"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第173話

 舞台"東京ブレイド"が千秋楽を迎えた。

 最終公演は満員の拍手で幕を閉じ、商業的に大成功を収めたと言って良い。

 総合演出の雷田は最終公演が終わった控室で人目も憚らずに号泣する程だった。

 まあ途中で原作者とのいざこざもあり脚本もほぼ総入れ替えの様な状態になってしまったんだ。

 彼が一番、この舞台が無事に幕を閉じるのを心待ちにしていたといっても過言では無いだろう。

 原作者たるアビ子先生も最後には挨拶に来てくれて俺達に、最高の舞台だったと大喜びしてくれた。

 

「もしまた私の作品を舞台化する時があれば是非、皆さんが担当してくれたら嬉しいです! 脚本も私の願いを全て叶えてくれたんで、"皆さん"にだったら安心して任せられます!」

 

 全体に向けてそう声を掛け、最後に雷田へと向いた時に、彼は泣き叫びながら腹を押さえて部屋を飛び出していった。

 確かに、原作者からそう言われれば感極まるのも十分に納得出来る。

 アビ子先生の後ろで吉祥寺先生が苦笑を浮かべていたが、それもまた無事に舞台が完結出来たからこそ浮かべられた表情だろうなと思えた。

 そして舞台が終わった事で、俺の予定は当面の間白紙。

 鏑木とまた会う約束が出来たが、それも年を越してからの事。

 それまでの間に何をすべきかと考えていると、ルビーから一緒に宮崎に行こうと誘われた。

 当然、最初は拒否をした。

 何故なら俺まで宮崎に行けばその間、アイ(母さん)が一人きりになってしまう。

 そこを狙われる可能性は十分に考えられ、妹と一緒に宮崎へと行くつもりは無かった。

 けれども同時に悩みの種となったのは、妹もまた狙われ出したかもしれないという直近の問題。

 だがそこで母さんから「二人が生まれた場所だから、せっかくだし行ってきなよっ」と言われ困り、そしてルビー(さりなちゃん)からも「"思い出"の場所だし、一緒に行きたいな」と言われ悩み、社長に呼ばれ「帰ってくるまでアイの事は俺に任せろ。誰にもぜってぇ何もさせないからよ」と強気に言われ、漸くと重い腰を上げたのだった。

 社長は社長で、アイ(母さん)を妊娠させた男についての危険性を話した時から、個別に動いてる様子だった。

 だが俺と情報を共有したりは殆どしていない。

 彼は彼なりにアイを心配しており、同時に俺やルビーも心配しているのだと分かっていたから。

 だからこそ彼に俺の行動を教えると、父親捜しに繋がりそうな仕事を振られなくなる恐れがあった。

 社長は恐らく自分の手でアイを妊娠させた男を捜し出し、決着を図るつもり。

 俺も俺で決着をつけるつもりで捜しており、結末を迎えた後に家族が幸せに過ごせる場所や人が暗い過去を持つという事をさせるつもりは無い。

 故に、互いにアイ(母さん)を心配しているというフリだけを見せ合っているのだった。

 確かに、社長は必ずアイ(母さん)の仕事について行き、帰りも家まで送ってくる。

 それに考えてみれば、俺達が宮崎へと行っている間、アイ(母さん)が一人になるなら、社長宅に泊めて貰えばその問題は無くなる事に気付いた。

 夫人たるミヤコさんはB小町のマネージャーとして宮崎に行くが、社長が公私共にアイ(母さん)の周囲を警戒してくれるなら、それに越した事はなかった。

 よって、狙われ始めた妹の護衛は俺が担当すれば良い。

 社長がいる事で、役割分担がハッキリとし、俺も俺で目の前の事に集中出来る様になる。

 こうして飛行機に乗り、宮崎へとやってきたのだった。

 

 宮崎に着き、空港でレンタカーを借りてミヤコさんの運転により目的地へと向かう。

 車に揺られながら、徐々に見慣れた景色が前世の風景を思い出させてくる。

 何に会い、どんな事が起こったのか。その全てが。

 到着した街。

 宮崎県、高千穂。

 車が停められ、全員で降りればそこに一人の女性が立っていた。

 アネモネ・モネモネ。インスタグラマー兼映像クリエイター。

 メムの友人らしく、その兼ね合いで今回B小町のMVを担当する事となった。

 その撮影や編集、構成に演出といったスキルはかなり高く、彼女の作品を見てもどれもクオリティの高いものばかり。

 メムは「いやー、持つべきは優秀なクリエイターの友人だねっ」なんて言ってたが、B小町からすれば持つべきはMEMちょだと言えるだろう。

 この腕前のクリエイターが友情価格なんていう破格の費用で雇えるのは、間違いなく彼女のお陰だった。

 

