連絡を寄越す筈だろうと思ったから。

 俺だけに協力を願った妹なら、少なくとも母さんが今家にいるのかといった連絡をしてくると思えたから。母さんに内緒で俺に相談したい事や、言いたい事があれば特に。

 カズヤ君との間に何か問題が起きるという事は、それは妹にとって人生最大の問題と言っても過言では無い。

 故に俺への連絡を寄越さないとおかしいという結論になる。

 少なくともそういった事があれば仕事に支障をきたす可能性があるのだから。

 故に、何かあればすぐに連絡を寄越す妹だからこそ、連絡を寄越さないのは無事な合図だと認識出来た。

 それに妹が未だに入り口へと置き去りにしている荷物。

 その量を考えれば、カズヤ君の家に置いていた私物が入っているんだろうと予測出来た。

 カズヤ君の家から妹が何か問題を抱えて出ていくとすれば、それは間違いなくカズヤ君と何かがあって家を出たという事。

 だが、問題と思える点が見当たらないのなら、プラスの意味で妹が実家に帰ってきても問題ないという事になったとも思えた。

 ならばカズヤ君とは円満な形で彼の家を出たのだろうと考えるのは、俺がただ妹に甘いからだろうか。

 それともカズヤ君を信頼しているからだろうか。

 昔、妹がカズヤ君の家へと一度お邪魔した事があった。

 その時に彼が俺へと連絡をした内容。

 家に来たルビーを近所のカフェまで送るから迎えに来て欲しい。

 その様な連絡をくれたんだ。

 妹が何か秘密で事を起こした時、もしくは心配事がある際には、カズヤ君は俺に連絡をしてくれた。

 だからこそ、今回はその連絡が無かった。

 つまりはカズヤ君からしても、一応俺に報告しておこうという些細な物もなかったという事。

 その二つの視点から、何か問題があったのだとは考えてなかった。

 母さんは恐らく、ルビーの表情からそう判断したんだろうと思う。

 故に問い掛ける母さんも真剣な表情ではなく、何気無い雑談の様な口調と笑顔なんだから。

 俺には出来ない芸当、だがアイ(母さん)ならば出来ても不思議ではないと思える芸当。

 それも、俺の考察を後押しする材料の一つだった。

 だが、恐らく間違いではないと思えた。

 何故なら問い掛けられた妹が、母さんへと不思議そうな表情を返したから。

 そこには一点の曇りもなく、純粋に不思議だと思っているかの様に首を傾げていた。

 問題は無さそうなので、心配はない。

 けれども気になる質問ではあるので、妹の言葉を待った。

 家でルビー()アイ(母さん)が一緒に居る。

 当たり前だった筈なのに、この光景がどこか懐かしい様に感じた。

 普通の筈なのに、何故か尊く思えるこの景色。

 そこに無粋な考え等、必要無いだろう。

 だからこそ俺も純粋に、家族としてこの雑談を聞くだけ。

 ありふれた、何気無い家族の日常。

 

 

 

 

「カズヤ"さん"? 何で"あの人"の話が出るの、ママ?」

 

 

 

 

「あっ、ごめんごめん! 今日一緒に仕事してたからママ間違っちゃったっ」

 

「全然関係ないのに、変なママー……あっ、でもダメだよママっ! ほら、よく言うじゃん。家庭に仕事を持ち込んじゃダメだーってさ!」

 

「ハッ、確かにっ! ごめんねルビー! おうちではちゃんとルビーのこと見る様にするからねっ」

 

「うんっ! ママ大好きっ!」

 

「私もルビーのこと大好きだよーっ!」

 

 二人が、俺を見ていなくて良かった。

 何が……起きた。

 声の……力。

 母さんでは……ない……。

 妹に……対して……。

 好意が……反転した……。

 俺よりも上の……力……。

 

「あっ! ママはちゃんとアクアのことも大好きだからねっ?」

 

 こちらへと笑顔を向けた、アイ(母さん)

 

「私もっ、おにいちゃんのことも大好きだよっ!」

 

 こちらへと笑顔を向けた、ルビー(さりなちゃん)

 

 

「……ああ、俺も二人の事が大好きだよ」

 

 