「アネモネ!」

 

「MEMちょおひさー!」

 

 楽しそうにハイタッチしている姿からも、二人の仲の良さは容易に見て取れた。

 全員が挨拶を交わし、やがて彼女がセットした撮影場所へと案内される。

 そこは広々としたスタジオといった様相。

 アネモネのスタッフが機材の準備を進める。

 撮影は夜まで続くと想定されており、到着した面々は思い思いに簡易的な食事をしたりと撮影の開始を待っていた。

 だが。

 サンドイッチを開けて頬張ろうとしたルビーに、アネモネの指示でカメラが向けられた。

 それに気付いた妹が、恥ずかしそうな表情を浮かべる。

 

「えーっ……こんな所まで撮るんですか?」

 

 照れた様子で質問を投げかけた妹に、アネモネが頷く。

 そして、カメラを向けた意図を説明。

 

「アイドルのMVは踊りパートとドラマパートに分けて撮る事が多いでしょ? メインは全体のダンスの映像で尺を稼ぐけど、ちょくちょく個々の可愛さを切り取ったカットを挿入しなきゃいけないのよ」

 

 その説明に、頭に疑問符が浮かんでいるのが見える妹が頷きを返し、カメラが逸らされた事で漸くサンドイッチを頬張り始めた。

 アネモネの目が、別の人物へと向く。

 

「かなちゃんも」

 

 こちらへと背を向けて、食事を取ろうとしているのか荷物を漁っていた有馬へと声を掛けた。

 名前を呼ばれた有馬が反応を示す。

 アネモネが、その背中へと再び声を掛けたのだった。

 

「カメラを、大好きな人だと思って振り返って」

 

 その言葉に有馬の姿が、役者へと変わったのが分かった。

 先程までと変わらない出で立ち。

 だが、彼女の雰囲気が明らかに変わった。

 アネモネの言葉を受けて振り向きかけていた身体を止める。

 彼女の横顔だけが、視界に映った。

 どこか考える様に、立てた人差し指が顎に触れる。

 そして目を瞑り、僅かな静寂。

 やがて開かれたその()が、カメラへと向けられた。

 微かに潤みを含んだ瞳、どこか恥ずかしそうに上気した頬。

 けれども確かな嬉しさと喜びを印象付ける口元。

 その笑顔は正に、好きな相手へと向けられた表情なのだと思ってしまった。

 カメラ越しに、その姿を見つめる。

 "今日あま"の時に近い。

 けれどその時よりもどこか複雑な思いが交錯しつつ、でも、それを全て振り払った様な印象を抱かせる表情。

 これが恋じゃなければ、この表情は何と言えばいい。

 見る者にそう思わせるには十分過ぎる、笑顔だった。

 そしてこの感想は、俺だけではなかった。

 

「へぇ……良いカオ」

 

 隣から、そんな呟きが聴こえた。

 その声の主は、アネモネ。

 彼女の声が、再び聴こえる。

 有馬に向けて、アネモネが口を開いた。

 

「かなちゃん、好きな人居るんだ」

 

 まるで確定した様な言い回し。

 それを向けられた有馬の肩が大きく跳ねた。

 表情は驚きに変わり、先程よりも色が濃くなった顔の赤さから、アネモネの言葉に一定の信憑性があるのだと俺にも思わせた。

 有馬はまるで内心を当てられたかの様にどもり、言葉を返せない。

 そんな彼女に、アネモネが更に聞く。

 

「どんな人? どういう所を好きになったの?」

 

 ニヤつきながら有馬へと近寄り、重ねる様に質問をぶつける。

 只々顔の赤みが増すばかりで、声にならない声を漏らす有馬。

 そんな有馬を映し続けるカメラ。

 

「どこで出会ったの? かなちゃんが好きだってその人は知ってるの?」

 

 有馬の反応を楽しむかの様に口撃を続けるアネモネ。

 

「……アクたんアクたんっ」

 

 そんな光景を見ていれば、背後からその声と共に軽く肩を叩かれた。

 振り返れば、笑みを浮かべたメムの姿。

 その視線が、先程まで見ていた方向へと向けられる。

 

「アクたんが助けてあげないと、お姫様のピンチだよっ」

 

 そう告げたメムの言葉に思わず首を傾げる。

 

「いや、何で俺が」

 

 当然の疑問を投げかけようとすれば、メムに遮られる。

 

「いいからっ! さっさと助けに行くっ」

 

 彼女の言葉と共に背中を押され、徐々に渦中へと近付けられていく。

 

「……かなちゃんにはきっと、アクたんが必要だからさ」

 

 その言葉を最後に、強く背中を押された。

 勢いのままに、有馬の前へと飛び出す。

 突然の事態に、それまであたふたとしかしないポンコツっぷりを発揮してた有馬が驚いた表情を浮かべ固まった。

 

「あら?」

 

 背後のアネモネや、カメラマンも恐らく同様だろう。

 メムに押されるままに割って入った俺。

 何を言えば良いのか分からず、僅かに逡巡。

 やがて、頭に浮かんだ言葉。

 

 ――……かなちゃんにはきっと、アクたんが必要だからさ。

 

 その意味は、分からない。

 けれどもメムがそう言うのなら、きっとそうなんだろう。

 静かに振り返り、有馬に背を向けた。

 代わりに現れた人物達へと、口を開く。

 

「すみません、ウチの有馬はそういった質問NGなんで」

 

 そう告げれば、アネモネはきょとんとした表情を浮かべる。

 だが、やがて笑みを浮かべた。

 

「……なるほどねぇ。事務所NGだったら仕方ないっか」

 

 そう言って有馬へと軽く謝罪をし、その場を離れていく。

 その姿を眺めていれば、

 

「……アク」

 

 背後から声が聴こえたので、それに被せる。

 

「何だ、有馬。顔赤いぞ? ちょっと外で頭冷やした方が良いんじゃないか?」

 

「……え?」

 

 聴こえてきた声を無視して、その手を掴み歩き出す。

 視界の端に映ったメムの優し気な笑みが、どこか印象的だった。

 

「ちょ、ちょっと……アクアっ」

 

 そのままスタジオを出て、やがて足を止めた。

 手を離せば、有馬の声が再び届く。

 

「ちょっと! 急に連れ出して何なのよっ」

 

 その言葉を受けて、振り返った。

 有馬の顔を見る。

 

「……な、なによ」

 

 どこか訝し気に俺を見返す有馬。

 そんな彼女に、僅かに笑みを浮かべた。

 

 

「今回は、俺の勝ちって事で良いよな?」

 

 

 俺の言葉に、有馬の目が見開かれた。

 そんな姿をただ見つめる。

 やがて我に返った有馬が、口を開く。

 

「は、はぁっ? 全然! ぜんっぜん負けてないんですけど!? アンタの手なんか借りなくても大丈夫だったんですけど!? ぜんっぜんっ、あそこから入れる保険あったんだけどッ!?」

 

 内容を、状況を理解した有馬が堰を切った様に、俺へと怒涛の否定を羅列した。

 その顔は先程よりも真っ赤に染まっており、彼女のその怒りを如実に表しているのだろう。

 

「ていうかいつ私が助けて欲しいって言ったかしら! 一回も言ってないんですけど! だから今回は無効試合になるんだから、アンタの勝ちじゃないし!」

 

 どれだけ言葉を重ねても怒りはどうやら収まらないらしい。

 ならば、大人な方が先に矛を収めるしかない。

 

「はいはい、じゃあ今回は無効試合って事でいいよ」

 

「は? なに大人ぶってんの、うっざ!」

 

 ……このアマ、こっちが下手に出りゃ付け上がりやがって。

 やがて、落ち着いたのか有馬が溜息を吐く。

 

「……全く、私に勝つなんて百年早いのよっ」

 

 どうやらまだ、完全に収まってはいなかったらしい。

 

「……でも」

 

 不意に、有馬の声のトーンが変化した。

 表情からも怒りの感情は無くなり、代わりに浮かび始めた感情があった。

 俺から顔を逸らし、小さく呟く。

 

「…………一応、礼は言っとく……ありがと」

 

 恥ずかしそうな表情が、俺の目に入ったのだった。

 そんな相手に返す俺の語録は豊富じゃない。

 だから、

 

「……そうかい」

 

 こんな相槌をするだけだ。

 僅かな沈黙。

 冬の風が、二人の間を通り抜ける。

 その風に乗って、小さな溜息が届いた。

 

「……あんな時、もっと堂々と答えたいわよ、私だって」

 