 俺の言葉で、更に笑みが増した……アイ(母さん)

 

「子供たちが私を大好きって言ってくれて、ママ幸せだなぁっ」

 

 俺の言葉で、更に笑みが増した……(ルビー)

 

「やっぱり家族は、家族のことを愛してるし大好きだもんねっ!」

 

 そんな二人に、笑みを浮かべたままで答える。

 

「……ああ、そうだな」

 

 その言葉を皮切りに、再び正面の二人が会話し始めた。

 その姿をただ、視界に収める。

 視界に収め、続けた。

 何の蟠りも無く、何の特別性も無く、何の意外性も無い。

 そんな、ありふれた日常を。

 そんな、何物にも代え難い……平和を。

 幸せを。

 楽し気に話す二人の姿を見る度に、強くなる。

 絶対に、失いたくないと。

 失う事は出来ないと。

 この笑顔を、消す訳にはいかないと。

 何をしてでも、何を犠牲にしてでも。

 俺が絶対に守る。

 そう、決意させてくれた。

 そう、決心させてくれた。

 妹から感じた、明かな異常。

 あんなにも好きだったのに。

 あんなにも愛していたのに。

 あんなにも結婚したがってたのに。

 その印象が、まるで幻想だったかの様に。

 "こうして"妹が再び、我が家へと戻ってきた。

 明らかな異常。

 これを説明出来る材料を俺は……一つしか知らない。

 

 声の力。

 

 これ以外に、考えられなかった。

 妹に感じた異常。

 それは――妹の、カズヤ君への想い。

 それが如実に違っていた。

 あんなにもカズヤ君に対して一直線だったルビー(さりなちゃん)が、こうも態度を変えてしまったんだ。

 その原因は間違いなく、声の力によるもの。

 洗脳の様に、想いを反転させられた。

 そんな俺でも出来ない事が行える人物は、一人しか思い浮かばない。

 

 アイ(母さん)を妊娠させた、俺達の父親。

 

 そいつ以外、あり得ない。

 心の中で、マグマの様に激情が煮え滾る。

 いよいよ、妹にまで手を出してきたのだ。

 それはつまり、父親にとって、アイ(母さん)を不幸にする為の準備が整った。

 もしくは本格的に行動を始め、俺達へと介入を行う様になったとも考えられる。

 どちらにせよ、絶望へのカウントダウンとなるタイマーが押されたのだけは、理解出来た。

 妹は日中に学校へと登校し、夕方からは事務所で打ち合わせが入っていた為、カズヤ君の家はどこから知らないが、帰るのは恐らく一八時前後が最短だろう。

 よって、妹が父親と会う可能性があるのは、カズヤ君の家から学校へと登校する間、下校して事務所に向かうまでの間、事務所からカズヤ君の家に帰るまでの間。

 ……それか、"その後"。

 だが、"その後"の可能性は他より低いと考える。

 母さんは今日、二つしか仕事が無かった。

 バラエティ番組に出て、その後はドラマの撮影。

 そこでカズヤ君と共演をしたと言っていた事から、カズヤ君はそのどちらかに関わっている。

 少し前に帰ってきた母さんの姿から、もしドラマに関わっていた場合、彼は早くとも母さんと近しい時間帯に帰っている事になるだろう。その場合は、そんなに妹と関わる時間は少ない筈。