 それは呟き。

 自分に向けたものなのか、俺へと告げたものなのかは、分からない。

 

「……あんな風にどもっちゃう度に、そんな自分が嫌になるのよ」

 

 それは呟き。

 自分に向けたものなのか、誰かに向けたものなのかは、分からない。

 

「いざという時に臆して、表に出せない自分が……嫌い」

 

 だから俺も、

 

「例え言葉に出来なくたって、動けば……行動すればきっといつか、伝わるんじゃないか?」

 

 誰に向けたか分からない言葉を、言うだけだ。

 

「えっ……?」

 

 有馬が漏らした声を無視して続ける。

 

「言わなくたって、言えなくたって……ちゃんと想って行動してりゃ、いつかは叶うんじゃないか?」

 

 その言葉は有馬に向けた様でもあり、自分に向けた様でもあった。

 家族の幸せ。

 父親の捜索。

 それが正に、今の言葉に当て嵌まるから。

 有馬が誰を好きなのかは、分からない。

 けれども、彼女の輝きを持ってすれば、その輝きはいつかその相手へと届くのではないかと思えた。

 だから言えずとも、言葉にせずとも、その輝きで狙った相手の目を奪えば良い。

 そのくらい、お前なら簡単に出来るだろ?

 慰めるつもりも、諭すつもりもない。

 だがこんな風に輝きが消えた彼女は、有馬かなじゃないと思っただけだ。

 俺に勝ちたいってんなら、いつもみたいに輝いて魅せろ。

 

「……言わなくても、いつか届くと思う……?」

 

 不意の問い掛け。

 その答えを俺は、一つしかしらない。

 

「それは有馬次第だろ」

 

「……私が輝けば、届いてくれると思う……?」

 

「それは有馬次第だろ」

 

「……ずっと抱いてるこの気持ちも、言える様になると思う……?」

 

「それは有馬次第だろ」

 

「……私が行動すれば、それに近付けるんでしょ……?」

 

「それは有馬次第だろ」

 

「なら、その人の為に輝くって思って行動しても、いいのよね……?」

 

 その問い掛けなら、答えを知ってる。

 

 

「"推しの子"に、なってやるんだろ?」

 

 

 再び俺の視界に、太陽が現れた。

 そのあまりの輝きに、目を逸らす事が出来ない。

 天照大御神が天岩戸隠れから引き摺り出された時の景色ももしかしたら、こうだったのかもしれない。

 漠然と、そんな事を思った。

 世界に太陽が戻った。

 漠然と、そう思った。

 何を言う訳でもなく、そこに居るだけで輝いている。

 だったらもう、誰の手にも止められない。

 そう思った。

 そんな存在が、俺へと口を開く。

 

 

「私は絶対に――――――推しの子になってやるっ!」

 

 

 その笑顔に、その言葉に。

 

「……そうかい」

 

 思考をさせてくれない身体から、そんな無意味な言葉が出るだけだった。

 やがて、日常が戻ってくる。

 ()()を取り戻した有馬かな。

 これが、日常だ。

 そんな彼女が、軽く辺りを見渡しながら告げる。

 

「そういや調べたら、この辺りに有名な神社があるのよね? 芸能の神様だっけ?」

 

 不意に出された有馬の言葉に、口を開く。

 

荒立(あらたて)神社だな。天鈿女命(アマノウズメノミコト)が祀られてる」

 

 俺の返答に、有馬はどこか驚いた様に俺の顔を見つめる。

 

「へー……結構詳しいのね」

 

 感心した様な口調で告げた有馬が、やがて表情を変えた。

 

「あっ、もしかしてアクア……アンタ、まさか私に負けない様に神頼みしてんのねっ? あーカミサマー、有馬かな様にこのままじゃ勝てないんで力を貸してくださいーってお願いしたいからそんなに詳しいんでしょっ!」

 

 ぷぷぷ、と嫌らしい笑みをこちらに向ける姿に、思わず溜息を返す。

 

「……違えよ。地元がここってだけだ」

 

 そう返せば。

 

「はいはいっ、後付け乙っ! もしそうだとしても、私に勝ちたくて神頼みしたーいって思ってんの事実なんでしょっ?」

 

 再びの煽りに、またしても溜息。

 ……というかお前。

 

「調べたって事は、お前こそ神頼みしたいんだろ?」

 

「ギクゥっ!」

 

 俺の言葉に、オノマトペを溢しながら表情が崩れた。

 そんな有馬が慌てて口を開く。

 

「そっ、そそそそんな訳無いでしょっ! 私がいつ参拝したいって言った!? いつ、アクアに勝ったっていう事が届きます様にって願いたいって誰が言った!? いつどこで!? 何時何分地球が何回周った時ッ!?」

 

 威嚇する様に、こちらを睨み付けてくる有馬。

 その言葉に、何度目かの溜息。

 まあ、このまま煽り倒してもいいが……。

 俺の方が大人だ。

 だったら、大人らしく対応してやるか。

 そう考えを改めて、口を開いた。

 

「別に神頼みしたって、何も恥ずかしい事じゃないだろ」

 

「……え?」

 

 俺の言葉に、有馬は驚いた表情を浮かべた。

 言葉を続ける。

 

「神頼みして何もせず叶うのを待つ、そんな果報は寝て待ての様な事を言ってるんじゃない。願ってそれに見合う行動をすりゃきっと叶う。けどもし限界まで行動しても駄目だった時に、その時になってようやく神頼みが効果を発揮するかもしれない。だから行動を前提としてもある種の保険と考えれば神頼み有意義だと、俺は思う……それに、きっと見てくれているだろうからさ」

 

 有馬は、俺の話を黙って聞いていた。

 僅かに目を見開いて、俺を見ている。

 神様はきっと、見ていてくれる。

 その存在を、俺は否定しない。

 生まれ変わるという超常現象をこの身で体験されられたんだ、少なくとも何かしらの超常的な存在がいるとしても不思議ではない。

 だからきっと、真摯な願いなら、神様は叶えてくれる可能性もあると思えた。

 故に有馬の神頼みも決して、否定はしない。

 けれど、頼むだけじゃ駄目だ。

 頼んで終わりじゃ、きっと叶わない。

 願いを叶える為には行動しなくてはいけない。

 これは、俺の中で絶対に揺るがない考え。

 行動しなければ、その願いが失われるかもしれない。

 家族の幸せが、失われるかもしれない。

 だからこそ、願いを抱くだけでなく、行動が必要だと言えた。

 ただ願うだけで何もせずに、叶うのを待つ。

 願って、見合う行動をして、叶える様に動く。

 どちらの方が、願いが叶いやすいか。

 どちらの方が、神が手を伸ばしたいと思えるか。

 俺がもし神だったなら、後者の人間に伸ばすだろうから。

 行動の果てに神の奇跡で願いが叶えられる方が、俺からすればまだ現実的だと思えるから。

 だから、神頼みは否定しない。

 だが、願いを告げるのではなく、宣言する。

 こんな願いを叶えて欲しいと望むのではなく、俺を見ろと。

 俺が行動している姿で神の目を奪わせ、俺に力を貸したくならせればいい。

 だからこそ神頼みは、宣言。

 こんな事をするから、俺の姿を見ていろと。

 俺よりも圧倒的に輝ける有馬ならきっと、神の目も奪える筈だから。

 暫く呆然と俺を見ていた有馬だったが、やがて我に返る。

 俺へと背を向け、空を見上げた。

 満天の星空が輝く、そんな空を。

 

「……じゃあ! 言いだしっぺなんだから、責任を持ってアンタも参拝に付き合いなさい!」

 

 その背中越しに聴こえた声に、返す。

 

「一人で行け、俺は面倒くさい」

 

 自然と返した言葉だったが。

 

「ダメよッ!」

 

 有馬からの言葉で、続きを言う事が出来なかった。

 背を向けたままに彼女が続ける。

 

「アクア、決めた。私、絶対に負けないって。アンタに負けない姿をずっと……見せ続けてやるわ! だからその宣言をしに、アンタも付き合いなさいよね!」

 

 その言葉は、まるで質問の様で。

 そして、断定にも思えた。

 そしてどこか、挑発的でもあり。

 

「……気が向いたら、考えといてやるよ」

 

 俺の口から、そんな回答が出ていた。

 そんな俺に溜息と「全く、そんなんだからアクアはダメダメなのよ」と、どこかで聞いた事がある様な言葉が投げつけられる。解せぬ。

 しかしそんな俺を他所に、有馬が言う。

 

「……まあいいわっ!」

 

 そう言って、彼女が振り返った。

 

「アクアっ!」

 

 大声で俺の名前を呼んだ有馬。

 その姿をただ、見つめる。

 彼女の表情は、正に太陽の様な輝き。

 その姿をただ、見つめる。

 その輝きから放たれた言葉が、俺へと向けられた。

 