 そして何より、カズヤ君だからこそ、その可能性は無いと言えた。

 だが妹の様子から、カズヤ君の事について関係しているのも、申し訳ないが事実だった。

 俺が舞台に出ている為、今日妹の学校での様子や事務所での様子を確認出来てないのが痛い。

 そのどれかでも確認が行えていれば、いつこういった変化が起こったのかが大分と絞る事が出来た筈だ。

 だが、嘆いていても仕方ない。

 昨日までの妹からの連絡は何も変わらなかった事は証明済み。

 今日というタイミングでこうした事態に発展したのは間違いなかった。

 だから今日、妹は父親と接している。

 後から直接聞いてみようとは思うが、それによって父親がどういう人物なのかを判明出来る可能性は良くて五分と思っている。

 何故なら俺が自分の力で証明した様に、特に興味の無い雑談として終わらせる事が出来るから。

 そして俺以上の力を使えると考えれば、誰と話したのかすら印象を消せる可能性だってある。

 よって、妹からの情報収集は行えども俺自身でも考察を進めなければ、更に時間を無駄にする事になるだろう。

 母さんが居なく、妹と二人きりの状況でしか確認は出来ない。

 かといってそれまでの間に、何も考えずに、何も動かずに暮らしていては、妹からの情報が然程役に立たなかった場合にそれまでの時間で何かを行えたと後悔するのはマズい。

 思考停止で飛びつくよりも、重要情報の可能性もあるという程度で、今まで通りの動きの傍らに妹から聞けるタイミングを探すしかない。

 一つの情報に固執して、他を見失う。

 鏑木の言葉だけを鵜吞みにし見誤った、劇団ララライへの行動。

 現在は、劇団ララライ自体は無関係だとほぼ証明出来た。

 けれどそれは、この業界の極一点だけが捜査線上から外れたに過ぎない。

 時期は狭まった、けれど対象人数はまだ未知数。

 鏑木とはまだ会えていない手前、そこから先の情報は何も得られてはいない。

 そして時間は無い。

 何かに固執してその他を見落とすという同じ轍を踏むのは懲り懲りだ。

 だからこそ同時進行で様々な情報を入手出来る様に、動き続けるしかない。

 けれど、今までの動きも……少し、変えなくてはいけない。

 

「そうだっ! ママも一緒に宮崎行こうよ! PVの撮影終わったら観光しよっ!」

 

「いいねっ! あっ、でもママ、ルビーたちが宮崎行く間、お仕事が入ってるんだったっ」

 

「えー、ママと一緒に行きたかったなぁ……」

 

「じゃあ今度っ! 三人の休み合う時あれば、そこで家族旅行でも行こっか!」

 

「家族旅行!? うんっ! 行きたい行きたい!」

 

 アイ(母さん)へと抱きつくルビー()の姿。

 この光景だけは、絶対に失わせない。

 だから、他の何を犠牲にしてでも守ってみせる。

 それを、心の中で自分に強く言い聞かせた。

 だからこそ、家族以外にならどんな事も、やってみせる。

 今までを鑑みれば、可能性が低いと思われる事も、疑ってみせる。

 あり得ないを……証明する為にも。

 可能性が少しでもありそうならば、疑ってかかる。

 あり得ないを願うのではなく、証明する為にも。

 …………ごめん。

 心の中で謝罪をする。

 違うのだろう。

 そんな筈は無いんだろう。

 結局は、関係無いんだろう。

 あの優しさが、あの懐の広さが、あの言葉が……病院の屋上で、さりなちゃんへと向けた"愛しる"というあの言葉が。

 嘘である筈が無い。

 心の中で痛みが発生する。

 ……けど。

 

「そかそかっ、そんなに喜んでくれるんなら休み合わせる様に、ママも頑張っちゃおっかなっ?」

 

「うんうんっ! 楽しみにしてるね!」

 

「任せといてっ! 仕事もするけど家族旅行もするっ、星野アイは欲張りなんだっ」

 

「さっすがママ! 大好きっ!」

 

 この光景を失ったら、こんな痛みじゃ済まない……!

 だから、今ある心の痛みは、俺の甘さ。

 この痛みを消す事で、更に父親を捜しやすくなるに違いない。

 家族以外の全てを犠牲にする覚悟を、決めないといけない。

 眼前の光景を見つめる。

 見つめ、そして思う。

 ……これが、俺の全てだ。

 心の底に溜まっている激情を、噴き上がらせる。

 表には出さず、裏の全てをその激情で包み込む。

 一片の隙間も無い程に、その漆黒へと塗り潰す。

 この光景が、俺の全てだ。

 それ以外に、何もいらない。

 この光景が、俺の生きる意味だ。

 それ以外に、何もいらない。

 今までに無い激情を心に宿し、今までに無い決意をその視界に映す。

 ……これを、絶対に守る。

 だから俺は――。

 

 

 

 

 ――――カズヤ君も、俺達の父親かもしれないというターゲットに含める。

 

 

 

 

 違うのだと証明する為に、君が父親だと疑う事を決めた。

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