 

 

 

「これからもアンタには絶対負けない! 勝って勝って、勝ち続けてやるんだからっ!」

 

 

 

 

 笑顔で、どこか挑戦的で、こちらへと指を差した有馬の姿。

 その姿をただ、見つめる。

 まるで絶対的な自信を持っているかの様な姿をただ、見つめた。

 やがて俺の口から、気付けば笑いが漏れていた。

 何故かは分からない。

 けれども彼女の姿に、自分の中で何かが灯った気がした。

 どす黒い心の闇に、一点の小さな灯り。

 そんな僅かな灯りが、どこか心地良いと思えた。

 だからそんな彼女への返答は、決まっている。

 

「……言ってろ」

 

 俺が、有馬に負けられない理由――。

 

 

「俺も負けな――――」

 

 

 言葉が、続けられなかった。

 心に灯った一点の光が、闇に覆われていく。

 俺が、有馬に負けられない理由。

 その理由となる人物が、心の中の光を消し去ったのだった。

 カズヤ君。

 彼は――俺達の父親の可能性がある。

 その無罪を証明する為に、俺は誓った。

 カズヤ君を、疑うと。

 だからこそ今、俺の中に負けない理由が存在しなくなった。

 有馬と張り合う理由が、消失した。

 疑念が晴れるまで……いや、父親を見つけ出しケリをつけるまでは、こんな事をしている場合ではないと、気付いた。

 まるでどこか構って欲しそうに俺を挑発してくる有馬。

 やたらと俺に勝つ事へと執着しており、勝ったと思ったなら子供の様にはしゃぐ有馬。

 何か俺へと絡んでくるのは理由があるのではないかと、こちらに思わせてくる有馬。

 彼女の勝ち負けへの拘りや、勝つ為に挑んでくる内容は、幼稚だなと思えた。

 けれどもどこか、そのやり取りをしている最中は、有馬に負けない為に集中している事も多かった。

 その事だけに集中していた、気がする。

 だが。

 負けない理由が無くなった今、俺の心を占めるのは一つ。

 どす黒く煮え滾る激情のみ。

 父親へと向けた、負の感情のみ。

 だから、それに集中しなければいけない。

 

 家族以外の何を犠牲にしても――やり遂げると決めたんだから。 

 

 だから、切り捨てなければならない。

 正の感情と思える、家族以外の全てを。

 父親の事を考えさせない時間を……切り捨てなくてはいけない。

 きっとこれも、俺の甘さなんだろうから。

 だから。

 俺に余計なリソースを使わせるものは、排除しなくてはいけない。

 俺の幸せは、家族が幸せに暮らしてくれる事だから。

 だから。

 ……切り捨てる。

 これ以上俺と関わって、万が一標的にでもされる可能性があるならば。

 ルビーだけではなく、俺もまたアイ(母さん)の子供なのだから。

 俺へと何かしらアプローチをしてくる可能性も、考えられるから。

 例えば妹の様に恋心を反転させられるのなら。

 恋心ではなくとも、興味や関心を、反転させられるのならば。

 操られた言葉で、有馬を傷付けるくらいなら。

 

 

 ――――俺は、自分の意思で有馬から離れたい。

 

 

 そうすれば有馬に対して父親からの何かを向けられる事も無いだろう。

 俺が離れれば、父親が俺へと何かをしてきた場合も、それが有馬に影響させる事は無いだろう。

 このまま同じ様に接し続けるのは、絶対に認められない。

 こいつの輝きを、少しでも俺の仄暗さのせいで、陰らせてはいけない。

 無関係な有馬は絶対に、巻き込む訳にはいかないから。

 無関係であるならば、そのまま知らずに過ごして欲しいから。

 だから俺は、有馬を犠牲にする。

 父親から声の力で操られる前に、自分の意思で。

 アイドルだろうが役者だろうが、有馬がこれからもずっと輝き続ける為に。

 だから俺は、お前に……余計なリソースを使わない様にする。

 

「…………いや」

 

 だから俺は――お前を犠牲にする。

 

 

「……お前の勝ちだ。俺の負けでいい」

 

 

 これでまた一つ、余計なリソースを……自分の中から、消せた。

 俺との勝ち負けなんか気にしなくても、お前は十分に輝けるんだ。

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 

 

 

 そこで見た有馬の表情の意味を、俺は知らない。

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